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その『タンク』規格外につき

 多くの科学技術が発展した時代。地球人類に新たなる災害が立ちふさがった。

 まるで幻想の世界から迷い込んできたような、異次元の生命体、モンスター。

 既存の生態系から大きく逸脱しているその生命体は、地球人類やその文明を標的に破壊や虐殺の限りを尽くしていた。

 当然人類はこれに対抗。それまで同胞を討つために生み出されて来た大量の兵器が久しぶりに異なる生命体に向けられ、地球に現れたこれを殲滅した。

 地球上に残ったわずかなモンスターも掃討される中、反攻を志す人類は根元を立つべく異次元に兵器を送り込もうとしていた。

 しかし地球人類の兵器、否、機械は異次元に送り込むことができなかった。

 モンスターを送り込んでくるゲートの解析が進む中、人類は既に存在しているゲートを突破できる兵器を開発した。シャトルと、タンクである。

 それは、大量生産される兵器ではなく、一騎当千の兵士とその補助を行う兵科だった。


 反攻計画を担う兵士たち。シャトルとタンクを要請する学校。

 それが、カウンタースクールである。

 国立反攻学園。即ち、日本唯一のシャトル、及びタンクの養成校である。

 小学校、中学校、高校、大学がまとまった学園であるこの巨大な養成施設には、日本中からシャトルの資質を持った女子やタンクの資質を持った男子が集められていた。

 そして、四月。またも新しい生徒たちがこの学園の門をくぐろうとしていた。



 国立反攻学園高等部、一年C組。

 シャトルやタンクとしての資質の開花が、中学卒業前になった者たちの教室である。

 言うまでもなく最も開花が遅かった者たちが、他の生徒が既に学んでいることを最初から学び始める教室である。

「私が、皆さんの担任をこれから三年間務める、無涯空です」

 厳しい顔をした若い女性が、その場の全員に話しかけている。

 その表情があえてのものであることは明白で、浮足立っている生徒たちの気を引き締めさせるためだった。

「貴方方は極めて稀有な資質を持ち、この学校へ入学を許可されました。一種の優越感を持っていることは確実でしょう。ですが……この学校では、それは普通の事であり、貴方方はこの学校の中では最も……劣っています」

 大学は当然の事ながら、小中高一貫の教育を行うこの学園には、教室にいる生徒たちよりも年下が多い。

 その彼らよりも、さらに下であるという冷や水を彼女は遠慮なく浴びせていた。

 それに対して、生徒たちが反感を覚えるのも無理はない。そういう年頃であり、そうした気質を持っているからだ。

「同年代の生徒に関しては言うまでもありません。A組の生徒は皆小学生の頃からこの学校で学んでおり、B組の生徒は中学生の頃からこの学校で訓練を積んでいます。シャトルやタンクが守らねばならない法律や、学ばねばならない学問。それらはとても多く、貴方方にはそれだけでも負担です」

 まあ、だからこそ教師としては彼らに自制を学んでもらわねばならないのだが。

「現に、貴方達の先輩である高等部二年C組の生徒は平均すれば、同学年はおろか一年B組にも劣る成績です。そしてそれは、直接生き死にに関わることでもあります。この学校はあくまでも教育機関であり、新しいスタート。決してゴールではないということを理解したうえで、勤勉に励んでください」

 こう言ったところで、既に俺だけは違うぞ、という顔をしている者が教師の目に一人映っていた。

 そして、その彼の資料は憶えている。たしか、強力な固有スキルを持っている生徒だった。

 にやにやと優越感に浸るその男子生徒を見て、彼女はやや嘆息する。

 その上で、全く違う顔をしている生徒を見つけた。

 明らかに、このクラスに不似合いな、ある程度の経験を身に着けているかのような顔をしていた。

 その彼も、固有スキルを持っている男子生徒だった。なるほど、いいライバル関係になってくれそうである。

「では、皆さんには最初に一番大事なことを伝えておこうかと思います」

 彼らはこれから、多くを学んでいかねばならないわけなのだが、それは教員が教えることだけではない。

 同じ年齢の生徒から学んだ方がいいこともある。

 少なくとも、一人の教師で一クラス三十人全員を教え切るのは非常に難しい。

「皆さんには、これから一週間以内に……パートナーを決めてもらいます」

 にわかに、教室内でざわつきが起きた。

 まあ、実際どの教室でももっとも盛り上がることである。

 自分も昔はそうだった、と思い出しながら、彼女は咳払いをした。

「皆さんには、A組かB組。いずれかの『先輩』と組んでもらいます。当然、相手には拒否権もあり、原則としてシャトルとタンクは一対一。早く動くことをお勧めします」

 各生徒の机にあらかじめ配られているプリントを開かせる。

 そこには、未だにパートナーの決まっていない、高等部のA組やB組の生徒の名簿があった。

 当然のように、彼らの能力値も記されている。相手にも選ぶ権利があるように、この場の彼らにも、選ぶ権利はあるのだから。

 大抵の生徒が、希望通りの相手を選べないのが大抵なのだけれども。

「これから皆さんには、履歴書を書いてもらいます。能力値は既に打ち込んでありますので、なぜパートナーを決めたのかを含めて、きっちりと記入してください。当然ですが、虚偽は慎むように」

 注意するということは、それが頻繁に起きるという事。

 注意事項を改めて説明しつつ、どうせ今年もそれが起きるのだろうと、彼女は考えていた。



 初日の授業は午前中で終わり、食堂にて食事をして、どの学部の生徒も自分の寮室へ帰っていく。

 そんな中、一年C組の生徒である彼は、これから七年間過ごすであろう狭い寮の部屋で、机を前に唸っていた。

「パートナーか……」

 自分の写真が既に貼られている、パートナー希望者へ提出する履歴書。

 それを机の上に置いて、制服の上着を脱いで、下着姿になっている彼はその肉体を晒していた。

 マッチョというにはやや細いが、きっちりと鍛えられており、服の上からわかるであろう筋肉質の体形だった。

 良くも悪くも、誰でもいいと思っている彼は、朝の説明を受けるまでは一番最後まで待って余っている『先輩』にお願いするつもりだった。

 しかし、無涯先生の言葉を聞いて、色々思い直した。少なくとも、このままギリギリまで決めなければ、いきなり教師から不快な目で見られかねないと。

「それに相手に失礼だしな」

 この上なく露骨に、余り物扱いされては相手もさぞ不快だろう。こちらは指導をお願いする立場なのであるし、積極的に動くべきなのかもしれない。

 そう思って、名簿を見る。

 その名簿は、つまりは自分がこれから書く履歴書の束だった。

「A組にも、パートナー歴がない人がいるのか……」

 職歴の代わりに、パートナーを何度替えた、ということも書いてある。

 何故替えたのか、というところまでは書いていないが、それでも短期間に頻繁に替えているようでは当人に問題があると思われて当然だろう。

 逆に、全くパートナー歴が無いのならば、よほど相手に多くを要求しているともとれるのだが。

「足手まといは不要です。タンクには強力な主体型のスキルを望みます、か……」

 成績を見るに、『彼女』は相当な実力者のようだ。

 果たして、彼女の望む水準のタンクがC組にいるのだろうか。

 如何にスキルは先天性のものとは言え、中々難しいところである。

 ある意味自分にも当てはまることだとは思いながら、人気はありそうだと思ってやめておく。

 こういうことで、あえて競争したくないのだ。

「まあ、B組には結構いるよな、こういうパートナー歴がない子も」

 興味本位で見た、小学生の頃からこの学校で勉強や訓練を行っているA組の事は置いておくとして、彼にとっての本命であるB組の名簿を見始める。

 やはり選ぶからには、頻繁にパートナーを替えていない生徒が望ましい。

 それに、成績はともかく真面目な方がいいだろう。

 結局品定めしつつ、パラパラとめくっていく。

「人気がなさそうな、一年のB組から……」

 当然ではあるが、よほど条件のいいシャトルは同じぐらい条件のいいタンクを相手に決めているのだろう。

 ある意味では売れ残りの中で、さて、どうするかと選んでいく。

 できれば真剣な子がいいのだが、と指で探していくと、そこには一人の女子が見つかった。

 眼鏡をかけている、自信がなさそうな顔をした、女子にしては短い髪をしている子。

 いかにも昨日までは中学生でした、という彼女のパートナーに求めるものを見て、彼は直接会ってみようという気になっていた。

「……パートナーに求めるものは、自分が前線で戦いたいので、その危険を承知で戦ってくれる人か……」

 中々どうして、自分にうってつけの希望内容である。

 彼女の成績を見るに、彼女には分不相応な目標らしい。実際、彼女は一度もパートナーを得ていない。

 自分の分もわきまえず、高望みしているシャトル。なんともやりがいのありそうな相手だった。

「内線電話、内線電話っと……」

 寮に備え付けられた据え置きの電話、今時珍しいかなり大きめの電話機である。

 それを使って、彼女にアポイントメントをとる。早めに動くと決めたのだから、さっさと決めた方が次の動きが早く済む。

「……もしも」

『はい! 天見です! もしかして、今年から入学したC組の人ですか!』

 たいそう慌てた声が聞こえてきた。

 なるほど、どうやら電話の前で待機していたらしい。

「はい、植田です。貴女の履歴書を見させてもらいまして、良かったら俺のパートナーになってもらえないかなと……」

『ほ、本当ですか! 私、前線でバリバリ戦いたいんですよ!? 死んじゃうかもしれませんよ?! 本当にいいんですか?!』

「っていうか、あの……」

『私、そんなに強くないですよ?! B組でも下から数えた方が早いぐらいで!』

「おい……」

『やった、私にパートナーが! これでようやく私も……!』

「聞けよ」

 それからしばらく彼女はまくしたて続けていた。

 しばらくいら立ちながらも黙っていた植田は、彼女に止まるように言った。

「とりあえず、そっちに伺って直接話をしたいんだが……」

『え? 私の部屋?』

「直接会わないで、パートナーは決められないだろ」

『私の部屋は、その……片付いてないから! 無理! 男の人入れられない!』

 なんて正直なんだ。

 ある意味感心しながら、植田は別の提案をする。

「それじゃあ俺の部屋に来るか?」

 幸い、この寮に来たばかりということもあって、殆ど物はなく片付いている。

 自分が服を着れば、そのまま女子でも招けるだろう。

『ぱ、パートナーの部屋に?! 私が?! このお昼から?! 空が晴れてるのに、男子の部屋へ?!』

 またも大慌てしている彼女。何が楽しいのだろうか、完全に勘違いしてパニックしている。

「……じゃあ食堂でもどこでもいいよ」

『み、皆の前で?! そんなの早すぎるよ!』

「……やっぱやめようかな」

『あ、ちょ、ごめんなさい! 分かった、うん、分かった! 食堂だね! 植田君! すぐ行くから、待っててね!』

 少し話をしただけなのだが、既にどうして彼女の成績があまりよくないのか、彼女にパートナーがいないのかあっさりと分かってしまった。



「あ、あの! この中に植田君って子はいませんか!」

 食事時を過ぎて人が少ないとはいえ、未だに結構な数の生徒がいる食堂。

 そこに慌てて入ってきた少女は、そこそこ響く声で人を呼んでいた。

 誰もが返事をしないまでも、彼女を見る。

 その中で、返事をしたくないと思いつつも、植田は挙手せざるを得なかった。

「……こっちこっち」

 顔が赤くなる。

 今からでも辞めてしまおうかと、既に思い始めていた。

「ああ!」

 しかし、とてもではないがそんなことを言い出せない空気で、必死の表情の彼女が駆けよってくる。

「貴方が植田君!?」

「ああ、まあ……」

「私のパートナーに……タンクになってくれるって本当?!」

 椅子に座っている植田に、詰め寄る眼鏡女子。

 そこに一切の慎みは見受けられなかった。必死すぎて全てが裏目に出ている。

 植田は素直に早まったことをしたと後悔していた。

「まあ座れよ……」

「あっはい!」

 どうやら、今まで四方八方にお願いしたのに、全くタンクとパートナーになれなかったと見える。

 心底落ち着きに欠けるが、いっそ感心するほどの無様さだった。

「あのね……私前線で戦うカッコいいシャトルになりたいの! 貴方がタンクになってくれるなら、私も……!」

「あのさ……俺の履歴書……」

「長かったわ……本当に長かったわ……」

 植田が用意してきた履歴書を読むどころか、握手まで求めてくる始末である。

 植田が思っていいことではないが、もう誰でもいいのだろう。

 自分のパートナーになってくれるなら、誰でも構わない。ある種のぞんざいな扱いだった。

「あの……」

「私……前線で戦いたいのに、皆駄目っていうし……」

 そりゃあそうだろう、誰でもそう思う。少なくとも、植田はそう思っていた。

 その一方で、彼女の握手に応じた所、彼女の手の凹凸に気付いた。

 必死で剣を振っていたことがわかる、マメだらけの手だった。

 どうやらコイツは、口だけではないらしい。それを察する程度には、植田も色々なことが分かっていた。

「ちょっと、天見さん」

 少しは受けてもいいかなと思っていると、遠くから歩いてきた女子生徒が泣きじゃくる天見を咎めていた。

 なんというか、知り合いらしい。

「あ、土井さん」

「あ、じゃないでしょう。まったく……」

 やれやれ、と呆れている彼女は、人差し指でぐりぐりと天見の額を突いた。

「C組の新入生に取り入ろうなんて……貴女、何をやってるかわかってるの?」

「おいおい……」

 なんというか、ありえない展開だった。

 まさか、教師でもない彼女が、いきなりやってきてそんなことを言い出すとは思っていなかったのだ。

「貴方、C組の新入生ね? 初顔だから分かったわ」

「ああ、植田だ」

「私は高等部一年B組の土井よ、よろしくね。私にはタンクがいるからパートナーにはなれないけど、分からないことがあったら聞いて頂戴」

 どうやら、天見と同じクラスのようだ。

 そして、中等部でも同じクラスで、お互いの事はよく知っているらしい。

 イジメっこ、というわけでもなさそうだった。

「じゃあ早速聞くけどよ……なんで天見さんが俺とパートナーになったらいけないんだ?」

「はぁ、安心して。別にそのこと自体を咎めているわけじゃないの。むしろ、感謝しているわ」

 少なくとも、天見よりは落ち着いて、冷静に話し始めていた。

 それなりにわかりやすい理由がありそうである。

「天見さんはね、別に悪い子じゃないの。努力家だし、真面目だしね。そそっかしいところはあるけどそれなりに勉強もできるし、座学とかなら力になれると思うわ。ただ……この子はシャトルとしては弱いのよ」

 ちらりと天見を見ると、無言でうつむいて、涙をこぼしていた。

 反論しないということは、それなりに真実で、自覚しているということだろう。

「貴方も転校生だからって、シャトルとタンクの関係は分かっているでしょう?」

「常識の範囲ならな」

「なら安心ね、弱いシャトルが最前線で戦うことを希望するなんて、タンクが一番迷惑よ」

 それは正しい。何も間違っていない。

「この子は努力しているし、エネルギーの量も豊富。でも、努力してこの程度ってことは、つまり適性が無いのよ。この子はどんなに頑張ってもこの程度」

「そんな言い方……ないとおもうよ」

「あのね……私達は兵士なのよ? スーパーヒーローじゃないの! とにかく最低限タンクを守るのが前線で戦えるシャトルの仕事。貴女はそれができないじゃない!」

 これも正論である。

 異次元から襲ってくるモンスターを倒し、逆に侵攻して敵を討つ。それがこの反攻学園で要請されるシャトルとタンクの存在意義。

 まして、最前線での戦いを希望するならば、一定の実力は必要である。

「天見さん、貴女には才能が有りません! それでは迷惑するのは、この植田さんなのよ!」

「だって、この人は最前線で戦ってもいいって……」

「それで死んでも、貴女はいいって言うの?!」

「まあまあ……」

「植田さん、貴方は危機感を持ちなさい! やる気があるのは良いし、継続して努力をしている子とも認めます。でも、実力が伴わないなら、それは自殺と変わらないわ」

 まったくもって正論である。一切返す言葉が無い。

「でも、だって……私の夢だもの!」

「現実を見なさい! 貴女、回復能力持ちなんだから、態々最前線で戦うことないでしょう!」

 え、と植田は慌てて天見の履歴書を見る。

 特殊能力の欄に、回復能力、と書いてあった。

 言うまでもなく、自分や他人の体の傷を治す能力である。

「本当だ……」

 だとすれば、確かに最前線で戦う意味がない。

 ろくに天見の履歴書を見ていないのは自分も同じだと恥じてしまう。

 とはいえ、それなら色々と納得だ。回復能力を持つシャトルもタンクもそれなりに多いが、何人いても足りないのが医療の現場であろう。

 彼女が普通のタンクとパートナーになる分には文句などないが、前線で戦うことを前提に契約するのは間違っているのだろう。

「植田君……天見さんはね、前線で戦うには余りにも不向きなの。後方でおとなしく、負傷兵のケガを治すのが彼女の役割なの」

「だって……」

「人には適性があるの! 努力したってかなわない夢はあるの! いい加減諦めなさい!」

 正論ではあるのだろう。

 だが、その言葉を受け入れることはできない。

 天見も、植田も。

「植田君、貴方が前線で戦うシャトルと契約したいなら、他の子を当たってちょうだい。この子とパートナーになるなら、それは諦めて。これは残酷に聞こえるかもしれないけど、必要なことなのよ」

「植田君……」

 しばらく黙る。

 土井の言うことは、きっと何も間違っていないのだろう。

 だが、植田はあえてそれに逆らった。

「そうだな、俺もそう思うよ。この子は戦闘に向いていない、俺を守ることはできないだろう」

「わかってくれてうれしいわ」

「だけど、だからやりがいがある。俺は彼女のタンクになる、そう決めた。彼女と一緒に最前線で戦おう」

 嗜好と適性の不一致。なるほど、まあ仕方がない。なんでもかんでも噛み合うわけじゃない。

 だが、諦めずに頑張っているのなら、それは自分の同志である。

「……植田君、貴方にどんな能力があるのかはわからない。でも、無理よ。この子に貴方は守れない」

「そうだとしても、それでもいいさ。俺はそう言っているんだ」

 不敵な表情、かなり鍛えこんだ肉体。

 なるほど、腕っぷしには自信があるのだろう。

 だが、そんなものではシャトルには勝てない。そう教えるのが、先達の務めだ。

「植田君……貴方はもしかして勘違いしているんじゃないかしら」

 身の程知らずにもほどがあった。

 足が速い自信があるとしても、バイクに追いつくことはできない。

 彼がどれだけ人間として強かったとしても、シャトルには絶対に勝てないのだ。

「私が小学生の頃からここにいるA組よりも弱い、中学生の頃からここにいるB組だからって……どうにかなるとでも思っているの? こんな私でも、もしかしたら倒せるんじゃないかって」

「どうだろうな」

「分かったわ……私もここに入学した時は、シャトルの力を知らなかったもの。教えてあげるのが私の務めね……天見さん! 貴女と私で戦いましょう!」

「えええ?!」

「最前線で戦うなら、私との戦いも逃げられないでしょう?!」

 少々バカにされた気になったのだろう。

 実際そうした振る舞いもしていたのだろう。

 忠告から敵意に切り替えて、土井は植田をにらんでいた。



「ここで戦うのか」

 授業を始める前に、ジャージを着ることになるとは自分も勤勉な物である。

 そう思いながら、植田は演習室に赴いていた。

 演習室、つまりはシャトル同士の戦いのために学内に存在している、体育館の様な設備だった。

 とはいっても、その大きさはかなりのもので、格闘技の試合どころか球技さえ催せそうである。

 そんな清潔で新しい場所には観客席が存在し、強化アクリルによる頑丈で透明な壁が両者を隔てていた。

「ええ、既に許可は取っています」

「なるほど……こりゃあ大した設備だ」

「ええ、シャトル同士の戦いにも耐えられる特別製です」

 ふと見上げてみれば、今日初めてこの戦いを見ます、という顔の面々が観客席に張り付いていた。

 間違いなく、植田と同じ高等部の一年C組の面々もいるだろう。

「ううう……」

「ハンデというわけではありませんが……私のタンクは呼んでいません。彼が居なくても、十分に倒せるからです」

 自分に自信があるのか、或いはよほど天見を下に見ているのか。

 中学生としての三年間を訓練で過ごした土井は、体形がわかりやすく出るタイツのような服を着て、同じ格好をしている天見をにらんでいた。

 努力は認める、熱意も認める。

 だが、そんなことは当たり前だといわんばかりに睨んでいた。

「言うまでもありませんが……タンクである貴方を攻撃するつもりはありません。シャトルである私達が戦い、決着をつけるだけです。貴方は彼女にエネルギー供給をしてもかまいませんし、能力を使用して彼女を強化しても構いません」

「随分なハンデだな」

「それぐらい、彼女には実力が欠如しているということです」

 すっかり委縮している天見は、観客席からの視線に対して震えていた。

 そんな彼女とは対照的に、植田はなんともわかりやすく笑っていた。

「……貴方にケガはさせません。ですが、私達の戦いを見たうえで判断してください」

「何をだ?」

「彼女とパートナーであることを続行し、共に後方支援に回るのか。それとも、彼女以外と契約をするのかを」

「見くびられたもんだ……」

 ややいら立つ。

 まるで、目の前で『凄い戦い』を見たら前線で戦う気力が折れるかのような言い回しだった。

 事実として、そうなのだろう。それが普通なのだろう。

 しかし、そう扱われれば腹を立てるのが普通というものだ。

「見取り稽古というものがあります……見て学びなさい……シャトルの戦いを」

 土井には自信があった。

 この三年間、自分も必死で頑張ったという自信が。

 その上で、目の前のクラスメイトには負けないという自信が。

「テイク・オフ!」

 そう叫ぶと同時に、彼女の肉体からエネルギーが放出された。

 無色の輝きは彼女の体を覆い、装甲へと変わっていく。

 体の各部が武装され、その両手には長大な突撃槍が握られていた。

 明らかに女子の腕力で持てるはずがない武器だったが、それを彼女は持ち上げるどころか軽々と振るっていた。

「さあ、貴女も武装しなさい!」

「て、テイク・オフ!」 

 天見もまた体からエネルギーを放出し、そのまま自分の体を覆っていく。

 やはり彼女も武装して、そのまま扱えないほど大きい剣を握っていた。

「……あのね、植田君」

 その上で、前に出る。

 震える体を奮い立たせ、眼に意思を込めて前に出る。

「本当に危ないから、下がっててね」

 元々、勇気がないわけではない。

 B組である彼女は、それこそ三年間ずっと負け続けてきたのだろう。

 一切成長が見込めず、置いていかれる中で、それでも努力し続けてきたのだろう。

「私、絶対勝つから……」

「無茶すんなよ」

「うん、無茶する。私、自分のケガも治せるし」

 中々面白い言葉だった。

 少なくとも、植田はそう思った。

「私ね……本当にうれしかったの。騙すみたいな形になっちゃったけど……でも、本当にうれしくて……電話してくれた植田君が嬉しかったの」

 巨大な剣を構えたまま、前に進む。

 その眼は、強敵に対する恐怖を抱いたまま土井をみていた。そこから目を背けなかった。

「私、絶対勝つから。勝って、植田君と一緒に前線で戦うんだ……!」

 気負いすぎだった。

 だが、中々どうして好みの顔だった。

「下がってて……シャトル同士は、本当に凄いんだから」

「ああ、分かった」

 とん、と植田は大きく下がった。

 そして、両手を組みながら観戦の構えを取っていた。

「頑張れよ、シャトル」

「うん、頑張る!」

 大きく剣を振りかぶって、そのまま突撃する。

 その一歩目で、既に観客席の面々は瞠目していた。

 B組の中でもかなり下であろう彼女が、大きく踏み込んだ一撃。それを誰も目で追えなかったのである。

 まさにロケットスタート、というレベルではない。

 弾丸が発射されるように、一歩で加速した天見はそのまま大剣を打ち込む。

 人間の動体視力では視認できないはずのそれを、土井はあっさりと受け止めていた。

 金属と金属の激しくぶつかり合う音がする。

 大剣と、それを受け止めた巨大な槍。

 その衝撃が反響し、観客席の面々も耳を抑えていた。

「今日こそ、勝ってみせるよ!」

「無理よ」

 大剣の重量を感じさせずに、大降りによって振り下ろしてきた天見を槍の一閃で弾く土井。

 そのまま、一転攻勢に入る。

 土井自身の速度が天見を越えているのは当然として、その熾烈な連続の刺突は天見を圧倒していた。

「うううう!」

「どう、諦める気になった?!」

「諦めない!」

 大剣を盾のように扱いながら、何とか受けていく天見。

 しかし、眼に見えて一歩一歩下がっていく。

 体には多くの傷を負い始めていた。

「諦めない諦めないって……いい加減にしなさいよ!」

 槍を大きく振るい、薙ぎ払う。

 その一撃で、踏みとどまれず吹き飛ぶ天見。そのまま、演習室の壁に激突していた。

「諦めないって……それを死ぬまで続けてどうするの?」

「死なないよ……私は、ケガぐらい、治せるもん……」

「死んだら生き返れないのよ?!」

 それは甘えを剥ぎ取る行為だった。

 観戦している面々も、目の前で行われている戦いで少なからず感じていた優越感を失っていった。

 まず確実に、この時点ではC組で入学にしてきた面々よりも、三年努力してきた天見の方が強いのだろう。

 その彼女が、同じB組のシャトルにまるで歯が立っていない。

 つまり、今の自分達の立ち位置を思い知るものだった。

「努力は万能じゃない! 貴女は努力してるかもしれないけど、私だってしているのよ! なんで努力すれば敵うと思うの!」

「だって、だって! 諦めたら、夢がかなわないもん!」

「諦めなかったら、死ぬだけよ! 貴女だけじゃなくて、貴女のタンクも!」

 段々押し込まれ、そのまま壁際に追い込まれる天見。

 そして、遂に背中が壁にぶつかっていた。

 その体の装甲には大きく亀裂が走り、血が流れていた。

 じわりじわりと、眼に見える速度で治っているが、明らかにそれだけだった。

「わかっているでしょう、回復能力は戦闘中に自分を治せるレベルじゃない! 戦闘中にアドバンテージとして機能するものじゃない。貴女の力は、後方支援でこそ輝くの!」

「でも、だって!」

「そっちの方がカッコいい……それじゃあ駄目なのよ!」

 大きく距離を取り、助走の準備をする土井。

 槍を構えての突撃の準備である。

「私達シャトルは、一人でタンクを守らなければならない。タンクを守りながら、モンスターを倒さなければならない。それをするには……最低限の強さが……必要なのよ!」

 思わず、眼を閉じる天見。

 分かり切っていた敗北を味わいそうになり、剣を盾にして衝撃に備える。

 しかし、それは何時まで立っても訪れない。

「え?」

 剣を降ろして、対戦相手を見る。

 そこには驚愕の表情で硬直している土井と、その背後から彼女の槍をつかんで抑え込んでいる植田の姿があった。

「いやあ、よく考えたら俺、まだタンクとしてシャトルにエネルギーを注ぎ込む方法聞いてなかったわ」

 土井は、断じて背後の彼に気を遣って走るのをやめていたわけではない。

 ついさっきも、今も、全力で槍を突き出そうとしている。

 だが、万力の様な力で固定して、そのまま動きを封じている植田の片手の力を振りほどけなかった。

「だからまあ、こうやって力を貸すぜ。物理的にな」

 直後だった。

 動きを止めている土井の姿が消えていた。

 正しく言えば、天見と反対側の壁まで剛速球の様に放り投げられ、そのまま壁に激突していた。

 右半身から壁にぶつかり、そのままずるり、と床に立つ。

 体が味わっている激痛は、今の信じがたい状況が現実であると教えていた。

「うそ……凄いじゃん!」

 無邪気にはしゃぐ天見を背に、植田は両手の指をワキワキと動かす。

 その所作には、自分自身に対する絶対的な自信があった。

「シャトルとして、モンスターと戦えるのは女性だけだ。だが、シャトルとして戦うためのエネルギーは男の方にも宿っている。むしろ、総量なら圧倒的に多いほどだ。だが、男はそれを戦う力に変換できない。だから、シャトルにエネルギーを供給することで『外部タンク』としての役割を果たす」

 彼が語るのは、極めて一般的に知られている、シャトルとタンクの関係だった。

 C組の面々さえ知っている、世間に周知されている当然の常識だった。

「シャトルはタンクを守るというデメリットを抱える一方で、膨大なエネルギー供給を受けることができたり、或いは特別な強化を受けることができる」

「ええ、その通りです……なのに、なんで?!」

 柔道の要領で、シャトルを投げることができる男がいる、という可能性はあるだろう。

 少なくとも、出力の劣るシャトルが、その要領で出力で勝るシャトルを凌駕することは有るからだ。

 だが、彼は今明らかに腕力で自分の上をいった。力任せに、自分をぶん投げたのである。

「俺は例外でね、レア度が高いだけの『ハズレア』だが、自分の中のエネルギーをシャトルの様に自己強化に使うことができる……『セルフブースト』。俺だけの、ユニークスキルだ!」

 シャトルに守られる必要がないほど、単純に強いタンク。

 それはつまり、先ほどまで土井が語っていた正論が全て覆されることを意味していた。

「『セルフブースト』……そんな能力があるわけないわ!」

「だが、現に……俺はお前より強い!」

 明らかに、人間を凌駕した速度で走り出した植田。

 それは、驚くべきことにB組として三年間研鑽してきた二人のシャトルをしてとらえきれない尋常ならざる速度だった。

「な……早すぎる!」

 まるで、A組のシャトルのようだ。

 B組としては平均よりも高い力を持つ土井は、満面の笑みを浮かべながら殴りかかってくる植田に槍で反撃する。

 壁を背にしたままだが、大きく一歩踏み出しつつカウンターを狙う。

 しかし、その一撃は空を切る。

「遅い!」

 その背面から前へ抜ける、押されるような打撃。

 それを受けて土井は、真正面から反対側の壁に激突し、顔から血を流していた。

「すごっ……」

 自分が弱いことは驚かない。土井が自分よりも強い事にも驚かない。

 だが、目の前のタンクがはるかに強い事には理解が及ばない。

 そんな男、居るわけがないのに。

「土井さんを、こんなあっさりと!」

 自分のすぐ脇で床に崩れていく土井を見て、天見は思わずそうつぶやいていた。

 自己強化を可能とするセルフブースト。なるほど、確かに例を見ない能力であり、彼が自分とパートナーになりたいと思った理由もわかった。

 だが、戦う素質があるとしても、戦う能力があるとしても、いくら何でも強すぎる。

 確かにA組に比べれば弱い彼女だが、きっちりと授業を受けて、自主的なトレーニングも怠っていなかった。

「なんていうかまあ……我ながら矛盾した話だとは思うけどよ」

 すたすたと、ジャージを着ていてもわかるほど筋肉のある植田は、悠々と床に崩れ落ちている土井に歩み寄っていく。

「夢に向かって熱意があって頑張ってる奴を応援したいと思う一方で、自分でも努力している上で現実を語る奴をのしたいって思うのはさ」

 完全に気絶し、装甲が解除されている彼女を、普通に寝かせる。

 その上で、彼女のマメだらけの手をとっていた。

「まあきっとアレだな……俺だって頑張ってるんだぞって、自慢したいんだろうな」

 その彼の手を見て、天見は驚いていた。

 自分達よりもずっとボロボロな、彼の努力を物語る両手。

 それは、彼の今日までの日々が楽なものではないと示していた。

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