俺が探偵になって二日目の話
気が付いたら眠っていた。
昨日から俺の探偵事務所となったパソコンデスクとパソコンしかないこのワンルームの部屋で俺はパソコンデスクでうたた寝をしていた。
何か夢を見ていたと思うのだが、思い出せそうもない。
どんな夢だっただろうと考えるがなんとも捉えにくい、無味乾燥な内容だったのではないかと思う。
しかし、こんな昼間からぐっすり寝てしまうとは世の中は平和すぎるし、なによりも暇すぎる。
無理もない、なぜなら仕事がないのだ。
仕事がないのも無理もない、なぜならこの世界の誰も、俺が探偵をしているという事を知らないのだ。
いや、よく考えてみれば一人居る。
それは俺だ。
俺は一昨日まで世の平定を夢見、自分の身をどこに置くべきかをずっと思案していて、多忙な無職であったが、遂に一念発起し探偵になろうと決めたのだ。
それが昨日の昼過ぎの事。
家の表札に探偵事務所と書いておこうと思ったがやめてしまった。
探偵としてまだまだ未熟だから?
いや、違う。
いざ探偵をやるという責任感を負いたくなかったから?
いや、違う。
じゃあ、なぜかって?
ただ、めんどくさかったからだ。
世の中にある存在意義なんてものは大抵、そういうものなのだと思う。
とにかく、今の肩書きは新米探偵とでも言う所か。
しかし、いざ探偵になったものの自分を探偵として認知してもらう術を知らず、インターネットの中を華麗にサーフィンしながら、その波の心地良さに眠ってしまったようだ。
それは仕方がない事のように思える。
人は食べたくなれば食べ、眠くなれば眠り、出したくなれば出すものなのだ。黄色いものも、黒いものも。そして白いものも。
それが解らぬ輩が多い中、解っている俺は偉い。
そしてでかい。
でかいからえらい。
だからえらい。
全てがでかい。
宇宙。
世界。
俺の寛容さ。
言う事すらでかさにあふれている。
とにかく?無職の人間などいけないのだ。
無職と聞くだけで虫唾が走る。
無色と聞くとちょっとだけせつない気持ちになる。なぜだろう。
このインターネットという波の中のほとんどの無職の住人達も日々くだらない事で暇をつぶしているだけに違いない。
暇をつぶす為に暇をつぶしている。
まったく、けしからん。
皆、探偵になればいいのに。
さて、どうにも暇をもてあまし、退屈だ。
起きてはしまったものの、別に何かをやらなければいけない事があるわけではない。
こうなってしまっては仕事がない事よりも睡眠から起きてしまった事の方が不憫に思ってしまう。
しかし、どうにも、もう一度夢の中へというような気分ではない。
「よし」
時間は午後15時。
仕事を終えるのには充分な時間だろう。
今日も一日良く働いたと思う。
なんだろう、俺は働くのが好きになって来ている気がする。
『探偵』とちゃんと漢字で書けるように練習した時間はとっても有意義な時間だった。
これで俺も立派な探偵の一人に名を連ねるに違いない。
本当に今日な良く働いたと思う。
なのでこれからはオフの時間を楽しみたい。
ぶらぶらと女子高近くの公園に散歩に行くも良し、ゲームセンターでその場で拾ったメダルからコツコツと増やした大量の貯メダルを更に増やしに行くも良し、社会人になった俺は豪華絢爛に遊びに行こうと思う。
昨日までは何をやっていても心のどこかに無職が引っかかって楽しいのに、何か楽しくない燃え尽きれない感じを宿していたが、今日はそうじゃない。
存分に楽しんでこようと思う。
外出の支度をしていると家のチャイムが荒だたしく鳴った。
なんだ、また某公共テレビ局の集金か。奴等しつこいにも程があるぞ。
テレビが無いと言って部屋の中まであげて見せてやったのに、パソコンからテレビが見れるから払えなどと無茶な事を言ってきやがった。
「無職なんです払えません」と泣きつくと、そこまで同じ人類を軽蔑出来るのかといった表情を残して帰って行きやがった。
多分あんな奴が戦争を起こすんだ…。
仕方あるまい、外出は一時間延長だ。
イヤホンで耳をふさぎ居留守作戦を決行しようかと思ったが、謎の来訪者はドアノックに移行し始めた。
これはかなわない。
この世界でも五本の指に入る屈指の探偵をここまで追い詰めるとはなかなか見下げたバイトの徴収員だ。
きっと彼が俺の探偵の助手ならばかなり手際よく働いてくれただろう。
今が敵、味方の関係だというのがとても悲しい。
バイトの精鋭徴収員は声まで上げてドアを破壊する勢いで叩きまくっている。
仕方ないこの十分ばかりの間、つまりこの徴収員と接する間だけは今を輝く成りたい職業ナンバーワンの無職に戻ろう。
そして精鋭徴収員に涙を見せよう。
綺麗な涙だねって言わせて見せよう。
そしてその後また一人で涙に暮れよう。
ドアを開けるやいなや怒号が飛び込んできた。
精鋭徴収員かと思われたがそこに立っていたのは俺の良く知る人物だった。
「おい、大変なんだ。一緒に来てくれ」
息を切らしながら喋るのは俺の唯一の友人ナガタだった。
「おい、ナガタや急にどうしたんだ。てっきり精鋭徴収員だとばかり思って居留守を決め込んでいたんだ」
「俺の妹が大変なんだ。お前の力が必要だ」
なんと、探偵の初仕事か。
どうやら今日の俺はまだ仕事のオフはまだエンジョイ出来ないようだ。
ここでナガタという人間の事を少し語らなければならない。
ナガタには一言では表せない神秘性がある。
俺の数少ない友人の一人であるナガタ。
ナガタと俺は小中高と共に歩いてきた言わばがっかり男幼馴染であり腐れ縁である。
普段はとても冷静で落ち着いていて、ちょっとやそっとの事では動揺したりしない男だ。
それにナガタは色んな場面で俺を助けてくれる。
小学生の時は俺が車に轢かれそうな時に後一歩という所で俺を止めて助けてくれた。
中学生の時は先輩のかつあげを食らった次の日に金を貸してくれた。
高校生の時は可愛い子から罰ゲームで告白された時に罰ゲームだと教えてくれた。
と過去を振り返ると俺の人生はろくでもないような物に思えてきたが、見なかった事にしよう。
そう、ナガタはとても気が利く奴なのだ。
なんでそんなに気が利くのだと直接俺はナガタに聞いた事がある。
するとナガタはこう言った。
「実は俺は何もしていない」と。
詳しく聞くとそれは驚愕ものだった。
ナガタは普通の人間には持っていないものを持っているのだ。
それは予知能力。
と言ってもその能力はそこまで汎用なものではない。
ナガタの能力は5日後が見えるというものだ。
しかし、それはそこまで便利なものではないらしく、自分で見たいと思うものは見えないらしく、勝手に数秒間だけ5日後が自分の中に入ってくるらしい。
それもだいたい10日に一回のペースらしい。
ここからはナガタの言葉。
「みるものは何かその日に起きる一番印象的な物って感じがするな。だから俺が小学生の時にお前を助けたのも解っていたというか、車に轢かれそうなのは解ってなかったけど、あそこで俺がお前を止める事は解っていた。その後車が通ってそういう事なのかと解った。もう無意識にお前を止めていたから未来を変える事は出来なかった。まあそうしたらお前は今ここで俺と話してはいないかもしれないけどな。中学生のかつあげの時は五日前にお前がかつあげされてるのを見た。あの時お前は予約してたゲームがあってそれをめちゃくちゃ楽しみにしてたから可哀想だと思って金を貸したんだ。解ってたけど止めてやれなかった負い目みたいなものもあるしな。事前に言った方が良かったとも思ったんだが、何か言ってはいけないそんな悪寒がしたんだ。まあ、今までの経験上から言うと俺が言った所でお前はかつあげされる運命だったと思うんだけどな。高校の罰ゲームの時はあの女子グループが罰ゲームを仕込んでる所を俺は事前にみたんだ。舞い上がるお前を説得するのには苦労したがお前が俺を信じてくれてよかったよ。すぐさまあの女の所に行って別れてきたのは面白かったけどな。フッてやったってお前は言ってたけど、始まる前から勝負はもう負けてた気がするけどな。そう。だから俺は何もしていないんだ。むしろ何も出来ないんだ。宝くじでも競馬でもなんでも当ててやりたいんだが、俺が毎日競馬場に通ったとしても5日後の競馬場の映像は見えるとも限らないし、一回もいかなくたって競馬場の映像を見るとも言えるんだ。そもそも実際に俺が未来にみる映像が流れてくるって訳でもない。全く俺の知らない所で起こる事だってある。でもそれは実際にそれは5日後に起きている。必然的に起こる事をただ傍観するしかないんだ俺は。一回たりとも未来を知っていながらそれを変えれた試しはない。いろいろやってみたが全て無駄だった。やった事すべてが裏目に行って、結局みた事がそのまま起こってしまうんだ。だから未来には抗えない。楽しみにしていたサスペンスの犯人を見てしまう事だってあるんだ。あんな悲しい事はない。だから特にこの能力が俺の為になる事なんてそうないんだよ」
という感じらしい。
とにもかくにも万能ではないが五日後が覗けるというナガタ。
だからこそナガタが取り乱すような所はほとんど皆無といって良いほど見た事など無かった。
そんなナガタが今俺の家に慌てて入って来たというわけだ。
そして、妹が大変だと言う。
ナガタの妹のサキちゃんはよく知っている。
小学校の頃などはナガタによく付いて来て、俺と三人で遊んだりもしていた。
中学生になると俺と会っても軽く言葉を交わすぐらいの関係になっていたが、兄妹仲は別に悪くなさそうだった。
ある日ナガタの家に行くとサキちゃんが彼氏を連れているのを目撃した事がある。
その光景に度肝を抜かされたというか、人が大人になっていく、少女が女になっていくという感覚をその時に感じた覚えがある。
別に好きだったとかそういう事ではないのだが、彼氏には良い思いを持たなかった。
なんとなくその頃からサキちゃんとは会話をする事が無くなっていったような気がする。
おそらく俺のせいだろう。
何かこう違う人間、違う女になって行く知ってるサキちゃんにどう接していいかが解らなくなっていたのだと思う。
人が成長していくとはそういう事なんではないだろうか。
「妹が大変って、サキちゃんに一体何があったんだ?」
ナガタの顔は今までに見た事がないぐらい緊迫している。
「見たんだ、5日後にサキが連れ去られる。さっきそれが飛び込んできた」
「でもお前が言うには見た事は変えれるものじゃないって事だよな?」
「ああ、そうだ。サキは絶対に連れ去られる。これは絶対だ」
「じゃあ、俺に何が出来る?連れ去られる前に連れ去れとでも言うのか?」
「いや、それは無理だ。多分そんな事をしようとすればお前は行動不能な状態になるかもしくは死ぬという場合もあると思う」
「おいおい、それは勘弁だぜ」
「だから、とにかく後、五日までに一体誰に連れ去られて、何故連れ去られるのかとかそういう事を掴んでおいて、連れ去られてからすぐさま連れ戻す準備をするのを手伝ってほしいんだ」
「なるほどな、確かにそれなら可能だろうな」
ナガタはなかなかにこういう事態に慣れている。
だとすれば、さっきのあのドアの叩き方はなんだったというんだ。
「それなら、さっきなんであんなに取り乱してドアを叩いていたんだ?」
「ああ、あれか。あれはああやればかなり驚くと思ってね」
確かにかなり驚いたがなんてたちの悪い悪戯だろうか。
確かにこいつはこういう事をやるような所が昔からある。
「じゃあ、お前が見たっていう内容を細かく俺に教えてくれ。それに奇遇だったな調度俺は昨日探偵になったばかりなんだ」
「ああ、それも知っている。だからここにきた要因もその一つだ。別に『探偵』と文字で書いてくれなくていいからな。お前が書けるようになったのは知っている」
…相変わらずのナガタビジョンだ。
なんでもお見通しとまではいかないのだろうが、ピンポイントで何かを見たのだろう。
「俺の見た映像はサキが今暮らしている自分のアパートから白いポロシャツを着た謎の集団に取り囲まれてどこかに連れ去られて行く所だった」
謎の集団?ポロシャツを着た?なんだ、それは。
「なんだその謎の集団っていうのは?」
「解らない。今まで見た事のない奴らだった」
「集団っていうのはだいたい何人ぐらいだった?」
「少なくても4、5人はいた。見えてなかっただけでもっといたかもしれない」
「全員白いポロシャツを着ていたのか?」
「そうだな、全員同じ格好をしていた」
なんだ、それは。
この平和な国でそんな事が本当に起こるのだろうか?
「おい、ないとは思うけど、サキちゃんは何かの宗教に入ってたりとかするのか?」
俺は何かそういう宗教団体間のトラブルではないかと思った。
「いや、それは無いと思う。確かに見た目は何かやばそうな感じの集団だったが、そんな事は聞いた事もないし、そんな素振りを感じ取った事もない。それに俺のあれでも見た事がない」
それならばかなりその線は薄いと思う。
「連れ去られた場所は見たのか?」
「いや、連れ去られる所で映像は終わった。正確にはアパートから連れ出されて行く所までだ。その後、車に乗って連れていかれるのか。誰かに助けられるのかは解らないということだ」
なるほどな。
「サキちゃんは今、大学生だったか?」
「ああ、そうだ」
そうか、謎は全て解けた。
「解った。今回の事件の全てを俺が今、この場で解決してみせよう。この昨日からの名探偵のこの俺が」
「そんな事が出来るのか?」
「ああ、もちろん。ナガタは謎のポロシャツ集団にサキちゃんが連れ去られるという五日後の場面を見た。そうだな?」
「ああ、そうだ」
「それら全てから推察されるに、サキちゃんは大学生で映画研究部でも映像部でも映画製作サークルにでも所属していて、ナガタが見たその映像は何かの映画の一場面を見たという訳だ。どうだこれで謎は全て解けた。だからそこまで心配する事は無いという事だ」
ナガタはそれを聞くとしばらく考える。
そしてそっと口を開いた。
「いや、それはないと思う」
「なんでだ?」
「まず俺が見た映像には数十メートル離れた所の視点だった。つまり連れ去られている現場はかなり広く見渡せていた事になる。その時にカメラや他の現場スタッフだったりとかは居なかった。それにサキは映画製作系の部活やサークルには所属していなかったと思う。というかそんな話は聞いた事がない」
そう聞かされると俺の推理は的を得ていないように思える。
という事はかなりの確率で結構事件性の高い事に巻き込まれるんじゃないだろうか。
それはもう探偵とかじゃなくて警察の仕事ではないだろうか。
「それは警察に任せた方がいいんじゃないか」
「そう思うか?」
いや、言ってから思ったが、確かにそれは無駄だ。
五日後を予知したと言っても警察は信じてはくれないだろう。
嘘でも付いて五日後に警察に守ってもらうという事も出来なくはないが、おそらくそれも無駄なのだろう。
なぜなら、ナガタの五日後の映像には警察は登場していないのだから。
とするとこの事件をどうにかしようとするならばそれを秘密裏に知っている人間だけでどうにかするのが一番なのかもしれない。
それにナガタの見た映像にはこちら側に有利の点もある。
つまりはその見れていない部分はどうにでもなるという事だ。
「じゃあ、五日後に連れ去られる所を助ければいいと言う事だな。ナガタが見た映像以外の場面で」
「ああ、そうだ、それが出来れば一番だ」
じゃあ、後五日間はとりあえずは平和だという事だ。
出産みたいに急に予定が早まって明日でしたとかはないわけだし。
「よし、じゃあ、また五日後に来てくれ。俺は出かけてくる」
「いや、待て。そうはいかない」
「なんでだよ」
「今からサキの所に行く。何も無いのに連れ去られる理由は無いと思う。だからその原因を探りに行く。一緒にきてくれ」
「いやいや、もしかしたら俺死んじゃうんだよね?」
「大丈夫だ。五日後の事さえ触れなければ大丈夫だ。そういうもんなんだ。一番やってはいけない事は俺が見た映像の中に入っていってしまう事。つまり今回ならば連れ去られる現場に出て行こうとするのが一番良くない。そこにいても見えないようにどこかの死角に隠れているとかなら大丈夫なんだが、実際に出ていって起こる未来を変えようとするのはタブーだ。それ以外ならある程度はどうにでもなるし。どうにかやったとしても、結局その通りになってしまうという事だ。だから極端な話、サキにこれから五日後に連れ去られる事を告げたとしても連れ去られるようになっているんだ。だからこちら側がいかに情報を仕入れておいても問題はないということだ」
「だとしても何故俺も行かなくちゃいけないんだ?兄妹同士の方が突っ込んだ話も出来るんじゃないか?」
「それもそうなんだが、一人よりも二人の方が気付ける事もあると思うんだ。だからとにかく一緒に来てくれ」
とナガタは引っ張るように俺を連れ出した。
なぜだろう、何か二人の関係において変わった事が何かあったのだろうか。
まあいい、とにかく探偵となってからの初仕事だ。
やっとこれで無職ともおさらばだ。
そして、俺達はサキちゃんの家へ向かう。
続く




