むそうのはじまりと、かわいそうなおっさん
「あんまり気は乗らんのだがな…」
「Aランクがどうとか知らないけど、早くはじめましょ」
ここは普段、武器の練習用として開放されている演習場らしい。
5mの距離で向かい合う2人を、さっきギルドにいた以上のギャラリーが囲んでいた。
移動中にチラッとステータスを確認すると、オークの討伐によってレベルがいくらか上がっていた。
(この知力、精神値だとMPが大体倍くらいかな?)
魔方陣の記述は複雑さを増すほどに指数関数的に消費が増える。MPを確認できない今、使える魔法の把握が重要になる。
しかも、ゲームでのマリーは魔法使いでは無いため、魔方陣以外の発動は魔王から手に入れた空間魔法に限られる。
(まずは魔方陣ぶっぱで様子見して、あとは流れで…)
<飛翔>を使って空から一方的に、というのも考えたが、Aランクだし何かしら対策してくるだろうし。
「よし、こっちは準備完了だ」
大きな盾とサーベルを手にしたおっさんが宣言する。
「ルールは…そうだな、動けくなったら負け、ヒーラーは用意しているから安心して戦えばいい。アイテムの使用は自由だ、と言っても何も持っていないようだがな」
お、MPポーション使いたい放題?やったね
「そう?じゃ、いつでもどうぞ」
アーベルと呼ばれたおっさんは眉がピクッと動き、次には表情が険しくなった。
「お前、魔法使いだろう、杖を出せ」
「別に杖なんていらないけど」
一般的な属性魔法は杖による増幅が必須だが、魔法陣には恩恵がなく、むしろ記述の邪魔になる。
それを知る由もないおっさんは挑発と受け取ってしまったのだろう。
「手加減してやろうと思ったが、全力で行かせてもらう!戦闘開始だ!」
おっさんの体を赤いオーラが包む。ステータスアップ系のバフだろう、本気だ。
「ドォラァ!<ハイステップ>!」
魔法使いと判断したのか、一気に距離を詰めてきた
カンスト勢のPvPではこんなもんじゃない、と冷静に分析する。
だがこちらはまだ低レベル、油断せずに対処を行う
「魔法陣:<水弾>3ループ」
一瞬で築きれた何の変哲もない水はアッサリ盾に阻まれ、突進の勢いが落ちることはなかった
「甘い、<ワイドスラッ、ぶへッ!?」
「はい、まずいっぱーつ」
高速の水弾が横っ腹にヒットした
「な、何を」
「さあね?でもその盾、視界悪くない?」
アーベル以外には見えていたのだ。アーベルが盾で水を弾いた、その盾の死角、足元から発生した水弾が
「魔法の起点をズラせるのか」
「正解だけど、問題はそこじゃないよ。今のはヒント、次はこっちから行くよ!」
別の魔法陣の記述を始める。
観客に盛り上がりはなく、唖然とした様子が広がっていた。
「あの女、アーベルさんに一発食らわせやがったぞ」
「なんだあの魔法陣、あんなの見たこと無ぇ!」
「不意打ちが入っただけだ!卑怯者はやっちまえ!」
散々な言いようだなぁ、あいつ後で〆る。
「また魔法陣を出しやがったぞ!」
「しかしアーベルさん、一体どこを向いているんだ?」
アーベルはサーベルを大きく振りかぶると、地面に打ち付けた。
「<衝撃波>ぁ!」
おっさんの扇形30°、発動してからは回避不能の高速のスキルが放たれた。
「どうだ、大規模な魔法は発動前に潰すに決まってるだろう」
砂煙を確認するアーベル、だが、そこにマリーの姿は無かった。
「はい、2発目ね」
「後、ろおぉぉ!?」
空間魔法によって自身の位置を40°捻じ曲げて見せていた。そのまま後ろに回ったマリーは魔法を発動する。
迫る特大の炎弾、アーベルはなんとか反応し盾で防ぐ。
瞬間、盾や体、地面についた水から真っ白な水蒸気の熱が襲った
「わっちち、クソっ周りが見えん!こうなったら…!」
次何処から攻撃が来るか分からない不安から、アーベルは最後の手段に出る。
盾を大きく振り被り、宣言する。
「<肉体活性>エアロブラスト!」
一陣の風が振り回す盾から舞い上がり、真っ白な蒸気を吹き飛ばす。
驚くべき事は、スキルではなく肉体強化のみでことの風を起こしている事だ。地上の者は吹き飛ばされてしまうだろう。
「なんてパワー、人間業じゃないね…!」
だが、マリーはその突風の影響を受けることなく一部始終を見ていた。
マリーはアルバート・パッカードのコートを装備して<飛翔>を使い、現れた背中の翼で上空20mに滞空していた。
「これは保険ね」
インベントリからMPリジェネポーションを飲み、HPリジェネポーションを真下に落とす。
「さて、やりますか。すぅ〜」
息を大きく吸い、構築を開始する。
「此処に在りし全ての光よ、我が元に集え!」
言葉によって紡がれる巨大な円。上位の記述をするためにはただの宣言ではなく、詠唱が必要になる。
(ぐ、やっぱMPきっついなぁ)
ポーションによりだましだまし構築を続ける。
「プリズムフィールド展開」
巨大な円の少し下に、もう一つの魔法陣が浮かび上がる。
「あとはいつものーーー」
自動記述によって内部が詳細に描かれていく。
「<七色の神槍>」
刹那、周囲から光が消え、一帯が闇に包まれた。
魔法陣から膨大なエネルギーが放たれる。
白より真っ白なその光はもう一つの魔法陣で7つに分かれ、7色の槍となって地上へと降り注いだ。
轟音が鳴り響き、ビリビリとした衝撃がこちらにまで届いた。
暫くして見えたものは、尻をついて震えているおっさんと。
それを囲うように空いた7つの大穴だった。
ちょ、ちょっとやりすぎ…?
いや、これは力を見せつけるために必要でー。
ゲームじゃそこらの魔法使いもこれくらい出来たし、大丈夫だよね、うん。
ブツブツと言い訳するマリーだったが、とりあえず地上には帰ることにした。
こ、こうなる予定では……!