家出
「達也ー。おやつの時間よー。達也ー。いるのー?」
花子は階段を上がりドアを開けた。ガラガラ! 「達也! いるんでしょ!?」 慌てて達也が振り返る。
「お母さん!!」
「いるんなら返事しなさい!」
「全然聞こえなかったよぉ」
「嘘! ずっと呼んでたのよ! せっかくパンケーキ作ったのに!」
「やったー! パンケーキだ!!」
達也は満面の笑顔で喜んだ。 しかし花子は無理やり作ったような態度で言う。
「駄目! もうあげない!!」 そう言うと、花子は達也に背を向け部屋を出ようとした。
「お母さん!! ごめんなさい!達也、パンケーキ食べたいよー…」 達也は泣きながら花子にしがみついたが、花子は達也の顔を見ようともせず部屋を後にした。
その頃、近くのマンションに住む仁志は達也の大きな泣き声で目が覚めた。
「何だよこんな時間に…」 仁志は前日の仕事で飲んだお酒がまだ残っていて、かなり寝起きが悪い。しばらくすると仁志は、急に思い出したかのようにリビングへ行き何かを探し始めた。
「あれ…? ない!!」
仁志は大好きなパンケーキを食べるのを楽しみにしていた。しかしいくら探しても見つからない。確かにパンケーキをしまったはずなのに…。たかがパンケーキだが、仁志にとっては大事件だ。仁志はパンケーキが食べられないショックで、座り込んでしまった。 3時間は経っただろうか、普段ならもう店へ行っている時間だったが、仁志は用意もせずまだ座り込んでいた。彼は絶対に休まない仕事を休もうと決心し、立ち上がって近くの公園へ向かった。
同じ頃、達也はパンケーキを食べさせてもらえなかったことでまだ泣いていた。そして何かを決心し、立ち上がった。 「家出しよう…」 達也は荷物をまとめ、母親に見つからないようこっそり家を出た。
達也が向かった先は近所の公園。日が沈み、砂場にはスコップが無造作に転がっている。辺りを見渡すと、遠く離れたベンチに誰かが悲しそうな姿で下を向いたまま座っている。仁志だ。
「どうしたんだろう?」
達也は無性に仁志が気になった。そして、恐る恐る話し掛けてみた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
仁志が顔を上げると、目の前に小学生低学年くらいの男の子が立っていた。子供はとっくに家に帰っている時間なのに、大きなリュックを背負ったその子は今にも泣きそうな顔で仁志を見ている。仁志は逆にこの子が気になった。
「君こそこんな時間に一人で何をしてるの?」
達也は急に涙を浮かべ泣き出した。慌てた仁志は、達也を慰めようと彼を自分の隣に座らせ、頭を撫でながら達也に問いかけた。
「僕、名前は?」
「達也…」
達也は声にならない声で答えた。
「達也君かぁ」 達也は頷き、今日の出来事を涙声で必死に仁志に説明した。 同じくパンケーキを食べられなかった仁志は達也の話に共感し、涙を浮かべながら自分が公園にいる理由を達也に話した。 二人は意気投合し、いつしか笑顔がこぼれるようになった。そして、いつの間にかパンケーキのことなど忘れていた。
それからかなり時間が経った。
「達也、お母さん心配してないか?」 達也はふと我に返り慌てた。
「今頃お母さんは心配してるはずだぞ。今日はもう帰らないと」
「そうだね。早く帰らないと…。きっとお母さん心配してるよね!」 「当たり前だろ! お兄ちゃんが家まで送ってあげるから」
「うん! ありがとう!!」
達也は今日の悲しい出来事を嘘のように忘れて元気を取り戻し、仁志もまた明日から仕事を頑張ろうと決心した。 達也の家は仁志の家からすぐ近くだった。家の前には綺麗に飾られた花壇があり、かなり裕福そうな家だ。
「こんな裕福な家庭で育ってる子供にも、不満があるんだな…」 仁志は一人つぶやき、インターホンを鳴らした。
ピンポーン… インターホンから声が聞こえる。
「はい、どなたですか?」 まだ若い女の声だ。
「あっ、すいません夜遅くに。息子さんが公園で一人でいたもので…」
ガチャ!!