第ニ章「王国の影と英雄」 Page-1
――キュオ、キュオ
「ん……まぶし。あぁ、朝か……」
元の世界で朝の定番の雀の鳴き声とは程遠い謎の鳴き声で繊月は目を覚ます。
聞いた事もない鳴き声で薄々わかってはいたが、そこに広がっていたのは見慣れない天井だった。
「うん……目が覚めたら昨日のアレは夢で、自分の部屋に居るなんて事はないよなぁ……」
「よし……とりあえずさっさと起きるとするか」
何しろ今日は王都を目指して旅立つ予定だ。
そんな栄えある旅の初日に寝坊なんてしたら、こう……色々と残念だ。
「あれ……?なんだ?」
しかし繊月が身を起こそうとすると右腕に妙な重さがあり、起き上がることに失敗する。
というか寝起きで頭がボーッとしていてわからなかったが、妙に右腕がひんやりとしている気がする。
「――う、ウンディーネさん?」
まさか、と思いギギギと油が切れたロボットのような動きでそちらに顔を傾けると、そこには満面の笑みを浮かべ、よだれをたらしながら繊月の腕に抱きついて寝ている水精王『ステノ・ウンディーネ』の姿があった。
どう見てもそこに居るのは非常に強力な力を持った精霊王の一人ではなく、水で出来た体という要素を除けばどう見てもただの幼い美少女だ。
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「さ、先程は本当に失礼しました……。つい……その抱きついてしまっていたようで……」
「あはは……ホント気にしないでくれていいよ、ウンディーネ」
ウンディーネが顔を赤くしながら、ぺこりと頭を下げる。
あの後目が覚めると同時に、顔をさらに真っ青にしたウンディーネと一悶着があったりしたのだが、まぁ……何やかんやあって解決した。
その後村長の家で朝食を食べた後に、この世界の通貨や必要な食料品や日用品、そして地図を受け取って村の出口に向かって、今に至る。
「センゲツ様、改めてこの村を救って頂きありがとうございました」
出口までわざわざ見送りに来てくれた村長が頭を下げると、それに追従するように後ろに居る村人達も頭を下げた。
朝早くだというのにも関わらずそこには、ほぼ全ての村人が来ているように思える。
「いえ、本当にお気になさらず。俺の方こそ何かとお世話になりありがとうございました」
「そんな、滅相もございません。……では、どうか旅の道中気をつけて下さい。我ら一同センゲツ様の無事を祈っておりますので」
「ありがとうございます。それじゃあ、行こうかウンディーネ」
「はい」
「よし……全ての者に疾風の如き歩みを――範囲移動高速化、平和時速度上昇、速度上昇霊気、荷物重量軽減」
村長に別れを告げると、繊月は実験も兼ねて自身の習得している複数のバフスキルを発動する。
直後、二人の周囲に様々な色の魔力の光が発生し、体内に溶けこむように消滅する。
「よし、バフの重ねがけのテストは完了。荷物も……よし、持てる」
確認のために荷物に手をかけると、様々な物品が詰まっているにも関わらずまるで鳥の羽のように簡単に持ち上げる事に成功する。
――余談だが、先程荷物を持ち上げた際はビクともしなかったため、ウンディーネにここまで運んできて貰った。
見た目だけなら同じような年齢なのに、その筋力の差に内心少しだけショックを受けていた。
どうやら、この世界での繊月の筋力は見た目相応――つまり幼い少女程度の物になってしまっているようだった。
(非力になった原因で思い当たるのは……アレしかないよな……)
繊月が思い浮かべたのは、EDENにおける、自身のキャラのステータス振りだ。
――EDENでは200にも昇る種族、そして派生先を含めれば1000近く及ぶ職業に応じてそれぞれレベルアップ毎に一定値アップする『物理攻撃力』や『物理防御力』、それに『魔法攻撃力』や『魔法防御力』といった様々な『基本能力』という能力値があった。
そしてその他に、レベルがあがる毎に獲得するポイントを任意に割り振ることが出来る『ステータス』といった数値が設定されている。
これには物理攻撃力と物理攻撃スキル、キャストタイムやリキャストタイムを短縮し、重いものを持てるようになったり、それに応じた専用クエスト発生させる事の出来る『力』、そして移動速度やランダムターゲットの攻撃の回避率があがる『敏捷』。
力と反対に魔法攻撃力や魔法スキルによるキャストタイムやリキャストタイムを短縮し、様々な言語を理解し、専用クエストを発生させる事等が出来る『知力』。HPの最大値や被クリティカル率に被ダメージを多少軽減する効果を持つ『耐久』、MPの最大値や回復スキルの効果を引き上げる『精神』、クリティカル発生率やドロップの確率を引き上げる『運』といったものがある。
繊月は後衛職のため、このステータスにポイントを割り振る際に魔法能力を引き上げる『知力』をカンストであるSSSランクまで、対人戦やダンジョンでも役に立つ『敏捷』と『精神』をSSランクまであげている。
さらに一部のポイントを『耐久』と『運』にも割り振り、Aランクまであげているのだが、反面物理攻撃を全く使わないため『力』には1ポイントも振っていなかった。
(この世界の言語がわかるのは、多分知力をあげていたおかげだって気づいた時点でそれに気づくべきだった……な)
そんな事を考えながら繊月は足を踏み出す。すると、バフの効果だろう。
体が信じられない程軽やかに動き、まるで疾風のような速度で平原を進む事が出来た。
背後をチラッと振り返ればそこには追随するウンディーネと、見る見るうちに遠ざかる村の姿があった。
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それから一時間ほど走り続けた後に、バフの効果時間が切れたため二人は平原のど真ん中で休憩をとっていた。
――その際に急に荷物が重くなった事で『ふごっ』という何とも情けない声と共にゴロゴロと盛大に地面を転がった繊月と、慌てまくるウンディーネの話があったのだが、彼の尊厳のためにそれは割愛しよう。
ちなみに最終的に繊月は、最初から旅の荷物をインベントリにしまえば良かった事に気づき、そっと無言で収納した。
「さてと、バフの重ねがけのテストや、体力の確認は終わったことだしここからは馬を使おうか」
ウンディーネに出してもらった清潔な水を飲み、ほんの少しだけ乱れた息を整えるとそう言って立ち上がる。
EDENのステータス振りにより力が非力な反面、ある程度の数値を振っていた『耐久』の効果で、体力はあるらしく、一時間程走り続けてもそれ程の疲労は感じなかった。
「……わかりました。それと馬を使うのでしたら、乗馬可能な精霊に召喚し直した方がよろしいかと。……わ、わかれるのはなごりおしいしいですが」
「ありがとう。そっか……ウンディーネは馬に乗れないんだっけ?」
「お恥ずかしながら……」
「そっか……ここまでありがとう、ウンディーネ」
「いえ、お役に立てたのならそれがステノのしあわせです。ではまたお呼びください……」
そう言うと、心底名残惜しそうな表情でウンディーネの姿が光の粒となって消えていく。
「さて……次は誰を召喚すべきだろうか……?」
条件としては乗馬可能な事が第一だ。そして次いで乗馬中に魔物に襲撃される可能性を考慮して、馬上でも即座に反撃可能かつ、前衛を任せることが可能な存在だ。
後は何処かで人とすれ違う事等考えれば、ウンディーネやミカーナのような特殊な外見ではなく、なるべく普通の人間と同じ見た目の方がいいだろう。
「うーん……馬には乗れるけど木精姫は見た目がなー……下半身が木だし……」
あの場合乗るというよりも馬に寄生すると言ったほうが近いかもしれない。
「となると……ここは月精姫か?」
彼女を召喚可能にするスキルをゲットするためのクエストで、月一角獣という馬に乗って現れた事からも乗馬可能な可能性は極めて高い。
そして見た目も喋らなければ麗しい少女のものだ。
――そう、喋らなければ。
「とはいえ、背に腹は代えられない、か……」
「よし。召喚、月精姫」
そう言うと繊月は短杖に魔力を込めて前方に振るう。
するとその場に巨大な光の玉が出現し、僅かな温もりを感じる風と共にそれがはじけ飛び、中から黒いドレスの上に純白の鎧を重ねた装備の少女の姿が出現する。
髪型はツインテールで、その色は繊月と同じく銀。年齢はおおよそ16歳くらいだろうか。身長は繊月より15センチ程高い。
容姿は例に漏れず非常に優れており、その名の通り月の光のような妖しさと美しさを持っていた。
もしこの場に他の人間が居れば男女問わず、その美しさに見惚れていただろう。
「くっくっく……天より降り注ぐ月光……今宵の月は血に飢えておる。ふっ、まさにこの我の召喚に相応しき場を整えてくれた事に感謝するぞ、主よ」
「今は朝だ」
――そんな美しさが一瞬で霧散した。
「やっぱ無理だ…………召喚解除」
「え、あっ、ちょまっ――」
『やはりか……』と繊月が頭を抱えながら召喚を解除すると、その姿が一瞬で光となり消滅する。
そう、この月精姫と呼ばれる精霊は重度の厨二病を患っていた。
それはEDENでの彼女のクエストの時の台詞から明らかだったのだが『もしかしたら、この世界ではまともになっているかも』という繊月の予想裏切り、見事なまでに残念なままだった。
「……あんなのとずっと居たら胃に穴が開いちまう」
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「よし……スキルでMPも回復したし、召喚風精王」
「――お呼びでしょうか、主様」
「うん……普通って素晴らしい……」
「え?」
「コホン。一つ聞きたいんだが、シルフって馬に乗ったり、その羽を隠す事って出来るか?」
「はい。勿論可能です」
「流石だ。それじゃあこれから王都までの道のりの護衛をお願いしてもいいか?」
「はっ! お任せ下さい!」
その直後、シルフの背中から生えていた羽がスッと溶け込むように消滅する。精霊って凄い。
「ありがとう。それじゃあ行こうか」
そう言うと繊月は特殊スキル『軍馬召喚』を使用し、二頭の馬を召喚する。
すると非常に豪華な蹄鉄と和蔵を付けた二頭の立派な軍馬が出現する。片方は白馬で、もう片方は紅い馬だ。
「こっちの世界でも頼むぞ、赤兎《相棒》っ」
「ヒヒンっ!」
長年の相棒である紅い軍馬を撫ででやると、気持ちいいのか目を細めて喜ぶ。
EDENの事前購入の特典で貰えるこの馬は、ある意味ではプレイ中に出会った仲間たちよりも長い期間を共に駆け抜けてきたパートナーだ。
ちなみに色はランダムだったらしいが、繊月はその中でもレアと言われている赤色を引き当てていた。
無論色で性能は変わらないが、某国の三国が争う戦記が好きな繊月はこの紅い馬を大層気に入っていたりする。
「シルフはそっちの白馬に乗ってくれ」
「畏まりました」
そう言うとシルフは見事な動作で馬に乗る。
その姿は凛々しい表情と合わさって非常に様になっていた。姫騎士、という言葉が似合いそうだ。
「それじゃあ改めて、王都に向けて出発するとしようか」
「はいっ!」
そう言うと二人は共に馬に跨がり何処までも続く平野を走り始めた。
――その先に待っている、運命とも言える出会いをこの時の二人はまだ知る由もなかった。