第一章「精霊使いと精霊達」 Page-9
「――では魔石の歴史や用途について話しましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って互いに真剣な面持ちのままに向かい合う。
「まず、魔石が初めて発見されたのは今からおおよそ二千年前と聞いております」
「へぇ。そんなに昔から……」
「はい。それまでの人類は森に棲む凶悪な動物や、当時の人類が敵対していた獣族やモケノーのような自然の守護者。そして長耳族や精霊族のような魔法を使える種族」
「さらには魔族や天族に竜族や鬼族、そして無数の亜人族のように自身達よりも優れた種族を恐れて狭い地域で細々と生活をしていました」
「それまで、という事は……?」
「お察しの通りです。魔石の力により増長した人類は、当時はまだこの世界に現界なさってたという神々の忠告を無視し、各種族へ戦争を挑みました」
「なんと……」
「魔石は、武器や防具、そして様々な道具に加工する際に使用する事で非常に強力な力を発揮しますので、それで色々と野心を抱いたのでしょう」
ちなみにその技術は今も大部分が失われつつも、形を変えたりして受け継がれています。と、村長が続けた。
「それにより、この大陸には戦いの嵐が吹き荒れ、憎しみが憎しみを呼び各種族と全面戦争を開始しました。しかも人類の愚行はそれだけに留まらず、『こんな愚かな戦いはやめなさい』と人々へ告げる神々へ攻撃を開始しました。その結果、王国が信仰している女神様を除いた全ての神々は人類を見限り、他の種族の所へ向かったり、神界へと戻ったそうです」
「神々にまで……?」
――あくまでEDENでの話だが、神々というのは非常に強力な力を持っていた。それこそレベル100のプレイヤーでも1PT程度では到底敵わない程に。
時々イベントやアップデートで悪の道に堕ちた邪神なんかがダンジョンのボスとして追加されていたが、何れも10PTで構成されるSQと呼ばれる単位で攻略に挑むのが常識だ。
「はい。我ら人類の祖先とはいえ、愚かな事をしたものと思います」
「つまり神々に対抗出来た程、魔石とは強力な力を持っているのですか?」
「はい。当時採集できた非常に高ランクの魔石は、一人の兵士を一騎当千の強者に変える程の物だったと伝承には残っています」
「……当時、と言いますと?」
「現在王国で採集出来る魔石は主にランク1から2。そして最大の採掘地がある南方の『フィロド・スフィア帝国』や、王国でも極稀にランク3が出る程度です。これらは……そうですね。ランク9や10と呼ばれる最高峰の魔石を当たり前のように戦争に使用していた当時の人々からすれば屑石のような物なのでしょうが」
「その後、魔石の力で戦争に勝利した大陸を統一し、人類は魔法を始め、様々な点で栄華を極めました。――しかし、ある時を堺にランク9や10に分類される、最高峰の魔石が枯渇し、各地で反乱が起きた結果、人類は急速に弱体化し、衰退しました」
「そんな黄金の時代の名残が今も遺跡として各地に残されており、一攫千金を夢見る冒険者や探検家には楽園となっているようです」
もっとも、現代ではほとんどが発掘され尽くした後ですが。と村長が付け加えた。
「そして、弱体化した人類は他種族からの報復にあい一瞬で領土を奪還されてしまい、一時は大陸を支配していたにも関わらず、その半分以下の支配領域を残すのみとなりました」
「……さらに人類は残った支配領域内で紛争を起こし、北と南で2つの国に割れてしまいます。それが今もほとんど変わらず残るこの大陸北部のエルピディア王国と、南部のフィロド・スフィア帝国の版図になったと聞いています」
「なるほど」
やはり、こうやって聞くとどこの世界でも人は争いの歴史というものを紡いできているらしい。
しかも他種族との争いに敗れた後にすぐ内輪揉めをするとは中々に中々だ。
「ちなみにこの大陸の全体地図のようなものは持っていますか?」
「申し訳ありません。そのような物は……。この話も昔徴兵され王都に行った際に知り合った魔法使いの方から聞いたり、本を読ませて貰って得た物ですので……」
「そう、ですか……」
あれば便利だと思ったのだが、無い物はしょうがない。
「ただ、その紛争が終わった後は1500年程は小さな戦いは数あれど、概ね平和な時代が続いたと言います」
「ほぅ……」
「その要因は中央山脈という、大陸の真ん中を横断するように存在する山々に棲まう竜族や天族が目を光らせていたから。という説が有効なようです。ですが、今から400年程前に『邪龍テネシティ』と呼ばれる存在が生まれ、『竜族以外の全ての種族は滅びるべし』という考えの下、それに賛同した邪悪な竜族を大陸中に放ち、再び世界を混沌に陥れました」
「そこで立ち上がったのが今でも大陸中で語り継がれる『三英雄』と呼ばれる伝説の存在です」
「三英雄、ですか?」
「はい。その構成はそれぞれの種族の神の加護を受けた人族の剣士、長耳族の弓使い、そしてセンゲツ様と同じモケノーの魔法使いだったと言われております」
「彼らは共に手を取り合いながら世界を冒険し、各地の竜族を討伐しました。そして異なる種族でありながら強い絆を持った彼らの行いを見た大陸中の国は感動し、種族や過去の歴史の壁を乗り越え、同盟を結び邪龍テネシティに対抗。その結果大陸中の邪龍の配下を討伐する事に成功。そして最後に三英雄が邪龍テネシティを滅ぼし、世界は平和に包まれた。と言われております」
「そんな三英雄が持っていた装備の一部は今でも各種族における最高峰の国宝としてそれぞれの首都に厳重に管理されているとか。さらに英雄の装備は今では幻のランク10相当の魔石が使用されていて、しかもその内一人はまだ今も生きているとか、三英雄に纏わる様々な伝承が残っています」
「何だかロマンのある話ですね」
「ふふっ、そうでしょう。私も子供の頃はその伝説の三英雄のように世界を旅して英雄になるんだ! と息巻いておりました」
そう言って村長が昔を懐かしむように目を細めながら、微かなほほ笑みを浮かべる。
「ちなみに時は流れ、今から200年ほど前に、件の帝国とこの王国で大きな戦争があり、僅かに残っていたランク6や7のような魔石も完全に枯渇しました」
「ま、また戦争を……?」
「あはは……センゲツ様が呆れるのも無理はありません。互いに魔石の力を恐れていた王国と帝国は、後先を考えずに魔石の採掘地に攻撃を集中し、その全てを完全に破壊してしまいました」
「その結果、先程言った通りランク1から3程度の魔石しか採れなくなった、という訳です」
「なんという……」
「おっと、話が逸れてしまいましたな。そして今この村に使われているのは、今尚王国で採掘出来る2ランクの魔石になります。あの大きさの魔石が一つあれば、この規模の村であれば一ヶ月はその力で暮らしていけます。」
そう言うと村長は立ち上がり、天井から吊るされているランタンを手にとる。
「これは……魔法?」
よく見るとそこには通常のランタンとは違い、そこに揺らめいているのは炎ではなく、オレンジに光輝く魔力的な光だった。
「流石はセンゲツ様、お鋭い。ご想像の通り、このランタンの光は魔石から抽出された魔力によって生み出されています。これにより我らは危険な野生生物が跋扈する常闇の世界から、人の世界を維持しているのです。勿論この村以外にも各都市にもその規模に応じて同様の物があると思われます。」
「なるほど……」
「この他にも……妻たちが張り切りすぎたせいで事故に繋がってしまいましたが調理の際に使う炎や、食物の保存、汚れた雨水や川の水の浄化、村を囲う柵に簡易的な魔法の壁の付加等、我々が生活する上で多岐に渡って魔石は活躍しています」
「水の浄化や、魔法壁まで……それは凄い……」
「まぁ魔法壁といっても、センゲツ様のように優れた力を持つ者や、強力な魔物の前では非常に無力ですがね。せいぜい凶暴な野犬ぐらいなら侵入を防ぐのが限度でしょうがね」
「私たちは王国へ年貢を納める代わりに、魔石を受け取り日々を生きています」
「それにより魔石の価値は同じ大きさの金や宝石を遥かに上回り、そのため採掘地は国で厳重に管理されますし、冒険者や探検家はこぞって古代の遺跡から魔石や、それによる加工が施された武器や物品を見つけて国に売ろうとしています」
(元の世界で言えば水道や電気を使う代わりにお金を払う感じ、か)
「コホン。やがて帝国との戦争が終結すると、このような感じで人はやがて魔石を戦いの道具としてだけではなく、生活の安定のために使うようになりました」
「なるほど。ちなみにどのような形で帝国との戦争は終わったのですか?」
「えっと、互いに魔石や人的資源を惜しみなく使い続けた結果、国家の存亡に関わるレベルまで追いつめられたからと聞いています」
「何しろ魔石は2000年前から王国と帝国――つまり人の住まう土地からしかほとんど採掘出来ないとの事ですので、それが完全に無くなれば、他種族から攻められた際に自衛すら出来ないと考えたのでしょう」
「そんな歴史があったのですね」
「はい」
「その後は魔石を採掘しながら両国共に、細々と国力の回復を行っていました。この間は非常に平和で……それが崩れたのは今から40年ほど前でした」
「――魔物、そして魔王の襲来ですか?」
「……その通りです」
女神の言葉を思い出して発言すると、どうやら正解だったらしく村長の顔が苦々しく歪む。
「始まりは大陸の最北端に突如として出現した門だったと聞いています。そこから無数の魔物、そして魔王が現れ北部に住んでいた当時同盟国だった『アルベロ公国』の人間を虐殺しました」
「当然それに対抗し、王国も同盟国であるアルベロ公国を救うべく主力部隊を派兵しましたが、一般的な魔物はともかくその指揮官や魔王には歯が立たず惨敗し、アルベロ公国は滅び、その後行われた侵略で王国も戦力と領土の30パーセントを一瞬で失いました」
「しかしその後、魔物は何故か弱体化した王国を一気に滅ぼさず、中央山脈を挟んで王国と隣接している『モケノー連合王国』や、さらにその奥にあるエルフを始めとした亜人族の国『ディアマント共和国』に侵略し、虐殺を開始しました」
「これを大陸の全生命体の危機と判断した各国の王達は『今こそ再び400年前の三英雄の伝説のように手を取り合い、共に魔王と戦うべきである』として同盟を結びました」
「しかし、その時には既に大陸北部の西端から東端を全て制圧され、大陸全体の25パーセントもの領土を魔王の支配下に置かれてしまいました。ただ、他国が侵略されている間に王国は兵力の回復と、魔王の支配地域に隣接するように巨大な3つの砦を構築し、絶対防衛圏を設定しました。
「ちなみにこのすぐ後に私は徴兵期間を終えて村に帰ってきましたが、最近では魔王の勢力圏から遠くはなれていても、件のクリスタルボアのような魔物が現れる始末です……」
「なるほど……」
「その後、唯一魔物の支配圏と隣接していないフィロド・スフィア帝国も皇帝が『今は過去の因縁を忘れ、手を取り合うべし』と言って王国の本格的な支援を開始し、食料を始めとした物資を前線へと送り、兵士が居なくなった事で治安の悪化していた各都市に代わりに兵を配置する等様々な手を打ってくれています」
「巨大な危機を前に、再び人類が一つになったって事ですね」
「その通りです」
「ただ、それでも尚恐らく門を介し圧倒的な戦力を召喚し続けている魔物の前に前線は追い詰められ、いつ崩壊してもおかしくないと聞いています」
「なるほど……」
(これが女神が言っていた、『このまま放っておけばその世界の『人族』は5年以内に魔神の軍に飲み込まれて滅亡するでしょう』って言葉や、『王国に迫る巨大な危機』ってやつに繋がる訳か……)
「最初は設けられていた徴兵期間や、都市部の志願制も今では撤回され、16歳以上の者は何らかの理由がない限り強制的に前線へと送られていきます。――私の頃は前線の食料が無くなっては意味が無いという事で、4年間兵士として勤めれば食料を生産すべく村に戻れたのですが……」
「今はそれを行う余裕すらない、って事ですね」
「……はい」
(もしくは帝国に食料の面で依存しているか、だな。)
言われてみれば幼い子どもや、年をとった人間は居ても、若者がこの村に居なかったのは徴兵されてしまったという事なのだろう。
もし、その若者が倒れれば次はまともに動けないような老人が徴兵される番だろう。
(思っていた以上にこの王国は追い詰められていそうだ……。それに魔石なんて高価な物がこんな小さな村にあったら普通盗賊やら何やらが現れるはずだ。)
――だが、それが村長の口から話されないという事は、恐らくこの国には盗賊やら何やらが跋扈する程の余裕すらないのだろう。
(まぁ、小規模であったり、力の弱い盗賊は例の魔法壁ってやつで防いでいるんだろうけど)
恐らくそんな弱い力の盗賊はこの世界では凶悪な野生動物や、時折現れる魔物から生きていけず、淘汰されるのだろう。
そして盗賊をやるくらいなら前線で飯にありついた方が、賭ける物が同じ命だとしても幸せなのだろう。
「とりあえずおおよその事情はわかりました。わざわざ時間を取って教えて頂きありがとうございました」
「いえいえ、センゲツ様のお役に立てたのであれば幸いです。というかそんなに立派な魔石を付けた杖を持っていらっしゃるので、てっきりその辺の事情もご存知かと思ったのですが……」
「えっ、これも魔石に分類されるんですか?」
そう言うと繊月は自身の持つ杖の先端に付いている10センチ程の大きさの紅い石へと視線を向ける。
「はい、恐らくですが。石が纏う雰囲気が似ている気がします」
「ほぅ……」
「ちなみに魔石は、例えば同じ青色でも濃くなればなる程、そして大きくなればなる程に価値が増すと言われていますので、センゲツ様のそれは非常に価値の高い物かと……」
「なるほど。という事はもしかして色によって価値が異なるのですか?」
「そう聞いていますね。ただ私はこの王国で採れる蒼い魔石、つまりランク1~2の物しか見たことがありませんが……」
「じゃあこの紅い石の価値やランクは不明、と」
「申し訳ありません」
「いえいえ、お気になさらず。その内わかると思いますので」
「それでは今日の所は俺は休ませてもらいます」
「わかりました。私もこの後件の地図を用意したら寝ようと思いますので」
「お手数をおかけします」
――ペコッ
「いえいえ。滅相もございません。ではセンゲツ様、それにウンディーネ様、ごゆっくりとお休み下さいませ」
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「……ふぅ」
事前に案内されていた寝床へと向かうべく、村長の家を出た繊月はその最中で深呼吸と共に空を見上げる。
するとそこには燦然と輝く2つの月があった。
「ホント、異世界に来ちまったんだな……」
その異質な光景を見たせいで改めて実感する。
(とりあえず初日は無事に終わることが出来た……。明日からもこの調子で乗り越えて、さっさと魔王とやらを倒して元の世界に戻らないと、な)
――ガララッ
「干し草のベッド、か」
寝床の扉を開けると、そこには昔映画で見た光景と同じ、干し草のベッドとリネンのシーツが存在していた。
「ま、今日は疲れたし早速寝るとするか」
そう言ってベッドへと倒れこむ。すると元の世界のベッドと比べればやはり残念な感触が伝わってくるが、恐らく明日から続く野宿の事を考えれば十二分に幸せだった。
「はい。おやすみなさいませ……」
すると、ずっと後ろを付いてきていたウンディーネがそう言って背中を向ける。
「ん、どうしたウンディーネ?」
「……ステノには睡眠は不要ですので、入り口の警護をしようかと」
「いや、睡眠は不要っていっても疲れるだろ?このベッド結構広いし俺は端っこで寝るから、余ってる部分を使っていいぞ」
万が一のために探知スキルも発動させたしな、と付け加える。
「そ、そんなっ……ステノがおにいちゃ……の隣に……て……あぁ……でも……」
何やらウンディーネが頬を真っ赤に染め、体をくねくねさせながらボソボソと呟いているが、今は音源探査のスキルを使用していないので聞こえない。
「――お供……させて頂きます」
それからたっぷり一分程迷った後に、ウンディーネはベッドへと潜り込んできた。
――こうして繊月の異世界での最初の夜は終わりを告げたのだった。