第三章「崩壊と救国」 Page-2
「――侵入完了だな」
「本当にこの魔法は凄いわね。見張りにまるで姿が見えていないようだったわ」
「しっ、静かに。姿は隠せても声までは遮断出来ないのだから、あまり大声を出したら見つかるわよ、リリアンヌ」
「わかったわ」
――夜の闇が王都を包み込んだ頃を見計らい、三人は範囲不可視化により王都への潜入を果たしていた。
入り口の警備こそある程度厳重だったが、中に入ってしまえば時々見回りの兵士や貴族とすれ違う程度であり、非常に手薄だと言える。
「……しかし怖いくらいに順調だな」
「そう、ね。昔はもっと城内にたくさんの騎士や兵士が巡回していたはずなんだけど、不自然なくらいに少ない気がするわ……」
「まぁ、順調である事に越した事はない。最悪今夜中に魔物が来る可能性があるのだから早めに済ませるべきよ」
「その通りね。奴らならあのまま私達の言葉を無視して、警備を強化していない可能性もあるわ」
「まさかそこまで腐ってはいないだろう……って思いたいけど、あの話を聞いたあとじゃなぁ……」
「それでリリアンヌ、リリセアの部屋はどっち?」
「ごめんなさい、シルフ。そこの曲がり角を左に曲がった先にある三番目の部屋よ」
「わかったわ。……主様、どうしました?」
「いや、この絵……なんか妙に気になってな」
繊月の視線の先には空を舞う一体のモケノーが、大地と空を覆い尽くしている異形の群れへと無数の光の矢を発射している絵画があった。
その雰囲気から恐らく相当昔の物だろうという事が推測できる。
「あぁ、それはエルピディア王国とモケノー連合王国が同盟を結んだ時に王女様から贈られた絵ね」
「ふむ……ここに描かれているモケノー、何処か主様と似ている気がするな。まぁ主様の方が数百倍美しく、可愛いが」
「……ホントだ。俺と同じ銀髪で狐耳のモケノーだな」
後半のシルフの言葉は聞こえなかった振りをしつつ、絵の感想を言う。
顔立ちや瞳の色、装備は全く違うものの、そこに描かれているモケノーは銀髪で狐耳という特徴以外に、何処と無く身に纏う雰囲気も自身と似ているように見える。
「うろ覚えだけど、そのモケノーの名前はシンシア・ユエル。二千年前にモケノーの種族が絶滅の危機に陥った際に現界した、っていう話の神の絵だったはずよ。それ以降今尚モケノーの多くがこの神を信仰しているらしいわね」
「へぇー、覚えておくよ」
もし何らかの理由でモケノーの国に行くことになった場合、種族の多くが信仰しているという神の名前をモケノーである繊月が知らない、となれば色々とまずい事になりかねないので、ここで知れたのは僥倖かもしれない。
「――主様お話の所申し訳ありませんが、見張りの兵の様子的にそろそろ頃合いかと」
「ん、わかった。頼むぞ、シルフ」
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「――なぁ、さっきブロド様の儀仗兵とソック様の派閥の貴族や騎士団が大慌てで王城の裏口へ向かっていたが、何かあったのか?」
「さぁな。ソック様の緊急の招集って事以外には何もわからん」
――王国の紋章が刻まれた巨大な扉の前に二人の騎士が居た。
二人は共に立派な全身鎧を身に付けており、雑談をしつつも周囲に張り巡らされた気や、立ち振舞の隙の無さからそれなりの能力を持つ騎士である事が伺い知れる。
「裏口に向かった所であそこには何もないと思うんだけどなぁ」
「ハハハッ、夜逃げの準備でもしていたりしてなっ」
「ふっ、そんなまさか――おい、ロッデ……今あそこの背景が歪まなかったか?」
「え?……何も変化がないように見えるが――」
――ドサッ
「そうだよな。見間違い――おい、モレガンどうしたっ!? くそっ、敵かっ!?」
だが突如として、音と共に相方の騎士が床へと倒れ伏す。
しかし、その騎士はその事態にも驚きつつもすぐに腰の剣へと手をかけ――
「失礼」
「ッ!?」
――緑髪の美しい少女が自身の首元へと手刀を振るおうとしているのを認識し、意識が途切れた。
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「……主様、片付きました」
「お疲れ様、シルフ」
「こ、殺してないわよね?」
ランタンの明かりしか存在しない薄暗い廊下に繊月とリリアンヌの姿が浮かび上がる。
それは範囲不可視化の効果を解除した事によるものだった。
(やはりEDENと同様に不可視化の効果は攻撃時に強制解除されるみたいだな)
「勿論。優しく蝶でも愛でるように触れただけよ」
「その割に思いっきり気絶してるけどな……」
念のため簡易的な回復魔法と共に低位の睡眠魔法を倒れた騎士へとかけておく。
相手は魔物ではなく同じ人間なので、万が一死なれでもしたら非常に後味が悪い。
「……良かった」
「知り合いだったか?」
「えぇ。騎士として幼い頃からリリセアに仕えていた者で、数少ない信用出来る人間よ。名前はロッデとモレガン、腕も立つわ」
「なんだ、一応孤立無援って訳ではなかったんだな」
「まぁね。反抗的な態度をとった者はほとんどが殺されてしまったけど、決して全員じゃない。それに表立っては動けないけど陰ながら支援をしてくれている貴族や騎士はある程度居るわ」
「そうだったのか」
――まぁ表立っては動けないという事は、それ程の力を持たない、或いは逆らえない存在だという事にはなってしまうが。
場合によっては味方に成り得る存在が居るというのは、今後自分達がやろうとしている事を考えれば有り難い。
「つーかそれならこんな強硬策をとらないで素直に話した方が良かったんじゃ……」
「あっ」
「あ……」
「と、ととととりあえず手早く済ませましょう。二人が倒れているのを見られたら厄介よ。今から起こしてもそれはそれで厄介そうだし」
「そ、そうだな。倒れてるのが見られたらまずいし、この騎士達はとりあえず室内に入れておこう」
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――ガチャッ
「ぜぁはぁ……い、居たな……」
豪華な部屋の中央にある、10人は余裕で寝れるのではないかという程の大きさのベッドにリリセアは居た。
瞳こそ閉じられているが、あの時と変わらず、微動だにしない姿のままだ。
――ちなみに繊月が息を切らしているのは全身鎧を身に付けた騎士が重すぎて動かなかったためである。
結局三十秒ほど全力で引っ張ったが動かず、リリアンヌにやってもらった。
今の繊月は中身こそ男だが、見た目相応の筋力しかないのが実に情けなく、個人的にかなり恥ずかしい。
「リリセア、安心しなさい。今貴方をこの人が救ってくれるからね……」
リリアンヌがそんなリリセアへ駆け寄ると、優しく身を起こし、頭を撫でながら抱きしめる。
「よし、それじゃあまず、魔石の力が送り込まれてると思わしき魔法付加品を見つけるか。それを破壊しないとデバフを解除してもまたすぐにデバフ状態になっちまうだろうしな」
「主様、原因の魔法付加品は恐らくこれかと」
シルフが指差したのは中央に魔石がはめこまれた金の腕輪だ。
確認してみるとそこには、魔力の筋のようなものがうっすらと見える。
「物品鑑識。この腕輪の効果は小規模の魔力の受信と増幅。……間違いない。これだ」
「では早速破壊します」
「頼む」
シルフが音も無く剣を抜き、一閃すると腕輪が真っ二つに切断されベッドへと落ちる。
「浄化風」
それと同時に繊月が素早く解除スキルを発動する。
「――うーんっ」
「リリセアっ!?」
直後、リリセアの紫の瞳がゆっくりと開かれる。
その瞳には昨日と違い、確かな意志の光が宿っているのがわかる。
「お、お姉ちゃん?そんなに抱きしめたら苦しいよっ」
「ごめんなさいごめんなさい、リリセア。……だけど今だけは許してっ」
リリアンヌはそんなリリセアを強く抱きしめ続けていた。もう二度と離すまいと言わんばかりに。
だが、恐らく両親が死んで以来十年振りに姉妹で会話をする事ことが出来たのだろうからそれもしょうがないだろう。
(やっぱり精神喪失を喰らっていた間の記憶はないか。……とはいえ、この事実を明るみに出せば王国を腐敗させてる連中もただじゃすまないだろう)
「――リリアンヌ、感動の再会のところ悪いんだけど、この部屋に接近している気配があるわ。数はおおよそ50」
そんな事を考えていると、事前に設置しておいた簡易探知スキルに反応があったらしく、シルフが警鐘を鳴らす。
「ちっ、ばれたか。思ったより早かったな……リリアンヌ、動けるか?」
「だ、大丈夫よっ」
「お、お姉ちゃん……一体何が起きているの?リリセアが起きたら凄くお姉ちゃんが美人さんになってるし、それにあの人たちは……?」
「それは後で話すわ、リリセア。とりあえず今はここを離れましょう」
「わかったよ、お姉ちゃん」
恐らく10年間も魔法の支配下にあったため体が思うように動かないのだろう。中々思うように立ち上がれないリリセアをリリアンヌが背負った。
「……主様、間もなく来ますっ」
「わかった」
(とりあえず対象の出方を伺って、場合によっては睡眠魔法や、記憶操作魔法で忘れてもらうとするか)
――ガチャッ
「急げ! 見張りのロッデとモレガンが居なくなってるうえに、時間もないッ! 大至急リリセア様をお救いし――姫様ッ!?」
「ざ、ザール侯爵っ!?」
「あれ、知り合い?」
多数の騎士と共に慌てて室内に駆け込んできたのは、確か昨日謁見の間に居た貴族の内の一人だった。どうやら名前はザールというらしい。
(侯爵って事はそれなりの立場の人間のようだな。)
「…………」
(こっちをじっと見てきている騎士……周囲の騎士とは格が違うな)
一人だけその場に似つかわしくない真紅のドレスを身に纏った騎士が無言で繊月を見つめていた。
年齢は二十代前半くらいだろうか。身長は女性にしては高く、170センチ程でそれに見合った大きさの胸がドレスの上から自己主張している。
瞳の色はそのドレスと同じ真紅であり、髪の色は桃色で肩に身長以上の大きさはありそうな大剣を軽々と携えている。
そしてその身から発せられるオーラはシルフやミカーナとは比べる程ではないが、周囲の騎士とは一線を画しているのがはっきとわかった。
「ええ。10年前より私を陰ながら支援してくれていた貴族の一人よ。家族が居る故、表立っては動けずにいたがよく働いてくれた忠義の臣だ」
「ひ、姫様、何故昨日の者達が城内に? それに見ればリリセア様が我を取り戻しているではありませんかっ!?」
「リリセアはブロドの魔法により今日まで意識を奪われていたわ」
「な、なんとっ……! 奴らめ、そこまで落ちていたかっ!」
「それより、その慌てぶりからして何かあったのでしょう?」
「は、はいっ!実は――」
――ドォオオォォォォン!
「な、なんだっ!?」
爆音と共に、爆炎が噴き上がり薄暗い室内を照らした。直後、それに続くように王都の至る個所で爆発と炎が生まれている。
「王都が炎に包まれてっ……!?」
「魔物ですッ! 数万を超える数の魔物が王都に強襲を仕掛けてきましたッ!」