風鈴
「おじいちゃん、今年も風鈴を吊り下げるの?」
夏真っ盛りになってくると、我が家の軒下には風鈴が釣り下がる。
「ああ、そうだよ。今年もこれで涼しさを感じるんだ」
「ほんとに涼しくなってるのかなあ……」
私は風鈴の見た目は好きだが、音はいまいち好きになれない。
我が家が使用している風鈴は、よくあるガラスでできたものだ。お椀には模様が描かれている。実はこれ、私が作った風鈴なのだ。
あれは確か、小学校の夏休みの課題だった。
工作の宿題が出たので、私は何かを作ることにした。
どうせなら、夏に相応しいものを作りたいと思ったので、夏といえばこれ、というようなものを箇条書きで書き記した。
扇風機、流しそうめん、蚊取り線香など、いろいろなものが出てきたが、どれも小学生の夏休みの宿題として提出するにはいささか難しかった。
そこで私は、一番簡単に作れると思った風鈴を、工作の宿題として提出することにしたのだ。
風鈴の要は、使わなくなったスノードームを加工して制作した。
球体部分だけを取り外し、頂点にドリルで穴をあける。
スノードームをただ使うだけでは味気ないので、絵を描くことにした。
涼しい雰囲気を出したかったので、魚が川を泳ぐ姿をイメージしてガラスに描いたのだった。
次にビー玉を用意し、同じようにドリルで穴をあける。このビー玉は舌の代わりとして使用する。
後は短冊を用意するのだが、私が使用したのは短冊ではなくお守りだった。
お守りを使用した理由は、暑さと一緒に厄なども払いのけてほしいという、子供ならではの単純な願いからだった。
そのお守りのヒモを伸ばし、穴をあけたビー玉に通して、風鈴を吊るした。これで完成だ。
短冊代わりに吊るしたお守りが風に触れると、舌として代用したビー玉が風鈴に当たり、音を響かせてくれる。
小学生にしてはなかなかのものができたのではないか、と当時の私は自画自賛していた。
しかし、私は風鈴に対してあまり良い感情を持っていない。
その理由は、風鈴の音を聞いても全く涼しくならないからだ。
「私は小学生の頃から風鈴の音を聞いているけど、一度も涼しく感じたことはないよ」
「それは、凛が鈴の音をただの音としてしか聞いていなかったからだよ」
「?」
おじいちゃんの言っていることが、私には理解できなかった。
ちなみに凛というのは私の名前だ。
「それはいったいどういうこと?」
「なあ、凛。お前は何で、風鈴に川で泳ぐ魚を描いたんだ?」
「それは、涼しい雰囲気をイメージしたからだよ」
「なぜ、魚が泳いでいることが涼しさのイメージなんだ?」
その問いに、私は当時を記憶を懸命に掘り出して答えた。
「……当時の私は、涼しい=水、というイメージを持っていたからだよ。あ、今単純だと思ったでしょ」
「そんなことは思ってないよ。……そうか。なら、もう既に答えが出ているではないか」
「え?」
一体、いつ答えを出したのだろう。
「お前は今、自分が作った風鈴に込められた思いをじいちゃんに話してくれた。じいちゃんは風鈴の音を聞くときはいつも、その作られた思いをイメージしながら聞いていたんだよ。だからこそ、風鈴の音を聞いて涼しく感じているんだ」
「……」
「お前もイメージしながら音を聞いてみるといい。風鈴の音が聞こえれば、澄んだ川の水の中で、魚たちが優雅に泳いでいる。水中から上を見上げてみると、晴れ渡った真夏の空が見える。自分の体を包んでいる水や空気を、感じ取ることはできないか?」
「イメージ……」
私は目を伏せながら、過去の自分が風鈴に込めた思いを辿ってみた。
当時の私は、どんな気持ちでこの絵を風鈴に描いたのだろう。
そう、私は確か、小さい頃は外で遊ぶことが大好きだった。木々をなびかせる風や太陽の光、そして澄んだ水。人工的ではない、自然が作ったものを肌で感じ取ることが何より気持ちよかった。
風鈴の音がなった途端、昔の記憶が波紋となって広がり、今の私の体を包み込む。
そこには、小さい頃の想い出が、イメージとなって具現化した世界が見えたような気がした。
そのときの私は確かに、風鈴の音を聞くことによって涼しさを感じることができたのだ。
呆然としている私に、おじいちゃんがにこにこしながら語りかけてくる。
「日本には、風情というものがある。自然にある美しさや儚さを心で感じ取ることだ。古くから日本人は、風鈴の音を聞くことによって涼しさの風情を感じてきたんだよ。今の凛のようにね」
「風情……」
子供の頃に感じることのできなかった風情を、高校生になった今、子供の頃をイメージしたことによって感じ取ることができたという事実に、私は思わず笑ってしまった。
まったく、おかしなものだ。
「そっか。私は、涼しさを作っていたんだね」
「その通り。扇風機やエアコンの冷気は人工的な涼しさと言われているが、実は風鈴も人工的な涼しさなんだよ。風鈴の音自体に涼しくさせる力はない。しかし、そこからイメージすることによって、涼しさを感じることができるんだ」
「……今年の夏は、扇風機やエアコンなしで乗り切れそうかな」
「どうかな。風が全く吹かなかったら暑いだけだぞ」
「もう、雰囲気壊すようなこと言わないでよ!」
私はおじいちゃんに少しの呆れと、そしてちょっぴりの感謝を感じながら、ぽかんと優しく体を叩いた。