第四章「決戦・魔将軍」 Page-6
(――なんでリリアンヌが俺にキスをっ……!? しかも好きって……一体何がどうなってるんだよ……?)
――あれからおよそ一日の時が流れて尚、そんな思考がグルグルと脳内を駆け巡る。
(やべぇ、めっちゃ心臓がドキドキしてる……。つーか思い出したらまたなんか顔が熱くなってきた……)
「…………ちらっ」
まるで助けを求めるように背後のリフィーリアに視線を向ける。
すると彼女はこちらをチラチラ見ながら、繊月に負けず劣らず真っ赤な顔をしながら俯いている。
どうやら繊月に負けず劣らず初心だったらしい。これでは彼女に助けを求めるのは無駄だろう。
繊月はそうなった原因であるにも関わらず、あれ以降特にアクションも無く平然としているリリアンヌを少しだけ恨めしげに横目で見る。
(……まさかあれは俺の幻覚だったり、リリアンヌが覚えてないなんてオチじゃないよな~……?)
そんな事を考えていると、繊月の視線に気づいたリリアンヌが少しだけ頬を赤らめながら、微笑んできた。
どうやら昨日のアレは幻覚でもなければ、リリアンヌが覚えていないという訳でもないらしい。
(……やっぱりコイツは可愛いな――はっ! ってこんな事を考えている場合じゃねえッ!)
そんなやり取りを見ていた騎士達が再び大きな歓声をあげる。
中には『式はいつですかっ!?』なんて事を言っている騎士も居た。
(どうしてこうなった……)
繊月は歓声を他所に一人、痛みだした胃を抑えるのだった。
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――それからしばしの時が流れ、尚も繊月が胃と頭を抑えていると、不意に王都の方角から一頭の軍馬に跨った騎士が向かってくる。
心なしかその兵士は繊月の方を見ているように思えた。
(なんだ……?相当焦っているように見えるけど……)
「――で、伝令ですっ! リリセア様からセンゲツ様に言伝がッ!」
「落ち着きなさい。まさか王都で何か起きたの?」
リリアンヌの声に周囲の騎士達の表情がみるみるうちに引き締まっていく。
「いえ、王都では何も起きていません。ですが、その……」
「……構わないわ。早く言いなさい」
「はっ!…………シルフ様がリリセア様へ『すまないが、とある理由でここに居られなくなった』と言伝を行った後、この手紙を残し行方をくらましたと……」
「う、うぇっ!?」
繊月から思わず素っ頓狂な声が漏れる。
まさかシルフが繊月に黙って勝手に動くとは思えなかったからだ。
「あ、あのシルフがっ……!? 嘘でしょう……?」
「ちょ、ちょっとその手紙を見せてもらってもいいですかっ!?」
「はっ! こちらになります、どうぞッ!」
『――まずは魔将軍の撃破おめでとうございます。早馬によりこの報告を聞いた時に、私は主様なら必ずや成し遂げられると信じておりました』
『……さて、この手紙が届いているという事は私が既に行動を起こした後だと思われます。……主様からすれば許せない事とは思われますが、一身上の都合により勝手な行動を取る事をお許し下さい』
『主様より守護を仰せつかっていたリリセアは魔将軍の残党が王都周辺に居ない事を確認した上で、私の出来る限りの加護や魔法による守護をかけているので安全を約束します』
『このような行動を行った理由ですが、話せば恐らく心優しい主様は元の世界に戻るという自身の目的より、きっと私の件を優先してしまうでしょう。そして間違いなくそれは主様へと多大な心労と苦労をかけるため、内容は詳しくは言えません。ですが放置すれば今後私が主様に尽くす事が不可能になる事態が発生した、とだけ言っておきます。そのため事態の収拾が可能になるまで主様の下より離れさせていただきます』
『このような身勝手な行動をした上で大変心苦しいのですが、もし主様が事態の収拾後にまだ私を使って下さるというのであれば、再び私は喜んで貴方の精霊として仕えます』
『これよりしばしの間道は違えますが、主様と契約する精霊の一人として、そして心より主様を慕っている者として貴方の目的が無事に果たされる事を願っております』
――手紙にはこの世界の人々では読めないであろう、EDENの世界の言語でこう書いてあった。
――恐らくは内容を読まれた際に起きるであろう問題や、実は自身が人ではなく精霊だという事が露見するのを防ぐためだろう。
「っ……!」
手紙を読み終えた繊月は慌ててインベントリから、シルフとの契約の証である『風精王の結晶石』を取り出す。
だが、本来であれば彼女の髪のように淡く緑色に輝いているはずの結晶はその光を失い、表面にはヒビが入っていた。
これがまだインベントリにあるという事はシルフとの契約は続いている事を表している。
しかし、ヒビが入っているという事はつまりその結晶は効力を失っている事に他ならない。そして本来結晶から感じるはずのシルフとの繋がりを感じ取れない事からも異常は明らかだった。
(試しに念話も試みたが、応答が無いというよりそもそも繋がらない……か。これは手紙の内容通りシルフとの契約に関わる何らかの事態が起きたと見るのが妥当だな……)
――現状を頭のなかで簡単に纏めつつ、とりあえず彼女との契約が続いている事に内心で安堵する。
もし手紙の文面が建前で、シルフが消えた理由が実は『愛想を尽かされて逃げた』とかだった場合、繊月は立ち直れる気がしなかった。
――まぁ、契約とは愛想を尽かした程度でそう簡単に切れる物ではないのだが。
「センゲツ、手紙にはなんて?」
「あ、あぁ……。緊急事態が起きたから一時的に俺の下を離れるって……」
「彼女が……あのシルフがそんな事をするなんて考えられないわね。私にはシルフがセンゲツより優先する事柄があるなんて想像がつかないもの」
「俺も全然理由の検討はつかない……。だけど、実際にシルフが行方をくらまして、こんな手紙まで用意しているんだ。――それだけの何らかの事態があったんだろう、な」
「…………センゲツ、貴方はこれからどう動くつもり? この間話をした予定だと砦の攻略後は王都の混乱が落ち着くまで、この世界の情報収集をするって言ってたけど……」
「あぁ……」
――王都の魔物襲撃を退けた後に、繊月はリリアンヌと今後について簡潔にだが話し合っていた。
その当初の予定では魔将軍の砦を攻略後、まずリリアンヌとりりセアが大々的にこの戦いの勝利をアピールし、最前線や連合国の士気を向上させる。
その後、リリアンヌに代わり実権を握っていたソックや、ブロドのような数々の重鎮を失った事により崩壊した指揮系統や兵站の立て直し、管理等をリリアンヌとりりセアの主導の下で行う。
そしてそれが完了し、安定した後にリリセアやザールに王都を任せ、リリアンヌは再び繊月とシルフと共に冒険に出る。その間に繊月は王都でこの世界の様々な情報を収集する。
――という流れになるはずだったが、ここでまさかのシルフが行方不明になるという事件が起きてしまったのだった。
「……とりあえずそのつもりだ。王都の情勢が落ち着いてリリアンヌが動けるようになるまで王都で情報収集をし、その後は予定通り王国北部の魔王軍の撃破に向かう。……まぁ、その途中の村でシルフの目撃情報を収集しつつ、あわよくば探索もすると思うけどな」
だが、繊月はその予定を大幅に変更するつもりは無かった。
それはシルフであれば一人であってもこの世界でそう簡単に倒されないという自信があったからだ。
シルフの捜索は北部に向かう最中でも出来る。そう考えていた。
「…………ダメよ」
――しかし、そんな繊月の言葉をリリアンヌはピシャっと否定した。
「え?」
「貴方は王都で旅の雑貨や食料の補給を終えたらすぐ……そうね、明日中にシルフを追いなさい。いいわね?」
「はぁっ!? つーか、明日ってそれだとお前は一人に――」
「っ……リフィーリア」
「はっ」
「エルピディア王国王女として命じるわ。貴方は明日から現在の任を解き、繊月の護衛と補佐に回りなさい。いいわね?」
「……元より王国に従えという命令で客将となっている身だし構わないわ。……それにセンゲツ殿には色々と思う所があるから」
「ありがとう」
「ま、待てリリアンヌっ! 人の話を聞けっ!」
「……ごめんなさい」
――それから繊月は王都に着くまでリリアンヌと一言も言葉を交わす事は無かった。
何故なら動揺し、混乱している繊月以上にリリアンヌの表情には大きな動揺と混乱、そして今にも涙が零れそうな程の深い悲しみが浮かんでいたからだった。