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第0章「プロローグ――始まり」

「――う、うーん」

 何故かやたらと痛む頭を抑えながら風見繊月かざみせんげつはゆっくりと瞳を開く。

(頭はいてぇし、耳なりもするし最低な気分だな……)

 そんな事を考えながら何故かやたらと軽い身を起こした繊月の視界に広がったのは何処までも続く真っ白な空間だった。

 上方から陽の光が差し込み、その足元に雲のようなものが漂う幻想的な光景が広がっていた。


「なんて綺麗な……。まるで天国みたいだな……」

 繊月は一瞬だが痛みやら何やらを忘れ、自身が抱いた率直な感想を漏らす。

 それ程までにこの空間は美しく、他にこの光景を言い表す単語が思いつかなかったためだ。


『目覚めましたか、我が戦士よ』

「っ!?」

 直後、突如として背後から響いた女性の声に反応し繊月は振り返る。


――するとそこには繊月が今まで出会ったどんな女性よりも優れた美貌を持った美女が居た。

 その表情には笑みが浮かんでおり、もし街を歩いていれば男性は勿論女性ですら思わず足を止めて彼女の事を見てしまうだろう。

 その上スタイルも出る所は出て、引き締まるべき所は引き締まっており、まるで豊かな体のラインを強調するかのように薄手の布をその身に着けていた。

 さらに背中には童話の中の天使ですら己の物の見窄らしさに顔を覆ってしまいそうな程の4枚の立派な純白の羽を持っていた。

「め、女神……?」

 そう、その姿はまさに様々なファンタジーのゲームやアニメに現れる女神様のそれだった。


『その通りです。我が戦士よ』

繊月の問いかけに何故かエコーのかかった声で女神が答える。

『我が名は人族を守護せし女神『エルピダ』。 貴方をこの場へと導いた者です』

「み、導いた……?」

『その通りです。我が戦士よ』


(あれ……待て。俺はなんでこんな所に居るんだ?)

 女神がそう言った直後、頭痛が徐々に治まってきた事でようやく繊月は混濁していた記憶の糸を辿る事に成功する。

「俺はさっきまでいつも通りゲームをしていたはずだ! なのに、どうしてこんな所に!?」

――仕事を終えると同時に一人暮らしをしているマンションに帰宅し、洗濯やご飯を済ませる。

 その後ベッドに横になり、VRMMO『EDEN』を起動しプレイする。そんな最早日課となっている行動を繊月は執っていた。

 そしてついさっきまでは同じくEDENで出会い、数年来の付き合いである仲間たちと共にダンジョンの攻略に挑んでいたはずだった。

 しかも、週末という事もあり徹夜覚悟で世界で未だ誰も撃破した事のないレイドボス、『魔神・クリューエルソロモン』を数時間かけて攻略し撃破したはずだ。


 そしてその事を仲間と大喜びをした直後、何故か俺は何かに引っ張られるように体が浮いて、意識を失って――

(ま、まさか……あの時俺はここに転移を――)

『はい。その、まさかです』

「っ……!? 思考を、読んだのか!?」

『うふふっ、かなり狼狽えているようですね。とても可愛ら……げふんげふん』

――ゾクッ

(なんか今一瞬寒気が……)

 気のせいだろうか。一瞬だが女神の目が今まで浮かべていた全てを抱擁するような微笑みから肉食獣のような物へと変化した気がする。


『私は女神。そしてこの空間は私の領域です。故に貴方の思考を読むなぞ容易い事なのです』

 ふと見なおせば女神は先ほどの変化は気のせいだと言わんばかりに元の表情に戻っていた。

「その、一つ、聞いてもいいか?」

『どうぞ、私の天使……ゲフン。我が戦士よ』

「い、一体何が狙いでこんな事をしたんだ?」

 一瞬変な言葉が聞こえた気がしたが繊月はそれを敢えて聞こえなかった事にする。

――あれに反応したら色々とまずい予感がした。


『狙い、ですか。そう……ですね。単刀直入に言いましょう』

 微笑みを浮かべていた女神の表情がスッと引き締まっていく。

『貴方にはこれから私が守護する世界――そう、貴方からすれば異世界に住まう人族の者』

『そして人族と同盟を結び協力している様々な種族の者達を『魔王』とその配下の『魔物』の侵略から救って欲しいのです』


「な……何だよそれ。そんな事に勝手に俺を巻き込まないでくれっ!俺には仲間や、大事な妹が居るんだ!」

 繊月の脳裏に共に数年間冒険を続けた仲間や、まだ高校生の可愛い妹の姿が映る。

「悪いが他をあたってくれ!俺は拒否させてもらうっ!」

『…………拒否した場合、貴方は永遠に元の世界には戻れませんし、一生この空間でその姿のままですが、よろしいですか?』

「えっ……?」

 そう言うと女神は謎の空間に手を突っ込み、鏡を取り出した。

 すると映っていたのは――

 EDEN内での装備を身に纏った繊月の姿――黄金色の狐耳と尻尾を生やし、140cm程の身長と、ふわふわのロングヘアーを持った銀髪赤目の幼い少女だった。


(げ、幻影だよな……?)

 そう考えた繊月は鏡を見ながら自身の頭に手を伸ばし、可愛らしい耳を触るとふさふさとした感触がその手にしっかりと伝わってくる。

 紛れもなく本物だった。


「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!?」

――そう叫んだ繊月の声は男の声ではなく、透き通った宝石のような少女の物だった。

 耳鳴りのせいで今まで気づかなかったが、どうやら姿だけじゃなく、声まで変化しているようだった。


『ぐふふ――やはり可愛い……』

「ひっ……!」

 女神が先程と同じ、肉食獣のような笑みを浮かべたため繊月は思わずその場から数歩後ずさる。

  『コホン。説明をしましょう。まず貴方をここに呼んだ術式は片道です。そして貴方を元の世界へ返し、男性の姿に戻すためには『魔王』が体内に持つ特殊な『魔石』という物体を媒介にしなければいけません』

 女神が表情を戻し、咳払いをして説明を開始する。だが最早色々と手遅れであり、破滅的に台無しだった。


「そ、そんなッ! というかこんな力を持っているならアンタが自分の手でその『人族』とやらを救えばいいじゃないかっ!?」

 繊月は表情に最大限の不満と怒りを浮かべながら女神へと反論する。

――だが、ふと手元の鏡を見るとそこに映っていたのは可愛らしく瞳を見開きながら頬を膨らませ、思わず頭を撫でたくなるような雰囲気を醸し出しているけもみみ美少女の姿だった。

 ぷんぷんっ! といった擬音が非常によく似合いそうだ。

「…………」

 その様子に自分の事ながら、繊月は毒気が抜かれてしまう。


『ちなみにそれはもう試しました。ですが、私は結果的に魔王に敗北し、命からがら逃げ出すはめになりました。そして部外者である貴方を頼るしか無くなったのです』

「なるほど……」

『ちなみにこのまま放っておけばその世界の『人族』は5年以内に魔神の軍に飲み込まれて滅亡するでしょう。そしてその後、『人族』だけではなく共に連合を組み、魔物と戦っている様々な種族を含めれば数千万という命が消え失せます』

「なっ……」

『それを助けられるのはここに居る貴方だけ。そして元の世界に帰還し、その姿から戻るにはどの道その世界に行かなくては行けない』

『そして何もせずにここに居れば次々と助けられるかもしれなかった命が、貴方の目の前で消えていくだけ……。と言ってみたらどうかしら?』

「あー……もうっ!そんなに言われたらやるしかないじゃないかっ!」

「やるよ! やってやるともっ!」

『ふふっ、貴方に心からの感謝を』


『ではこれより、我が戦士、風見繊月を女神エルピダが守護せし世界『エスペラント』へと召喚する儀式を開始します』

 女神がそう言うと繊月の足元に巨大な魔法陣が浮かびあがり、次の瞬間眩しく光り輝く。


『召喚地点は『エルピディア王国』の王都『エルダ』近郊に設定します。貴方……いえ、繊月は手始めにこの王国を救って下さい』

「……わかりました」

『今この王国には巨大な危機が迫っています。そこで繊月はまず転移先で数日以内に出会うであろう金髪の少女の剣士と親睦を深めるのです』

「金髪の少女の剣士、ですか?」

『えぇ。彼女からの信頼を勝ち取れば間違いなく心強い味方になってくれるでしょう』

「わかりました」

 そんなやり取りをしている間にふと足元を見ると、魔法陣の光が一際強くなっている。間もなく召喚の儀式とやらが完了するようだ。


「別れる前に2つ、聞いてもいいか?」

『えぇ、どうぞ』

「俺にその……人々の命を救う事なんて出来るのか?ぶっちゃけ俺の中身は普通のサラリーマンだぞ?」

『えぇ、出来ます。全て、とまでは言えなくても繊月なら本来失われるはずの無数の命を救う事が出来ます。それは私が保証します』

「……わかった。ではもう一つ……どうして俺を選んだんだ?」

『まず、召喚するのに必要な条件が偶然繊月が居たEDENと呼ばれている世界と合致したのです。そしてもう一つの理由は、並大抵の力を持つ者では世界を救う事なんて出来いからです』

『繊月からは非常に強い力を感じました。故に繊月を私は選んだのです』

「なるほど。……だけど召喚するなら俺より強いプレイヤーがあの世界には居るぞ?」


 そのプレイ人口は全世界で五千万人と言われているEDENの世界で繊月は間違いなくトッププレイヤーの一人だ。

 だが、去年開催され、おおよそ百万人程のプレイヤーが参加した『大規模対人イベント大会』では26位だった。

 これは後衛職では一番優れた順位なのだが、上には上が居るのだ。

 現に仲間の一人にその大会で優勝したプレイヤーが居たが、繊月はたとえその人に百回バトルを挑んでも一回も勝てないだろうという確信があった。


『ふふっ、確かに、そうかもしれません』

「ならどうして?」

『そうですね。もう時間もありませんし、本音で言いましょう』

 女神が真っ直ぐに繊月を見つめてくる。そこから放たれるオーラは神々しく、まさに女神と呼んでも差し支え無いレベルの物で――


『私は可愛い女の子が大好きだからです』

「……は?」

 ――そのオーラが一瞬で霧散した。


『どうせ自分の守護する世界を救ってもらうなら強くて可愛い女の子が良いのです』

「いやいやいやっ!!俺は男だぞっ!?」

『関係ありませんッ!!私はその可憐な容姿で華麗に戦闘を行う貴方に謂わば一目惚れしたのですっ!』

「なんだこの女神っ!?」


『あ、準備が整ったようですね。では私の天使、繊月よ。どうか世界を頼みますよっ!!』

――ニヘラッ

 そう言った直後、女神が非常に人間臭いいやらしい笑みを浮かべる。

 それと同時に繊月は意識と共に体が何処かへ引っ張られていくような感覚を覚える。

「ついに戦士と呼ぶのすらやめやがったっ!?」


――その直後、着ていたローブや身に付けていたアクセサリー、そしてインベントに所持していた無数のアイテムが何故かその場に置いてきぼりになっていくのが感覚でわかった。

「ちょっ、俺の大事な装備が――」

 そんな中辛うじて杖だけは慌てて手に力を込める事で手放さずに済んだ。


『あ、やっべっ! 繊月ちゃんの可愛さに見惚れて装備やらアイテムを一緒に転移させるの忘れてたっ!』

 そんなとんでもない発言が遠くで微かに聞こえた。

「ふざけんな! この腐れ女神っ!」

――そう叫んだ繊月の目の端に涙が浮かんでいたように見えたのはきっと気のせいではないのだろう。


(さっさと世界を救って絶対に元の世界に帰ってやる!)

 そこまで考えた直後、繊月の意識は完全に途切れ暗転する。




――今物語が動き出す。



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