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その『救い』細やかにつき

 およそ二十年ほど前の事だった。

 地球人類は全く異なる技術体系を持った文明と衝突した。

 それは、衝突と言うよりは一方的な侵略だった。


 彼らは覇権主義であり、軍事力にあかせて現地の資源や食料、人間を求めていた。

 彼らには二つの技術が存在していた。一つは生物だけを異世界へ送り込む『魔法陣』、もう一つは『獣』の因子を持つ生物兵器。

 この二つによって多くの世界を侵略しながら、彼らは繁栄を極めていた。

 全ての世界は我らの物だ。

 大航海時代、或いは植民地支配を行う彼らは傲慢に振る舞い続け、遠征に次ぐ遠征を繰り返していた。

 それは既に支配している世界への投資以上に、新しい土地を得るための投資が費やされるという事であり、既に支配されている土地は苛烈な搾取によって『採算』を合わせることになった。

 そして、地球にまで魔の手を伸ばしたのである。


 全ての世界は我らの物だ。

 そうおごり高ぶっていた彼らが送り込む、大量の巨大な獣。

 これを真っ向から迎え撃ったのは、この地球文明が培った機械技術だった。

 魔法陣という距離を無視して一方的に攻撃してくる技術には後れを取ったものの、獣化兵に対しては地球人類は敗北しなかった。

 幾度となく繰り返される侵攻を経ても、地球人類は敗北せずに防衛の成功を重ねていった。

 何度送り込んでも殲滅される状況に業を煮やした『向こう側』の政府は、最高戦力である獣神兵を八名送り込み地球の状況を探らせたのである。

 そして、彼らは見た。『向こう側』さえ凌駕するのではないか、という圧倒的な軍事力を。

 一つの星に収まっていることが信じられない人口と、それを支える科学技術。

 『向こう側』ではなく侵略先の出身地で『取り立てられた』八名の獣神兵は希望を見出したのだ。

 この星なら『向こう側の侵略者』に対抗できるはずだと。

 彼らは地球に協力することで、『向こう側』に対抗しようとしたのだった。


 地球人類は、彼らの協力によって獣化兵と違い肉体的な変質を極限まで抑え、結果として精神に負荷をかけない技術さえ生み出した。即ち、シャトルとタンク。

 それが、およそ十年ほど昔の話である。



 暖かくなってきたとはいえまだ夜は寒い、田舎の山道。

 その山道は本来人の手がある程度入っており、車は通れないまでも人は普通に歩くことができる。

 だが、今のこの山道はそれができなくなっていた。

 モンスターでもなぎ倒せないであろう、太い木々が割りばしの様にへし折られて、道を埋めていた。

 草木も眠る明け方前、と言うわけでもない。

 まだ西の空には穏やかな赤みが残っている時間なのに、動物たちの声もほとんど聞こえていなかった。

 まるで、その周辺一帯からその姿を消しているようだった。

 いいや、事実なのだろう。その周辺には虫一匹さえ存在しない。既にその獣におびえて逃げ出していたからだ。

 ある意味わかりやすい破壊の後に、折れた生木の香りが周囲に漂っていた。

 既に戦闘の轟音は収まっており、不気味な静寂が世界に満ちていた。

 その倒木の道を、一年の学年主任や無涯が乗り越えて、木から木へ飛び移りながら、固唾を飲みながら進んでいく。

 既に状況は最悪だ、なにせモンスターの肉を生徒が食べたのだから。

 血を浴びたのならさほど問題ではない。血を飲んだ程度でも問題はない。

 だが、肉を摂取したのなら話は別だ。それは致命的な意味を持つ。

 彼と言う人間の、その今後の人生を著しく制限するものだからだ。

「列道……!」

 既に死んでいる可能性もあった。それも、植田を含めて生徒が二人も。

 一般人に被害が及ばなかったことは喜ぶべきことかもしれない。

 不幸中の幸いなのかもしれない。

だが、それでも彼らにとっては責任を負っている生徒たちなのだ。

 彼らだけで良かった、とは思えない。少なくとも、理屈ではあっても納得はできなかった。

「なんだ……この臭いは」

「焦げ臭い……!」

 生木の折れた臭いではない、明らかに焦げた匂いだった。

 それが何を意味するのか、二人にはわかっている。

「先生」

 倒木の道の終着地点、つまりは最後に倒れた場所で、列道は横になってうめいていた。

 つまりは、息をしていた、まだ生きていた。

 その彼の前で、腰を下ろして哀し気にしている、白い体毛に覆われた植田が教師の二人に気付いていた。

「救急車は?」

「……いいや、ヘリで搬送する」

「流石にこの道を踏破するのは難しいからな。それに、そっちの方が早い」

「そうですか」

 これは怪我人とその看護をする双方に言えることだが、重大なケガを負って尚意識があるとき、当人たちにとって搬送までの時間は特に長い。

 そして、それは言うまでもなく怪我人こそが最も長く感じる。

 後で振り返れば一瞬に思えても、意識を失いたいと思うほどに、辛く長いのだ。

「列道……意識はあるか?」

「ううう……」

 泣いていた。

 折れた木をどかし、その露出した地面で凹凸のないように寝かされている彼は、ろくに身動きも取れないようになっていた。

 拘束するのに、縄の一本も、ビニール紐さえも必要ない。今の彼は、運動能力を喪失していた。

「……やはり、モンスターの肉を食い、暴走したのか……」

「ケガの具合から言って……エネルギー切れまで暴れたというよりは、真正面から打倒されたとみるべきか」

 列道のユニークスキル、セルフガード。それが優位獣化兵の、暴走形態ではどれほどの脅威だったのか想像もできなかった。

 それを、彼は真正面から殴り砕いたのである。だが、それが可能であることは、今の彼の姿からして明らかだった。

「植田……お前は……獣神兵になったのか……」

 学年主任は、目の前の彼を見て彼の強さを正しく認識していた。

 幼少の頃から、最高の指導者によって長期間にわたり狂気ともいうべき修練を経て、更に獣化しても失われないほどの精神性を獲得してようやく到達できる境地。

 それに至った今の彼を見て、一介のタンクでしかない彼は言葉を失っていた。

「なったのはさっきです……俺は……彼に道を踏み外させてしまった……」

 戦うことを楽しんでいては、決してたどり着けない境地。

 悲哀の心で戦わねば、いたれぬ場所に彼も立っていた。

 いいや、今は座っているのだが。

「獣、神兵……? なんだよ、それ……先生も知ってたのか?」

「ああ、ある程度はな。見たのは初めてだ」

「なんだよ、それ……!」

 列道は、かろうじて動く首から上で、抗議の声を上げていた。

 全身がまったく動かない、体中が痛くてたまらない。

 そんな、余りにもわかりやすく最悪の状況で、彼は二人の教師に訊ねていた。

 それしかできなかったからだろう。

「……だが、お前の様なものはよく知っている。痛ましいことだが、少年兵をそうして使いつぶす紛争地帯は多いからな」

 地球人類は、お互いに争い続けてきた民である。

 だからこそ異世界からの侵攻も防ぐことができているが、未だに争っている国の方が多くもあった。シャトルも獣化兵も、その一環でしかない。

「少年兵……使いつぶすって……」

「これを、この学園の生徒に教えることはできなかった。教えれば、或いは自分ならと手を伸ばすことも考えられたからな」

 簡単に強くなる方法、エネルギー容量を増す方法、という意味では別に間違ってはいない。モンスターの肉を食べることは、確かに強化につながるのだ。

 少々熱病に侵されることは有っても、ただそれだけで劇的な身体能力が向上する。

 そして、シャトルやタンクとしての資質が有れば、先ほどまでの列道の様に更なる強化さえもできる。

 問題は、人間を丸々使いつぶすという一点だ。

 そもそも簡単に激高する人間など、兵士としてまともに運用できるものではない。

「自分を制御できれば、確かにタンクの容量は飛躍的に増加するが……それは難しい。特にシャトルにとっては」

「なまじ、自分を制御できれば……確かにこの上ない強化につながるからな」

「そんな……じゃあ、俺は……」

 誰よりもリスクを軽く考えていたのは、他ならぬ自分であり、他の誰もがそれを知っていた。

 自分は知らなかっただけで、知らされていなかっただけで、そして何よりも知ろうとしていなかっただけなのだ。

 それには、今まさに自分が陥っているようなリスクが存在するのだから。

 運が良ければ、運が悪ければ、という丁半博打のようなリスクではない。

 予め鍛えておかなければ精神が不安定になり、肉体に負担がかかりすぎるというリスクが。

「じゃあ……みんな、しってたのか……知ってたのに……先生は、俺に、走れって……」

「一応言っておくが……走るのは普通だぞ。俺だって、これまでも、これからも走り続けるんだ」

 普通、普通、普通。

 普通に過ごしてきた人間は決して一番になれない、普通に考えてという、常識。

 それが悔しくてたまらない。

 列道は拭うこともできない涙を流しながら、自分の情けなさを嘆いていた。

「列道……お前には申し訳なく思っている」

 無涯は彼の手に触れていた。

 おそらく、骨だけではなく靭帯や間接に多大な損傷を受けた彼の、その今後を察してしまったのだろう。

「私は、お前にもう少し関わるべきだったのかもしれない。そうしていれば、お前にこうして暴走などさせずに済んでいたかもしれない」

「先生……」

「至らぬ先生で、済まなく思っている」

 無涯は、彼に頭を下げた。

 その顔は、年若い女性としてある意味普通のそれで……。

「その上で、これから先のお前に慈悲を示すことはできない」

 切り替えて、軍人の顔になっていた。

 それは、列道の今後を示す物でもある。

「列道、モンスターの肉を食うことは違法ではない」

「そ、そうなんですか……?」

 力なく、希望を見出して、彼は聞き返していた。

 確かに、法律上で『モンスター』の肉を食べてはいけない、と明文化することはできないだろう。

 何故なら、なぜ食べてはいけないのか、それを明文化する必要があるからだ。

 この強化法は『リスク』が大きすぎる。そして今回そうなったように、モンスターに被害を受けた者はその肉を得ることができる可能性がある。

 だからこそ、この方法は禁じるのではなく、存在を隠さなければならないのだ。

「加えて、今回の被害は自然物に収まった。人的被害も、建造物への被害もない。そして、なによりも一切記録されていない」

「じゃあ、俺は……」

「そうだ、植田の場合はセルフブーストということでこの破壊を成しえるが、お前の場合は不可能だからな。この大暴れに関しては、お前が罪に問われることはない」

 列道がシャトルならば、このことは隠す必要はない。

 だが、列道はタンクなのだ。この一件を表に出せば、タンクがどうやって森の木々をなぎ倒したのかという話になってしまう。

「だが……わかっているか? モンスターの残骸を私的に所有することは極めて罪が重いぞ」

「え?」

「お前は私の教室で今まで何を学んできたのだ。言うまでもないが情状酌量の余地など一切ない、禁固刑は覚悟しておけ」

 横たわったまま青ざめる列道。

 これには植田もやや呆れていた。

 師匠から散々言われていたので、モンスターの肉を食べることの危険性は重々承知だったが、考えてみればその辺りの事も問題だった。

 確かに、モンスターの肉片を持ち帰っていた、ということは彼の寮室を探ればあっさりわかるだろうし、証拠も見つかる。

 その上、どう考えても情状酌量などできるわけもない。

「軍法会議は、そう甘くないぞ」

 学年主任は、そう言って突き放す。

 確かに、そうしたことを最も守らなければならないこの学校の生徒が違反したのだ、世間はそんなに優しくないだろう。

「モンスターの肉を食った後このことは心神喪失扱いにできるかもしれん。しかし、お前は自分の意思で、違法行為を犯した。まさか、知らぬ存ぜぬで通るとはも思っていないだろう」

「そんな……」

「なぜこの学校で、念入りに座学を教えているかわかるか。特に法律を」

 確かに習っている。

 授業で念入りに教え込まれた覚えもある。

 だが、そんなことを言われても、授業だからとしか返答のしようが無い。

 テストに出る問題を、

「車の教習場と一緒だ。法律にはきちんとした理由という物がある。シャトルに比べれば地味だが、タンクにもきちんとした法律があり、破れば罰則が科せられる。だからこそ、どのクラスの生徒も、どの学年でも、その禁止事項や罰則の重さは周知している」

「でも……」

 首を動かして、列道は反論しようとしていた。

 だが、学年主任は憤怒で応じていた。

「戯けが! あれは敵の兵器だぞ! 生物兵器の一部を持ち帰り、感染症が学内で広がればお前はどう責任を取るつもりだったのだ!」

 非常に、非常に常識的な発言だった。

 たしかに、生物兵器とはそもそもそういう物だったはずである。

「だ、だって……」

「何を考えていたのか、と聞いている!」

「だって、早く強くなりたかったんだ!」

「早く強くなりたければ、違法行為を犯してもいいし、学内で大量の病人が出ても構わないというのか!」

「俺は……俺は悪くないです! だって、早く強くなる方法を教えてくれないこの学校が悪いんだ!」

「馬鹿者……既に教えているだろう」

 タンクの胸にも埋め込まれているインプラント。自らのそれを、学年主任は力強くたたいた。

「この学校の生徒は、皆等しくその処置を受けている。もちろん、現役の者もな」

「そんな……」

「ああ、それ本当だ。師匠も言ってたけど、シャトルやタンクより早く簡単に強くなる方法なんてないってさ」

 植田がやや引きながら、そう捕捉する。

 比較的ではあるとしても、簡単かつ確実に、安全に強くなる方法があるのなら……。

 それは、誰もが既にやっている方法に他ならない。

「それじゃあ、意味ないだろ……!」

 口しか動かないからこそ、不満を全力で口にする。

 列道は、力なく叫んでいた。

 絶対に、そんな事実は認めることができないからだ。

 そうでなければ、自分の事が正当化できないからだ。

 自分はあくまでも、被害者であり犠牲者出なければならないのだ。


「みんながやってたら、意味ないだろ……俺は一番になりたかったのに……!」


 それは、なんとも情けない本音だった。本人でさえ情けないと分かっている本音だった。

 植田に対してずるいずるいと言っていたのは……つまりはそう言うことだったのだ。

 自分がそのズルを、誰よりも求めていたのだ。

 自分がそのズルをして、そのズルを独占したかったのだ。

 実際にそうしたかどうかはともかく、彼はそれを心の底の部分で望んでいた。

「俺が言っても説得力はないと思うけどな、列道」

 哀れ、呆れ。

 植田は夜の風に体毛を揺らしながら、彼は倒れた敗者に言葉を送る。

「条件が違うなら、比較対象として間違ってるだろ」

 それは、C組のタンクが植田に向けた諦念のそれだった。

 確かに、比較しても意味がない。そもそものレギュレーションが違うのだ。

「そんな負け犬に、俺になれっていうのかよ……」

「ズルして一番になって、卑怯者って呼ばれたかったのか?」

「卑怯なのはお前だろうが……!」

 列道の球団に対して、少なからず自覚はある。

 確かに、獣神兵に鍛えられた劣位獣化兵が、シャトルに交じるべきではなかったのかもしれない。ましてや、タンクのフリなどするべきではなかったのかもしれない。

 植田はこの学校にいるべきではないのかもしれない。

「気分良かっただろ? いつも気分よさそうにしてからな……!」

 列道の言葉は、調子に乗っていた植田の振る舞いを、不快に感じていた素直な感想だった。

「タンクなのにシャトルを倒したり……演習場の壁を壊したり……鬼気さんと対等に戦ったり、町に出たら都合よく襲われて、それでモンスターを倒したり……!」

「黙れ」

 冷たく、学年主任が言い切っていた。

「都合よく、町が襲われただと? あの街でどれだけ人が死んだと思っている!」

 軽蔑の視線を向けながらも、彼は厳しく諭していた。

「言っていいことと悪いことがある。思ったとしても胸に秘めるべきことがある」

「でも……! だって……! 俺は、これじゃあ俺は、俺が、悪いみたいだ……」

 もがく、あがく。

 既に体はどうしようもないのだろう。

 だからこそ、心は弱り、逃げ道を探る。

 誰かを悪くしなければ、自分が悪くなってしまう。

「悪いのはお前だ……卑怯者なのか負け犬なのか、そんな曖昧なものではない。お前は犯罪者だ」

「そんな気は……」

「何度も言わせるな……知らぬ存ぜぬでは通らぬこともあるし、違法と合法には明確な一線がある。お前はそれを踏み越えたのだ、誰に強制されたわけでもなくな」

「違う、俺は、俺は悪くないんだ……だって、俺は……」

 暗い森が、一気に明るくなる。それを見て、植田は気を遣い、大きく跳躍してその場を離れた。

 そこへ、救助隊員が下りてくる。

 流石に倒木だらけでは着陸はできないが、吊るして持ち上げていくことはできる。

「俺は、俺は……」

 列道は、遂に心が折れていた。

 体が弱っている時に、強く言われればたちまち折れてしまう。

 自覚があるのなら、尚の事に。

「ちがう……俺は悪くない……悪いのは……植田なんだ……」

 速やかに救助隊員が降りてきて、彼を担架に固定していく。

 虚ろな目でそれを受け入れていく列道は、救助隊員に身を委ねて空に飛んでいった。そのまま、救助用のヘリコプターに収容されていく。

「……では、私は病院に向かいます」

「ああ、頼んだ」

 搬送先の病院へ向かうため、無涯が走っていく。

 夜の山道ではあるが、シャトルとして鍛えている身。それなりには順調に進んでいく。

 そんな彼女を見送った学年主任は、ほのかに燃えている植田に声をかけていた。

 流石に自分がいれば、きっと救急隊の方も怖がるだろうという判断の下だった。

「なあ、植田」

「はい」

「お前は師匠に感謝しているか?」

「もちろんです」

「そうか……俺達はそんなに頼りないか?」

 結局、列道は何処までも安易な道を求めていた。

 都合よく現れて、都合よく助けてくれる、一番になることを保証してくれる師匠を求めていた。

 生徒全員を見なければならないこの学校の教員『なんぞ』ではなく、自分だけを特別扱いしてくれる師匠『だけ』を彼は求めていた。

 そんな都合のいいものが、自分だけを見初めて欲しいと思っていた。

 もっと言えば、きっと、努力自体したくなかったのだろう。

 今まで通りの生活環境が、そのまま一気に向上することだけを望んでいたのだろう。

 できれば辛い思いもしたくないし、苦しいことに時間を割きたくなかったのだろう。

 そんな浅はかさを、彼はごまかしていた。

 それでも、そんな彼は『普通』なのだから、フォローできたのかもしれないのだ。

「悪いのは全部俺なんです……少なくともあいつの前で、俺がそれっぽいことを言ったり、モンスターの肉を食べたりしなければ、きっと……あいつだって、あんなことはしませんでしたよ」

 だが、無理なものは無理だった。

 少なくとも今回、モンスターの肉を食うという暴挙に出た列道だが、それは植田が余計なことをしなければ、きっと選択肢にも思い描かなかったことだ。

 悪いかどうかはともかく、原因があるのは事実だ。

「……ああして心を折らなければ、きっとまた些細なきっかけで暴走しかねないからな」

「当分、エネルギーを抜かれ続けるでしょうね……」

 今度激高すれば、ただではすむまい。

 体が完治し、更に己の肉体を鍛えこんだ後ならば問題ないが、今また暴走すれば、確実な死が待っている。

 だからこそ、彼の心を折っておく必要があった。

 あれだけ正論をぶつけたのだ、さぞ心を病むだろう。

 だが、死ぬよりは確実にマシだった。

「学年主任の先生は、学年全体を見る義務がありますよね」

 空を仰ぐ植田。

 そこには、師から指導を受けていた時期に、幾度か見上げていた星空があった。

 美しい、星空があった。

「無涯先生だって、クラスの皆を見なきゃいけない……俺はラッキーで、ずるいんでしょうね。全然努力してないあいつに言われても鼻で笑う自分がいて、でもあいつ以外に言われたらって想像するのは……やっぱ引け目に思ってるからなんでしょうね」

「お前が責任を感じることじゃない、今日はもう寮に帰れ。明日は休んでいい」


「ああ、いや、その……服燃えちゃいまして、今全裸なんです」



 翌日の朝、学園内の生徒には昨夜学園の近くの森で、多くの倒木が確認されたことと、列道が入院したことが伝えられた。

 森の中で何があったのか、と言うことに関しては現在調査中とだけ伝えられており、それとはまた別口で列道が事故によって長期にわたり入院することになったとだけ伝えられていた。

 もちろん、それで納得する生徒と、何かあるなと察する生徒の双方がいた。

 とはいえ、態々事情を究明しようという生徒がいるわけもない。

 なにせこの学園は国立であり、地球全体で行われている反攻計画の一翼を担う教育機関。

 下手なことをすれば、比喩誇張抜きで首が飛ぶと、誰もが理解しているからだ。

「そっか~~そんなことがあったのか~~」

「なるほど……そういうことか」

 とはいえ、少々興味を持って、知ってそうな相手に聞いてみようと思う生徒はいた。

 列道の私室に集まった天見と鬼気は、事情を聞いて納得していた。

「列道君は鬼気のタンクだったじゃん。なにも聞いてないの?」

「ああ、聴いていない。正直興味はない」

 酷薄に、心底どうでもよさそうに、彼女は応じる。

 それには流石に天見も唖然としていたし、植田も同じ顔をするしかなかった。

 いくら何でも薄情すぎやしないだろうか。

「そういう目で見てくれるな、友人にそうみられると流石にへこむ。だが、心を偽るつもりはない。学年主任や無涯先生のおっしゃる通り……危機感のない男だったということだ」

 植田は何度か問題行動を起こしているが、基本的に手続きを踏んでから行動している。

 手続きを踏めば何をしても許されるというわけではないが、手続きを踏まなければ許されないこともある。

 三人は知らないことだったが、あの日街で母娘を助けたことは、褒められないことではあるが見逃される程度には許されることだった。

 だが同時に、モンスターの肉を持ち帰るという違法行為を犯していた。確かに一切の情状酌量の余地はない。

「大体、何様だというのだ。一丁前に挫折を語るには、余りにも人事を尽くしていない」

 辛辣な物言いだが、それが彼女の価値観なのだろう。

「列道には挫折する権利はあっても、挫折によって苦悩する権利はない。勝手に膨らませた自分の中の自画像を、現実に照らし合わせて失望しているだけだ。自分が誰かに気付付けられたわけでもなく、自分で自分を過大評価し、結果として正しく失望しただけだ」

 それは、彼自身でもわかっていたことである。

 分かっていたにもかかわらず、それを受け入れかねていただけである。

 誰かのせいにしたかっただけで、何もかもが浅はかだったのだろう。

「人は皆資質の段階で差がある、それはどうしようもないことだ。それを公平に語ることが間違っている。A組にも授業に出ていればそれでいいという志の低い者もいる。仮に列道がA組で初等部の頃からこの学園にいても、努力などせずに腐っていただろう」

 なんとも残酷なことを言うが、それは真実でもある。

 少なくともこの場の三人は過酷な鍛錬を自分から積極的に行える精神性を持っているが、それは生まれ持った資質としか言いようがない。

 仮にこの三人の努力を他の誰かに強要しても、きっと投げ出してしまうだろう。

 全員にその水準を求めることが正しいとは言えないし、逆に虐待と言われるところだ。

「公正と公平を望む物ほど特別扱いを求める者だし、弱みを見つけるや否や大声で叫ぶ物ほどそれをうらやんでいるのだ。全く度し難い、才能があるくせに怠る者は、才能が無い者よりもさらに見るに耐えん」

 そもそもこの学園は基本的に公正で公平なのだ。

 変に差をつけることはないし、扱いを変えているわけでもない。

 生徒一人一人に過度なトレーニングを強要しているわけでもなく、ある程度自主性を尊重している。

 それでやる気を出すか出さないか、それは自由という物だ。

「そして、才能があり努力を怠っているにもかかわらず、更に不満を持ち不当に妬み、足を引っ張ることしか考えていない愚か者など、言語道断だ。相手を貶めて正当性を否定したところで、自分が向上するわけでもないというのにな」

「まあねえ……自分が強くなるわけでもないしねえ」

 この三人は、余り他人に興味が無い。少なくとも見下して愉悦に浸りたいとは思っていない。

 この場の三人からすれば、自分に至らないところがあるのならばまずそこを鍛えるべきで、他人の成績や評価など気にしている場合ではない。

 確かに対人戦では相手の弱点を突くこともあるが、タンクにそんなものがあるわけもない。

 天見からすれば、なんで努力しないのだろうと不思議に思うほどだ。

「私達まだ十五じゃん、今から努力すれば全然間に合うと思うんだけど……」

「まったくだ。第一、モンスターの肉を食う云々に関しても、鍛錬を積んでおけば問題ないのだろう?」

「ああ、師匠が言うには『種目にもよるがオリンピックを目指すぐらい鍛えておけばいい』って話だったな」

 獣神兵は自分の力を完全に制御した状態だが、精神だけ鍛えられて肉体が未熟なら、優位獣化兵の暴走と大して変わらない結果になる。

 肉体が弱ければ弱いほど、暴走の対価は大きい。結局のところ、彼は努力が足りなかったというだけの事なのだろう。

「そんな男に、どうしてそうも気をもむ?」

「そうだよ、ただの自業自得じゃん。第一、私だったらズルして強くなりたくないし」

「……口では色々言ってたが、列道に色々言われて思うところがあったのも本当だ」

 自分はきっと調子に乗っていて、傍から見れば不快で、本当はもっと人格的に改めるべきところがあるのだろうとは思っていた。

 しかし、実際に糾弾されると思いのほか傷ついていた。

「俺は、資質こそなかったけど修行が好きだったし、師匠にも会えた。だから運がいいんだって思ってた。それを、まあ妬まれて、いい気分になるっていうか……嫌な気分になったよ」

 植田は天見を見る。

 きょとんとしている努力家を見る。

 そんな彼女が、あの時反論する勇気をくれたのだ。

 人より始めるのが遅かったとしても、努力しても成果が望ましくなくても、他人からの評価が低かったとしても、それでも諦めない彼女を知っているから。

「あいつにも……少しはいいことがあればなって、今は思ってるんだ」



 鈴屋マチは反戦運動の署名活動を休止していた。

 友人全員と、その両親から縁を切られたから、という物は確実にあった。

 だがそれだけではなく、彼女には他にやりたいことが見つかっていたからだ。

「じゃあ、お母さん行こうか!」

「ええ、行きましょう」

 彼女はあの一件以降、ボランティア活動に参加していた。

 あの戦いで、モンスターの攻撃により多くの被害者が出てしまった。

 その復旧に、少しでもできることがあれば。

 今目の前で困っている人を助けるために。

 母親と一緒に彼女は外に出て、復興に参加する。

 その彼女の勉強机の上には、まだ書きかけの手紙が置いてあった。


 つまりは……自分を助けてくれた人に送りたい、一通の感謝の手紙だった。

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