第ニ章「王国の影と英雄」 Page-7
――ワイワイガヤガヤ
「ここが王都か……ようやく着いたな」
「これは凄いですね。リリアンヌが自慢をするのも少しだけわかります」
――あれから特に何事も無く3人は王都へと到着した。
そんな3人を出迎えたのは、遠くからでもはっきりとわかる程の威容を誇る、数十メートルはあろうかという石壁だ。
そして王都の全周囲を囲っている壁の間にある入り口を抜けた先に広がっていたのは無数の人々が織りなす協奏曲が如き光景だった。
無数の町民が外とは打って変わって石畳が敷設されている大通りを行き交い、至る所で商人が人々を呼び止め商いをしている。
さらに戦士や騎士っぽい重装備の兵士が見回りや、周辺の警戒のためだろうか。次々と門から出入りをしている。
だが、その顔に不思議と張り詰めた雰囲気は浮かんでおらず、まるでこれからちょっとしたピクニックに行くような雰囲気を醸し出しているようなグループも居るくらいだ。
「すげぇ……なんか歴史とかを至る所から感じる……」
内心は感動しているのだが。繊月の口から出てきたのはまるで小学生が言いそうな言葉だった。
実際、あの村の木造家屋と違い、石造りの建物は全てに深い歴史を感じさせるし、遠くに見える貴族が住むであろう巨大な家や、見るだけで畏敬の念を抱いてしまいそうな王城からは最早言葉に言い表せない程の何かを発している。
さらにその王城の手前には、何らかの装置で浮いている巨大な緑色の石がり、そこから出ている神々しい光がよりその感覚を強めさせてくれる。
「ふふっ、それはそうでしょうね。何しろここはこの大陸において、人間が最初に築いた由緒正しき都だものっ」
「すげぇ。って事は魔石の発見の歴史的に二千年くらい前から存在する都市って事か……」
「当然そこから増築されたり、より発展を遂げたりはしたのでしょうが、それを抜きにしてもこれは圧巻ですね」
「ふっふっふ、ようこそ。50万の民が住まう私の王都へ」
そう言うとリリアンヌは顔にいたずらっぽい笑みを浮かべながら仰々しくお辞儀をする。
ともすれば、少女の茶目っ気のあるお遊びにしか見えないのだが、その行動の端々に品位が見え隠れするからか、妙に様になっている。
「お招きいただきありがとうございます。王女」
せっかくなのでお巫山戯にノッてみる事にした繊月は、同じようにわざとらしく丁寧なお辞儀をする。
「よろしい。では王城に向かう――前に何処かの宿で休み、お風呂にでも入ろうではないか、我が臣下よ」
「ハハッ!」
「……主様、リリアンヌ……その……何というか周囲から非常に白い目で見られているのでやめましょう」
「うっ、ごめん、悪乗りが過ぎた……」
シルフが若干引きながら忠告をしてくれた事で我に返ると、言葉通り周囲の人々がこちらを横目で見ながら通り過ぎていた。
(やべぇ、なんか恥ずかしくなってきた)
狐耳をぴょこんと立たせ、今後の反省にするためにも少し聞き耳を立ててみると、案の定『ママー、あの人たち何やってるの?』『しっ、見ちゃいけません』といったやり取りや『おい、あれ姫様じゃね?』『いや、違うだろ。配下の騎士団が居ないしなんか汚れてるし』『それもそうか。姫様が一人なわけないよな』といった真面目な会話や『こんな所にモケノーが居るなんて珍しいな』『ああ。つーかめっちゃ可愛くねーか?』『わかる。後ろに居る緑髪の女の子も可愛いけどな』『確かにあの子も絶世の美少女、って感じだな。でもそれ以上にあの銀髪のモケノーはやべぇ。まるで女神だ』『それはいいすぎじゃね?……いや、そうでもないか』
(あー……シルフの風魔法である程度の汚れは落としているとは言っても、風呂なんか入れなくて、途中で何度か水浴びをしたくらいだし汚いよなー……。ってちょっと待て。なんか会話から身の危険を感じるぞ?)
何となく 聞き耳を立てたのが間違いだった。つーかほとんど俺の事じゃねぇか。と内心で愚痴る。
よくよく伺ったら周囲の人のほとんどが俺を指差して可愛いだの、娘にしたいだの嫁に欲しいだの言っているのがわかる。当然九割が男だ。
(か、勘弁してくれ……)
「り、リリリリリアンヌっ。 さっさと宿に行こうぜ。ここに長居してたらなんか色々と嫌な予感しかしないんだ」
「ん、わかったわ。それじゃあ私がよく利用している宿に向かうわね」
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――ぽふんっ
「ああぁぁ~~……久しぶりのベッドの感触だぁ~~……」
リリアンヌ御用達という宿の一室に到着すると同時に繊月はベッドに倒れ込む。
その質は元の世界と比べれば数段劣るが、久しぶりにその安心感と感触を味わう繊月にはそんな考えは一切思い浮かばない。
――ちなみに御用達といってもそんな豪華な宿ではなく、宿屋街にある多数の宿の中でも普通っぽい感じの所だ。
「こらこら、品がないわよ。センゲツ」
「いや、久しぶりにこれの感触を味わったら誰だってこうするって、ホント」
「まっ、気持ちはわかるけどねっ」
――ぽふんっ
そう言いながら繊月がベッドでゴロゴロと転がると、それを見ていたリリアンヌも真似をするようにベッドに飛び込みゴロゴロと転がる。
「……ふぅ」
チラッと吐息の聞こえた方を横目で伺うと、シルフがベッドに座り込んで、瞳を閉じて一息をついているようだった。
(やっぱ慣れない世界の旅をしつつ、ずっと俺とリリアンヌの護衛をやってくれていたんだし疲れるよな……。何かの機会にシルフにはお礼をしないとな……)
「そういえば、リリアンヌ。何故一応王女の貴方が然るべき王城の一室ではなくこのような普通の宿屋に?」
「あー、王城に行くと挨拶とか決まりとか色々と面倒くさいし、こっちの方が気楽だからよくなか……騎士団で動いていた時もここを利用していたのよ」
「なるほど、貴方らしい」
「しっかし、王都から一日くらい離れたら危険な魔物が跋扈してるっていう割には入り口に居た戦士とか騎士っぽい人たちは呑気だったよなー」
「あー、それはあの石のおかげね」
そう言ってリリアンヌが窓に顔を向けると、そこからちょうど先ほど入り口からも見えた巨大な緑色の石が目に入る。
こうやって都市の内部に入るとその大きさが益々わかる。
「入り口でも思ったけど、こうして見るとホントにでけぇな。アレ、20メートルくらいの大きさはあるんじゃねーか……?」
「ふふっ、大体正解。まぁ正確には22メートルだけど。とりあえずあれこそがこの王都の象徴であり、強大な魔力を持――」
「――あの石、決して強くはありませんが魔力を感じますね」
「そ……そうよね。貴方達からすればその程度よね……」
ドヤ顔で何かを語ろうとしていたリリアンヌの表情が急激に暗くなる。原因は間違いなくシルフの言葉だろう。
(まぁ実際そこまで強大な力は感じないけど、村長の話じゃ大きくなればなる程価値と力も強くなるって話だったし、この世界では多分それなりの力があるんだろうな)
「コホン。あの石こそ今やほぼ現存しないランク6に相当する魔石。通称『守護石オレアス』よっ」
「守護石オレアス?」
「そう。あれが放つ強大な……け、決して強くはない魔力の壁が――」
(あ、言い直した)
「――この王都全体を覆う事で、この周辺に敵意を持つ魔物なんかを寄せ付けない絶対の守護防壁を築いているのよ」
「へぇ、それは凄いわね」
「だから、この周辺には魔物とか危険な動物が居なかったのか」
「そういう事よ。あれこそがこの王国の秘宝であり、魔物との戦乱の中にあって尚王都がこれ程に栄えている理由よ。実際あれのおかげで。二百年前の戦争で王都が帝国に攻められた時も陥落せずに防ぎきれたのよ」
少しだけ得意気にリリアンヌが語る。
「つまりずっと平和ってわけ、か。まぁ、そりゃ兵士の人たちも油断するよな」
「それもあるけど、もう一つの理由としてここにいる兵士は親衛隊や聖儀仗兵のような一流の者か、前線に行ってもすぐに死ぬような役立たずな貴族の配下の兵士しかいないから、というのもあるわね」
「なるほど。前者は城で重要な対象を護衛したり、任務に就いている以上、あそこに居たのは後者、と」
「そういうことっ」
(まぁ無能な兵士でも、治安とかを維持する上で、そこに居るという事に意味があるのかもしれないな)
――ぼふんっ
「あーー……なんか話をしてたらだるくなってきたし、王城に行くの明日でいいかしら?」
繊月がそんな事を考えていると、再びベッドに突っ伏したリリアンヌが、心底気だるそうなな声で提案してくる。
「適当だな……王女様」
「……色々と気も使うし、頭も使うのよ、あそこに行くと。あんな辺境の地にオークやマンティスコアのような魔物が大量にいた事と、それの討伐報告やセンゲツやシルフの話、それに騎士団全滅の原因と責任やらの話や何やらで、た~~くさんやらないといけない事があるのよ……」
そう言うとげっそりとした表情で枕へと顔を埋める。その際に小声で、まぁオークの件は奴らが嵌めたんでしょうけど、と付け加えていた。
「やっぱり王女って大変なんだな」
「もし可能ならずっと貴方達と一緒に旅をしていたいんだけどね。まぁ……それは許されないし、私自身が許せないんだけど。まぁそういう事だから、今日の内に私は色々と準備をしたり、身なりを整えるから王城に向かうのは明日、って事でお願いするわ」
「了解」
「私も構わないが、入り口で兵士に姿を見られたりした以上まずいのではないか?」
「……本当は死んでいるはずの厄介者である私が現れたのだから、今頃王城は大騒ぎかもしれないわね。まぁ、もし用があれば私を呼びにくるでしょうし、とりあえずその時までは二人は自由に動いてちょうだい」
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「んーー……何をしよう……」
あの後、王都で動く際の注意や、ちょっとした世話話を終えると、リリアンヌは顔なじみらしいこの宿の店主に最近の王都の情報や、貴族の動向や噂を聞きにいってしまった。
シルフもこの世界の武器や防具に興味があるようだったので、『外出してきてもいいぞ』という事を伝えたら申し訳無さそうにしつつも『何かあったらすぐに召喚スキルで呼び戻して下さい』と言い残し、大通りへと向かっていった。
まぁ、一人になるのは少し不用心かもしれないが、防御力上昇のバフや、一定ダメージまでを無効化するバフをかけているので、そう簡単にやられる心配はないし、万が一の時は召喚スキルで即座にシルフを呼び戻せるので特に不安はない。
「……とりあえず風呂に入るか」
とりあえず気分転換をする事にする。リリアンヌいわく、ここにある大浴場はかなり良いらしいし。
どうやらこの宿を行きつけとして選んだのも大浴場の質が良いのがかなり高ポイントのようだった。
そして今はこんな狐耳の銀髪幼女な見た目でも、中身はれっきとした日本人男性なので、繊月自身も大浴場という存在には非常に興味をそそられていたのだ。
――ちなみに二人は用事を済ませてから入るとの事だった。
「……よしっ! 体もこのままじゃ汗とかで気持ち悪いし、ざぶんっと風呂に入って王都の散策やら装備を整えに行ったりやらするとしようっ!」
繊月はそう言って元気に飛び起きると、リリアンヌが用意してくれたタオルを持って意気揚々と大浴場へと向かった。
――スタスタ
(ん、なんかの文字が書いてある入り口が2つあるな?どれどれ……翻訳スキルによると……何だ。男湯と女湯的な感じか)
――ガララッ
(俺は男だしこっちだな)
そんな事を考えながら繊月は迷わず蒼い布がかけられた左側の入口へと入る。
――念のため、彼の名誉のために言っておくと、この時彼は何だかんだ疲れており、判断力が若干落ちていた。
そして、最低限魔法や水浴びで清潔にしていたとはいえ、二週間振りの風呂という魅力的なワードは彼から更に判断力を奪っていた。
さらに彼は、リリアンヌに尻尾を弄られて感じてしまって以来、より『自分は男だ!』という意識が強くなっていたという要素があった。
そして言うまでもなく、彼は長年生まれてこの方、男湯に入り続けてきていたのだ。
……
…
「「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!??」」」
『え……うわあああぁぁぁぁ!?』
――その結果、繊月が服を脱ぎタオルを男らしく肩にバシンと叩きつけながら大浴場に入った直後、無数の男の歓声と、一人の悲痛な少女の叫び声が宿中に響き渡ったのは仕方がない事だろう。
――その日、何故か宿に止まっていた十数人の男性の記憶が数時間分消滅するという事件が起きたが、この一件との関連性は明らかになっていないのだった。