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その『鍛錬』非凡につき

担架によって保健室に運び込まれた土井を見て、保険医はまずこう叫んでいた。

「女の子の顔に何してんじゃあ!」

 思いっきり顔を殴られた植田。そのまま自分も鼻血を流している。

「ああ、もう! こんなにだらっだらで! 鼻の形が歪んだらどうすんのよ! 責任とれるの?!」

「その……えっと、え?」

「謝りなさい! 謝れ!」

 追撃に二・三発もらう。無防備で甘んじて受け入れた。確かにまあ言う通りではある。

 最初の一撃で十分自分の実力は知らせていたはずである。

 その上で、背後からの一押しは明らかに余分だった。力を固持したいという己の未熟である。

「すみません……」

「私に謝ってどうするの! 土井さんに謝りなさい!」

「はい……」

「謝るぐらいなら最初からするな!」

 無茶苦茶な理屈ではあるが、それなりに筋が通っていた。

 確かにまあ、その通りではある。

「あの、保険の先生……私のケガも、治してほしいかなって……」

「それぐらい自力で治しなさい! まったくもう!」

 流石にずっとタイツのままでは気恥ずかしいので、ジャージを上から着ている天見はケガの治療を求めるが、あっさりと拒絶された。

「せっかく回復能力があるのに、どうして戦いたいのか、さっぱりわからないわ!」

「で、ですよね~~!」

「照れ笑いしない! まったく、それで許されるとでも思ってるの!」

 当然のように回復能力を持つ保険医は、気絶している土井に治療を施し始めた。

 手から淡い光があふれて、ベッドで寝かされている土井に降り注ぐ。

 ゆったりとした時間をかけて、じわじわとケガが治っていく。

 この学園の教員と言うことで、この教師もまたシャトルであり、比較的珍しくない回復能力の持ち主だった。

 ある意味、天見が目指すべき職務に従事している女性であった。

「まったく……ここまでする必要あったのかしら、セルフブースト君?」

「な、なかったと思います!」

「普通に口で説明すればいいでしょ! その口は何のために有るの! 日本語わかるんでしょう!」

「はい……すみません」

 とはいえ、ああした演習の許可があっさりと下りたあたり、治療は速やかに行われ、後日には響かないようになっているのだろう。

 保険医としては、回復能力を当てにして無茶をして欲しくないところではあったのだが。

 医者がいるからケガをしていいなどというルールは無いのである。

「……私」

 速やかに治療は済み、ベッドの上で目を覚ました土井。

 起き上がろうとする彼女を、保険医はひっぱたいて寝かせた。

「寝なさい! 全く、年頃の女の子が……」

「すみません……」

「言って聴かないからって、戦っていうことを聞かせるなんてどういうつもり!」

「はい……」

 ずいずい説教していくスタイル。

 これは恥ずかしいし、心が痛い。正論だけに、反論できない。

 とはいえ、保険医は自分では殴って叫んで言うことを聞かせているのだが。

「まったく……いい、シャトルはまず自分の身を守らないと駄目なの。自分の身を守りつつ、タンクを守る。そうじゃないといけないの、例え戦えるタンクが相手でもね」

 なんともありがたい薫陶を受ける。

 まともに授業も始まっていないのに、保険の先生から指導をいただくとはこれ如何に。

「あ、でも! これで私と植田君は私のパートナーで、前線で一緒に戦えるよね!」

「俺はもちろん、最初からそのつもりだ。で、土井さんのご意見は?」

 そう、元をただせばそういう話だった。

 果たして天見と植田は、共に戦うことが許されるのだろうか。

「それより先に言うことがあるでしょうが!」

 だが、そんなことよりも保険医には優先するべきことがある。

 他人を傷つけたら、まず謝る。これは礼儀として当然の事だった。

「……不当に痛めつけてすみません」

「もっと心を込めて!」

「鼻血出すまで痛めつけてすみませんでしたぁ!」

 保険室で、保険医に勝てる者はいない。

 彼はそれを学んだのだった。

「……いいわよ、もう。私も多分、口で言われても納得しなかったと思うし」

 仮に自己強化が可能だと分かっていても、それが世間の中ではどの程度なのかは本人にもわかるまい。

 実際にB組のシャトル二人が戦うところを見て、自分も結構いけるな、と判断したのであろう。

「他の誰がどういうのかはわからないけど、私はもう文句は言わないわ。」

「それにしてもすごかったね! A組のシャトルみたいに強かったよ!」

「まあ鍛えてるからな!」

 これはこれで、嗜好と適性の一致なのだろう。

 彼には戦う素養が備わっており、それを鍛える前向きさが備わっていたのだ。

 その結果が、あれだけの力なのだろう。

「でも、本当にこの子でいいの?」

「え、それはどういう意味なの、土井さん! 私と組まない方がいいかもって!」

「だって、貴方普通に強いじゃない。態々この子と組む必要もないでしょう?」

「いやまあ、でもまあ……」

 ぶっちゃけて言えば、最初は余った人にしようと思っていた。

 それを、少々思い直して、早めに売れ残りそうな相手に申し込んだだけだ。

 しかし、今更断るのも気が引けるところである。

「なんていうか、ほら。俺はもう天見さんとパートナーになるって決めたしな!」

「よかった……」

 先ほどまでの様に泣きじゃくる天見。よほどうれしいらしい。

「私の事、捨てないでね! 私頑張るからさ!」

「お、おう……」


「ここは保健室よ、ケガしてないならとっとと出て行きなさい!」


 こうして、とりあえず植田はシャトルをパートナーにすることができたのだった。



 ガイダンスも終わり、正式な授業の始まる新学期の二日目。

 植田は授業が始まる前には人気者に躍り出ていた。

「植田ってすごいんだな!」

「見てたぜ、あの戦い!」

「B組の奴も大したことないな!」

「かっこよかったぜ!」

 大人からの評価はともかく、生徒からの評判はとんでもなく良かったのである。

 そりゃあそうだろう、最弱扱いされているC組の生徒から、B組の生徒を圧倒するほどの者が出たのだから。

 無邪気にはしゃいで、褒めたたえる。

 そして、それを受ける植田は……。

「いやあ、大したことないって!」

 得意の絶頂だった。

 なにせ、此処までもてはやされるのは人生で初めてである。

 一時の熱狂であることは理解しているが、それにしたって嬉しいものは嬉しいのである。

「凄いよな~~セルフブースト!」

「ユニークスキル持ちはやっぱり違うぜ!」

「私もユニークスキルを持つ人とパートナーになりたいわ!」

「ねえねえ、今からでも私と組まない?」

 椅子に座っている植田の周りを、C組の生徒が囲んでいる。

 もちろん言葉半分で面白がっているだけなのだが、そんなことは植田も承知の上である。

 それでも、心無い言葉で人が傷つくように、中身のない賞賛でも心は満たされるのであった。

「はははーーーは?!」

 植田は背筋に走る冷たい視線を感じ取っていた。

 なんのことはない、嫉妬の視線である。

 己の師匠からよく聞かされていた、逆恨みに近い感情である。

 それを察した彼は、とりあえず黙ることにしたのだった。

 そして、その視線を送っていた生徒は、当然のように同じC組の生徒だった。

「なんでアイツが……」

 日本中から生徒を集めている学校であり、そもそもシャトルもタンクも資質を持つものが少ない。

 なので、当然ながら植田に対して過去恨みがあった、とかそういうことは一切ない。

 ただあるのは、クラス内での人気者が気に入らない、という刹那的な理由だった。

 要するに、自分以外の者が賞賛されているのが気にくわない、という嫉妬だった。

 自分の履歴書を見ると、そこには特筆すべきユニークスキルが書いてある。

 それは正しく、一番有望なシャトルが望む能力だというのに。

「いいさ、みてろ! 俺はタンクとして彼女に選ばれて見せる!」



 鬼気百花。

 一年A組のシャトル、つまり女生徒であり、トップの成績を誇る優等生である。

 A組で一番ということは、つまり一年で最強の女子ということである。

 もちろん上級生にもA組でまだ相方の決まっていない生徒、というものはいる。

 だが、A組と言っても玉石混合であるし、なにより未だにパートナーがいないとすればそれなりの理由もあった。具体的には人間性に問題がある、という事故物件ばかりである。優良物件はとっくに売り切れて、誰も手放していない。

 そんな中、鬼気百花は希少な優良物件だった。少なくとも彼の視点ではそうだったのだ。

 彼女の場合、自分のパートナーであるタンクに対する望みが非常に高かった。

 彼女は鍛えればどうにかなるタンクの『容量』ではなく、特殊な能力をこそ求めていたのである。

「ふむ、君が例の」

「ああ、俺が列道汽笛だ」

 非常に整理整頓されている彼女の私室に招かれた列道は、当然のように手ごたえを感じていた。

 無理もない、彼女が求めているのは、努力ではなく才能なのだから。

「固有能力は自己防御、セルフガードか……」

 彼女がタンクに求めていた物。それは足手まといにならないこと。

 自分の身を自分で守れるタンクをこそ、彼女は求めていた。

 そして、セルフガードは正しく自分の身を守れる能力である。

「なるほど、悪くないな」

「だ、だろ?!」

「欲を言えばロングラインがよかったが……まあ贅沢は言うまい」

 基本的に、タンクとシャトルは距離が離れているほど、エネルギー供給が悪くなる。

 余りにも離れすぎると、エネルギーの供給自体ができなくなるという問題があるのだ。

 しかし、比較的珍しい能力の持ち主として、遠隔供給、ロングラインと呼ばれる能力者が存在する。彼らは遠くのシャトル相手にもロスなくエネルギーを供給できる能力者であり、セルフガードやセルフブーストとは全く異なるが、シャトルの枷にならない希少で便利な能力者だった。

「俺も一度も使ったことが無いけど、大したもんらしいぜ!」

「だろうな、主体型としても発見例がないそうだ。まあ希少性など大したことではないがな」

 研究対象として見れば、希少例はさぞ調べがいがあるだろう。

 だが、彼女が気にしていることは実用性である。

「さて、私は君のパートナーになることを了承しよう」

 ばっさと、大量の履歴書を処分する。単純な能力値と相対的な評価。

 そして、彼女の容姿につられた多くのC組生徒の履歴書をごみ箱に捨てる。

 椅子で向かい合っている彼に対して、非常に整った顔の彼女は、女性としては珍しいほど短い髪を指先で弄りながら酷薄に笑う。

「ほ、本当か!」

「ああ、そう驚くことではないだろう。私は足手まといにならない相手を望み、君にはそれができるだけの能力がある。君が期待していたように、私は君の様なタンクを望んでいた」

 髪は短く、柔らかさも足りない、筋肉質のアスリート。

 そんな彼女が何とも言えぬ妖艶さを出しているのは、その整った顔と、表情だろう。

 反攻学園屈指の強者でありながら、美しい花でもある。それが彼女だった。

「私が守る必要が無い、足手まといにならないタンクをだ」

「ああ、俺は足手まといにはならないぜ!」

「それはよかった。私もさすがに、タンクに死なれてはそれなりに落ち込むからな」

 二人とも笑っていた。相互に利益のある、悪くないパートナーである。

 列道は競争率が高く、強力で、何よりも美しい、自慢できるシャトルを、女を求めていた。

 鬼気はどのような形であれ、自分が守らなくても大丈夫なタンクを求めていた。

「私はこう見えてもそれなりに色々なことに気を遣っている。私的な付き合いは難しいが、授業などでは協力することもあるだろう」

「そんなこと言わずに、お茶するとか、指導してもらうとか、学校を案内するとか……色々」

「指導が必要なら教員に頼ればよいし、お茶をしたければ級友と共にすればよいし、学校の案内ならパンフレットで事足りる」

 ねっとり笑いながら私的なかかわりを求める列道に対して、鬼気はにやりと笑いながら拒絶する。

「私は君に何も望まない。勤勉であることを、私的な時間を犠牲に練習をすることを、他人から強要されても意味がないからな」

 椅子に座って列道と向き合っていた鬼気は、立ち上がって扉を示した。

「これで私と君はパートナーだ。さあ、用事は済んだだろう? 余り女子の部屋に長居するものではないよ」

 一年A組最強のシャトルに、そう言われれば答えるしかないわけで。

「……お、おう」

 列道はひるみながらも椅子を立っていた。



 鬼気百花。

 色々と、中々どうして刺激的な人物だった。

 とはいえ、列道は何とか最強のパートナーを得ていた。

 一週間という長いのか短いのかわからない期間で、彼は少なくとも最初の課題を達成したのである。

「さて、ではまずは一年生全体でのシャトルとタンクの合同練習を行う」

 ある意味当たり前なのだが、この国立反攻学園はとんでもなく広いが、人口密度は極端に低い。

 まずシャトルとタンクの資質を持つ生徒が限られている、ということが大きい。小中高、大学を一貫しているとはいえ、高校以降でも一学年につき精々百人程度。もちろん総じての人数はかなりのものではあるのだが、当然学部によって寮や校舎などの区域は異なるため、必然的に人数は少なくなる。

 その上、シャトルが運動する都合上、演習場の様なスペースは一個一個が大きく、加えて多数存在している。

 そんな中である意味普通なのが、トラックだった。もちろん乗り物のトラックのことではなく、陸上競技の周回用のトラックである。

 一周四百メートル。極めて標準的なトラックの中で、一年のABC組の全員が集まっていた。

 C組の面々は全員がそわそわしている一方で、AB組の生徒は極めて冷ややかだった。

 もちろん、既にC組の生徒はAかB組の生徒とパートナー関係になっているのだが、そんな彼らも今回の授業の内容は聞いていなかった。

「では、授業の内容を伝える」

 ABC組の教員と、学年主任を務める中年の男性教師。

 彼ら四人がジャージを着て、同じくジャージを着て整列して体育座りをしている生徒たちに伝えていた。

「長距離走だ」

 それを聞いて、C組の面々はややざわついた。

 そんなことをして何になるのか、という顔である。

 態々一学年の全員が集まって、こんななんの変哲もないトラックで走って、それで何になるのか。

 もっとこう、シャトルやタンクらしいことをしたい。

 そう思っている彼ら彼女らは、色々と出鼻をくじかれることになる。

「これから三十分、自分のペースで良いから走り続けること。以上!」

 非常に地味で、普通すぎる授業が始まった。

 百人ほどで、一周四百メートルのトラックを三十分間走り続けること。

 そんな、どこの学校でもやっていそうなことを、日本全国から集められた少年少女たちは行い始めた。

 そして、行い始めてすぐに、その理由をC組の生徒は思い知ることになる。

「おう、いたいた」

「あ、やっぱり早いね!」

 シャトルもタンクも、どちらも常人にあるまじき力を内包している。しかし、それはあえて発動させない限りひたすら無意味である。

 普通に走り出せば、普通の人間同様の速度でしか走れないし、同時に普通の人間同様に疲れてしまう。

 であれば、資質もへったくれもなく鍛えた体力がモノを言うのだ。どこまで行っても兵隊なので、体力は非常に重要なのである。

「まあ、これぐらいはな。この筋肉は見せ筋肉じゃないぜ!」

「はっはっは! そりゃそうだね!」

 この長距離走では、A組もB組もさほどの差はない。男女の差は当然あるが、それでもほぼ団子である。

 所謂マラソンランナーの様に肉体改造しているわけではないので、そこまで大きな差は無いのだ。

 だが、C組は当然のようにまばらだ。全国大会出場や県大会優勝など、程度はともかく『真剣』に上を目指していた運動部に所属していた生徒は、当然のようにA組に食いついていく。あくまでも趣味の範囲で運動していた生徒はそれに遅れ、日々を普通に過ごしていた生徒たちは息を切らしながら周回遅れをしていた。

 それはもう、人によっては涙目で。哀しいほどわかりやすい現実を味わっていた。

「っはぁ、っはぁ!」

 列道は少しでも周囲にいいところを見せようと、或いは自分のシャトルに見直してほしいからと、息を切らしながら必死で走っていた。

 しかし、当然ながら走り始めた彼は全く追いつけていない。それどころかどんどん離されていくばかりだった。

 おそらく、今からペースを考えずに全力疾走したところで、全く追いつけないのではないだろうか。

 それぐらい距離が離れすぎている。それはつまり、自分の立っている場所を余りにも明確に示していた。

「くそっ!」

 自分はこんなに必死になって走っているのに、自分をさらに周回遅れにしていくA組の生徒は一切こちらを見ない。

 まるで、自分達のクラスのトップである鬼気のタンクになった自分のことなど、競争相手とも思っていないようだった。

 一々注目することもなく、態々侮辱することもなく、ただ普通に走り去っていく。

「……あ!」

 そう、鬼気本人さえも。

 彼女は一瞥もせずに通り過ぎていく。

「まって……!」

 一緒に走ろう。そう提案しようにも、彼女は人をかき分けながら走っていく。その足取りは、極めて軽やかで、機能美に満ちていた。

 そして、それは彼女だけが異常なのではなく、自分と同じクラスの、運動部に所属していた生徒たちにすら抜かれていく。彼らも、当然のように自分を無視していた。

 いいや、仮に気付いて応じたとしても置いていっただろう。

 何故なら列道が鬼気のペースに合わせられるわけもなく、鬼気が列道のペースに合わせるということは授業で手を抜くということなのだから。

 如何にパートナーとはいえ、おててを繋いで仲良く走る、と言うことは許されない。

 何故なら、それを学ぶための授業なのだから。

「どうする、このまま一緒に走るか?」

「私、このペースが普通だからさ~~これ以上飛ばすとバテちゃうよ」

「そうか、俺はもう少し飛ばせるぞ」

「だったら行きなよ。遠慮しないでさ」

 そして、それは面白く思っていない植田も同じことだった。

 落ちこぼれと呼ばれていた天見と同じ速度で悠々と自分を抜き去っていき、遠ざかっていく。

「だったら一番を目指してよ! 私も鼻が高いからさ!」

「分かった……一番を目指すぜ!」

「頑張ってね!」

 さらにペースを上げて、植田は突き放していく。

 筋骨隆々、というわけではないものの鍛えこまれた肉体が、軽やかに速度を上げて遠ざかっていく。

 そのまま三十分間、ペースを変えることなく走っていける自信があるようで。

 そして、実際に一切ペースは落ちていなかった。

「くそ……!」

 訳もなく、涙が出ていた。そしてそれは他のC組の生徒にも少なからずいて、A組の『優良物件』とパートナーになった者ほどそうだった。

 そして、皆が悟るのだ。今の『自分』はこんなものだと。

「いいか、後ニ十分だ! 走れなくなったら、歩いてもいい。とにかく前に進め!」

 教師の檄が飛ぶ。別に何の期待もしていない、ある意味当たり前のことだからだ。とにかく最後まで前に進ませることこそが重要なのだ。

 別に嫌がらせが目的というわけではない。単純に主な訓練の一環である。

 マラソンランナーを目指すわけではないので記録を更新して欲しいわけではないのだが、とにかく単純に体力をつけて欲しいのである。

 なにせ彼らが実際に兵士として戦場に投入される場合、タンクであれシャトルであれとにかく最低限の装備で戦うことが予想される。

 そして、言うまでもなく体力をつけるにはマラソンである。

 A組の生徒もB組の生徒もほぼ差が無いことで分かるように、これからC組の生徒も彼らに追いつけるようになるまで走る日々が続くのだ。

 そうして欲しいからこそ、こうしたマラソンは全体の合同で行われるのである。

 とはいえ、当然C組の生徒の中でも抜きんでるものがいれば、C組を牽引してもらう必要がある。

「それにしても……」

 C組を担当している無涯空は、陸上経験者に交じってペースを上げている植田を見てやや顔を顰めていた。

 なんとも言えない、不信感を感じていたのである。

「植田、狼……なぜこんなに強い?」

 彼女は当然、この学校に入学してくる前から彼のデータを知っている。

 彼がこの学校にくる以前から、一般に普及している柔道や空手とは明らかに異なる古武術の様な物を習得していることや、体育の成績で優秀な成果を上げていることも知っている。

 その上で、不信感を隠せない。それは先日の演習場での記録を見れば明らかだった。

 セルフブーストなる自己強化能力を持っているタンク、それはまあありえなくもない。

 その彼が特殊な格闘技を習得しており、体を非常に鍛えている。それもあり得るだろう。

 だが、セルフブーストを使用した自分の身体能力を、完全に制御できる、というのは明らかにおかしかった。

「指導が重点的に必要ね……」

 強いことはいいことだし、弱くては困る。既に鍛えているのなら、それに越したことはない。

 正直、何か秘密があったとしても、それは教師として気にするべきことではない。

 だが、彼が自分に自信を持ちすぎているのだとしたら、それは矯正の対象である。

「やっぱり……子供みたいだし」

 自分には力があると、自分は努力してきたのだと、証明の機会を得た彼は無邪気に走っていく。

 その姿を見て、危うく感じるのは自分だけではあるまい。



「さて、これで最初の体育の授業は終わりだ」

 学年主任が、息を荒くしている生徒たちを見ながらそう厳しく言っていた。

 長い距離を走っていたA組やB組の生徒たちは比較的余裕があり、短い距離を這う這うの体で走っていたC組の生徒たちの方が疲れ果てていた。

「もうわかったと思うが……才能やレアスキル、ユニークスキルを持っているC組の生徒もそれなりにはいる。だが、君達の資質がAB組のどちらにも劣っていないことは承知の上だ。彼らとの差は、一重に訓練、努力の結果でしかない」

 これは、正しく『埋めるべき差』を知ってもらうための訓練である。

「タンクやシャトルになるには、資質が必要だ。この場にいる生徒は皆、例外なくその資質を持っている。これは努力してどうにかなる物ではない」

 サッカーだろうが野球だろうが水泳だろうが、小学生の頃から始めていた生徒と、高校生になって始めた生徒では差が出て当然である。

 資質の有無に比べればささやかな差ではあるのだが、その差は余りにも歴然としているのだ。

「レアスキル、ユニークスキル、それらも同様。君達はある意味では選ばれた者だ」

 それはそれとして、その差を埋める努力をしてもらわないと困るのである。

「だが、この場にいる全員が選ばれた者であり、同時にA組やB組は君達よりも早くから必死で努力をしていた」

 いずれ来る侵攻や反撃。それらの為には、一人でも多くの兵士が必要なのである。

「君達は遅れている。その分、『先輩』たちに学ぶ謙虚さと、負けても折れない柔軟さを持っていてほしい。この世界には、この場の全員の力が必要なのだから」



「貴方、ずいぶん鍛えているわね」

「いやあ、それほどでもありますよ~~!」

 学年トップの鬼気百花とはいえ、女子高生である。流石に同じぐらい鍛えている男子と比べれば、同等かやや劣る。

 とはいえ、そんな彼女をあっさり抜き去ったC組の生徒には、流石に興味をひかれたのか声をかけていた。

「聞いたわよ、B組の生徒を倒したらしいじゃない」

「半分ぐらい不意打ちでしたけどね~~!」

「ああ~~! 植田君ってば、鬼気さんと話してる~~!」

 そして、そんなところへようやくパートナーを得た天見が走ってきた。

 美人を前に、でれっでれのタンクを叱咤しに来たのである。

「駄目だよ、植田君! 鬼気さんが美人だからって、そんなイチャイチャしてたら! イチャイチャする気なら私としようよ!」

「そういえば、天見さん。彼は貴方のタンクだったわね」

 親し気に話す鬼気と天見。それは少々意外に見えた。

「あれ、二人とも同じクラスなのか?」

「全然違うよ! 私は中学生からこっちに通ってるB組! 鬼気さんは小学校の頃から通ってるA組だよ!」

「二つしかクラスが無いし……それに、強くなる方法を教えてくださいって、しょっちゅう聞きに来ていたもの。そりゃあ憶えるわよ」

「ああ……」

 結果が実らないというだけで、努力家の天見である。

 確かに同学年で一番強いシャトルに、色々と聞こうとするのは間違っていまい。

 しかし、呆れた行動力と前向きさではある。

「もちろんアドバイスはしたわよ。でもこの子、全然才能が無いのだもの」

「というか、教科書通りの事しか教えてくれなかったじゃん!」

「それはそうよ、私も教科書通りにしか訓練を積んでいないわ」

「じゃあなんでこんなに差が出るの?! おかしいよ!」

「それは才能の差ね」

「ひっど~~い!」

 なんとも仲良さげな語り合いである。

 運動の後の汗もあって、爽やかな青春の一幕だった。

「でも、貴女の希望が通りそうでよかったわ。一緒に前線で戦うという目標は果たせそうね」

「……うん、私これからも頑張るよ!」

「植田君、この子の事をよろしくね。合同練習の時は相手をしてちょうだい」

「ああ、分かった」

 ぎゅっと、握手を交わす植田と鬼気。

 そして、鬼気の表情ががらりと変わっていた。

「私は強い敵を求めている」

 ぞくり、と武者震いしそうな顔だった。

「君には期待している。これも本心だよ」

「……俺も、楽しみだ」

 お互い、力の限り握り合う。

 何とも燃える展開だった。

「ああ! なんか火花まで散らしてる! 駄目だよ駄目! 鬼気さんのライバルは私でしょ!」

「あら、私は貴女に期待していないわよ?」

「私にはなんか含みのある顔するし! シャトルとしてライバル視して欲しいし!」

「おいおい……」

 B組のどん底が、A組の生徒に太刀打ちできるわけもない。

 そもそもB組の生徒にも太刀打ちできていない。

 そんな彼女をライバル視するのは、ほぼ無理だった。

「戦友としてはともかく、敵としては、ねえ?」

「むむむ~~! いいもん、私はこれから、わ、た、し、の! パートナーである植田君に鍛えてもらうもん!」

「え、それは……ちょっと……」

 明らかに、嫌そうな顔をする植田。どう見ても拒絶の構えだった。

「うううう! いいもん! 私はまだまだ頑張って大逆転だもん!」

 一種、不安になるほどの前向きさを発揮する天見。

 その呆れたポジティブさに感心するしかない一方で、気分良く話し合う三人を恨みがましい列道の視線が狙いを定めていた。



 努力には二種類存在する。

 一つは新しいことができるようになるための努力、もう一つは今までの努力を維持するための努力。

 授業が終わって夕食までの空いた時間を、自室に戻った植田はトレーニングに当てていた。

 逆立ちしてからの、片手腕立て伏せ。アクロバットな姿勢から、汗を流しながらの自分の体重を使った過酷な鍛錬だった。

 それを行う植田は、時間も回数も考えずに没頭していた。

 自分を鍛えてくれた、師匠の事を思い出しながら。

 垂れた汗が床を濡らすのを眺めながら、高校に入学する以前の事を思い出していた。

『いいか、狼。お前に才能は無い。』

『お前はシャトルってのにも、タンクってのにも、絶対になれない』

『その資質が、絶対的に欠けているからだ』

『だがもしも……お前にその気があるんなら……』

『俺が鍛えてやってもいい』


「レアスキル、ユニークスキル……選ばれし者。努力ではどうにもならない壁か……」


 努力ではどうにもならないはずのものを、こうして得ている自分を知れば、自分の相棒はどう思うであろうか。


 その罪悪感をごまかすように、彼は鍛錬に没頭していた。

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