第ニ章「王国の影と英雄」 Page-6
――パカラッパカラッ
「なぁ、リリアンヌ」
「なにかしら?」
「昨日の夜のアレ、なんだったんだ?」
「アレって?」
「あの、魔法を剣で弾くやつ」
「あー、アレね。気になるの?」
「うん、かなり気になる」
「……正直私も気になります。これでも剣を扱う身ですので」
――リリアンヌが昨日のマンティスコアの戦闘で見せた、EDENには存在しない『魔法を弾く』という行為。
あの後すぐに繊月とシルフはその正体を聞こうとしたが、戦闘による疲労でリリアンヌがかなり疲れているようだったので、その場では聞かなかったのだ。
だが、やはり非常に気になる事に変わりはなかったのでそれとなく聞いてみる事にした。
「あれは王国で一般的に教わる『エナの型』と呼ばれる種類の剣の技術の技よ」
「エナの型?」
「そう。というか本当に貴方って何も知らないのね……」
「あははっ……」
「コホン。この大陸には国や種族によって様々な剣の型があるのよ」
「へぇー」
冷静に考えれば元の世界でも剣道で鏡新明智流剣術とか示現流みたいな感じでかなりの数の流派や、それに応じた構えとかがあったのを思い出す。
(まぁ、のーまさんから聞いた話なんだけど)
脳裏に思い浮かんだのは、長年繊月と共にEDENの世界を駆け抜けた、のーまという刀使いのエルフだ。
彼は現実世界でも剣道場の師範をしているらしく、その知識や、立ち回りをEDENの世界でも最大限発揮し、刀を扱えば右に出るものは居ないと掲示板や仲間内でも認められていた存在だ。
100万人程の人数が参加した大規模対人大会イベントでも、繊月が26位なのに対し4位と非常に優れた結果を残している。
「細かい派生や個人レベルでの発展を除けば型の数は7種類。そのうち王国で一般的に普及しているエナの型はその源流たる2000年前に作られた第一の型とも呼ばれる剣技よ」
「七種類ある内の第一の型って事は一番弱いのか?」
「いえ、そんな事はないわ。このエナの型は確かに最も古い型ではあるけど、その分攻撃と防御、そしてそれら練習法といった剣技のありとあらゆる要素が詰め込まれていて、他の型が主体の他国でも実力の優れた剣士にはこれを修めている者が居るくらいよ」
「なるほど。つまりそれを元に他の流派は攻撃特化や防御特化のような型へと発展していったという事かしら?」
基本的にそこまで喋らないシルフが珍しく、リリアンヌへと質問を投げかける。
それだけこの世界の剣に興味があるのだろう。
(しかし、こうやって自分の意志で行動して、喋っている所見るとEDENの世界では意志のないNPCだったなんで思えないな……)
誰がどう見ても今のシルフは一人の可愛らしい少女だ。その見た目に反して力は強大ではあるけども。
「その通りよ、シルフ。例えば同盟国である帝国はズィオの型とも呼ばれる、第二の型を主に学んでいるわ。これは剣同士の戦いを最も主眼に置いた型で、同じ技量の剣士同士が戦った場合はこの型を使っている方が勝つ、と言われる程強力よ」
「じゃあ王国もそれを学んだ方がいいんじゃないか?」
繊月が脳裏に過った疑問をそのまま発する。
するとシルフとリリアンヌから何故かジト目で見られてしまう。
「……剣同士の戦いに特化したという事は何かが犠牲になっている。そういう事ね?」
「その通りよ、シルフ。このズィオの型はその分、私がやったような魔法を弾くような防御行為や、当然剣なんて持っていない動物や魔物との戦いにおいては非常に不利な局面に立たされてしまうのよ」
リリアンヌがそう言うとフフンっ、と得意気に鼻を鳴らしながらしたり顔を向けてくる。
先生気分になっているのかもしれない。その様子は非常に可愛らしいのだが、如何せん自身の剣の知識や考えの浅さが明らかになってしまい恥ずかしい気分だ。
「どうせ俺は剣なんて素人な後衛の精霊術師ですよーだ」
そう言うと繊月は今の自分で出来る精一杯の不機嫌な表情をしつつ、頬を膨らませながらプイッと二人から顔を背ける。
「ぶほっ」
その様子を見たシルフが余りの可愛らしさに鼻血を吹き出すが、顔を背けてしまった繊月は気づかない。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫よ」
「……コホン。まぁオークとか一部の魔物は剣を持っているけど大半は爪や牙、そしてその強靭な体躯そのものが武器だから、この四十年間の仮想敵を魔物と定めている王国には不必要な型なのよ」
「なるほど。ちなみに他の国での主流の剣技を聞いてもいいかしら?」
「ふふっ、構わないわ。えっと、山脈を挟んでお隣の様々な獣人やモケノー達の国家である『モケノー連合王国』ではその小柄な体を活かしてスピードと手数で敵を翻弄するテッセラの型が主流で、ほぼ反対側にあるエルフやドワーフのような亜人達の国家『ノービリウム共和国』では防御に特化したトゥリアの型が主流と聞いているわ」
「へぇ。そういえば戦闘中に貴方が使用した自己強化スキルのようなものもその型と関係あるの?」
「それは俺も気になるな」
いつの間にか繊月が二人の方へと向き直っていた。
恐らく顔を背けていても話の内容はしっかりと聞いていたのだろう。
「あれは魔石の力よ」
「え、魔石ってあの村にあるあの石の?」
自己強化スキルと、あの村で便利な道具的な存在だった魔石の関係性がイマイチ結びつかない繊月とシルフが首を傾げる。
「そうね。様々な都市や村にある魔石と元は同じよ。ただその使い方が違うのよ」
「使い方が?」
「えっと、まずこの世界で魔石は様々な物に使われているというのは知っているかしら?」
「それはとある村で聞いたから知ってる。村とか都市の維持やら武器やらに使われているって話だよな?」
「その通りよ。二千年前に魔石が発見されてから、全盛期の多くの技術が失われて尚、この世界ではほとんどの武器や防具に魔石が使用されているわ。理由は簡単、その方が普通に金属のみで作るより強くなるから」
そう言うとリリアンヌは自身の纏う鎧をコンコンと指で叩く。
そういえば第一の型が作られたのも二千年前という話だったので、恐らくは魔石の発見と同時に魔石を用いた戦い方とその加工方法が発展していったのだろう。
「当然この鎧にもウーノ鋼という金属以外にランク3相当の魔石が製作時に使用されているわ」
「ランク3って確か王国でもほとんど採掘できないかなり希少な魔石だよな?」
「その通りよ。これでも一応王女だからね。税金の無駄遣いだ、って断ったんだけど、それなりに立派な鎧をジーク……コホン。私に付き従ってくれていた副官が用意してくれたのよ」
リリアンヌがくすりと微笑みを浮かべる。正直、その様子は王女というよりは年頃の美少女にしか見えない。
――だが、リリアンヌがジークという人の名前を出した瞬間、その瞳の奥に一瞬だけ得体の知れない感情が浮かび上がり、繊月は背筋が寒くなる思いをする。
しかし、すぐ後にはそんな底知れない気配は完全に霧散し、まるでそれが繊月の勘違いであったかのような錯覚を覚える。
(まぁ、そりゃ仲間を一日で失えば何らかの傷は負うよな……。というか、あの時の涙でけじめをつけたにしてもリリアンヌは冷静すぎるくらいだ。俺ならもっと取り乱すだろうし、その辺の感情の処理の上手さがリリアンヌがこんなんでも姫様な証左、か。……そして、さっき名前が出たジークってのは多分、あの血の海にあった死体のどれかなんだろうな……)
「――そして、その魔石の力を持った武器や防具に使用者の魔力を流し込む事で、その武器の威力や使用者自身の身体能力を強化する事が出来るのよ」
「……つまり、それが昨日の戦闘でリリアンヌが見せたあの素早い動きって事か?」
繊月は自身の暗い考えを振り払うと気を取り直し、昨晩のシルフ程ではないにしても普通の人間が到底出来ない動きをしてみせたリリアンヌの姿を思い浮かべる。
「そうよ。その効果の大きさは使用者の技量や、武器や防具に使用されている魔石の性能に左右されるわ。ちなみにこの世界じゃ剣士や戦士だけじゃなくて、魔術師や魔道士、付与術師みたいな連中のローブや革鎧にも魔石が制作段階で使用されているから、そういった自己強化を行ってくるわ」
「なるほど。つまり例えば剣士であれば魔石を使用した剣の力を魔力で増幅し、魔法使いであれば同じく魔石を使用した杖から放つ魔法の威力を魔力で増幅する、って感じか?」
「理解が早くて助かるわ。ちなみに達人級と言われる者の剣は岩を両断したり、魔法を弾くだけじゃなくて切り払ったり、相手に反射する程の腕を持つらしいわね」
「うへ……魔法の反射とか俺の天敵じゃねぇか」
「あははっ、まぁその辺は安心していいわよ。多分そんな腕を持った剣士なんてこの世界に数人しか居ないでしょうし、そもそもその技量を持っていたとしてもセンゲツの魔法を反射出来るような存在なんてまず居ないから」
「なんでだ?」
「センゲツの魔法の出力が桁違いだからよ。理論上では全ての魔法に存在する魔法の芯と呼ぶべき部分、『魔芯』に魔石の力を付与した剣、或いは魔法をぶつければ弾いたり相殺したり反射する事が出来るんだけど、それはあくまで格下だったり、精々自分よりちょっと上の力を持つ者じゃないと出来ないのよ。私がマンティスコアの風魔法を弾いたのも相手が格下で、尚且つエナの型の技で上手く魔芯を捉えたから弾く事が出来たの」
「……えっと、つまりどういう事だ?」
「……つまりセンゲツみたいな人外レベルの魔法の魔芯を捉えようとしても、良くても為すすべなくその剣ごとその人間は蒸発、もし奇跡が置きて魔芯を捉える事に成功しても威力が凄まじすぎて為すすべなく蒸発よ」
「どっちも変わらねえじゃねぇか」
「そう、変わらないのよ。つまり貴方は安心してもいいって事よ」
「そうなのか」
「センゲツは昨日の戦闘で第十位の氷矢を使っていたでしょう?」
「あぁ」
「あれ、横目でチラッと見えたけど普通の魔術師が使う氷矢の3倍の速さは出ていたわよ」
「マジか」
「えぇ。しかも普通はあれの半分くらいの大きさしかないし、一度に発射される数も精々1本。優秀な魔術師でも3本よ。それなのに貴方は数十本の氷矢を連射してた。死体を後で見たけど、挙句高い硬度を持つ事で有名なマンティスコアの外骨格を真正面から貫通して仕留めてたわよね?」
「うん。あれくらいの硬さなら余裕だぞ」
「そこがあり得ないのよっ。正面からアイツの外骨格を破るのは大変だから普通は関節部を狙ったりするのよ」
「あー……」
(そういえば昨日リリアンヌがアイツを倒す時はわざわざ側面にまわり込んだり、跳躍して弱点の首を狩ったりしてたな……)
「はぁ……。まぁシルフもそうだけど、貴方達は本当に凄いのよ。つまり、そんなとんでもない出力の魔法を弾くなんて不可能って事。理解出来たかしら?」
「おかげで理解出来たよ。リリアンヌ先生」
「全く……。茶化さないで、貴方達はもう少し自分の力の凄まじさを把握すべきよ。特に王都に着いたら何か面倒な事があっても無闇矢鱈と力を振るわないようにね」
「なんでだ?」
「……自分にとって脅威となる存在や不利益になりそうな存在はたとえ救国の英雄であろうと暗殺しようとする糞みたいな連中が大量にいるからよ」
「……なるほど、な」
「なんと愚かな……」
「……そう、悲しい事に愚かな糞野郎共が今のこの王国を纏めているのよ。いくら貴方達があり得ないくらい強いっていっても人間とモケノーである以上首を落とされたら死ぬでしょうし、暗殺には常に注意はしておきなさい。それと、王都に入ったらなるべく私の近くから離れない事、いいわね?」
リリアンヌが心底嫌そうな表情をしながら、王女とは思えない発言をする。
いや、実際嫌なのだろう。何しろその王都に居る連中のせいで全ての仲間を失ったのだから。
「わかったよ、リリアンヌ」
「わかったわ」
「それじゃあ話はこの辺にしてそろそろ良さ気な場所を探して野営の準備をしましょうか」
――話をしている内に時間は流れ、いつの間にか夕暮れへとなろうとしていた。