第三章「崩壊と救国」 Page-6
「……死にたい」
今夜、大教会の前にて行われる式典のために設置された特設ステージの舞台裏で繊月は今にも死にそうな顔で立ち尽くしていた。
――その理由は至って簡単だ。
中身は男であるにも関わらず、可愛らしいピンクのドレスを着せられ、盛大に化粧を施されたためである。
「ぷっ、とてもよくお似合いでしてよ?」
「う、うるせぇ!」
そんな繊月へ隣に居るリリアンヌが口元を抑え、ニヤニヤとしながら言葉を発する。
ちなみに彼女も普段の鎧の姿ではなく、純白のドレスと王冠を身に纏い、繊月と同様の化粧を施している。
恐らく式典用の服装なのだろう。とてもよく似合っており、取ってつけたような物とは違う気品とでも言うべきものが漂っている。
「ふふっ、お姉さまはああ言っていますが、本当にお似合いですよセンゲツ様」
隣に居るリリセアが天使のような笑顔を浮かべながら繊月へと語りかける。
ちなみに彼女もリリアンヌと似たデザインのドレスを着ているため、姉妹で横に並ぶと非常に美しい。
「ありがとう、リリセアちゃん。……でも俺一応男だからドレスと化粧はちょっと……」
「あらあら、センゲツ様は冗談がお上手ですわ。もし、こんなに可愛らしい男の方が居るのなら私見てみたいですわね」
「うぅ……冗談じゃないんだよリリセアちゃん……」
イタズラっぽい笑みを浮かべているリリセアの雰囲気はリリアンヌとよく似ている。
救出した当初の影のある雰囲気は、姉であるリリアンヌとの交流のおかげかある程度消え去っている。
あれだけの事件があったのにも関わらず、表向きかもしれないが引き摺らずしっかりと感情の切り替えが出来ている辺り、やはり彼女も王家に連なる者なのだろうと実感させられる。
(俺も見習って気を取り直さないと、な……)
「あ、そういえばシルフの姿が見えないけど何処に?」
「あぁ、シルフならさっきセンゲツが泣きそうな顔で俯いている時に、貴方のドレス姿を見た瞬間、盛大に鼻血を吹き出してドレスをダメにしちゃったから後ろに一度下がったわよ」
「あいつ……あー……胃が痛い。それに目から汗が出そうだ……」
召喚主である自身を慕ってくれるのはとても嬉しいのだが、何だかシルフのそれは少し行き過ぎているように感じてしまう。
「目から汗ですか?」
――きょとん
(あぁ……リリセアちゃんの純粋な瞳が辛い……)
「あぁ……比喩みたいなもんだよ、リリセアちゃん」
「な……なるほど?」
「つーかリリアンヌ~、本当にこんなふりふりのドレスで参加しないとダメなのか~?」
無駄な抵抗としつつも、リリアンヌへと繊月が問いかける。無意識の内に上目遣いで。
「うっ……そんな可愛らしい表情をしてもダメな物はダメよ。今回の式典は主役である貴方という王都救済の英雄の存在を、未だに不安を感じているであろう民衆に大々的にアピールするためのものだし、それにこれから死地ともとれる場所に向かう兵士達の士気高揚の意味も兼ねているのだから」
「だよなぁ……」
繊月は俯きながら渋々納得する。
そんな場所にリリアンヌと釣り合いが取れないような普通のローブで参加する訳にもいかないのはわかる。
それにしっかりと着飾っていたほうが何かと都合が良い事も。
「覚悟を決めるか……」
ドレス姿で群衆の前に姿を晒す事へ、内心で一世一代の決意を固める。
「――お待たせしました、主様」
その直後、不意に背後から声がかかる。
「おお、シルフか。まだ開始には少しだけ時間があるから大丈夫――」
繊月はそんな事を言いながらその場で振り返ると、まるで時が止まったかのように停止する。
その視線の先には、薄緑色のドレスで着飾った非常に美しい少女が居たからだ。
もしこんな少女が元の世界に居れば、間違いなくトップアイドルにでもなっているだろうと確信を持って言える。
「……その、やはり似合っていませんか?」
そんな少女が頬を少しだけ赤らめながら、自信なさ気に俯く。
それに対し繊月は気づけば、ほぼ無意識の内に口を開いていた。
「とても似合っているし、もの凄く可愛いよ、シルフ」
――素直にそう感じた。
主役である繊月や、王女であるリリアンヌと比べれば少しだけ質素なデザインであるが、それがかえって彼女の元からある魅力を引き出している気がする。
彼女なら隣に並んでいたとしても、他の三人に決して引けをとらないだろう。
「あ、ありがとうございますっ……! その、主様も何度見ても非常にお似合いですっ!」
シルフが褒められた喜びに目に涙を溜めながらそう言った。
その際に鼻に詰められていた紙が赤く染まったのは見なかった事にする。
「さっきのドレスも良かったけど、それもとても似合っているわね、シルフ」
「うっ……さっきは……その、失礼をしたわね、リリアンヌ」
「ふふっ、いいのよ」
「……ありがとう。……リリアンヌ、それにリリセアもそのドレス、よく似合っていると思うわ」
「あら、師匠である貴方から褒めてもらえるなんて光栄ね。ありがとう」
「ありがとうございます、シルフさんっ!」
シルフとリリアンヌが互いに微笑みを浮かべながら言葉を交わす。
最初はあまり仲が良くなかった二人だったが、気づけば友達のような関係になっている。
「――さて、それではそろそろ行きましょうか。小さくも偉大な英雄様?」
――スッ
リリアンヌが気を引き締めた表情をしながら、繊月へと手を伸ばす。
「ふっ、そうだな」
その手をとると繊月はリリアンヌに手を引かれながら無数の民衆が待っているであろうステージへと歩き始める。
その後ろをシルフとリリセアが静かな足取りで続く。
(緊張するが、台本通りにやってやる……!)
口の中が乾く感覚を感じながらも、繊月は事前に何度も確認した台本の流れを思い出しながら歩みを進めた。
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――ワァアアアアアアァァァ!!!!
「っ!?」
舞台裏からステージへと登ると同時に、割れんばかりの歓声が巻き起こる。
見ればそこにはステージから伸びる巨大な大通りを埋め尽くし、何処までも伸びる程の数の人々が居た。
その数は少く見積もっても数十万人は居るだろう。
「皆、良くぞ今日の式典のために集まってくれたっ! 昨日の悲劇への恐怖が冷めやらぬ中、これだけの者が集まってくれた事に感謝するっ!」
リリアンヌが、マイクのような物だろうか。
先端に魔石が仕込まれたスティックを手に取って話しかけると、その声が王都の至る所に存在する中継器から発せられるのがわかった。
さらに背後にある大教会の前にリリアンヌの巨大な立体映像が浮かび上がっている。
これらは恐らく姿や声がはっきりと認識出来ないであろう、後方に居る民衆のためだろう。
「今日まで私の力不足のために皆に苦労をかけ、苦難の日々を送ってしまった。だが! それも今日この瞬間までだっ! 既に新聞等で皆も知っての通り、ブロドやソックは昨夜の襲撃の折、王都より逃げ出した結果、魔物に襲われ命を落としたっ!」
――昨夜王家の秘密通路から逃げ出した連中の内の一人の女性騎士が先程、ほうほうの体で王都へと帰還した。
彼女によれば離脱した軍勢は途中で非常に強力な魔物の群れに襲われ全滅したそうだ。
唯一彼女だけは仲間の手助けで辛うじて離脱に成功したらしい。
「それにより王都の戦力は落ち、次の魔物の襲撃が来た際に今度こそ王都は滅びるのではないか。はたまた、今度襲撃が来れば再び自分達を守るはずの兵士が逃げ出すのではないか。と皆不安になっているだろう。だが! 今この王都に居る全ての兵士はそのような危機にあっても決して背中を見せない勇敢なる忠義の者だけと約束しようっ! 彼らが居る限り王都はそう簡単には落ちぬだろうっ! さらに、今私の隣に立っているモケノーの少女、カザミ・センゲツという昨夜の王都を救った救国の英雄が居るのだからなっ!」
『ウォォォオオオオォォォ!!!!』
「皆も見たであろうっ! 絶望の暗雲漂う王都の闇夜を切り裂くように、空を駆け、救済の光を持ってして魔物を滅ぼした彼女の姿をっ! これより我らは夜明けと共に王都を襲った魔物の指揮官へと攻撃を仕掛けるっ! それが成功すれば王都は再び永久の平和を得るであろうっ!」
『ウォォォオオオォォォ!!!』
『リリアンヌ様万歳っ!!センゲツ様万歳ッ!!』
(すげぇ、熱気だ……)
「そしてこのセンゲツこそ女神の使者であり、魔物を滅ぼし、王国を平和へと導く救国の英雄である証左を今から皆に見せようっ!」
そう言い終えるとリリアンヌが横目でこちらを伺ってくる。これが合図だ。
(……おい、女神。さっき話した通り装備の受け渡しを頼むぞ)
【わかってますよ。繊月。いかにもそれっぽい感じの演出で貴方の持っていたアイテムや装備を渡しますのでご安心を】
以前と同じように、女神へ呼びかけると返事が帰ってくる。
実は先程どの条件下なら女神との対話が出来るか色々と試したのだが、どうやら大教会の周辺でしか行えないようだった。
(あぁ、そうだ)
【……?】
(……魔物が来るかもしれない警告してくれてありがとよ。あれがなかったら多分とんでもない数の犠牲が出てたからな)
【いえいえ。しかし、まさか貴方にお礼を言われる日が来ようとは……うふふ】
(な、何がおかしいんだよ……?)
『おお! 女神像が光っているぞっ!』
『上を見ろっ! 空からセンゲツ様に光が降り注いでいるっ!』
『凄い……まさに女神の使者だっ……!』
女神とそんなやり取りをしていると、不意に人々が騒ぎ出す。
その声に釣られるように上空を見ると、繊月の下へと一筋の光と共に数個の光の玉がゆっくりと降下してきていた。
繊月がそれらに手を伸ばして触れると、その直後一際強い光が辺りを包み込む。
――やがてそれが収まると、そこには誰もが一目で上質と分かるような黒を基調としたゴスロリに近いデザインの法衣や、黒を基調とし、至る所に事細かな装飾の施されたた短靴や布の手袋を身に纏った繊月の姿があった。
「す、すごい……」
その姿を見たリリアンヌは思わず、場を忘れ単調な賞賛の声を発してしまう。
しかしそれは民衆も同じようで、その姿に見とれたかのように、周囲の喧騒がピタッと収まっている。
「やはりこの姿の主様が最もお美しい……」
そんな中、シルフだけが恍惚とした表情でその姿を眺めていた。
(――うん、やっぱりこの装備が一番しっくりと来るな)
本来の装備を取り戻した事で、繊月はまるで全身に力が満ち溢れているような感覚を受ける。
(アイテムも……うん、全部揃っているな)
インベントリの中身を確認した所、こちらの世界でも使えるかどうかは不明だが、全てのアイテムや通貨が無事転移してきているのが確認出来る。
(よし、とりあえずアイテムが動作するかのテストも兼ねて、いっちょあれを使いますかっ!)
こういった場に不慣れでも、この空気では自分が何かを言わなくてはいけないというのはわかるため、繊月は緊張しつつも脳内で何度もリハーサルを行っていた台詞と動作を行う。
「――私、風見繊月は、王女リリアンヌの願いによってエルピディア王国に勝利と祝福をもたらす事をここに誓おうっ!」
慣れない口調に少しだけ気恥ずかしさを覚えつつも、インベントリからとあるアイテム――EDENにて様々なイベントの際に配布された、様々な色や規模の花火――を取り出し、一斉に連続して使用する。
――その瞬間、夜空に無数の色とりどりの光の花が咲き誇り、王都は再び歓声に包まれたのだった。