第三章「崩壊と救国」 Page-1
「――ブロド、奴らはどうする?」
「と……とりあえずは保留にしておこう。本格的に邪魔になりそうなら寝込みを襲うなり、適当に理由をつけて国外追放でもすれば良いさ。奴らとはしばらく関わりたくない……」
「そうだな」
――王城の中でも一際大きく豪華な装飾が施された一室に、エルピディア王国最高の魔法使いであるブロド・シェイドと、最高の権力と領土を持つ大貴族ソック・ノウムは居た。
「それとリリアンヌが言っていたこの王都に魔物が襲来するという話は信じるか?」
「本来であれば鼻で笑うような話だ。だけど……出処があの化物のモケノーだ。もしかしたら本当かもしれない……だが」
「あんな何処の馬の骨とも知れぬ存在の話を信じて兵を動かせば我らのメンツが潰れる、であろう?」
ブロドが先程の繊月の力を思い出し、身震いするがやがて落ち着きを取り戻す。
「うむ。……まぁ、仮に本当だとしても守護石があれば魔物の侵入なぞ出来るはずもないし、兵を動かす必要はないだろう」
「確かに。まぁ念のため王都に居る騎士団を王城に全て集結させておこうではないか」
「くっくっく、いざという時は王都を捨てて逃げるために、か?」
「ふっ、その通り。帝国との密約により、魔石の鉱脈の位置や、兵力の配置等の機密情報と共に亡命した際の我らの地位は約束されておるからな」
二人が互いにニヤリと笑みを浮かべる。
「傀儡のリリセアと役立たずのリリアンヌにはここで王都の民と共に散っていただこう。民を守り、民と共に死んだ英雄として、な」
「くふっ、それが良いな。魔物に占領された王都に、義憤に燃えた帝国軍が駆けつけ、都市を奪還する。そしてそれを指揮するのは魔物への報復のために凱旋した我ら、となれば民は我らを新たな王として受け入れるだろう」
「まぁ、その場合王国はフィロド・スフィア帝国の属国のような存在になるでしょうなぁ」
「ふん。この王国の事など知った事ではない。我らの地位と命さえあれば、な」
「違いない。とりあえず数日以内にリリアンヌの言う通り何かが起きたら王族の秘密通路で騎士団と共に王都を離脱し、帝国へ亡命。という事で良いな?」
「うむ。――そうだ、ソック一つこんな噂を聞いたのだが……」
「噂?」
「あぁ。モケノー連合王国の女王が銀髪狐耳のモケノーを探しているらしい」
「あの死に損ないの化兎が、か?」
「うむ。まさかそれは――」
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「リリアンヌちょっといいか?」
「なにかしら?」
宿で昼食を終えた繊月一行は部屋で今後の予定を詰めていた。そんな時にふと繊月が口を開いた。
「妹のリリセアちゃんの事なんだけどな――」
「――やはり、主様も感じていましたか」
「え?なんのこと?」
二人が互いにわかっているような会話を交わす中、リリアンヌだけがきょとんとした表情を浮かべている。
「リリセアちゃんは確か、両親を失ったショックで心が壊れてしまったって話だろ?」
「……えぇ。その通りよ。奴らはそれを利用してこの王国を好き勝手にっ……!」
――奴らの私財や、帝国への貢物のために使われたとんでもない量の国の財産や税金を前線の兵士に回せばどれだけの兵士が命を落とさずに済んだかわからない。
リリアンヌは数年前に北部の最前線に行った事があるが、そこでは食料や医療品は足りず、装備は貧弱なのにも関わらず魔物は強大。
そして昨日まで隣に居た仲間が明日には死に、すぐに後方から新兵が送られてくるといった有様だった。
皆どうせ明日には死んでいる、といった感情で戦っているため当然士気は低く、同様の理由で指揮官や教官が育たないため練度も低い。
そのくせソック・ノウムの手により士気の低下による脱走兵や、反抗的な態度をとった兵士を殺すためだけの専門の懲罰部隊が居るため、兵士は後ろに下がる事も出来ずに死ぬ事しか出来ない。
士気も練度も高く、最高峰の装備を揃えた大部隊が、敵とは一切戦わず味方だけを殺し、恐怖で支配する場面を見た時はリリアンヌは戦慄したものだ。
そして辺境に現れる魔物への対処も碌に行っておらず、既にいくつもの村が滅ぼされている。
本来ソレに対抗する事が出来る若者は徴兵で前線へ駆り立てられており、繊月が訪れた村ももし一歩遅ければクリスタルボアにより滅ぼされていた危険性が高かった。
王国を支える命綱である魔石の採掘場も国王が死亡し、奴らが権力を握るようになってからは設備の増強や環境の改善が行われず、劣悪な環境で作業を強いられているため事故や、魔石の暴走による死者が絶えない。
――そしてそんな前線や後方の環境を改善しようとした騎士や貴族は皆、殺された。
「…………」
「……愚かな」
それらを旅の途中で聞いていた繊月とシルフは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「リリアンヌ、私には貴方がそこまでして守ろうとする程の価値がこの王国にはないように思えるわ。何故こんな仕打ちを受けてまで貴方はこの王国を守ろうとするの?」
「そう……ね。多分傍から見れば私は守る価値のない国を守ろうとする愚か者なんでしょうね。――だけど、こんな国でも父と母が愛し、私と大事な妹が生まれ育った国なのよ。それに唯一の肉親の私が居なくなったら妹はこの王国で一人ぼっちになっちゃう」
「リリアンヌ……」
「そして私の力不足のせいで今日までに死んでいった多くの命に報いるためにも私だけはこの王国を見捨てるわけにはいかないのよ」
気づけばリリアンヌの両目からは光が消え、その表情には深い絶望が浮かんでいた。
――まるで、出会った時のような。
「もし、妹を、リリセアちゃんを救えるかもしれないと言ったらどうする?」
「……え?」
リリアンヌの絶望に満ちた瞳に僅かだが光が差す。
「確信はないが、リリセアちゃんのあれは魔法による精神支配が原因だ。シルフ、いいか?」
「はい」
「――精神喪失」
繊月がそう言って短杖を振るうとシルフの瞳から光が消え、まるで出来の良い蝋人形になったかのようにその場に立ち尽くす。
それは昨日謁見の間で見たリリセアの様子と瓜二つだった。
「こ、これってっ!?」
「第七位のデバフ魔法、精神喪失だ。効果は一定時間一体の対象の精神を消失させ、スキルの使用や行動をとる事を不可能にする、というものだ」
「浄化風」
すぐさまもう一度杖を振るい、シルフの状態異常を解除すると、その瞳に光が戻る。
「恐らくブロドって奴はこれを使ってリリセアちゃんを自分達の人形にしているんだと思う」
「しかし、この効果を数年という長時間に渡り維持するのは膨大魔力が必要。まぁ、それくらい主様なら簡単だけど」
「そ、そうよね。ブロドの何処に第七位という高位の魔法の効果を維持するだけの力が……!」
「それは多分、あれが源だよ」
繊月が指差した先には王城の前に存在する巨大な守護石オレアスがあった。
「オレアスが……まさかっ!?」
「そう。恐らくなんらかの手段であの魔石から魔力を吸収してリリセアちゃんに精神喪失の魔法をかけ続けているんだ」
「くそっ……奴ら……絶対に許さないっ……!」
リリアンヌの瞳に、先程の絶望とは打って変わり激しい怒りの炎が浮かび上がる。
「まぁ、まだ確証はないから落ち着くんだ。リリアンヌ」
「ご、ごめんなさい」
「とりあえず今日の夜、3人で王城に忍び込んでそのスキルが原因かどうか確かめに行こう」
「……わかったわ」
「もしスキルが原因なら浄化風で解除出来るはずだしな」
「手段はどうするの?夜間といえども王城の警備は相当厳しいはずだけど……。仮に正面から言っても昨日の一件のせいで普通に入る事は出来ないだろうし、リリセアが魔法であんな風になっているなら、それを感づく可能性が高い魔法使いのセンゲツをかなり警戒しているはずよ」
「これを使う。範囲不可視化」
その直後、3人の姿が透明になる。
――これは一昨日繊月が市場にて逃げ出す際に使用したスキルの広範囲版で、EDENでは主に種族対抗戦やギルドVSギルド戦のような大規模戦でPT単位で透明化し、後方から奇襲を仕掛けるのに使用されている。
非常に便利なのだが、使用中及び効果終了後20秒は防御力が低下する事や、事前に奇襲ルートに探知スキルや、不可視化を看過するスキルを持つ銃使い《ガンナー》や、盗賊系統の職業のプレイヤーが居た場合発見される可能性が高いため、EDENでは諸刃の剣といった立ち位置だった。
「すごい……これならそう簡単に発見されないわっ!」
「まぁ音とか声は普通に聞こえるから要注意だけどな」
「……ありがとう、センゲツ、シルフ。貴方達には本当にいくら感謝しても足りないわ」
「気にすんなって。さっ、今のうちに準備を進めようぜ」
「ええっ!」
――その後、元気よく返事をしたリリアンヌが透明化のまま部屋を飛び出そうとし、二人が慌ててそれを止めようとするも、リリアンヌが見えずにゴタゴタする。
といった一悶着があったのだが、それはまた別の話だ。