第ニ章「王国の影と英雄」 Page-4
「――なぁ、リリアンヌ」
「何かしら、センゲツ?」
「あと王都まではどれくらいの日数がかかるんだっけ?」
「本来であればここから軍馬でも2週間はかかるのだけど、センゲツの召喚してくれた馬はとても優秀だからあと十日もあれば着くんじゃないかしら?」
「そっか。ありがとう」
――あれから5日の時が流れた。
その間は地面で寝たら体が痛くなった、というような些事以外には特にさしたる問題もなく旅は進み、今は日が暮れたため野営地と定めた所で、二人で焚火を囲んでいる所だった。ちなみにシルフは周囲に探知スキルを設置しに行ってる。
余談だが、焚火には火属性魔法のちょっとした応用で点火した。魔法って本当に便利だと改めて実感する。
「そういえば、よく馬に施されている装飾や、その馬の質を見ればそれに乗っている者の格がわかるとは言うのだけど……貴方の馬は皆本当に凄いわね。朝から晩までほとんど走り続けても疲れないし、気性も穏やかで人に従順でいい子だし……」
愛しそうに目を細めながらリリアンヌが新たに召喚した白馬を撫でる。
「そう言って貰えると嬉しいよ。俺も……赤兎も、な」
「ヒヒンっ!」
赤兎程じゃないにしても長年共に冒険をしてきた白馬《相棒》を褒められたのが繊月には自分が褒められたかのように嬉しかった。
それは赤兎も同じだったらしく、嬉しそうに鳴き声をあげている。
――リリアンヌに言われて思い出したが、馬の話は昔なんかの本で読んだ事がある気がする。
確か、王族や貴族は馬車や馬にもその家の格に応じて立派な飾りを施すから、それを見ればその辺のランクが相手に伝わる云々って感じの内容だったか。
「それに、この馬に乗っていると不思議と力が湧いてくる気がするの。立派な馬乗る事で自分が立派になったように錯覚してしまうのかしらね?」
冗談っぽくリリアンヌが笑う。
「あー、それは多分馬に付けてる頭絡や鞍が魔法付加品だからだな」
「高価な魔法付加品を馬にまで装備しているのっ!?」
「まぁ高価って言っても三等級の物だけどな」
「三等級……流石ね。王国でも最高クラスの魔法職人が作った魔法付加品でも七等級なのに……」
「あはは……」
(マジか……)
目を丸くしたリリアンヌが素直に賞賛してくるが素直に喜べない。
(……リリアンヌと話してわかったけど、この世界の装備の水準が想像していた以上に低いぞ)
シルフがリリアンヌに与えた細剣の話を聞いている時に知ったのだが、どうやらこの世界では武器や防具、それに魔法付加品で人の手で作り出せるのは基本的に七等級が限度らしい。
それ以上となると、王国以外の国には居るという数人の伝説級の職人や、各地にあるダンジョンや、過去の遺跡で発見される遺物、或いは強力な魔物からの入手する他にないという。
さらにそれも五等級までが精々なレベルで、四等級以上は、三英雄の伝承の中の装備のように最早伝説の存在らしい。
(クリスタルボアや、オークナイトとかが強力な魔物って認識されている事から薄々と勘付いてはいたけど……まさかここまでとは)
この一等級の短杖の説明をした時のリリアンヌの絶叫は記憶に新しい。
これなら案外世界を救うのは簡単か?なんて事を思わず考えてしまうが、EDENと同じモンスターが、魔物という形で存在する以上、この世界の何処かに最高難度のダンジョンに出現したようなレベル100の敵が居る可能性も十分にあるため、油断はしないでおく。
(まぁリリアンヌの反応や、今まで戦った魔物が強敵という扱いな事から考えれば可能性は低いだろうけど)
「主様、周囲への探知スキルの敷設が完了しました」
「おうっ、お疲れシルフ。ありがとな」
「はっ!」
「そういえば前々から気になっていたんだけど、センゲツは口調が男っぽいわよね。何度か王城で出会った連合王国の大使や、騎士団のモケノーの子はみんな見た目通り、女の子っぽい喋り方だったのに」
「……俺は男だからな」
「……モケノーに男は居ないわよ?変な事を言うのね」
(うん、知ってた。どうせ信じてもらえないって知ってた)
「こんな見た目でも一応男なんだよ……」
蚊が鳴くような声で繊月がそう言った。
だが俯き、今にも泣きそうな表情をしながらもふもふの狐耳と尻尾を力なくへにょりと垂れ下がらせている幼い少女の姿を見れば、誰もそんな言葉を信じないだろう。
「はいはい。そんな強がらなくても大丈夫よ」
――ぎゅっ
「……え?」
何故か突如としてリリアンヌに抱きつかれてしまった。
冷静に理由を探ろうとするが、顔面に伝わる年頃の少女の膨らみかけの感覚と、風呂に入っていないはずなのに何故か鼻孔をくすぐる甘い匂いに脳を揺さぶられ冷静に思考が出来ない。
「センゲツは私が父親がもう居ないって言ったから、そうやって男っぽい立ち振舞をして安心させようとしてくれているのよね?」
(いや、全然違うんだけど。 つーかリリアンヌって力めっちゃ強いッ!?)
繊月がリリアンヌを全力で振りほどこうとするが、まるでその場に釘で固定されているかのようにビクともしない。
恐らく幼いころより鍛錬していたリリアンヌと、見た目相応の筋力しかない繊月。その二人の差は歴然で、繊月は恐ろしい程に非力だった。
「ふふっ、ありがとう、センゲツ。その気持ちだけでもとても嬉しいわ」
そう言うとリリアンヌがより一層抱きしめる力を強くする。
その際に耳元で『あなたって……ホントやわらかいし、あたたかいし、もふもふね……』なんて事を言いながら、背中に回していた手の片方を尻尾に回し、ぎゅっと掴んでくる。
その瞬間繊月の背筋に電撃のような感覚が走り「んぁっ……!」という男としてあるまじき声が漏れでてしまう。
その事に繊月が内心で盛大にショックを受けていると、背後に居たシルフが『ふぉおおおぉぉぉぉぉ!? 私ですら主様に抱きついたり、尻尾をもふったりなんてした事がないのになんて事をぉぉぉぉ!!』
と完全にキャラ崩壊としか言えない絶叫をしている。
――ある意味繊月以上にショックを受けているのかもしれない。
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「――リリアンヌ、これを」
「こ、これは……!」
シルフが、リリアンヌへと見事な羽の紋様が描かれた鞘に治まった細剣を渡す。
よく見ると、魔法的な効果だろうか。全体が青白く輝いているのがわかる。
「私の魔法で本格的に作った風の細剣だ。先日森で渡したのは即席の物なので七等級相当の性能しか無かったけど、これは……そうね。四等級くらいの性能はあるはずよ」
「ふふっ、ありがとう、シルフ。大事に使わせてもらうわ」
「……勘違いするな。お前が死んだら主様が悲しむ……だから私に出来る限りの事をしただけよ」
「それでも嬉しいわっ。ありがとうっ」
「ふ、ふんっ……。あ、明日の夜、また訓練をつけてあげるわ。それまでにその剣の感覚を掴んでおきなさい」
「わかったわっ!」
――森で出会った当初はシルフはリリアンヌの事をあまり心よく思っていなかったようだが、その後旅を一緒にしている内に二人は何だかんだ仲良くなった。
どうやらリリアンヌは森で見せたシルフの剣技に一目惚れしたらしく、教えを請うていた。
初日こそそれを突っぱねていたシルフだが、二日目からは根負けしたように渋々リリアンヌの剣の訓練をしていた。
その結果リリアンヌの剣技の伸びしろが凄まじい事がわかったらしく、シルフも熱心に教えるようになった。
実際、この数日で彼女の剣技は剣の事がさっぱりわからない繊月から見ても上達している。
――今までは自分より強い存在が周りに居なかったらしく、頭打ちに近い状態になっていたが、シルフという強大な力を持つ剣士が現れ、教えを受ける事で成長したようだ。
とにかく、二人の仲が良くなるのはいい事だ。
「…………」
繊月は横たわりながらそんな事を考えつつ、光の消えた目で二人の様子を眺めていた。
(俺……男なのにあんな声……あぁ……)
そう、彼は先程の一件で自己嫌悪に陥っていたのだ。
(しかも、なんか知らんけど尻尾を掴まれた時にちょっと……いや、結構な快感を感じてたし……はぁ、死にたい。死にたくないけど死にたい……)
この鬱屈とした感情を何処に向ければいいのだろう。と絶望に浸っていると――
――キーン
「っ!」
金属が削れるような音が突如として耳に響く。
「シルフっ! リリアンヌっ!」
慌てて飛び起きると、シルフは既に剣を構え、リリアンヌは何が起きたのかわからない、といった表情を浮かべている。
「数は10,レベルは不明っ!」
シルフが無駄なく、現状で把握出来ている情報を報告してくる。
「了解っ!」
――そう。これは探知スキルの範囲にこちらに対する敵対心を抱いた何かが侵入した事を知らせる音だった。




