諦めない
元の世界では、俺は完全にネガティブな後ろ思考でしか物事を考えて無かった。
それは、こっちに来てもそこまで変わらなかった。
だが、今は少しだけその考えは止めた。
俺にだって出来る事がある。
全てを完璧にはこなせないが、出来る事をしっかりとやろうと思っている。
そして、できない事にも全力で向き合おうと思っている。
目の前にいる結城さんは、期待全てに応えようと努力したんだ。
途中で諦める俺なんかとは違い、彼女は最後までやり遂げたんだ。
その差は大きい。
彼女の方が俺より凄い。
「痛みで口開きませんか?叫び声も上げないなんて」
俺がそう思っていると、結城さんが俺の方を見てそう言ってくる。
あれから少しして、結城さんが何度も俺に斬りかかってきた。
俺は避ける事をしないで、彼女の斬撃を体で受け止めている。
だが、やはりスキルの所為で痛みがあまり感じない…。
その時、体が痺れてきていることに気がついた。
腕を動かすのに、少し時間が掛かる程度だが、放置すれば更に痺れていくのだろうか。
俺がそう思っていると、
「やっと効いてきましたね。先輩が叫ばないから、痺れ毒を剣から出しながら攻撃をしてたんですよ」
結城さんがそう言って、自身が握っている剣の刀身を撫でる。
彼女の魔法は、回復魔法だったはずだ。
ある意味、今の結城さんはその真逆の剣を使っている。
「結城さん、俺は結城さんが好きで俺の事を斬っている様には見えないんだ」
「何言ってるんですか?血だらけの先輩を見ていると、興奮しますよ!」
結城さんが声を張ってそう言う。
結城さんは興奮するとか言うような子じゃ無いはずだ。
「いつまでこうしているつもりですか?」
「結城さんが元に戻るまで」
結城さんの質問にそう答えると、結城さんは笑いながら、
「元に戻るって、私は元々こういう人間ですよ!」
俺にそう言ってくる。
「…無理してでも皆の為に頑張っている結城さんが、人を好きで傷つけるように見えない」
「知ったような事言わないで下さい!」
結城さん斬りかかってくる。
俺はその攻撃を無抵抗で受け入れる。
「確かに、俺は結城さんの事を何も知らない。でも、春乃や怜華さん達が結城さんの事を認めているんだ。俺はそれを信じる。君は、まだ元に戻れる」
「もう嫌なんです!自分を殺して、他の人のために力を尽くすのは!」
「ごめん」
結城さんの言葉に、俺は頭を下げる。
「俺の所為で、結城さんに多大な迷惑をかけた事に関しては、俺は何も言えない。全ては、弱かった俺の責任だ」
「…ならもうほっといて下さい!」
「だから今度は俺が、結城さんに迷惑をかけない様に全力で頑張るし、君のやりたい事を応援する」
「…先輩に何が出来るって言うんですか!」
「何が出来るかじゃないんだ。結城さんの為に、全力を尽くすって今決めたんだ。怜華さんや姉さん、春乃の事もしっかりと向き合っていく。だから結城さんは今まで我慢していた分、自分のやりたい事に全力を尽くして欲しい」
俺がそう言うと、結城さんは構えていた剣を下ろす。
「…でも、元の世界に戻ったら、先輩はどうするんですか?私の家の病院の事を考えないといけないんですよ」
俺にそう言ってくる結城さん。
ここに来て、少しだけ見た結城さんの親子の会話。
その事を言ってるんだろう。
「今はまだ全然わからない。結城さんの家の事情はね。でも、結城さんが満足するまで、俺は君の為に頑張るよ」
「…春乃達はどうするんですか?」
「勿論頑張るに決まってる。俺は、皆を救える様な人間ではないのは理解している。でも、結城さんみたいに、努力していこうと思う」
「…それは、とても辛い道になりますよ」
「結城さんがそう言うなら、本当に辛く厳しい道なんだろうね。でも、俺はもう諦めないって決めたから。これからは、皆が幸せになれるように、努力していく」
俺がそう言うと、結城さんの瞳から一筋の涙が…。
「あはは、なるほど。そういう事だったんだな~」
結城さんが涙を流しながら笑う。
「…先輩」
「どうしたの結城さん?」
「…私はやっぱり、皆のお世話がしたいです。怜華先輩がいて、秋沙先輩がいて、春乃がいて…。皆が先輩の事で暴走して、止めるのは大変ですけど、皆といたいです」
「…そっか」
「だから先輩?」
「ん?」
結城さんが俺に近づいてくる。
「これからは皆で一緒にいましょうね?誰も離れず、皆が笑ってる未来を目指して、暴走する3人を止めるために、私と柊先輩で。頑張っていきましょう!」
俺にそう言って、結城さんは笑う。
「うん」
俺が彼女の言葉に、短くそう返すと、彼女の額から出ていた角が消滅する。
外見が元の姿になり、いつも通りの結城さんだ。
「でも先輩?2つ言いたい事があります」
「何??」
「これから、凄く大変だと思いますよ。色々な意味で」
「そうだろうね。でも昔の様に、すぐに諦めて人に頼るんじゃなくて、諦めないで少しずつでも前に進めるように頑張るつもりだよ」
俺がそう言うと、結城さんは自分の胸に手を当てる。
「柊先輩、これからは私の事は真海と呼んで下さい。さん付けなんてしないで下さいね。さん付けしたら、泣きながら毒を盛りますからね?」
「わかった。よろしくね真海ちゃん」
俺がそう言うと、真海ちゃんはニコッと笑って、
「じゃあそろそろ起きますか。皆心配してるだろうし」
「そうだね。起き方はわかる?」
「大丈夫ですよ!おそらく柊先輩のお陰で課題はクリアしたと思いますし」
結城さんがそう言うと、辺りが明るくなってくる。
どうやら、無事に戻れるようだ。
「…ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」
真海ちゃんの声が聞こえて、目の前が真っ白になる。
真海ちゃんの姿も消す光の中、頬に柔らかいモノが当り俺は意識を失った。
目を覚ますと、皆が俺の事を覗き込んでいた…。
「…おはよう皆」
俺がそう言うと、皆が安心した表情になる。
「そうだ。真海ちゃんは?」
俺が首を上げてキョロキョロしながら皆に聞くと、
「真海ちゃん??」
春乃が低い声を出す。
「お兄ちゃん?真海の事を何でそう呼んでいるのか、詳しく説明して下さいね?」
そう言いながら、俺の首に手を伸ばしてくる。
俺が少しだけ説明しようと口を開けた瞬間、
「終わったか~?次はシュウの修行だぞ~」
そう言うアルの声が聞こえた。
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