幕間―ニ 脱出劇
――時は僅かに遡り、魔物による王都襲撃直後へ……
「――ノウム様、現時点をもって最後尾の部隊が王都よりの脱出に成功しました」
ノウムの前方より、一人の少女が馬と共に戻り、脱出作戦が成功した報告をする。その少女の名前はレイン・アーレット。
若くしてブロドの配下である儀仗兵を率いる立場となった天才魔術師である。
その性格は実直であり、今回の作戦にも不満を覚えてはいたが、自身を平民の立場からここまで取り上げて貰った恩から渋々彼に従っていた。
「わかった。レインは持ち場に戻るが良いぞ」
「はっ!」
「ふぅ……とりあえずはこれで一安心よな」
「うむ。しかしまさか本当にあの小娘の言う通り魔物による王都の襲撃があるとはな……」
王家の秘密通路により王都から脱出したノウムとブロドは数百名の配下を引き連れ、帝都への道のりを進んでいた。
二人が乗っている馬の後ろには、恐らく持てる限りの私財やら何やらを積み込んだのであろう。荷物を満載にしたいくつもの馬車が続いている。
「念のため王都より逃げ出す準備をしておいて正解だったな」
「今頃王都に残っていれば我らは地獄を見ていたであろう」
「何しろ数万の魔物が相手だからな……。いくら私が優れた魔法使いであろうとも、あの数が相手では流石に打つ手が無いわ」
「とはいえ、厄介なリリアンヌや、あのモケノーを始末してくれるのだ。今回に限っては魔物に感謝しなくてはな」
「くっくっく……違いない」
「奴らは今頃絶望に打ちひしがれ、死に向かっている所であろうな」
『フハハハハハッ!!』
二人は互いに顔を見合わせると互いに高笑いをあげた。
そのやり取りを聞いていた幾人かの護衛の騎士が顔を歪めるが、彼らに何かを言う勇気を持つ者は居なかった。
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――ズドォォン
「な、なんだッ!?」
それから丸一日の時間が経過し、ブロドとノウムがとある山脈の付近を進軍していると、不意に巨大な揺れが周囲一帯を襲った。
「け、警戒態勢を――ぐわぁああぁぁ!?」
『キシャアアァァァァッ!!』
さらにそれと同時に、脱出のために直線上に伸びたブロド達の隊を囲うように全方位から三メートル程の体躯を持った蜘蛛が出現する。
その数は少く見ても数百体は居るだろう。
「す、スライアラクネだとッ!?」
「何故北部にしか出現しない強力な魔物が王都の近郊にっ!?」
その蜘蛛の正体はスライアラクネと呼ばれる蜘蛛型の魔物だった。
EDENにも同種のモンスターが出現するものの、その能力はあまり高くなくプレイヤーにとっては大した脅威ではない。
だが、それは彼らには当てはまらなかった。
「そ、総員迎撃開始ッ! 貴様らの命に代えても私達の命と財宝を守れッ!」
「このような数のスライアラクネにこの戦力で勝てる訳がないッ! 騎士達が盾になっている間に儀仗兵と共にここを突破するぞッ!」
そう、彼らにとっては精鋭の騎士や儀仗兵を持ってしても数人がかりでようやく一体を倒せるかどうか、というレベルの魔物だったのだ。
故に彼らは周囲の騎士を盾にこの地獄からの離脱を計る。
「ギャアアアアァァァ!!」
「いやぁぁぁっ! た、たべっ、食べないでぇぇぇ!」
「痛いッ! 痛い痛いイタイイタイィィィッ!?」
当然騎士達は碌な抵抗も出来ずに、次々と人間を優に上回る体躯を持った蜘蛛の餌食となっていく。
――戦闘開始から一分後には騎士の三割が絶命し、動かぬ餌と成り果てていた。
「神聖なる光よ、我にその大いなる力を貸し給えッ! 邪なる敵を撃ち貫け、光槍ッ!」
「も、燃え盛る業火よッ! その力を一点に収束し、敵を穿てッ! 炎槍っ!」
そんな中、ブロドや、レイン、そしてその配下である儀仗兵は人の身においては高位の魔法である第八位の魔法を行使し、多大な犠牲を出しつつも辛うじてスライアラクネを撃破し血路を開く。
「よ、よし、もう一息で包囲を突破できる……!」
「ひぃ……死ぬかと思ったわ……」
ブロドが魔法でさらに一体のスライアラクネを撃破しつつ、希望に満ちた声を発する。辛うじて追従するノウムは既にほうほうの体だ。
後ろを振り返れば既に多数の騎士や数台の荷馬車が脱落しているが、自身の命には代えられない。やむを得ない犠牲と言えよう。
「とりあえずここさえ抜ければ安心――」
「っ、ブロド様、ここに強力な魔物の気配が接近しておりま――がひゅッ!?」
その直後、数メートル程前に居た数名の儀仗兵が乗っていた馬ごと大地から飛び出た巨大な爪に刺し貫かれる。
犠牲者中には儀仗兵を率いる立場にあるレインも混ざっており、指揮官を失った儀仗兵の生存者が一気にパニックに陥る。
「れ、レインがこうも容易くっ……!?」
「き、貴様ら、落ち着かんかっ!落ち着いて陣形を立て直し――あ……」
ブロドが慌てて兵達を立て直そうとするが、その声は途中で途切れる事となる。
何故なら同じく大地から出現した巨大な爪がその体を馬ごと貫いたからだ。
それは王国最強の魔法使いであるブロド・シェイムの余りにも呆気無い最期だった。
「ひ、ひぃぃぃぃっ! 一体何が起きているのだッ!? 誰か私を、このソック・ノウムを助けんかっ!」
その様子を隣で目の当たりにしていたソックが取り乱しながら声を張り上げるが、それに応える者は居なかった。そう、既に周囲にソックを除いて生きている者は居ないのだ。
周囲にあるのはブロドと同じように刺し貫かれ肉塊となった物だけだ。
「あぁ……どうしてこんな事に……」
ここまでは全て自分の思う通りに進んできていた。
なのに、何故自分はここで、このような目にあっているのだろうか。何も悪い事なんてしていないのに。
そんな事を考えているソックの目の前に現れたのは、スライアラクネと似た姿を持つが、三十メートルには及ぼうかという程の体躯を持つ巨大な蜘蛛型の魔物だった。
その幾本もある爪の先端にいくつかの人間の死体と思われる肉塊が突き刺さっている事から、先程の爪はこいつも物だと言うことが察する事が出来る。
そして、恐らくコイツがこの襲撃の指揮官的な存在である、という事も。
――そこまで考えたソックの眼前に巨大な爪が迫り――そこで彼の意識は途切れた。