幕間―三 泡沫の夢
――少女は夢を見ていた。
もう何度目になるかもわからない程、繰り返し見ている夢を。
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「――くっくっく、これを完成させれば我が国はこの大陸の覇者となるに違いない……」
「その通りです。今となっては失われし技術であるこれを復活させ、量産すれば間違いなく我が国は栄光の道を進みます。それを邪魔する者はたとえ魔物であろうと――人間であろうと許されません」
「ふっ、違いない。まぁこの計画が完遂されれば彼の国だけでなく、連合王国に共和国もやがて我らの前に跪くであろう。その時が今から楽しみよ……」
「うふふっ、この大陸はいい加減一つの国家の名の下に統べられるべきですわ。そして、それは当然我が国である必要がありますわ」
そう言って一人の女が口を歪めると、それに続くように二人の男も醜悪な笑みを浮かべる
――そんな光景を少し離れた所から二人の少女が見ていた。
その内一人の少女はその目に強い侮蔑の色を込めている。
(……何度見ても愚かな父。そしてそれに賛同し、賞賛する兄と姉も同じくらい愚か。こんな時に未だに過去の栄光を捨てきれずにいる。今は全人類、そして全ての亜人や獣人が力を合わせて魔物に立ち向かうべきだというのに……)
そう、少女の前に居る三人は皆親族だった。しかし、少女は彼らの事が心底嫌いだった。
もし彼らが『魔物を殲滅した後の対人類戦略』などという下らない物に固執せずに、全ての戦力を前線に差し向ければ今この大陸に吹き荒れている滅びの風を吹き払うことも不可能ではないはずだった。
だが、彼らはそれをせずにいる。そう、彼らは魔物という脅威を軽く見すぎている。
(だけど、それに逆らえずに黙ってそれに付き従っている私も同じくらい愚か……ね)
ただ少女はそんな自分の事も同じくらい嫌いだったのだ。
(あの愚かな人達を止めるには、あんな過去の遺物が子供の玩具に見える程の圧倒的な力が必要……。アレを不要と思わせる程の力が……。そのためには――)
「――――、少しいいか?」
父が少女の名前を呼ぶ。少女にはそれだけでも不快だった。
故に少女は返事をせず、無言で視線だけを父へと向ける。
「……ふん、駄娘が」
父が忌々しげに少女を睨む。
――父も少女の事が嫌いだった。国の王である自分の考えに逆らい続ける少女の事が。
魔物との最前線でこの世界の現実と地獄を見てきた、などという下らない理由で、国の戦略を否定し『今は人類が一丸となって戦うべきですっ!』と言ってきた。それは到底この父には許せる事ではなかった。
自分達の事を嫌い、逆らい続け、政治や政略の世界に足を踏み入れてなかった故に王家としての責務も碌に果たせない娘。
数少ない取り柄は見た目が良い事や、剣の腕が立つ事くらいだ。
だが、今国が総力を挙げて行っている計画が成功すれば、剣の腕など最早何の役にも立たない。
それ故に父は少女の事を駄娘、と呼んでいた。
「お前は明日より以前話した通り、彼の国に向かえ。そこで精々お前の言う『人間の為すべき事』とやらをやってくるのだな」
「……はっ」
「護衛には隣のレインを連れて行っていい。お前を信じて従ってくれるような人間はそいつぐらいしかおらんだろうしな」
「……ありがとうございます」
「あぁ、それと。向こうでは好きにやっていいぞ。――別に死んでくれても構わん」
「…………」
「くっくっく、父上、それは言い過ぎでは?」
「ふふふ、そうですわ。いくらゴミのような妹でも一応、家族ですよ?」
「いやいや、死んでくれた方が何かと都合が良いし、コイツもそれが望みのはずよ。お前が常日頃言っている通り、精々人類の盾となって死んでくるが良いぞ。その間に私達は計画の準備を行うので、な」
そう言って三人が一斉に高笑いをする。
少女はそれに一瞬だけゴミでも見るような目を向けると、踵を返して部屋を後にする。
――少女は一度も振り返る事は無かった。
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「…………またこの夢、か」
少女は目を覚ますと、ベッドの横に置いてあった小さな箱から一つの指輪を取り出すと、それをギュッと抱きしめる。
とても大事そうに、そして愛しそうに。
「ごめんなさい。でも……私は前に進むから」
少女の頬を一筋の涙が伝う。
「――あの人だったらあの国を……そして世界を変えられるかもしれない」
そう言って顔をあげた少女の目にもう涙は無かった。
少女が真っ直ぐな視線を向けた先には夜空に浮かぶ三日月があった。
――ガタッ
「っ、誰だっ!?」
扉の方から突如として聞こえた物音に対し、少女はすぐさま意識を覚醒状態へと持って行くと枕元に立てかけてあった武器を手に取り戦闘態勢を整える。
その動きは見事の一言であり、少女が生き抜いてきた道が並大抵の物ではない事を物語っていた。
「ふふっ、いい動きね。――――」
「えっ……?」
その声に少女の動きがまるで時が止まったかのように静止する。
――何故なら少女の前に居たのは、本来そこに居るはずの無い存在だったからだ。