第一章「精霊使いと精霊達」 Page-7
「――あ、あの、村長さん実は一つお願いしたい事がありまして……」
とりあえず気を取り直して、ここに来た目的の一つを達成すべく、繊月は声を発した。
「おおっ、私に出来る事であれば何なりとッ!」
それに対し村長は笑顔を浮かべながら快く返事を返す。
「ありがとうございます。私はこの世界に来たばかりのため、実はあまり持ち合わせがないのです。そこで、このクリスタルボアの牙をこの世界の通貨と交換してもらえないでしょうか?」
「おお、その程度でしたら喜んで……と言いたい所ですが……」
村長の顔が不意に曇る。どうやら何か問題があるようだった。
「あー……もしかして何か不都合な事がありましたか?」
「はい。その……大変申し上げづらいのですが、そのクリスタルボアの牙に相応しい通貨を払う場合、この村の全財産を用意しても微妙に足りないくらいなのです……」
「なんとそんなに高い価値を持つのですか……」
(EDENじゃ序盤のプレイヤー制作装備の素材や、そこそこな換金アイテムとしての価値しかないんだけど、この世界じゃ違うのか……)
「はい。そのため、その村に商人等が来た際に物品を買い付けるための通貨が用意出来なくなってしまうのです。その場合冬が訪れた際この村は非常に苦しい状態に……」
「なるほど」
「救って頂いた恩があるのに大変申し訳無いのですが……」
そう言うと村長は本当に申し訳無さそうに頭を下げてくる。
流石にそれを見て文句を言える程、繊月は悪い性格をしていなかった。
「いえいえ、どうかお気になさらず」
(とはいえ、どうしたものか……)
牙を換金して通貨を得ることで、この世界の貨幣やその価値をある程度計るつもりだったのだが、どうやらそれは厳しそうだ。
(よし。なら、こうしよう)
「……では、とりあえず半値で結構ですので牙を買い取って頂けませんか?」
「そ、そんな!貴重なクリスタルボアの牙を半値で買い取りなんて――」
「いえ。その代わり、と言っては何ですが、村にとって無理のない範囲で構いませんので保存の効く食料や旅に必要な日用品、それと王都までの地図なんかを用意して頂けると助かります」
「食料や日用品に地図、ですか?」
「はい。これから私達はとある理由により王都エルダに向かおうと思っていますので」
――女神の言っていたこの王国の危機とやらを救うためだ。
そのためにはとりあえず王都に向かう必要がある。
恐らく力天使ミカーナや幼神竜ドラコの背中に乗れば、すぐに王都に到着出来るのだろうが、もう一度あのような地獄の旅を味わうのも、変に注目されて騒ぎを起こすのも勘弁して欲しかった。
そしてどれだけの距離があるかは不明だが、王都エルダに移動しつつこの世界の情報を集めるという目論見もあるので、ある程度の通貨や食料、そして日用品は必須だ。
おまけにそのために用意するべき食料や日用品もこの世界の知識が一切無い繊月では判別するのが難しいので、これは旅の知識と情報の収集という面でも悪い取引ではない。と繊月は考えている。
(それに、女神によれば数日中に出会うっていう金髪の女剣士の事も気になるし、な……)
これは予測だが、ミカーナ等の力ですぐさま王都エルダに到着した場合、その女剣士とは出会えない気がする。
「わかりました。ちなみにいつご出立する予定で?」
「そうですね……一応明日の朝にはこの村を出ようかと」
「随分とお早い……しかし村を救ってくれた神の子であるセンゲツ様を引き止める訳にはいきませんし、通貨と共にすぐに村の者に用意させましょう。それと王都まで地図は今から私が書きますのでご安心を」
(あー……そういえば昔は地図を敢えて作らなかったらしいな……)
理由は確か――敵に奪われた際に非常に危険だから、とかだったはずだ。
「――ありがとうございます」
――ペコッ
かなり無理を言っているという自覚があったため繊月は素直に感謝の気持ちを現すべく村長へと頭を下げる。
「そんな、頭を上げて下さい! 貴方様はこの村の救世主です! この程度の事はやって当然……いや、むしろ神の子であるセンゲツ様の栄光の旅のお手伝いが出来て喜ばしいくらいですッ!」
「そんな大げさな……。では、お手数をおかけしますが明日までに用意の方をよろしくお願いします」
「はっ!お任せ下さい! あ、移動用の馬は入りますか?この村にも数頭ですが飼っていますので」
「いえ。 移動手段は持ち合わせているので結構です」
「なるほど、流石ですね」
「では、とりあえずセンゲツ様とミカーナ様に本日村で寝泊まりしていただく場所に案内致します」
「あ、よろしくお願いします」
(この世界の仕組みや情勢なんかは明日の朝に聞くか……とりあえず今日は疲れた……)
そんなこんなでとりあえず話が一段落した瞬間――
「血の……匂い」
「え?」
ずっと後ろに控えていたミカーナがボソっと不穏な発言をする。
――ガララッ
「村長大変です!」
「そんなに慌ててどうした、ロビン?ってお前その怪我は……!」
ミカーナの発言の直後、慌ただしい足音と共に村長の家の扉が開け放たれる。
すると30歳くらいの一人の男性が苦悶に顔を歪め、肩で息をしながら部屋へと駆け込んでくる。
――見れば片腕は血に塗れている。
(まさか、モンスターの襲撃?それとも、まさかボアの生き残りが居て報復を……?ってその前に治療を――)
繊月が様々な可能性を考慮し、動きが止まっている間に、その横を素早くスッと蒼い影が通りすぎた。
「即時治療」
「ろ、ロビンの傷が一瞬で……!?」
それは繊月が動くよりも早く、動いたミカーナだった。彼女は研ぎ澄まされた空気を身に纏い、ロビンと呼ばれた男性の側に移動し、第八位の回復スキルを使用する。
「す、凄い痛みが消えた……! 天使様ありがとうございますっ!」
「いえ、目の前に苦しんでいる人が居れば救うのは当然です。それより、何か他に伝えたい事があったのではありませんか?」
「は、はいっ!」
(すげぇ……ミカーナが天使に見える)
先程と打って変わって、今のミカーナの顔には真剣かつ、それでいて怪我をし、狼狽している村人を気遣う慈愛のほほ笑みを浮かべている。
この姿を見れば、誰がどう見ても天使と認めざるを得ないだろう。
「じ、実は村の『魔石』が何故か一時的に暴走し、お二人のための宴の調理を行っていた村長の奥様と数名の女が大怪我をッ!」
「なんだとッ!?」
「おまけに今は収まったとはいえ、魔石の暴走の影響で家屋が燃えてしまい……。村長、一体どうすれば!?」
「そ、そんな……!く、とりあえず怪我人の処置と燃えている家屋から貴重品を――」
村長の目に大きな動揺が浮かぶ。だがそんな中でも指示をしっかりと出している辺り、この村長は決して無能ではないのだろう。
「ロビン様。今すぐ私と繊月様をその場に案内して下さい」
だが、そんな村長の声を遮るように、ミカーナが非常に真剣な表情でそう言った。
「そ、その……何と言いますか、付近は事故のせいで中々凄惨な光景となっていますので……それを神聖なるお二人に見せる訳には――」
「構いません。そこに苦しみんでいる人間が居るというのに動かなくては精霊達の同胞として、そして繊月様の下僕として私は失格です。さぁ、早くっ!」
「は、はいっ!」
――ダッ
「ま、待て! ミカーナ!」
慌てて家を飛び出す二人に続くように繊月と村長も後を追っていったのだった。