ディグマス(未完)
ディグマス(クィクィ)
この作品を読んだ俺は鼻をすすりながら、深夜の電車内でそっとつぶやく。
「くそ、こんな時間にこんな作品を見つけるなんて!」
このつぶやきに、唯一反応した人物がいた。隣に座っていた見知らぬおじさんであった。
彼は目を見開いて驚き、俺に向かって叫んだ。
「早く塵神を使え、魔族に殺されるぞ!」
おじさんの必死の叫びを聞いた乗客の一人が、ふふっと笑った。
声の主は、俺の向かいの席のおばあさんであった。
「貴様には、できぬ……。そうだろう、ディグマス……!」
俺はその言葉に、ついうっかり反応してしまった。
「デ、ディグマスだと! まさか、そんなはずは!」
ディグマスは異世界小説の中の存在のはず、と続くはずだった言葉は出なかった。
おばあさんの隣に座っていたおじいさんがゆっくりと立ち上がったためだ。
俺は直感ではなく、心で理解した。奴だ。奴がディグマスであると。
おばあさんを一瞥したあと、奴は俺に向かって恐るべきことを言い放った!
この時、間違いなく俺は死を覚悟した。覚悟するしかなかった。
「塵神は使役してはいけない規則かもしれぬな……」
その言葉に俺は愕然とした。
彼らは乗客であった。先ほどまでは俺と何の縁もゆかりもない見知らぬ乗客であった。
だからこそ、俺に危害は決して加えない。そう信じていた。信じ切ってしまった。
しかし、ディグマスと相まみえた瞬間から、彼らは間違いなく俺の敵であることを認めざるを得なかった。
そして、ここがすでに戦場に変わっていたことに、俺はこの時、嫌でも理解しなくてはならなかった。
もう俺の知っている彼らではないという事実に愕然としたのだ。
そして、全ての点と点が繋がり螺旋状となった思考の果てに気づいてしまった。
気を抜けば――息をする間もなく、一瞬でやられることに。
そう、頭の中で理解していた。心が警鐘を鳴らしていることに気付いていた。
だが、俺は彼らにある疑問をぶつけずにはいられなかった。
「あんたら、一体何者なんだよッッッ!」
そう叫んだほんの一瞬の隙。その一瞬の隙に、ディグマスはポケットに素早く手を入れた!
俺は再び、死を覚悟した。いや、覚悟するしかなかった。
奴がポケットから出したものは謎の白い紙だった!
どういう事だと混乱していると、彼は子供をあやすような優しい表情で話してくれた。
「鼻をかめ。背が伸びなくなるぞ」
その言葉に……俺はようやく気付いた。
彼が取り出したもの。それは、まだ穢れを知らない頃のティッシュペーパーだった。
俺は不覚にも泣いてしまった。同時に紳士であった彼を敵と判断した自分を恥じた。
彼はその一枚をそっと俺の手のひらに置いてくれた。同じ電車に乗っただけの見知らぬ俺の手のひらに。
俺はそれを受け取って、どんな見返りが欲しいか彼に聞いた。
紳士であった彼は見返りを一切求めてこなかった。なんだか、急に彼と友達になれた気がした。
ありがとう。本当に、ありがとう。面白い作品に出会えた、今日にありがとう。
俺はポケットにしまっていたハンカチで、急いで鼻をかんだ。鼻と心が少し晴れやかになった気がした。
ディグマス、まじディグマス。
なんだか優しい気持ちになれる、そんな気がする。




