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第ニ章「王国の影と英雄」 Page-10

「――注意点は以上よ。センゲツとシルフは何か話しかけられない限りは下手な事は喋らず私の言う通りにしていなさい」

「了解」

「今から私達が会う存在は腐りきった泥水みたいな人間よ。隙を見せればそこに間違いなく付け込んで来る。……だから注意しなさい」

 王城の一室に通された三人は、リリアンヌの妹との謁見の用意が完了するまでここで待機を命じられていた。

 その間にリリアンヌから旅の途中で聞いていた貴族の前での注意点や、最低限の立ち振舞や礼儀などを再確認を終える。


――ガチャッ

「姫様、それと繊月様にシルフ様、リリセア様との謁見の準備が終わりましたので、謁見の間までお越しいただけますか?」

「わかりましたわ。センゲツ、シルフ参りますわよ」

 立派な全身鎧フルプレートを身に着けた兵士が入室すると同時にリリアンヌの纏う雰囲気が一変する。

 その雰囲気はまさに王女と呼ぶに相応しいカリスマを纏っており、口調も最初に出会った時のような物になっている。

「はい、リリアンヌ様」

 繊月もそれに従うようにリリアンヌを様付けで呼ぶ。

「か、……かしこまりましたりりあんぬさま」

(うわぁ……シルフのやつおもくっそ棒読みだ……。絶対内心で『どうして私がリリアンヌを様付けしないといけないんだ』とか考えてるよこれ……)



───────────────────────────────────────────────────────────



――バタンッ

 兵士に案内され、金で作られた豪華絢爛な装飾を施された大きな扉を開いた先に広がっていたのは押しこめば数百人は収まりそうな程のスペースの広間だった。

 その両端にはいかにも貴族といった服装と雰囲気を持った数十人の男がおり、その後ろに様々な彫刻や絵画や宝剣が飾られており部屋一体を囲むように設置さている。

 そして中央には赤い絨毯があり、その先には玉座とそこに腰掛ける少女と、左右に二人の老齢の男性が居た。

 繊月達が入室すると、大体の人間が不機嫌そうな表情を浮かべ、中には露骨に舌打ちをしている者すら存在していた。


(……どう考えても王女様に取る態度じゃねぇよな

 玉座に視線を向けると、そこには目から光が消えた繊月よりも小柄な一人の少女が居た。

 その顔立ちはリリアンヌと似て端正であり、もし笑顔を浮かべれば多くの男性が虜になるであろう事が予測できる。

 だが、その表情には一切の感情が浮かんでなく、微動だにしない。傍から見れば呼吸してるかどうかすらもわからず、王女の妹というよりも人形や死体と言われたほうがしっくり来るだろう。 


(あの椅子に座っている女の子がリリアンヌの妹だな。名前は聞いた話じゃ確か……リリセア・フォン・エルピディアっていったか)

 だが、その直後繊月の脳裏に一つの違和感が過る。

(……何だ?あの子……何かの魔法がかかっている……?)

 感覚的にリリセアに何らかの魔法が行使されている気配を感じたが、この場で魔法を使う訳にもいかないので、黙っている事にする。


「エルピディア王国王女、リリアンヌ・フォン・エルピディア、只今遠征の任より帰還しましたわ」

「…………」

「おお、よくぞ生きてご帰還なさってくれましたな。我ら一同リリアンヌ様の無事を信じておりました」

(うわー……白々しい)

「……リリセア様もリリアンヌ様を労う。と心中で言っております。それと同時にお前に付けた騎士団はどうしたのか、とも」

「っ!」 


 リリセアの左側に佇む長いヒゲを蓄えた老人が顔をしかめつつ言った。

 年齢は60くらいだろうか。左手には身長よりも巨大な長杖ロッドを持ち、その髭や髪の色と同じ真っ白なローブを身に纏っている。

 その佇まいや、長杖ロッドの立派さ――当然繊月の短杖ワンドには遥かに劣るのだが――から察するとそれなりには腕が立ちそうだ。

(……リリアンヌから聞いていたローブや杖の特徴的にアレが王国最強の魔法使いプロド・シェイムか)   

 確か光属性魔法や回復魔法を七位まで使いこなす事が出来る、稀代の天才魔法使いって話だったはずだ。


(そして、喋る事の出来ないリリセアの意志を魔法で読み取る事ができる唯一の代弁者、って話だったか?まぁ実際にそれは表向きで、リリセアが口を利けないのをいい事に隣に居る貴族と一緒に好き放題しているらしいが)

「……騎士団は任務の最中に遭遇したオークとの戦闘で私を除いて全滅しましたわ」

「くっくっく、なんと情けない。王女としての任を捨て、魔物の討伐のような雑事に精を出す貴方に付き従う数少ない仲間であったというのに……。まぁ彼らも今頃リリアンヌ様のような未熟な王の所から敬愛している貴方のお父様の所に逝けて満足しているのではないでしょうか?」

 ニヤニヤと底意地の悪そうな表情を浮かべそう言ったのはリリセアの右側に佇む男性だ。

 着ている服こそ質の良さそうな物だが、肥え太り醜く突き出した腹と、後頭部まで後退した髪の毛とその表情から滲み出る雰囲気や、口調からはあまり良い印象を与えない。

(……つまりあれがリリアンヌの言っていた王国で最も権力のある大貴族、ソック・ノウムか)


「っ……散っていった彼らを愚弄するかっ……!」

「おや、何か言いましたかな?最近耳が遠くて聞こえませんでしたねぇ」

「っ――何でもありません。……魔物の討伐は王国の存亡に関わる大事であり、断じて雑事などではありません。それに全滅の原因はあの場所に貴方の情報にあった数の十倍以上のオークが存在しており、さらにオークナイトやオークコマンダーのような最上位種が数十体居たためですわ」

「おお、それではまるで私に責任があるようではありませんか。そもそもそれが本当かどうかも疑わしい。もし仮に本当だとしてもそのような大軍が居たのであれば撤退すれば良かったのでは?」

 

「撤退っ……だと……。 私達は進軍中に突如として奇襲を受けましたわっ! まるでこちらの進軍経路が何者かによって漏らされているかのようにっ! 私達の進軍経路を知っているのはソック様とプロド様だけ、つまり漏らす人間が居るとすれば貴方達の手の者である可能性が非常に高く――」

「――それがもし本当なら恐ろしいですねぇ。ですが、そうではなくもしかすると王国の上層部の仲間割れを狙うような裏切り者が貴方の部下に居たのではないでしょうか?」

「貴様っ……私の騎士達をどこまで……!」


「それに、仮にそうだとしても、我々がオークと通じていたという証拠はあるのですか?」

「……ありますわ。私が一度奴らに捕まった際に、オークは『貴族の情報通りだった』という事を言っておりました。それに貴方達は以前より私を疎ましく思っていた。ならこれを絶好の機会だと思ったのではなくて?」

「ふむ……それだけでは何の証拠にはなりませんな。それを聞いていたのはリリアンヌ様だけなようですし、何より貴方が嘘をついていないという証拠もありません」

「ソック、そこまでにしないか。それより先に詰めるべき話があろうて」

「……そうだな、プロド。とりあえずリリアンヌ様は騎士団壊滅の責任をどうやって負うつもりで?貴方のせいで散った多くの命の責、そう軽くはありませんぞ」


(……良く言う。リリアンヌが邪魔だから嵌めたくせに。あーなんか聞いてるだけで腹が立つな……)

「ならば……王女の座を降りましょう」

「リリアンヌっ……!?」

 これまでずっと指示通り黙っていた繊月だったが、その言葉には流石に沈黙を保つ事は出来ず、思わず小声を発してしまう。


「父と母を失い、妹と領地、それに資産の全てを貴方達に握られた私には、父の頃から付き従ってくれている騎士団以外には何も無かった。そして今やそれすら失い、王族として政治に携わる事も、私が邪魔者でしかない貴方達からすれば許せる事ではない。唯一できるのは民衆と王国の守護ために少しばかりの才能があった剣を振るう事だけ。――ならば王女の座から退きましょう。王国を自分達の物にしたい貴方達の望み通りに」

「ふむ、良い心がけですが、貴方には今後共傀儡……おっと失礼。今後共民衆と兵士の希望の星として剣を振るって貰わねば困ります。『王女が王国のために最前線で魔物と戦い続ける』なんて最高のプロパガンダではありませんか?」

「ソックの言う通りよ。あのままあそこで死んでいれば『民を守って散った王女』の悲劇として民衆に語り継いでやったものを。」


「……下衆め」

「おやおや、王女様がそのような汚い言葉を使ってはいけませんよ?」

「くっくっく……その通りだ。あまりにも我らにとって不快な言葉が続くようであれば、明日にはお前の唯一の肉親であり、唯一の宝であるリリセア様も不慮の事故で死んでしまうかもしれないぞ?」

「貴様らァ!」

「まぁまぁ、そう血気盛んにならずに。まぁ最早何の兵力も持たず、味方を持たない貴方が怒っても何も怖くはないのですが。ただ、貴方にはまだ王女の座を退いてもらう訳にはいかない。ですが罰を与えない訳にもいきません。ならばここは我らにその汚れをしらない体でも捧げてもらいましょうか。王族を大昔から支えてきたノウム家と代々優秀な家系であるシェイム家の子であれば次代の王としても相応しい」

「ふんっ、こんな剣しか振れない王女でも見た目だけは悪く無いからな」


「くっ……わかったわ」

「!? リリアンヌ……お前」

「ふふっ、良い返事です。まぁ一週間後には式の準備も整いましょう。それまでに色々と覚悟を決めておいてください」


「さて、それで他に報告は?」

「……王都の南部に一週間程進んだ平野にて、本来であればその場に存在しないはずの魔物、マンティスコアがいました。それと、信じがたいでしょうが後ろに居る魔法使いが女神の声を聞き、早ければ明日の夜にこの王都に魔物の軍勢が進行する可能性があるとの事です」

「マンティスコアが?ふむ、あり得んな。マンティスコアは北部にしか居ない強力な魔物だ。リリアンヌ様の見間違いではないか?」

「いえ、あれは間違いなく――」

「それに、後ろの見窄らしい魔法使いが女神様の声を聞けるなど、冗談でも言って良い事と悪い事があるぞ」

「ノウムの言う通りだ。女神の声を聞けるのは由緒正しき、祝福を受けた血筋の者のみ。おまけに王都に魔物が進行するなぞ、あの守護石がある限り不可能だ。嘘でももう少しマシな事を言うのだな。後ろの下賤な者共に吹きこまれでもしたのか?」


「うむ。北部の三要塞が突破されたという情報もないしな。これだから役立たずと下賤な存在が考える事は……」

「お言葉ですが後ろの二人はオークの群れやマンティスコアを壊滅させ、私を助けて下さった命の恩人です。その力は凄まじく、英雄と呼ぶに相応しき存在。礼を言ってもてなす事はすれど、そのように罵倒されていい方では断じてありません」

「ふーむ、確かによく見れば後ろの二人は見た目こそ大層美しいが、そのような巨大な力は一切感じませんな。英雄というよりただの娘にしか見えません」

「うむ、そうだな。まぁよい。後ろの二人、名を名乗る事を許可しよう。まずはそっちの緑の女からだ。」


「は。クッソ様」

「し、シルフっ!?」

「……ソックだ」

「失礼しました。クソ様。私の名前はアネスト・シルフ。隣に居るセンゲツ様の部下であり、護衛として共に旅をしている存在です。趣味は……そうですね。薄汚いゴミの掃除です」

「何故こっちを見た?……まぁいい。私はクソではない、ソックだッ!……コホン。では続いてそっちの銀髪のモケノー、名を名乗れ」

(シルフのやつ相当キレてるな……。――あー、シルフ聞こえるか?全くキレたくなるのはわかるが、こういう時はもう少し大人の対応をだな)

(申し訳ありません、主様。つい……)

(まぁいい。こういう時の対応の手本を見せてやる)


「はっ、わかりました。……ムノウ様」

「ノウムだっ! ソック・ノウムだっ!」

(主様……)

「ちょ、ちょっとセンゲツ……?」

 シルフがジト目と共に念話で、リリアンヌが目で思いっきりやめろと訴えてくるがしった事じゃない。仲間を馬鹿にされてこっちもそれなりにキテいるのだ。


「これは失礼しました、クソ・ムノウ様。私の名前はカザミセンゲツ。故あって旅をしている最中に偶然オークに襲われているリリアンヌ様を発見し、助け出し、以降ここまで護衛をしつつ共に行動をしました」

「だから私はソック……まぁ良い。その事には一応の礼を言っておこう。まぁ、それはそれとしてその美しさを旅で消費してしまうのは勿体無い。私に体と心を捧げよ。金は弾むし、下賤な民では考えられないような生活を約束しよう」

「ふっ、ソックは幼い女やモケノーと交わり壊すが大好きだものな。それはそうとモケノーの初物は締りが凄いと聞いたが本当なのか?」

「黙っておれ。人の趣味に口を出すな。それでどうだ、センゲツよ。悪い話ではなかろう?」

「いえ、遠慮しておきます。豚と目合いをする趣味はありませんので」

「ぶ、豚っ……!?」

「せ、センゲツっ!?」


「ハッハッハ、随分と強気ではないか。そなたらは要は冒険者であろう? 非常に強力な魔物であるオークの群れを倒したというのが本当であればさぞかし優秀な魔法使いなようだが、杖を見せて貰っても良いか?」

「ええ、構いませんよ」

「何故杖を?」

「ふっ、魔法使いの格は装備とその身から放たれる魔力の気配でおおよそ判別がつく。だが、センゲツ殿からはそのどれも感じられないのでな。それにオークの最上位種たるコマンダーを単身で倒すような与太話がもし仮に本当であれば、この国で最も優れた魔法使いである、この私よりも優れた存在という事になってしまうのだからな」

 周囲の貴族たちが繊月とシルフを馬鹿にするように笑い出す。


「それ程までにオークなんとかとは強いのか?」

「うむ。特にコマンダーやナイトは一体で数百人の兵士を倒すだけの能力を持っておる」

「こちらが私の愛用している短杖、神造霊杖イロアス・サヴマになります」

 笑い声を無視し、繊月がローブの内側から短杖ワンドを取り出すと同時に、リリアンヌに言われ隠蔽していた魔力を開放する。 

「ぷっ、短いではないか。私はブロドのように魔法には詳しくないが、短いより長いほうが立派そうに見えるし強いのだろう?つまりそなたは大した魔法使いではない。そうだろう、ブロド?」

 そう言ってノウムがシェイムの方へと視線を向ける。

「あっ……あうぁあああぁぁぁ!?」

 するとそこには、その場に崩れ、繊月を心底怯えた目で見ながら盛大に汚水を撒き散らしているブロドの姿があった。

「ブロドッ!?」

 周囲の貴族たちも何事かとざわめき始める。

「あ、ありえんっっ! あ、ああああの短杖ワンドの前では私の杖はただの木の棒だ……恐らく四等級相当はあるぞっ……!」

「四等級だとっ!?神話クラスの武器ではないかっ!」

(いや、一等級なんだけどな)


「そ、そそそそれにあの二人の魔力量は私の数倍はあるっ……! 装備と共に下位能力鑑識ステータスチェックで確認したから間違いないっ……! 奴がその気になればみんな殺されるぞぉぉ!」

「馬鹿なッ!?」

「私は言ったはずです。彼らこそこの国を魔物から救う事が可能な英雄である、と」

「ちぃっ!えぇい、興が冷めたっ! 今日の謁見はこれにて終了とする! コイツを――リリセア様を下がらせろっ!」

「化物化物化物化物化物化物化物化物化物……」

「ブロドっ! しっかりしろブロドっ! くそっ!そこの者、リリセア様と共にブラドも下がらせろっ!」

「は、はいっ!」

 周囲の貴族が慌てふためきながら玉座の方へとかけ出す。


「とりあえず今日の件の事は追って通達するっ! それまで貴様らの王城への出入りを禁ずッ! 以上だッ!」




───────────────────────────────────────────────────────────


「……悪い、リリアンヌ我慢出来なかった」

「すまない、私もだ」

――あれから王城を追い出された三人は城下にある宿へと戻っていた。

 既に辺りは街路に設置された魔力で光るランタンを除けば真っ暗であり、出歩いている人間もほとんど居ない。

「いえ、二人共私のためにあそこまで怒っていただきありがとうございます。その――」


「とても、嬉しかったですっ」

 そう言って微笑んだ顔は今までリリアンヌと旅をして見たどの笑顔より綺麗で、闇を照らすような一人の少女の笑顔だった。

「なら良かった。まぁ、これからの事は明日に考えてご飯でも食べるか」

「そうですね」

「はいっ」 

 色々と問題は起きそうだが、この三人でなら何とかなる。

 そんな確信にも近い予感を抱きながら三人は部屋を後にした。



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