その『拳』危険につき
「さあ、特訓だよ!」
効果の有無、成果の有無、費用対効果の是非はともかく最も意欲的に努力している生徒。それが天見めぐむである。
もちろん、彼女以外は努力していないのか、と聞かれるとそうではないのだが、一番目立って努力しているのが彼女で、全く成果を上げていないのも彼女だった。
「絶対に次の授業では、鬼気さんに私の事もライバル認定してもらうんだから!」
「ああ、うん。頑張ろうな」
明日から頑張るとか俺はまだ本気を出していないだけだとか、そんな言葉以上に絶望的な『全力で頑張っているけども全く芽が出ない』を目の当たりにしていると、植田と言えども目頭が熱くなる。ある意味、他人の様に思えないからだ。
「はあ……貴女が鬼気さんに勝てるわけがないじゃないの」
「そんな否定しなくてもいいだろう」
今回、演習室を借りて自主的なトレーニングを行おうというのは、B組三人C組一人の四人だった。
天見と植田、それから土井とそのタンクである嵐。この二組による、練習試合というわけだった。
もちろん許可は取ってある。とはいえ、当然他の組も許可をとっているので、時間的な余裕は無いのだが。
「大体凪はおせっかいなんだよ。本人がやりたいようにやらせればいいじゃないか」
「それは、そうかもしれないけど……」
「他人のことよりも、まず自分だろう? そんなに偉そうな忠告をできる立場なのかい?」
いかにも好青年、という顔の嵐は、自分の相方に対して説教をしていた。
仮にも練習試合なのに、自分を呼ばずに勝手に始めた前回の事を怒っているのだろう。
せめて一声かけて欲しいところだった。もちろん、その場合は止めていたが。
「そもそも僕らは国家公務員なんだ。配属先を希望することはできても、決めるのは上の人なんだし、君が止めなくても上が止めてくれていたよ」
「嵐君、酷いよ! 私は絶対前線で戦えないっていうの?!」
「昨日まではね……たとえロングラインと契約できたって、君が弱すぎるから前線で戦えるとは思っていなかった。でも……君や凪よりも強いタンクが相方になってくれるなら、その可能性も少しは出てきたしね」
当然だが、嵐も中々鍛えられていた。伊達や酔狂でこの兵士を養成する学校で三年間過ごしていないということだろう。
とはいえ、そんな彼から見ても、植田の体は一種異常だった。特に、両手の傷具合はとても酷い。
古流の空手でもやっていたのだろうか、という鍛錬具合だった。
「とにかく、入学早々に僕のシャトルが迷惑をかけてすまない。先輩として謝るよ」
「ああ、気にしないでくれ……っていうか、俺もやりすぎちまったし、嵐にも謝るよ」
軽く握手を交わす、両タンク。別に敵というわけで無し、仲良くできるならそれに越したことは無いのだ。
「さて、それじゃあお互いエンゲージしようか」
「ああ」
タイツ姿のシャトルに対して、ジャージ姿のタンクは握手を求める。
そして、そのまま互いの親指を柔らかく合わせていた。
ただそれだけで、明確に燃料の供給が行われ始めたことを感じる。
「これがタンクとつながる感覚……くぅう!! なんか、勝てそうな気がしてきた!」
一日千秋、待ちに待ったタンクとの接続である。
一種の万能感を抱きながら、天見は興奮を隠せなかった。
「今日こそ、今度こそ! 土井さんに勝つもんね!」
「「テイク・オフ」」
武装した天見は剣を構えて宣言していた。
しかし、三人は冷ややかな目で彼女を見ていた。
「無理よ」
「流石に無理だと思うな」
「それで勝ってお前さん嬉しいのか?」
「もう、なんなのよ!」
無強化のシャトル同士で殴り合って、極めて一方的だったのだ。
互いにタンクを付けて殴り合っても、結果は大して変わるまい。
変わったとしても、それは彼女の評価にはつながらないだろう。
「いいもん、とにかく今日の私は一味違うよ!」
「……そうでもないと思うぞ」
「そうなの! 私のテンションはアゲアゲで、その分シャトルとしての腕前も……ぐいぐい上がってるんだから」
「それは確実に気のせいだと思うぞ……」
シャトルにタンクとして繋がっている植田としては、そんなことはないんじゃないかと、逆にテンションが下がっていた。
少なくとも、自分にそんな力が無いことはきっちりと把握しているがゆえに。
普通のシャトルはスキルなど持たないが、タンクは何がしかのスキルを持っている。
嵐のそれがどのようなものであれ、植田にはないものだ。
「それを言うなら、私もタンクがいる分前回とは違うし……この状態で貴方ともう一度戦いたい気分ね」
「違うでしょう! 私と戦うの!」
「じゃあ終わったら続きをやりましょう」
「そんなにすぐ終わらないもん! 時間いっぱい粘るんだから!」
※
「じゃあやりましょうか」
「ああ」
天見は頑張ったし、粘った。しかし、物の数分で脱落していた。まあ無理もない話である。今回は植田は観戦に徹していたのだから。
今彼女は演習室のすぐ外にあるベンチで寝かされていた。軽く脳震盪を起こしているのか、気分が悪いようである。
「我ながら未熟だぜ……前回と違って油断もなく万全で挑んでくる相手に対して、意地悪い笑みを浮かべるってのは……!」
何とも獰猛な笑みだった。
戦うことが楽しくて仕方がない、自分の強さを証明したくてたまらない。
そんな顔をして、ジャージ姿の彼は拳を握っていた。
「つまりは、油断せず万全なら勝ち目があるんじゃないかって奴の希望を壊せるからかもな! 滅茶苦茶嫌な奴で、嫌になるぜ!」
そんな彼に向って、静かに槍を構える土井。
彼女にしてみれば、確かにその通りだった。
タンクによって強化を受けている自分なら、或いは勝てるかもしれない。そんな希望を抱いていたのだ。
もちろん、敗色濃厚だという自覚もあるのだが。
「行くわよ!」
そして、そんなことを思っていようがいまいが、シャトルとしてただ突撃するだけである。
手にした槍を握り、そのまま刺突する。
仮に相手がシャトル相応の速度を持っているとしても、槍と素手では間合いが違う。
遠いところから攻撃できる、というのは非常に大きなメリットだった。
「さっきも思ってたが……速くはなってないな!」
それを、彼は巧みな体捌きで回避していく。
槍に触れることもなく、ただ単純に回避していく。
決して大振りをしているわけではないのに、捕えることができていない。
刃物に委縮せず、長物にも躊躇いが無い。
速度もさることながら、度胸もまた尋常ではなかった。
「ええ、その通りです。速くはなっていませんから」
しかし、体術で上を行くC組の生徒、というのはあり得なくもない。
そもそも、彼の筋肉が見掛け倒しではないことは、彼の手からも明らかだった。
「ですが……速さだけが、相手に攻撃を当てる手段ではありません」
「へえ、そりゃあ楽しみだ」
それなりには、勝算あり。すくなくとも無策ではない。
それは結構。へし折り甲斐があるというものだ。
「当然でしょう、皆が皆、あの子の様に根拠もない自信に満ちているわけじゃないわ」
ぶん、という音と共に、武装している土井が何かのオーラで覆われていた。
同時に、彼女の後方で待機していた嵐の呼吸が荒くなっていく。
先ほどよりも、体力を消費しているようだった。
「なるほど、スキルか」
「レアスキルというほどではないけどね。極めて一般的な、ブースト能力よ」
直後だった。連続の刺突攻撃を行っていた彼女は突如として槍を左右に大振りする攻撃に切り替えていた。
そのまま、大きく踏み込んで立体制圧していく。
「おいおい……そりゃあ避けにくくなったけども……それだけだろ!」
攻撃には三つの段階が存在する。
入り、当て、終わり。
非常にざっくりいえば、ニュートラルの状態から攻撃を始めるまでのわずかな動きである打ち始め。そこから自分の攻撃に速さと重さを乗せて、最高潮の一瞬に叩き込む普通の意味での攻撃。そして、攻撃を終えてからニュートラルの状態に至るまでの打ち終わり。
連続の刺突攻撃は、比較的攻撃が始まるまでの動きも、槍を引っ込めて再度の攻撃に映るまでの時間も、どちらも短かった。
しかし、今回の攻撃は当たるを幸いの荒い打撃。それが少々避けにくいのは事実だが、それは正しく言えば避けるに当たって大きく動かなければならない程度。
こうも雑に攻撃を繰り返していれば、相手が反撃できないタイミングで間合いを詰めることなど容易だった。
「おらあ!」
彼女の装甲が守っていない場所を狙って、一撃の拳を叩き込む。
しかし、その一撃を浴びても彼女は怯みもしなかった。
「……おおっ?!」
「はっ!」
再度の薙ぎ払いに、植田はそのまま吹き飛ばされて壁にぶつかる。
どん、と音がして、演習場がわずかに揺れていた。
そして、当の本人はケラケラと笑っていた。
「いってぇ~~」
ジャージの腕部分破けているが、その体には何の傷も無いようだった。
それを見て、嵐も土井も気を引き締めた。
「貴方、わざと喰らいましたね?」
「まあな、この間は二度も不意打ちしたし……一度喰らっておきたかったしな」
痛いと言っている。実際痛みを味わっているのだろう。だが、本当に痛いと思っているだけで、まるでダメージを受けているようには見えなかった。
「そうですか……ですが、分かったでしょう? 嵐君の能力はガードブースト、非常によくある、レアでもなんでもないスキルです」
「レア度なんてどうでもいいだろう? 現に俺はハズレアだ、それに引き換えそっちは大分当たりじゃないか」
防御力が高いということは反撃を気にせず大振りの打撃が可能ということで、タンクによってエネルギーの補給を受け続けているということは全力で活動し続けられるという事。
もちろん長期戦になればその限りではないが、この演習室を借り切ってる間は十分に持つだろう。
「いいねえ……そうそう、強化能力はちゃんと活かさないとな」
「やはり……強いですね」
攻撃を当てるのが難しく、加えて攻撃を当ててもダメージになっていない。
しかし、それでも万策尽き果てた、というわけではない。
そもそも、植田は明らかに攻撃を喰らいに来た。拳が届く間合いで槍をフルスイングしても、それは万全の威力には程遠い。
野球でも、強打者が強振してもバットの根元に当たってしまえば、万全の飛距離は狙えない道理だ。
もちろん、だとしても自分から武器に当たっていくなど度胸があるでは済まされないのだが。
とにかく、まだこちらはクリーンヒットさせていない。
完璧に刺突や薙ぎ払いを当てることができれば、十分勝機はある。
「セルフブースト……それは単純なフィジカルブーストだけではないようですね」
「ああ、万遍なくだぜ」
ガードブーストは、単純にシャトルの周りにバリアをはる能力のようなもの。
もちろん非常に強い攻撃を受ければ突破されるが、バリアの強度分は減衰できる単純ながらもハズレとは程遠い大当たりの能力だった。
それを前に、植田は自分の優位をまるで疑っていない。
「見え見えの誘いにも躊躇なく突っ込んでくるとは……馬鹿にしているんですか?」
「見え見えの挑発してきたのはどっちだか……」
びりびりとした緊張感が、両者に走っていた。
それを心底楽しんでいる辺り、植田という男の心根が察せるというものだった。
緊張感に高揚を隠さない。それはとても危険に思えた。
「いいねえ。一発当てて調子に乗って、そのまま襲い掛かってくるわけじゃないのを残念に思っている一方で、このまま戦いが楽しめる方が嬉しいってのは……俺がミスを大喜びするようなクズじゃないってことだ!」
「鬼気さんと同じタイプ……」
つまりは極めて単純に、好きこそものの上手なれを地で行く相手だ。
戦うのが好きで鍛えるのが好き。そして、鍛えた時間や戦闘経験が、そのまま戦闘能力に反映されるタイプである。
もちろん天見の様に、好きであることが一切戦闘能力に反映されない、下手の横好きとされるタイプの方が多いのだけども。
「あんまり長々話していると、演習場を借りられる時間が無くなってしまいますよ?」
「そりゃ一大事だ……さあ、戦おうぜ!」
腰を落し拳を構える植田に、やや気おされながらも彼女は踏みとどまっていた。
やるべきことは、練習通りに最善を尽くすこと。ただそれだけである。
「っは!」
土井がやろうとしたことは、極めて単純。
槍を手に、自ら突撃すること。ただそれだけである。
ある意味では先日の天見と全く同じことをしているだけなのだが、その制度は当然のように比べ物にならない。
確かに単純な軌道の突撃ではあるが、まず速度が違うし、その動き出し始めも比べ物にならないほど速い。
大剣を振り下ろすのではなく、直撃の瞬間に槍を突きだすチャージ。
この突撃が、始まってから回避するというのは、発射された弾丸を回避するようなものである。
全身でぶつかっていくこの突撃に対する対処法は、受け止めるか、カウンターを合わせるというものだった。
どちらも相手の最大速度と全体重を受け止めるという、極めて馬力のいる対処法である。
相手が足を止めている時にしかできない攻撃であり、馬力の不足を自覚しているシャトルはとにかく足を止めずに戦うことを良しとされている。
下手をすれば、シャトルと言えども大怪我を免れない大技。
それに対して、さて彼はどうするのか。
「~~~……はっ!」
一瞬で視界から消えていた。
正しく言えば、直上へ跳躍していた。
ある意味、方向が違うだけで土井と同じことをしただけである。
しかし、それはつまり彼女の攻撃前に準備を終えており、彼女が激突するまでのわずかな時間でそれを発動させたということである。
相手が銃を撃ってから、その弾丸が命中するまでの間に別方向へ銃を撃つ。
そんな無茶をとっさにではなく、最初からそのつもりで行っていた。
「はははは!」
体育館の様に広く作られている演習室、その屋上も当然のように高い。
その天井に、両足で着地している植田はボールの様に壁へ跳ねた後、床に降りていた。
「いいな、遠慮なし! そうこなくっちゃな!」
「加減できる相手じゃないもの……こっちは必死よ!」
ここまでくれば、もはや疑う余地などどこにも残っていない。
彼は確実に、シャトルと戦って勝つための訓練を受けている。
それも、下手をすれば自分達B組どころか、A組に匹敵するほどに。
詮索するつもりはないが、スペックでもテクニックでも、確実に自分は下である。
間合いやスキルを活かして、とにかく圧倒するほかない。
そうしなければ、大怪我では済まないのだから!
「いいな! よし、必殺技見せてやるぜ!」
無邪気に構える彼を見て、消耗が著しい嵐は自分のスキルを上乗せした。
下手をすれば何かが起きる。
それを察して、とにかくシャトルの身の安全を強化したのである。
「一撃、必『壊』!」
「激紋!」
「破城拳!」
その正しさを、彼は思い知ることになる。
※
「うう~~ん」
天見めぐむ。今演習室のすぐわきにある屋根付きのベンチで寝かされている彼女は、回復の能力を持った『勝ち組』である。
本人があえて前線で戦いたがっているというだけで、彼女は後方で重宝される能力の持ち主である。
結構なケガを負ってはいたが、既にほぼ完治をしつつあった。
流石に失われた四肢の再生ともなれば不可能に近いが、失明などの重大な障害さえ治療が可能という報告もある。
レアスキルの中では比較的数が多く存在しているとはいえ、もはや前線で戦うどころか軍隊に所属すること自体が間違っているのだが、彼女は自身の強い希望によって最前線で戦うことを選んでいた。
その彼女は、当然のごとく自己回復に慣れており、数分も寝ていれば訓練のケガなど完治している。
それは今もであり、ふらつくことさえなく平常に立ち上がって、そのまま演習室に戻っていく。
ある意味では、彼女の危機感の無さはその辺りに由来しているのかもしれない。
彼女にとって『ケガを負う』というのは『疲れる』というのと大して変わらないのである。
「……なんで三人とも私を除け者にするのかな!」
おかしい話である。四人二組で訓練をしようという話だったのに、自分だけ表で寝かされている。
これではちっとも強くなれないではないか。もちろん、訓練に参加しても強くなれる保証はないのだが。
「よし、もう一度挑戦だよ!」
如何なる逆境にもめげず、夢を諦めない心。それが彼女の最大の短所である。
「諦めなければ、夢は叶うんだから!」
そう叫んだ彼女の背後で、演習室の壁が大きな音を立てて膨らんでいた。
「きゃ、きゃああ?! なに、なんなの?!」
明らかに歪に、演習室の壁が盛り上がっている。
これが内側から大きな衝撃を受けて変形していることは明らかなのだが、それが何を意味しているのか、彼女は蒼白になった。
「だ、大丈夫!?」
慌てて中に入ると、そこには腰を抜かしている土井と、彼女を支えている嵐と、大きく歪んでいる壁の中に拳をめり込ませている植田がいた。
「どうして壁の中に手を突っ込んでるの?!」
「違うんだよ! 壁を壊す気なんて一切なかったんだよ!」
誓って本心である。彼は物を壊して喜ぶ趣味も、或いは力を固持する趣味もない。
「俺はただ、そこの土井さんをぶん殴ろうと思っただけで……!」
「殺す気?! 貴方私を殺す気?!」
腰を抜かしながら、必死で抗議する土井。
無理もない、この壁の頑丈さは彼女も知っているところである。そこにこれだけの破壊を残す拳など、当たり所が良かろうが悪かろうが甚大な大怪我である。
いいや、当たり所が悪ければ致命傷は確実だった。
「殺す気はないって! ただ、ふと保健室の先生から、そこまでする必要はあるのか、とか言われたのを思い出して……ちょっと軌道を変えたんだ」
全力で土井を殴るつもりだったのだが、それはまずいと寸前で思い直して壁を殴った。
その結果がこれである。
壁一面が変形し、亀裂が走り、穴が開いてその中に彼の手が挟まっている。
「抜けねえ……抜けねえよぅ……」
非常に今更だが、この学校は安全のために廃村を利用しており、非常に山奥である。
専用の工具を持ったレスキュー隊が到着するまで、三時間。彼は手が抜けないまま拘束されることになった。
※
『一撃、必『壊』! 激紋! 破城拳!』
『一撃、必『壊』! 激紋! 破城拳!』
『一撃、必『壊』! 激紋! 破城拳!』
『一撃、必『壊』! 激紋! 破城拳!』
『一撃、必『壊』! 激紋! 破城拳!』
担任の無涯空は、修練場を借りていた四人を前に、修練場での光景を何度かモニターで再生していた。
私は悪くないもん、と言っている天見も、一喝された後モニターを見ることになった。
モニタールームには無涯の他にも学年主任の教師なども多くいて、現場を確認している。
恥ずかしいのは植田だった。テンションが降り切れている時の光景を、何度も見直すことになったのだから。
「ご覧の様に、一年B組の天見めぐむ、嵐智頭、土井凪。それから私の受け持っている一年C組の植田狼は、第三演習場を借りて模擬戦を行い、結果演習場を破壊しました」
「ふむ……演習場は特別頑丈に作ってある……それを一撃で半壊させるとは……」
「演習場の使用には問題が無かったのだろう? 申請はきちんと行われていたと」
「彼も寸前で狙いを変えているね。これはわざと演習場を壊そうとしたわけではあるまい」
「意図的に壊そうとしたなら問題だが……これは彼の責任とは言えないだろう」
「違いないな、土井さんも突撃を行った時に回避され壁にぶつかっている。彼女にそれだけの威力がなかっただけで、やっていることはどちらも同じだ」
「まあアタックブーストを受けていれば壊せないこともありませんからな……」
「彼自身、対人戦の経験は乏しい筈ですし……」
『一撃、必『壊』! 激紋! 破城拳!』
「破損したことそのものに関しては、お咎めなしとしましょう」
「そうですね、相手がガードブーストを使っている以上、大威力での攻撃は順当ですし」
「演習場も生徒の無事より優先する価値があるわけでもありませんからね」
「費用に関しては予算の中からということで。元々演習場は定期的に建て直していますしね」
「そもそも、彼や彼の家族に費用の請求などできません」
「数十億はかかるな」
「必要経費でしょう。保険もある程度は降りるかもしれません」
『一撃、必『壊』! 激紋! 破城拳!』
「そうした大人の話はここまでにしましょう。それでは植田君」
「はい!」
「なにか言いたいことは有るかね?」
「モニター止めてください!」
『一撃、必『壊』! 激紋! 破城拳!』
顔を真っ赤にして懇願する植田。完全に羞恥プレイと化していた。しかし考えてみれば、この演習場に記録用のカメラが設置されていることは知っているはずなので、彼があの場で行ったことは全て全校生徒が閲覧できるのである。
にもかかわらず、彼はテンションに身を委ねて恥ずかしいことを全力で叫んでしまっていた。
「第一声がそれかね? 少しは反省をしたらどうなんだ」
「すみません、もう耐えきれないっす!」
「君は自分の言動に責任を持ちなさい」
「いいかね、この学校の生徒はタンクであれシャトルであれ、一般の軍人よりも責任は重大なのだ」
「自分の戦闘能力を理解しているのなら、その分ちゃんとそれを制御しなさい」
「わかりました! でも映像止めてください!」
『我ながら未熟だぜ……前回と違って油断もなく万全で挑んでくる相手に対して、意地悪い笑みを浮かべるってのは……!』
『つまりは、油断せず万全なら勝ち目があるんじゃないかって奴の希望を壊せるからなのかもな! 滅茶苦茶嫌な奴で、嫌になるぜ!』
『いいねえ。一発当てて調子に乗って、そのまま襲い掛かってくるわけじゃないのを残念に思っている一方で、このまま戦いが楽しめる方が嬉しいってのは……俺がミスを大喜びするようなクズじゃないってことだ!』
『いいな! よし、必殺技見せてやるぜ! 一撃、必『壊』! 激紋! 破城拳!』
「勘弁してくださいよ! ほんとに、マジで!」
※
「なんか、植田君が壁壊したところは怒られなかったね」
「ああ、費用請求されたらどうしようかと思ったぜ」
「私はその数倍、当たったらどうしようかって青ざめてたのは察して欲しいわね」
「俺はどっちかっていうと、植田君の下の名前が狼だってことが一番の驚きだよ。君の御両親は何を考えて息子に『飢えたオオカミ』なんて名前を付けたんだい」
解放された四人は、夕食どころか夜食という時間になっている時間に、食堂へ向かっていた。
教員たちも言っていたように、怪我人が出なかったことと、正規の手続きで演習場を借りて試合をしていたことが大きいのだろう。
これが例えば人のいない一般的な教室で、喧嘩の様に始まって怪我人が出ていれば、少年法もすっ飛ばして刑罰が下されるところである。
この学校ではその辺りの罰則も、抑止力の意味を込めて生徒たちにはしっかりと勉強させている。
なにせ、タンクはともかくシャトルは極めて危険で、携帯性と隠密性が高い。
現状、警察では決して太刀打ちできない相手だ。軍隊でも、相応の犠牲を伴ってしまう。
本人たちの自粛、という危ういものにしか頼れないのだ。法で厳罰化して、抑止力とするしかないのである。
「とにかく……うんまあ、アレだ……三人とも悪かったな。いや、すみませんでした」
テンションに身を委ねた結果半ば暴走し、植田一人の罪で四人全員の時間を無駄にしてしまった。
ケガ人が出なかったとしても、酷い話である。
「いいわよ……ま、貴方の言う通りリベンジするぞって気にもなってたしね。ただ、もう二度と戦うのはごめんだけど」
「俺も賛成だ。君の為にもならない」
突撃を回避された時点で分かり切っていたことだが、植田は土井の数段上の実力者である。植田が手加減が苦手な時点で、戦っても双方になんの利益もない。
植田が圧倒していい気分になって、それで終わりである。それはなんの訓練にもならない。何かのゲームではないが、弱い敵と戦っても経験にはならないのである。
「悪いけど……君の相手はA組の中でも少数の者しか務まらない。試合以外の事なら力になるけど、それは天見さんでも十分できるしね」
「おう……本当にごめん……」
自分でも言っていたように、培った力で圧倒してみたいという欲求が大きかったのだろう。植田は危うく訓練で人を殺すところだったのだ。詫びて済む問題ではないが、謝らなければならないところだった。
「天見さんもごめんな」
「いいよ、それよりも……私にもソレ教えてよ!」
目をキラキラと輝かせながら、彼女は自分の相方にすり寄っていた。
なんというか……希望を見出した目をしていた。
「私もそれ、できるようになりたい!」
それは、彼女の得物を見つけた眼だった。
なんというか、絶対に諦めない、という顔だった。
「やめなさい」
「やめた方がいいよ」
「やだ」
「なんで?! 私もアレができるようになれば……」
三人全員が止めていた。
アレを彼女に教えるなど冗談ではない。
「貴女、今習っていることもおぼつかないのに、この上新しい事にも手を出すの?」
「アレは只の『足撃』だ。威力が凄まじいのは彼の基本スペックの高さだよ」
「俺、君に教えるほど気が長くないし、時間もないし」
三者三様に、彼女の言葉を否定していた。
そもそも、人にできることなら自分にもできるようになる、というのは悪い考えである。
「酷いよ! 特に植田君! 私に割く時間が無いっていうの! 私のタンクじゃん!」
「あのさ……天見さんよ、俺は自分の修行と勉強で手一杯なの。もう余分な時間無いの」
「睡眠時間を削ろうよ!」
「死ぬわ! 殺す気か!」
「死なないよ! 私勉強は深夜にやってるけど、死んだことないもん!」
「俺は死ぬんだよ! というか、免許皆伝ももらってないのに、人に指導なんてできるか!」
当たり前の事しか言っていない植田に、流石の彼女もたじろいた。
彼女自身わかっていることだが、基本的に修業とは割いた時間に比例して習得が決まる。
自分に才能がないこともわかっている、どれだけ時間がかかるのか想像もしたくない。
その分、彼の時間を無駄にするのだ。それは些か申し訳ない。
「うう~~~!」
「……気持ちはわかる。スゲーわかる。でも、まあ諦めてくれよ。俺は人に教えられるほど大した男じゃないんだ」
力が足りず、力を求めるその気持ちはよくわかる。
それは、何時だったか師匠に求めたことなのだから。
だとしても、できないことは確実に無理と言わねばならない。
「大体、俺だって八年ぐらいかかってようやく今ぐらいなんだ。今からやっても無理だよ」
「……そんな~~!」
そう、そんな簡単なことではないのである。
種や仕掛けがあるとしても、インチキにもイカサマにも、相応の練習は必要なのだから。