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第ニ章「王国の影と英雄」 Page-3

「――まずは心よりお礼を言わせていただきますわ。ありがとう、貴方達が居なければわたくしは間違いなくあの時に死んでました」

 そう言うと少女は、まるで舞踏会に出る令嬢のような仕草で優雅に頭を下げる。

 もしその足元にオークの首が転がっていなければ、ここが城の大広間であると錯覚していただろう。

 

――少女の年齢は今の繊月より少々上に見える。恐らくは16歳くらいだろうか。身長も高く、シルフと同じくらいはあるように見える。

 髪型はハーフアップで色は目も覚めるような金。瞳は強い意志を感じさせる、血のような真紅だ。


「もしよろしければ、貴方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「えっと俺は繊月。風見繊月だ。」

「なるほど……良い名ですわね。私の名前はリリアンヌ・フォン・エルピディア。リリアンヌで結構ですわ。ではセンゲツ、貴方に改めて感謝を」

「いや、気にしないでくれリリアンヌ。たまたま通りかかっただけだから気にしないでくれ」

(ん……ちょっと待て、エルピディアって――)


「いっ……」

 リリアンヌと名乗った少女の名前に引っかかる物をを感じた繊月は即座に原因を思い出しかけたが、その瞬間リリアンヌの表情が苦悶に歪んだため、一度思考を中断する。

「っと、すまない。先に治療だな。――中位光治療ヒーリングライト

 繊月がそう言って短杖を振るうと、瞬く間にリリアンヌの肩の傷が塞がっていく。

「ホント、凄いわ――コホン。凄い、ですわね。攻撃魔法だけじゃなくて治療魔法まで使えるなんて……」

 それを見ていたリリアンヌは目を見開きながら素直な賞賛の眼差しを向けてくる。

「まぁ、色んな魔法が使えたほうが便利だからな」

 それこそがエレメンタルマスターの特徴であり、強みだ。

 

「そ、そんな簡単に……コホン。この際だからお聞きしますわ。貴方は……いえ、貴方達は一体何者ですの?」

 だが、繊月のさも当然と言わんばかりの返答に、リリアンヌは頬を引きつらせながら質問する。

「えっと……」

(女神に召喚されましたー。なんて言うわけにはいかないよな。村の時みたく上手く受け入れられる保証はないし)


「基本的に魔法を学ぶ者は攻撃魔法、召喚魔法、付与魔法、呪詛魔法、強化魔法や治療魔法――あー!もう煩わしい!」  

「とにかくたくさんの魔法の中から一つの系統を専門の機関で学んでいくのが常識よっ! それもある程度の年齢までねっ!」

 リリアンヌの口調が急激に変化する。それと同時に纏っていたお嬢様っぽい雰囲気も霧散し、活力に溢れた年頃の少女らしい立ち振舞へと変わった。

(なんか……この子にはこっちの方が似合うな……)

 恐らく、今までは何らかの事情で、そういうキャラを取り繕っていたのだろう。

 不思議とこういった快活な雰囲気こそが少女の本来の立ち振舞だと感覚的にわかってしまう。


「なのに! 貴方達は片や人外の攻撃魔法と私以上の剣技を持ち! 片やこれまた人外の攻撃魔法と治癒魔法を使いこなすっ!」

「しかも! その貴方が持っている杖は国宝級の逸品だし、貴方はこの辺の地域には滅多に居ないモケノーだしおかしい事だらけっ!」

「命の恩人に無礼な事を聞いているのは承知しているわっ! でもそれだけ貴方達という存在は桁外れなのよ!」

 息もつかずに喋り続けたせいだろう。ゼェゼェと肩で息をしながら少女が項垂れる。

「あははっ、気にしないでくれ。それになんか君にはそっちの喋り方の方が似合っているよ」

「ふふっ、ありがとう。センゲツ」

 ――それじゃあ聞かせてもらえるかしら?、とリリアンヌが続ける。


「――シルフ、やめろ」

 そんな様子を見ていたシルフが腰の細剣へと手をかけ、リリアンヌに敵意を向けたため、繊月は手と声で静止する。

「しかし、この人間は助けて貰った主様に無礼を…………承知しました」

「俺達はその……信じてもらえるとは思えないけど、とある神の指示でこの世界を、そしてエルピディア王国を救いに来た存在なんだ」

「……なんですって?」

 悩んだが、結局こう答える以外の選択肢が思い浮かばなかったため、そう答えた。

 だがその直後、繊月の中でいくつかのワードが糸を結ぶように繋がる。


(――待て、俺達が女神に救えって言われたのはエルピディア王国だろ。そしてこの子の名前にはエルピディアという単語が入っていた。おまけに女神は数日以内に『金髪の少女の剣士』と出会うって言ってたよな……)

――もしかすると今物凄く尊いかつ、自分にとって重要な人物の前に居るのではないか?

 そんな不穏な可能性が繊月の脳裏を過る。


(やべぇ、さっき思いっきりリリアンヌって呼び捨てにしちまったぞ……)

 中世を舞台にした物語でよくある、王族への不敬罪やら何やらで人々の前で無残にギロチンに合う自分の姿を想像する。

 世界を救おうとしたらギロチンにあって死にました。

 なんていうのはまるで笑えない終わり方だ。


「まさか……は夢じゃな……お告げ……? いえ、そんな……でも……ばあの時のアレも納得が……」

 そんな事を考えているとリリアンヌがブツブツと何かを呟いている。あまりにも声が小さくはっきりとは聞こえないが、何だか嫌な予感がした。

「これな……貴族共を排除……かも。よし……はチャンス……」

(おい、なんか不穏な言葉が聞こえるぞ……)

「こっちには貴方達の言い分を信用出来るちょっとした根拠がある。故に信じるわ。 それならあの実力も納得出来ない事もないしね」

「あはは、それは良かった、です……」


「あ、あの……つかぬことをお聞きしますが、もしかしてリリアンヌ……様は実は王女様とかだったりしちゃうなーんて事はありませんよね……?」

 恐る恐る震える声で繊月が問いかける。ぶっちゃっけローブの中は冷や汗でびっしょりだ。

 ちなみにそれに対し背後でシルフが『ははっ、そんなまさかっ』なんてとんでもない発言を笑いながら言っている。

 やめてくれ、シルフ。というか風の精霊なんだからこの場の風、というか空気の流れを読んでくれ。俺はまだ死にたくない。


「あら、気づいてなかったのね。その通り。私こそエルピディア王国の王女、リリアンヌ・フォン・エルピディアよっ」

「うぇっ!?」

「すんませんでしたッ!!」

 直後、繊月はローブが汚れるのを一切厭わずその場にジャンピング土下座をする。

 奇しくもそれは昨日の村長のそれと全く同じ動きだ。 


「あ、主様っ!?」 

「なんていうか、その、王女様とは知らずに呼び捨てにしたり君呼ばわりしたり、俺の部下が無礼を働いてホントスンマセンでしたッ!!」

 シルフが素っ頓狂な声をあげるが知った事じゃない。ギロチンなんかで死ぬのは勘弁だ。


「頭をあげて立ち上がりなさい、センゲツ」

「……え?」

(た、助かった……のか?)

 繊月が立ち上がると、リリアンヌはローブに付いた土や泥をパンパンっと手で叩き落としてくれる。

「ふふっ、無礼を許す……というか貴方には命を救って貰った恩があるからこの程度の事は何てことないわ」

「よ、良かったです……」

 安心してしまい思わずその場にヘナヘナと崩れ落ちそうになるのを、背後から慌ててシルフが支えてくる。


「敬語じゃなくて構わないわ。それと呼び方も呼び捨てのままで、ね。私もその方が接しやすいから」

「わかりま……わかった」

「それに、むしろ貴方達にこれから頭を下げたいのはこちらよ」

「そ、それは一体どういう意味だ?」

「これから私は王都エルダへと戻るわ。ここに来た任務であるオークの討伐は貴方のおかげで完了したからね。そこで貴方達にお願いしたいのよ。その道中の護衛と、王都で私の同志として共に戦って欲しいと、ね」

「共に戦う……?」

「えぇ。有り体に言えばこの国は腐っているわ。それも、何処までも根深くね。私は大好きだった父と母が愛したこの国を救うために奮闘してきたのだけど……まぁ、嵌められて結果はこのザマよ」

 チラッと顔を傾けると、リリアンヌは背後に転がる鎧と、焼かれ、食われてしまったがかつては仲間だった物へと目を向ける。


「……それとね、この国の王女って言ったけど、あれは一部嘘よ」

 そう言ったリリアンヌが見せた表情はうら若き少女の物ではなく、疲れきった老人の物を思わせる物だった。

「――私は所詮はお飾り。この国を仕切っている本当の王は貴族共と、その傀儡になっている妹よ。……まぁ、傀儡というより操り人形かしら。何しろ心が壊れてしまっているのだから」

 リリアンヌが自嘲的な笑みを浮かべる。

「その……リリアンヌの父親と母親は……?」

「死んだわ。10年前に魔物に……いえ、貴族共の罠に嵌って殺されたわ」

「なっ!」

「父は優秀な戦士ファイターで、母は優秀な聖職者プリーストだった。そんな二人は最前線の戦意高揚のために、信頼できる貴族や騎士を引き連れて北部に向かい、そこで魔物の大軍に囲まれて死んだ」


「公には魔物の奇襲、って事になっているけど実際は違う。実際は両側面を守るために展開していた貴族の軍が二人を嵌めるために撤退していた事により包囲されて攻撃を受けたのよ。結果、二人は共に民兵を逃がすために手勢の騎士と共に殿を務めて戦死したわ」

「王国は魔物に追い詰められているという話なのに、王国内で……しかも人間同士でそんな事を?」

「ふふっ、愚かな国でしょう? ……父と母は責任感が強かった。だから、大方『貴族の計略を見抜けたかった自分たちの愚かさに、民を巻き込むためにはいかない』って考えていたんでしょうね」


「――本当なら何が何でも生き延びる事で王としての責任を果たす事が大事、だと思うんだけどね。どっちも本当に馬鹿で愚かよ……。 その結果父と母を心から慕っていた妹はショックで心を壊し、悠々と北部から帰還した貴族は『王の最後の言葉を果たすべく、幼い王女様が成長するまで、代わりに我ら忠臣がこの王国を支える』 みたいな事を言って行動を開始。そして元々手筈を整えていたのでしょうね。瞬く間に奴らは王国の実権を握っていったわ」

「そんな無茶苦茶な話が通じるのか……?それを見ていた者や、王の側に居たって貴族は――」

「――全員謎の事故死、よ。疑ったり逆らった貴族や兵士はね。そんな事が続く内にそれが真実になったわ。真実なんて所詮勝者と生き残った者が作る物だからね」

「……すまなかった。変な事を聞いてしまって」

「ん、いいのよ。どの道、これから協力して貰う貴方には知っていてもらった方が都合が良い事でしょうし。まぁそういう事だから、これからよろしく頼むわ、センゲツ。それにシルフ」

 そう言うと微かに微笑むを浮かべながらリリアンヌが手を差し伸ばしてくる。

「あぁ、よろしくリリアンヌ」

 その手を繊月は固く握り返した。

「ほら、シルフも」

「はっ」

 シルフも渋々といった感じでその手に白磁のような手を重ねてくる。

 まぁ、シルフは基本いい子なので、その内リリアンヌとも親しくなってくれるだろう。

(じゃないと王都に着いた時に厄介な事になりそうだしな……)

 

「さてと、それじゃあ早速王都に向かう……って言いたい所なんだけど、少しだけ時間をいただいても良いかしら?」

「あ、あぁ。構わないぞ」

「ありがとう」

 そう言って軽く頭を下げるとリリアンヌが振り返ってとある場所へと走っていく。

 そこにはいくつかの焼け焦げた死体があった。


「――あ……とう……あなた………れない………が……ますわ」


 リリアンヌが死体の手を握って何かを語りかけているのがわかる。

 聞こうと思えば聴覚強化スキルで聞く事が出来るが、聞かないのが礼儀だろう。

 ただ、その目からポロポロと大粒の涙が溢れているのがはっきりとここからでも確認できた。


(オークを殲滅した後に、彼らの死体に蘇生魔法が有効か試してはみたけどダメだった……。仕組みはよくわからないけど、この世界じゃEDENの蘇生魔法は使えないらしい)

(……もしかしたら他にもEDENじゃ有効でもこの世界じゃ使えない魔法があるかもしれない。……この辺は早急に見極めないと、な)

――もし蘇生魔法が使えたなら少女の涙を止める事が出来たのかもしれない。

 そんな考えが繊月の脳裏を過った。




───────────────────────────────────────────────────────────




「――ごめんなさい。時間をとらせたわね」

「構わないさ。……もういいのか?」

「えぇ。別れと誓いは済ませたわ」

「そっか。じゃあシルフ、森の出口まで案内してもらっていいか?」

「はい。お任せ下さい」

 

 3人は森の出口へ向かって歩き始めた。

 激動の運命が待ち受けている未来へと向かって――




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