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第三章「崩壊と救国」 Page-5

――魔物による王都襲撃から半日の時が流れた。

 繊月の王都全域を覆う程の魔法により、魔物の殲滅が行われた後に生き残った者達はリリアンヌやザール侯爵の指揮の下、状況の確認を最優先事項とし各員は行動を開始。

 結果判明した様々な事実を纏め、今後の計画を立てるべく、多数の者達が謁見の間へと集まっていた。

 その中には繊月やシルフの他にもリフィーリアの姿もあった。


「――そのため、人的被害は騎士や兵士を除けば非常に軽微です。以上が、調査の結果判明した事実になります。」

「……そう。ドイル伯爵の迅速な調査に感謝します。下がって良いですわよ」

「はっ!」

 報告を聞き終えると、リリアンヌが凛々しい表情で一人の騎士へ命令を下す。ちなみにその隣には椅子に腰掛けたリリセアもおり、真剣な面持ちで話を聞いている。


――半日前にあれだけの事件があり、既に数十人にも上る貴族や騎士からの報告を受けているにも関わらず、二人の表情には一切の疲れは浮かんでいない。

 そこから漂う風格や、普段の身軽な鎧と違い、非常に煌びやかな装飾が施された鎧や真紅のマントを羽織っている姿からはまさに王者に相応しい何かを感じる。


(こういうやり取りを見ているとやっぱりリリアンヌは王女様なんだな、って再認識しちまうな)

 今までは思う様に動けなかったからだろうか。それとも良くも悪くも、ノウムやブロドのように野心を持つ者は既に逃げ去り、今この場にはリリアンヌの味方と呼べる人間しか居ないからだろうか。

 今のリリアンヌは心なしか生き生きとしている気がする。

「では最後にザール。貴方からの報告を」

「はっ。部下の魔術師と共に守護石オレアスを調査した所、リリアンヌ様の推測通り何らかの強大な力により、一時的に魔法壁が無効化されておりました」


『ま、魔法壁が無効化……!』『まさか……あり得ぬ』『あれを無効化出来るとなると、敵は一体どれだけの力を持っているのだ……』

 周囲から口々に驚愕の声が上がる。

(まぁ無理もないよな。あの石の力で王都はこれまで数百年間守られてきたんだから)

(その慢心と油断、そして危機感の欠如による上層部の腐敗が今回の事件を生んだ、とも言えますね)

 そんな事を考えていると、シルフが念話で語りかけてくる。中々に手厳しい。

(だなぁ……。まさか本当に大勢の民を残して逃げ出すとは思わなかったぜ)


「やはり……これで認めるしかありませんわね」

「……はい。敵――フレイムバードが言っていた魔将軍は恐らく守護石オレアスを自在に無効化出来る程の力を持つ存在である、と」

「し、しかしそのような存在にどうやって勝てば……?主力部隊が逃げ出してしまった今の王都と、その近郊に配置された戦力ではそれ程の力を持った敵に到底勝てるとは……」

 貴族の一人が今にも泣きそうな表情を浮かべながら、おずおずと発言する。

 確か先ほどのドイル伯爵という男だったはずだ。


「そこは安心して下さい。俺とシルフが何とかしてみますよ」

 彼を安心させるべく、自信に満ちた声で繊月が発言する。

「おお……とても有り難いお言葉ですが、いくらセンゲツ様でも魔法壁を無効化する程の力を持った敵が相手では厳しいのでは……?」

「ふふっ、そこは安心していいですわ、ルマシャ子爵。そうですわね、センゲツ?」

「はい。あの時俺が使った魔法の名前は『シャイン・オブ・リリアンス』という第二位に属する光属性魔法です。簡単に説明するとあれは効果範囲を自在に変更する事が可能で、狭い範囲であれば高威力の光を、広範囲であればある程低威力の光を降り注がせる魔法でした。そして――」


「な、なんとっ!?あの奇跡はセンゲツ様が単身で起こされた魔法だったのですかっ!?」

「わ、私はてっきり女神様の力を借りた奇跡かとばかり……」

「我はセンゲツ様へ、国中の魔法使いの魔力を結集し行使した魔法だと……」

「第二位魔法……神話級の代物ではないか!?」

「もしそれが本当であればオレアスを無効化したと思われる魔将軍といえども倒せるやもしれん……」

 周囲の貴族や騎士が再び驚愕に包まれる。

 何かと急を要する状態だったため、恐らくあの時の魔法がどのように行使されたのかを知らなかったのだろう。

 また、この世界の基準ではあまりにも凄まじすぎる魔法だったためだろう、どうやら彼らの中では奇跡による代物となっていたらしい。


「…………」

 その反応を見たシルフが、若干頬を膨らませ不満気な顔を浮かべていた。

 恐らく、主である繊月の活躍がしっかりと評価されていなかった事に不満を感じているのだろう。

「ふふっ、そう不機嫌そうな顔をしないで、シルフ。安心していいですわよ。センゲツの魔法を見た王都の民は皆、彼女を救国の英雄だと思っているようですからね」

「わ、私は別に不機嫌になど……。まぁ主様が救国の英雄と思われるのは配下として喜ばしいのだけれど」

 リリアンヌがそれを見抜いていたらしく、そっとシルフへと語りかける。

 その言葉によってシルフの機嫌が回復していくのがはっきりとわかる。


「コホン……話を続けても良いでしょうか?」

「は、はいっ!」

「これは失礼をしました、センゲツ様……」

 貴族たちが繊月の話を遮った事に気づき、慌てて口を閉じる。

 その顔には敬服と同時に畏怖や恐れのような感情も浮かんでいるように見える。

 それを見たシルフの機嫌がさらに良くなり、いつの間にかその表情には心なしか薄っすらと笑顔すら浮かんでいるように見える。


「――俺はこれから教会に向かうのですが、そこで女神からとある装備を受け取れば、あの時の魔法、つまり第二位以上の魔法を行使する事が可能になります」

「そ、それはつまり第一位の魔法を使えるという事ですかっ!?」

「その通りです」

 本当は聖位と呼ばれる魔法を使う事も出来るのだが、それは切り札の中の切り札に値するため、現時点では伏せておく事にする。


「凄い……まさにセンゲツ様は英雄――いや、大英雄ですな……」

「第一位魔法が使えるのであればいくらオレアスを無効化する魔物が相手でも勝てるやもしれん……!」

「――皆の者、気持ちはわかるが静粛に。これより今後の我らの作戦を説明しますわ」

「失礼しました!」

 リリアンヌ声により、周囲の空気がギュッと引き締まる。


「まず5時間後、未だ不安を覚えている民衆を安心させるというのも兼ねて、王都にある大教会にて式典を行いますわ。そこで大々的にセンゲツの存在をアピールします」

「おお! それは名案ですっ! 既に多くの民が昨夜のセンゲツ様の活躍を知っているとはいえ、その存在をはっきりと示威すればより安心出来る事でしょうっ!」

「その通りですわ。またそれは次に説明する作戦のためへの兵士の士気高揚も兼ねております」


「――砦の攻略作戦ですな?」

「はい。式典を終えた次の日の明朝、敵の戦力が回復する前に我らは残存戦力の半数を率いて、敵の指揮官である魔将軍が居ると思われる拠点へ向かいますわ。半数は王都に残り、万が一に備え徹底的に防御を固めるように」

「はっ!」


「ちなみに西の山脈にあると言われている敵の砦の位置も、センゲツの探査魔法によりほぼ特定されています。そのため我らは真っ直ぐにその地点を目指し進軍を開始しますわ」

「素晴らしい…!」

「王都を空ける期間が長引けば長引くほど再び襲撃される危険性は跳ね上がる。故に迅速な行軍と砦の捜索及び攻略はこの作戦において非常に重要と言える。だが、その内の捜索が不要となるのであれば、そのアドバンテージは計り知れない……!」

「そういう事です。進軍の際にセンゲツ及び特に腕の立つ精鋭数名は魔将軍の相手をして貰います。残りは無数に居るであろう魔物の戦力を分散させるための陽動として動いていただきます」

『了解ですっ!』


「ではこれより各員は、式典の用意を始めてくださいませ。そして式典終了後は各員、配下と共に明日の進軍の準備を整えるようにっ!」

『はっ!!』

 


───────────────────────────────────────────────────────────




「……ふぅ」

「お疲れ様、リリアンヌ」

「ふふっ、ありがとう、センゲツ。だけどこのぐらいで疲労を感じなどいられないわ」

 謁見の間よりリリアンヌの私室へと戻った繊月、シルフ、リリアンヌ、リリセアの四人は椅子に腰掛け、一息をついていた。

 リリアンヌの口調も王女の物から本来の物へと戻っている。


「……悪いわね、センゲツ。貴方にばかり重荷を背負わせてしまって。既に私は貴方にそう簡単に返しきれないだけど恩を――」

「気にするなって。今回の砦の攻略の時に魔将軍の相手を買って出たのは俺だし、な」

「今回の作戦、間違いなく貴方が一番危険な立場に居るわ。それに魔将軍の強さも不明……もしセンゲツが勝てないと判断したら直ぐに後退して戦線から離脱しなさい。言ってしまえば巻き込まれたしまっただけの貴方が命を落とす必要はないわ」

「ありがとよ、リリアンヌ。まぁ、そう簡単に負けるつもりはないから安心しろって」

――ニコッ

 そう言うと繊月はリリアンヌを安心させるべく、満面の笑みを浮かべる。

「……もうっ」

 それを見たリリアンヌが頬を軽く染めながら顔を背ける。

「さっきの打ち合わせ通り、念のためシルフは王都の防衛のため残していく。いいな、シルフ?」

「本音を言えば私が護衛出来ない所で主様が危険に晒されるなど全く持って良くありませんが……主様がそう仰るのであれば……」

 万が一再び魔物の襲撃があった場合に繊月のように強力な力を持った存在が居なくては、今度こそ王都が陥落する危険性があった。

 故に繊月はシルフから猛反対をされつつも、彼女を王都に残していく事にしたのだ。

 それにシルフなら並の魔物であれば相手にならない上に、第三位の風属性魔法という広範囲の敵を一挙になぎ払うスキルも所持しているため適任と言えた。


「……いつも迷惑をかけて悪いな、シルフ。だけど、今俺が頼れるのはお前しか居ないんだ。すまないが、よろしく頼むぞ」

――なでなで

「っ……卑怯です、主様は。そんな風に言われたら頷くしか無いじゃないですかっ」

 軽く背伸びをして頭を撫でてやると、シルフの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 ぷいっと顔を背けられてしまった辺り完全に照れているのだろう。



「ふふっ、ではこれより私達も式典の用意を始めるとしましょうか」

 リリアンヌがチリンチリンと鈴を鳴らすと一分後、数十人のメイドが室内に入ってきた。

 鈴が鳴った直後、そこから魔力を感じたので、恐らくあれには魔石か何かが使用されており、何処かの部屋に待機していたメイドへ聞こえるようになっていたのだろう。

 魔石とはつくづく便利な代物だと思う。


「…………な、なぁ、リリアンヌ?」

「なにかしら?」

「メイドさん達が手に持っているのって化粧道具に見えるんだが気のせいか?」

 繊月が額に一筋の汗を浮かべながら、恐る恐ると言った面持ちでリリアンヌへと質問を投げかける。

「いいえ、センゲツの言う通り化粧道具よ」


「なぁ、リリアンヌ?」

「なにかしら?」

「メイドさん達が俺に化粧をしようとしているように見えるんだが気のせいか?」

 見ればメイド達がテキパキと繊月の周囲に化粧品を展開していた。

 シルフやリリセアの所にも同じような光景が広がっている事から、間違いなくこれの対象は繊月だろう。

「いいえ、センゲツの言う通りよ」

「――逃げ」

 男なのに化粧をされるという悪魔の狂宴が開始されようとしたため、繊月が慌てて部屋から逃げ出そうとする。

「押さえなさいっ!」


――ガシっ

「ぐぬぬっ!」

 だが、数名のメイドがすぐさま繊月の背後に回り込みがっしりと体をホールドされてしまう。

 必死に振りほどこうとするが、見た目相応の力しか持たない繊月ではビクともしない。


「くそっ! シルフ、助けてくれっ!」

「申し訳ありません。私も主様の化粧後の晴れ姿を見た――ではなく、主様が式典で恥をかかないためにも化粧をするべきだと思いますので、心を鬼にして断らせていただきます……」

「おい! 今本音が出ただろっ!? つーかめっちゃ頬が釣り上がってるじゃねーかっ!?」

 先程まで室内に漂っていたシリアスな空気が一瞬で霧散してしまった。


「大丈夫よ、センゲツ。貴方元々かなり可愛いんだから化粧をすればきっと誰もが見惚れる存在になれるわよ」

「そういう問題じゃねぇっ! 俺は男だっ! 男が化粧なんて変だろうがっ!?」

 一応元の世界でも男性用の化粧水や乳液程度の物は身だしなみとして使っていたが、メイドが用意しているのはどう見ても口紅を始めとした、男が到底使わないであろう化粧品だ。

 さらによく見ると背後には、どう見ても繊月以外にサイズの合わない、ふりふりのピンク色のドレスを持っているメイドも居る。

 あんなのをふりふりのドレスを着て、可愛らしい化粧をした男が大勢の人間の前に姿を晒すなんて完全に特殊なプレイだ。


「――やりなさい」

「はっ!」

 リリアンヌとシルフが満面の笑みを浮かべながら、グッと指を立てる。

 メイド達も小さく可愛らしい繊月に化粧を施せるのが楽しいのだろう。心なしか笑みを浮かべているように見える。

「や、やめろぉおおおぉぉぉぉっ!!」

 そんな孤立無援の中、繊月の悲痛な叫び声が室内に木霊する。



――その日、繊月は男として大事な何かを喪失したのだった。




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