第一章「精霊使いと精霊達」 Page-5
「――ふぅ」
「申し訳ございません、繊月様。私の考えが至らないばかりに……」
「いや、大丈夫だ。気にしないでくれミカーナ。とりあえず浄化風で体調は良くなったしな」
ちなみに浄化風はEDENの世界ではデバフや、状態異常の解除に使うスキルだったが、この世界ではどうやら吐き気のような症状にも効果があるらしい。
「そう言って頂ければ幸いです」
――この世界に来てから何も口にしていなくて本当に良かったと思う。
もし何かを口に入れた後だった場合、先ほど村の一角に降り注がせてしまったアレに固体が混じっていて、非常に残念な気分になっていた事は確実だ。
「それでは繊月様、これより村への降下を開始します」
「ひっ……コホン。ゆ、ゆっくりと頼むぞ」
一瞬先ほどのトラウマのせいで恐怖に上擦った声が出てしまった。それにより自身の顔に熱が集まっていくのを感じるが、幸い背中にしがみついているためミカーナからその表情は見えないだろう。
「お任せ下さい。……おや?」
「どうした、ミカーナ……ん……?」
ミカーナが訝しげに首を傾げたため、何事だろうと、繊月は肩の上から顔を覗かせて村の様子を伺う。
すると何故か付近に居る全ての村人がこちらを見上げていた。
――中には手を合わせたり、泣きながら土下座をしている者も居る。
「なんだこれ……?」
何となく嫌な予感がする。
繊月は主に対人戦で活躍する、聴覚強化スキルの音源探査を使用し、耳を澄ます。
すると、やれ『女神様が降臨なさった!』だの『神の子だっ!』だの『神が我らの願いを聞き届けてくれたのだ!』等、とにかく不穏な言葉が聞こえてくる。
「……教会がありますね」
「……本当だ」
音速級の空の旅と共に体内を激しくシェイクされるという、素敵なフルコースを堪能していたせいで気づかなかったが、よく見ると村の中央には小さな教会があった。
おまけにその入り口には如何にも『神父様』といった感じの服装の老齢の男性と共に、中に居たであろう数名の村人が大粒の涙を零しながらこちらに跪きながら何度も頭を下げている。
彼らも口々に『女神様だ!』とか『神が降臨なさったぞ!』等と言っている。
そんな言葉を聞いている内に、これから起きるであろう厄介なやり取りを想像してしまい再び胃がムカムカとしてきたので、再度、浄化風を発動する。
どうやら信仰している神か何かと勘違いされているようだった。
――嫌な予感は確信へと変わっていた。
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「ようこそおいで下さいましたッ! 私はこの『パトリダ村』の村長、ハイ・マートと申します! この度は我らの願いを聞き届けてくださって誠にありがとうございますッ!」
それから村の広場らしき場所に着地した繊月は村人に盛大に歓迎されながら、村長の家の一室へと通されていた。
そして着くなり、老齢の村長に半ば無理やり椅子に座らされ、その直後に目の前で机に擦りつけられないばかりの角度で頭を下げられる。
「教会で毎日村人総出で女神様へと祈りを捧げたかいがありましたッ! 本当にありがとうございますッ!」
「そ、そんな畏まらなくて結構ですので、どうか頭を上げて下さい。それと、もう少し落ち着いて下さい……」
「わかりました……! 女神様の寛大なお心に感謝致しますッ」
(やべぇ。村の人達と村長の勢いに引っ張られてここまで来ちゃったけど、神と勘違いされてるっぽいって以外に状況がさっぱりわからないぞ)
当初予定していた作戦の『騒ぎが起きないように村にゆっくりと飛来し、神聖な天使の見た目で敵意がない事と友好的な事をアピールしつつ、色々と情報を聞いたりする』というのは既に破綻している。
何しろ既に大騒ぎなのだから。
おまけに耳を澄ませば聞こえてくる喧騒から、村長の家の入口に何とかして話の内容を聞こうとしている村人が大量に居るであろう事が簡単に予想がつく。
「そ、その。もし、よろしければ女神様と天使様のお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「俺の名前は風見繊月です。ちなみに女神ではありませんし、今はこんな見た目ですけど男です」
嘘をついてもどうしようもないので、ここは正直に答える。
「カザミ、センゲツ……流石、女神様に相応しい綺麗な響きのお名前ですな」
「あ、ありがとうございます」
「しかし、女神ではないとは、それは一体どういう意味ですか……?」
繊月の言葉を聞いた村長が困惑した表情を浮かべる。
恐らく、繊月が自身の想像している存在と違う可能性を考慮してくれたのだろう。
(よし、もうひと押しで誤解が解けそうだ!)
誤解が解けて、繊月がただこの世界の知識と、女神の言っていた金髪の女性剣士の情報を求めているだけの存在と理解してもらえればちゃんと情報収集もやりやすくなるはずだ。
(現状ではちゃんと話を聞いてもらう事も難しそうだしな)
そう考えて次の言葉を紡ごうとした瞬間――
「では、続きまして。私の名前は力天使ミカーナと申します。繊月様に召喚された下僕のような存在と覚えて頂ければ結構です」
「り、力天使を召喚っ!? しかも下僕っ!? 国で最も優れた聖職者でさえ権天使を召喚し、あくまで協力を要請するのがやっとだという噂なのにですかっ!」
「オおィ!?」
せっかく何とかなりそうな雰囲気だったのに、背後に控えていたミカーナが爆弾発言をしてくれたおかげで一気に話がやばそうな方向に転がり落ちていったため、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「はい。私にとって繊月様は仕えるべき絶対の主。そうですね……神のような存在と言っても過言ではないでしょう」
「オおぉォォォオォォ!! 神よッ!! 感謝しますッ!!!!」
「ミカーナァぁぁァ!?」
その老体の何処にそんな体力があったのか。村長はまるで蛙のように椅子から飛び跳ねるとそのまま勢い良く床へと着地するのと同時に土下座をした。
その直後、背後からも『やはり女神様だッ!』『神はここに居たッ!』『幼女神最高ッ!』『間違いない。伝承にあったモケノーの古神だ!』『女神様万歳ッ!!』と言った歓声が聞こえてくる。
間違いなく聞き耳を立てていた村人に村長との会話が聞こてしまったのだろう。
(早く元の世界に帰りたい……)
再び繊月の胃が万力で締め付けられたかのように痛む。
「おお、繊月様の尊さがわかるとは素晴らしい……。この村に神の奇跡と勇気がある事を祈りましょう……」
そんな中ミカーナだけが瞳を閉じ、静かに祈りを捧げていた。
――ポンコツ天使。
そんな単語が繊月の脳裏に過った。
――繊月の受難の日々はまだ始まったばかりだった。