第三章「崩壊と救国」 Page-3
「――な、なんですってっ!?」
「くそっ、最悪のタイミングだッ……!」
耳を澄ませば遠くで今尚爆音や怒号が響き渡っているのがわかる。
今日を含め数日以内に襲撃が起きる可能性事態は考慮していたが、まさかよりにもよって最短かつ最悪のタイミングである、リリセアの救出作戦中に起きるのは想定外だった。
「また、ノウムとブロドらは既に儀仗兵や、配下の騎士団を率いて王家の秘密通路より脱出済み。恐らく王国を捨て、帝国への亡命をするのが狙いかと」
「くっ……帝国に亡命だと……下郎めっ!」
「城内の警備がやたらと薄かったのはこのせい、か」
「申し訳ありません、リリアンヌ様。魔物の発見と同時に民への避難勧告を出し、私や賛同してくれた少数の貴族達の配下の騎士達に王都の門を守らせてはいたのですが、この騒ぎを見る限り既に突破されたようです」
「いや……ザール侯爵はよくやってくれた。数万の魔物ともなれば騎士では多勢に無勢だから仕方がないわ……」
「リリアンヌ様にそう言って頂ければ散っていったであろう騎士達も浮かばれるでしょう。――とりあえずリリアンヌ様とリリセア様は今すぐ王都よりお逃げになって下さい。貴方達さえ生きていればノウムとブロドが何を考えていようとも、何とかなるはずです」
「……ザール侯爵はどうするつもりか?」
「私は配下の騎士を指揮しつつ、リリアンヌ様及びリリセア様と、一人でも多くの民を逃げ延びさせるべく王都へと戻ります」
「っ……そんな事をしたら確実に死ぬわよ?」
「元よりそのつもりです。これはノウムとブロドの力を恐れ、今まで貴方達を表立って助ける事が出来なかった事への、せめてもの贖罪。私の力では期を待ちつつ見てみぬ振りをする事しか出来ませんでした故……」
「ザール侯爵……それが貴方の決意なのね」
「――そうです、リリアンヌ様。……リフィーリア、魔物の包囲網で最も手薄な方向はどちらか?」
「……西門かと」
静かだが、何処か威厳すら感じさせる声で真紅のドレスを纏った騎士が口を開く。
どうやら彼女の名前はリフィーリアと言うようだ。
「了解した。――お二人は、リフィーリアと共に西門へ向かって下さい。彼女は帝国からの客将で無口ですが、人格的にも信頼できる人間ですのでご安心を。さらに恐らく姫様と互角……もしくはそれ以上に腕が立つ程の実力者故、必ずや脱出の際の心強い味方となるでしょう」
(なるほど……やっぱりさっきこの人から感じた気配は気のせいじゃ無かったようだな)
それ程の実力ならばこのリフィーリアという女性が放っていた強者のオーラも納得できる。
恐らく並の魔物では相手にならないだろう。
「……わかったわ。リフィーリア、よろしく頼むわね」
「……はっ」
「――センゲツ殿とシルフ殿。それなりに腕は立つようだし、お前達をリリアンヌ様をオークの群れから助け、リリセア様を奴らの策謀から救ってくれた忠義の者と見て言わせてもらう。悪いが引き続きリリアンヌ様と共に行動し、脱出の支援をお願いしたい」
ザール侯爵がそう言ってこちらへと顔を向けてきた。
口調こそ強いが、その表情には疲れや懇願の想いが描かれているのが容易く読み取れる。
「ええ、構いませんよ」
「私は主様に従うのみです」
「――心よりの礼を言わせてもらおう……ありがとう。リリアンヌ様とリリセアをよろしく頼むぞ」
「わかりました……と言いたい所ですが、俺は貴方達と共に王都で魔物を迎撃します」
「あ、主様っ!? まさか貴方様が負けるとは思えませんが万が一というものがあります! おやめくださいっ!」
「そう心配するなって。悪いけどシルフはリリアンヌとリリセアちゃんを守ってくれ」
「強力な味方が増えるのは有り難いが……死ぬぞ?」
「死ぬつもりはありませんよ。――それに貴方達を死なせるつもりも、ね」
そう言うと繊月はニヤリと口の端を釣り上げる。
それを見たザールもそこに何かを感じたのか同じような表情を浮かべる。
(この後王国が陥るであろう状況を考えれば、たとえ一人でもリリアンヌの味方を失う訳にはいかないからな……)
「ふっ、ならば私はこれ以上何も言うまい。よし、ではこれより王城より出撃し、魔物を――」
――ドォオオォォォン!!
「な、なんだっ!?」
ザールが出撃の号令を下そうとしたした直後、爆音と共に王城の壁が破壊され、周囲を爆煙が包み込む。
「ごほっ、ごほっ!」
「な、何事かっ!?」
「――ゲッヘッヘッヘ!ジョウホウドオリ、ダナッ!」
「オウジョサマもいるゼッ!」
「ま、魔物だとっ!?」
煙が晴れると、そこには炎で出来た翼を持った6体の巨大な鳥型の魔物が存在していた。
どうやら、魔法か何かで壁を破壊して上空から王城へ侵入してきたようだ。
「フレイムバード、か……」
確かEDENでは、比較的序盤の火山フィールドにPOPするモンスターだ。
レベルはおおよそ25。炎上による追加ダメージを付与する翼の近接攻撃と、火弾による遠距離攻撃が主な攻撃手段だったはずだ。
(大した敵じゃないな。ただ奴が言った情報通り、というのが何なのか気になるな……)
「な、何故ここにこのような強力な魔物がっ!?」
「ひ、ひぃ…!」
見れば、背後に居る騎士やザール侯爵は目に見えて奴らに怯えている。
中には手足を震わせたり、抜いた武器を地面に落としてしまうような者まで居る。
恐らく彼らにとってはフレイムバードはかなり強力な魔物、という認識なのだろう。
「ザール様……お下がりを」
そんな中赤いドレスの騎士――リフィーリアだけは身の丈以上の大剣を片手で抜き放ち、フレイムバードへと向ける。
「ニンゲンフゼイがナマイキなッ! まずはキサマからクイコロシテやるッ!」
その様子を見たフレイムバードの内の一体が素早くリフィーリアへと突撃し、彼女を飲み込もうと大きな口を開く。
「――分断剣戟」
「……グ、グゲッ!?」
しかしリフィーリアはそれを見事な身のこなしで回避すると、同時に攻撃スキルを発動。
そのまま大剣を勢い良くフレイムバードの首元に目掛けて振り下ろし一刀両断する。
そこには一切の迷いがなく、その見事な立ち回りからはリフィーリアが見立て通りかなりの実力者である事を物語っていた。
(あれは確か第八位の大剣スキル、だったか)
全力を出しているようには見えない事から、恐らく別の第八位スキル、或いは第七位の大剣スキルを行使する事が可能という線も考えておいた方が良さそうだ。
「に、ニンゲンフゼイがよくもッ!」
一拍遅れて残りのフレイムバードが仲間をやられた事への怒りを露わにする。
このまま放っておけばすぐにでも奴らはこちらへ攻撃を開始するだろう。
だが、こちらには戦闘能力を持たない守護対象であるリリセアや、ザールが居るため、それを許すわけにはいかない。
「シルフ、左の二体をやれ。俺は右のニ体をやる。奥の一体には情報を吐かせる」
「はっ」
「ゼンイン、コウゲキをカイ――」
「――疾風斬」
――ゴトッ
指揮官的な立場だったのだろう。
攻撃開始の号令を下そうとしたフレイムバードと、その隣にいたもう一体固体の首は、それを完遂する事なく地面へと転がり落ちた。
その表情には苦悶は浮かんでおらず、恐らく死と痛みを悟る暇すら無かったのだろう。
「ふん、下等生物め……」
「す、すげぇ……」
「太刀筋がまるで見えなかったぞ……」
「太刀筋どころか動きすら捉えられなかったぞっ!」
「なんで腕なんだッ!」
「……!?」
それを見ていた周囲の騎士から次々と歓声があがる。
よく見るとこれまで常に冷静な表情を保っていたリフィーリアも表情の端々に驚愕を浮かべている。
「――グガァッ!?」
「……ふぅ。こっちも終わり、っと」
同時に繊月も無詠唱で第六位の氷属性魔法である氷分子砲を発動させ、二体のフレイムバードを即死、そして一体の下半身を氷漬けにする事に成功していた。
「む、無詠唱魔法だとっ!?」
「凄い……あんな魔法今まで一度も見たことがないぞ……」
「あのブロドと互角……いや、それ以上の実力かもしれんな……」
その見事な手際と魔法によりザールを含む、複数の騎士――装備から察するに繊月と同じ魔法使いと思われる者――からも再び歓声があがる。
「――これで生き残りはお前だけなわけだ」
そう言うと繊月は唯一生き残ったフレイムバードの方へと顔を向け、笑顔を浮かべた。