第ニ章「王国の影と英雄」 Page-5
「範囲攻撃力強化、範囲移動高速化、広範囲聖盾、速度上昇霊気、致命上昇霊気、再生聖域」
――正体不明の敵を迎撃すべく、繊月は素早く強化スキルを詠唱する。その内訳は第五位から第八位の物だ。
これは本来の装備であり、大幅にMPの最大値を上昇させる効果を持つ一等級の法衣を纏っていないため、その数も質も大幅に落ちている。
だが大幅に落ちたMP総量とMP回復量しか持たない今の繊月にはこれがバランスやスキルの効果を考えた場合最善の手だ。
ちなみに一部のスキルはMPの消費量が増大する詠唱無視を使用したため、今の繊月のMPはほぼ枯渇状態だ。
「マナよ、我が身に集りて力となれ。上位MP再生」
故に繊月は敵の襲撃に備え、MPを持続再生させる第五位のスキルを発動出せる。
このスキルの発動中は移動速度が低下する代わりに20秒かけて50%のMPを回復する事が出来る。
「強化ありがとうございます、主様」
「す、凄い……力がみなぎってくるっ! 王都の儀仗兵や付与術師の強化スキルと比べ物にならない程の力がっ! センゲツって本当に凄いのねっ!」
「ふっふっふ、そう。主様は本当に凄い方なのよ。とはいえ、本来の装備があればこんなの比べ物にならないくらいすご――ちっ。主様、敵が来ましたっ!」
精霊であるシルフの目や、様々な感覚器官は人間の物より遥かに優れている。これにより、この数日で無駄な接敵を避けられたりもした。
故に、繊月には見えないがシルフには恐らく暗闇から忍び寄る敵の姿が見えているのだろう。
(こんな時に地獄の裁き《ヘルジャッジメント》が使えればな……)
あの第一位の雷属性魔法が使用できれば周囲の敵を労せず撃破、或いは仮に撃破できずとも同時に与える気絶を始めとした無数のデバフ効果により有利に戦局を進められるはずだった。
だが、数日前に第一位魔法を使用しようとテストした所、MPの量が足りずに発動できなかった。
つまり、今の繊月が使用可能な最高位のスキルは第二位という事になる。
これは、王国で最も優れた魔法使いが使用可能なスキルが第六位という事から考えれば、ぶっちゃっけ化物染みてるのだが繊月にとっては不安で、不満だった。
(王都に到着したら村で交換してもらったお金で装備を整えよう……)
そんな事を頭の片隅で考えていると、接近してくる敵の姿が焚火に照らされ、徐々に顕になる。
「カマキリ……?」
――そこに居たのはカマキリとしか言えない姿の魔物だった。
だが、その大きさは繊月を優に上回り、2メートル以上の大きさはあった。
そのため、両手にある鎌も尋常ではない大きさになっており、もしあんな物をモロに喰らえば繊月の胴体は簡単に上下でお別れをしてしまうだろう。
「……EDENでは見たことのないモンスターですね」
問題はそこだった。
「あぁ。俺もコイツは初めて見るな」
確実に獲物を仕留めるためだろう、そんなやり取りをしていると魔物はジリジリと包囲網を築くように3人を囲み始めた。
「コイツらはマンティスコアよ。両手の鎌の攻撃と、時々放つ風魔法に注意して」
「了解。マンティスコア、ね」
如何にもカマキリらしい名前だと思った。
「本来ならオークと同様に北部の最前線にしか居ないはずなんだけど……なんでこんな所に……」
「強いのか?」
「オークよりは弱いわ」
「そうか」
それを聞いて少しだけ安心する。
やはりこの世界にはEDENには居ない魔物も存在しているという事が明らかになったのは大きな収穫だ。
しかも、あまり強くないとなればより有り難い。
「主様、私とリリアンヌで正面と左右の7体をやります。リリアンヌの実力の確認も兼ねて」
「わかった。じゃあ俺は後ろの3体をやる。リリアンヌ、やばいと思ったら退けよ」
「ふふっ、この程度余裕よっ! シルフがくれた細剣のテストにちょうどいいわっ!」
「わかった」
自信満々な様子のリリアンヌを見て安心した繊月は振り返り、徐々に歩みを進めてくる三体のマンティスコアへと視線を向ける。
火の明かりに照らされた多足や口元がぎちぎちと動いているのがよく見えてしまい、少し気分が悪くなる。
(うぇ、虫は苦手なんだよな……。とりあえずさっさと片付けるとするか)
「光矢」
繊月がそう言った瞬間背後の空間が歪み、そこから光り輝く無数の矢が射出され、三体のマンティスコアを一瞬で絶命させる。
「ふぅ……これで終了っと」
魔法のランクは第十位と最低だが、レベル100のステータスを持つ繊月が撃つソレは非常に強力で、繊月の体ほどの太さはありそうなマンティスコアの腕や、胴体を完全に貫いたり、両断していた。
(EDENの時のデータが正しければ、レベル差補正や、ステータスの恩恵でレベル50相当の敵までは第十位のスキルで一撃で倒せるはずだ。つまりこの魔物のレベルはオークより弱いって事を考えれば12前後か?)
「っと、その前に二人の援護だな」
思考の海に沈みそうになったため、頭を振るとすぐに二人が戦闘を行っているであろう方向に振り返る。
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――若干の時が遡り、リリアンヌとシルフの視点へ
「――私が左の四体をやるわ。貴方は右の3体を受け持ちなさい。出来るわね?」
「当然よっ!」
「そう。まぁ危なくなったら私の方に逃げなさい。守ってあげるから」
「ふふっ、精々そうならないように祈っていてちょうだいっ」
「ふんっ。――抜剣!」
シルフの号令により二人が同時に細剣を抜き放つ。
「凄いわっ! この細剣は刀身から重みを全く感じないっ! まるで風を握っているみたいっ!」
「当然でしょ。何しろ私の風魔法を制作段階で使用しているのだから。……ちなみにっ……!」
――ズバッ
――そう言いながらシルフが目にも留まらぬ速度で踏み込み、剣を振るうと二体のマンティスコアの胴体が内部から切り刻まれ、砕け散る。
「こんな感じで、攻撃に風属性が付与されるから、上手く魔力を使えば内部から敵を切り刻む事も出来るわ」
やはり、と言うべきか至近距離に居るにも関わらず、シルフは一切の返り値を浴びていない。
「っ……! 私も負けていられないっ!」
目を輝かせたリリアンヌが顔の前に剣を構え、集中するような仕草を取る。
するとリリアンヌの体を淡い緑色の光が包み込む。
「なんだそれはっ……!?」
それを見たシルフの目が驚愕に見開かれる。
「キシャアアアアアア!」
「ちぃっ! 疾風斬っ!」
その隙を突くように背後から襲いかかってきた二体のマンティスコアの攻撃をその場で跳躍し回避すると、そのまま背後に着地し、近接攻撃スキルにより両断する。
「まず一体っ!」
その間にリリアンヌは一体のマンティスコアの外骨格隙間から急所を貫き、撃破していた。
「シャアアアアァァ!!」
それを見て怒り狂ったマンティスコアがリリアンヌへと真正面から鎌を振り下ろすが、それを素早いサイドステップで回避する。
その速度は普通の人間が出せる速度を遥かに凌駕していた。
「疾いっ!」
受け持ちの敵を殲滅した繊月が振り返ったのはちょうどその時だった。
(シルフよりは遅いとはいえ……十分に疾い。これは、何らかの強化スキルを発動させているのか……?)
自身が付与したスキルの効果以上の疾さで動ける要因を探るが、彼女が何らかの自己強化スキルを所持している以外に思いつく事はなかった。
「下位三連撃っ!」
そのまま側面に回りこんだリリアンヌがスキル名を宣言すると目で追えない程の速度で素早く3連突きを繰り返す。
それはマンティスコアの心臓部や弱点を正確に貫き、絶命させる。
だが、その背後に居る最後の一体が口に魔力を集中させているのがわかった。
「リリアンヌ後ろだ!」
あれが恐らく例の奴が使うという魔法だろう。
即座にそれを中止させるべく抵抗スキルを詠唱しようとするが――
「大丈夫よ」
――リリアンヌが不敵に笑う。
「キシャアアァァァァ!」
マンティスコアが雄叫びと共に、口から風弾を発射する。
それは恐らく数瞬後にはリリアンヌの体に直撃、彼女に多大なダメージを与えるだろう。
――ガキンッ
「ま……魔法を弾いた……?」
だが、それはリリアンヌに命中する直前で振るわれた細剣により弾き飛ばされ明後日の方向へと飛んで行く。
魔法弾く。それはEDENでは到底有り得ない光景だった。現にシルフも剣を最後のマンティスコアへと向けたまま驚愕の表情を浮かべている。
「はぁっ!」
その直後、呼吸と共に素早く踏み出したリリアンヌはマンティスコアの首の関節へと細剣を振るい、両断。
これにより最後の一体が絶命し、辺りを再び夜の静寂が包み込んだ。
「ふふっ、今の見てたかしらっ?」
血に濡れたリリアンヌがこちらにドヤ顔で微笑んでくる。
「なんだ……今のは……?」
だが、繊月の心は完全に驚愕という感情に染められてしまっていた。