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孤独の癒し

短いです。

 PT欄の名前の横に括弧が現れた。括弧の中身は???と出てたけれど。

 新月(しんげつ) 陽斗(はると)の名前がそこにあった。

 PT会話にしようとして息を止めた。

 そうだった……タクさん寝てるんだった……。

 囁きって使えるかな……。

 PT欄の陽斗の名前を指で触れる。

 ゲーム中、一対一で話をしたい時はこの囁きと言うシステムを使っていた。

 しかし、この世界で使えるかどうか試した事はなかった。

 ただ、この世界の住人であるルゥには触れていれば可能らしい事は判っていた。

 離れているだけに使えるかわからないし、こんな時間だから寝てるかもしれないけど……。

≪はる? 聞こえる……?≫

 電話のように、陽斗一人に聞こえるチャット会話の一つである囁きを使って声をかけてみる。

 諦めかけた時に漸く返事がきた。

≪ちま!? 僕の声聞こえてる? 今どこにいるの!? 無事!? 怪我はない!?≫

 続けざまに問うてくる。

 聞き慣れたいつもの声だった。

 はるだ。はるの声だ。はるがここにいるっ!

 思わず涙がこぼれそうになった。

 タクと昼間出会えた時は、ミノタウロスの追いかけっこもありばたばたしていたけど、嬉しかった。ほっとした。自分だけがこの世界にやって来たわけじゃなかった事に。

 けれど。はるは違う。年下だけど頼りになる母親同士が従姉妹のはとこだった。

 いつだって誰よりも心強い味方で、大切なはとこが今この世界に一緒にいる。

≪大丈夫だよ。怪我とかないよ。本当にはるなんだね……≫

 潤んだ涙を我慢しようとしていたら頭をそっと撫でらる。

 思わずはっとして頭だけで振り返るとルゥが心配そうに見ていた。

「泣くな……俺に出来得る最大限の力でお前達が元の世界に戻れるまで安全な場所で保護するから」

 今はタクと合流してから変装用ペンダントを付けたままだったので、ちまの大好きな某総司令官の面差しだったが、ちまにはルゥの素顔で心配そうな表情が思い描けていた。

 ルゥとしては自分の状況から、父である国王に獣化させられた疑惑と猜疑心で肉親への信頼が地の底まで落ちていた。

 一年以上獣で居続けてしまった今現在の自分の国での立場がどうなっているのかまるで判らない。

 だから今まではっきりとちまに言えなかった。

 自分と共に首都へ向かう事への危険度を考えると途中で離れるべきだとも思っていた。

 けれど。

 嗚咽を噛み殺す声を聞いてしまえば、実際は無理かもしれなくても、少しでも心の不安を取り除きたいと思ってしまった。

 今の位置からだと首都を迂回した先の友人の魔導士の元へ先に彼女達を預けようと思っていた。

 少し遠回りになるが、首都へ共に行くよりはいいはずだった。

 離れ難いこの自分の中で育った執着心にさえ目を瞑れば。

「起こしちゃって、ごめんね。大丈夫だよ。仲間がもう一人見つかったからほっとしちゃったんだ」

 起き上がって、ルゥの視線を合わせてにっこり笑うちまを見て、ルゥは目を細めた。

 ちまが何か反応を起こす前に、いつもの夜と同じようにその身を両腕の中に囲い込んだ。

 足の間に引っ張り込み毛布で包み込むと、ルゥは少しほっとした。

「えっと、ルゥ?」

 後ろから抱え込まれるその姿勢はここ数日の寝る体勢と同じだった。

 頭上に顎を乗せられた気配を感じた。

「良かったな。早く合流出来るといいんだが……」

 タク一人合流しただけでこの体勢を拒まれただけに、更にもう一人加わる事はルゥにとっては面白くない。

 それでも召喚された仲間全員と合流して元の世界に戻りたいと言っていたちまの気持ちは痛い程よく解る。

 味方がいるかも判らない自分にとっては、異世界からの召喚者で敵にはならないと確信できるちまの存在は大きかった。

 何故か、確信が持てた。

 ちまは敵には絶対にならないと。

 例え、召喚した術士が自分の敵だとしても。

「ルゥ?」

 抱え込まれているのもあるが、頭のてっぺんに顎を置かれているのでちまは振り返れない。

 細い腕が上げられた。

 ルゥの頭をぽんぽんと叩いて、笑ったようだった。

 ルゥの位置からちまの表情は見えなかったが。

「大丈夫だよ。ルゥを一人にはしないからね」

 タクと合流して陽斗も見つけた今、ちまは一人じゃない。

 でも、ルゥは違ったと、ちまは気付いた。

 気付いてしまったからそこから視線を逸らす事は出来なかった。

 抱え込まれてるけど。

 本当は縋られてるのかもしれない。

 この世界に一人で降り立ってちまは、例えようもなく不安だった。

 自分の世界で親に獣化されて森を彷徨っていたルゥも孤独だった。

 そんな二人が出会い、惹かれ合ったのは当たり前の事だったのかもしれない。 

 陽斗と連絡が取れて舞い上がってしまった。

 ルゥの孤独は全く解消されていなかったのに。

 例え自分が共にあったとしても、たった数日共にいただけだった。

 力を合わせて森を抜けようとしていたけれど。

 ルゥの孤独を埋め合わせられるだけの事をちまは自分が出来ていたとは思えなかった。

 確かな事は魔導士を紹介する事だけだった。

 なのに、帰るまで、安全な場所を与えると言わせてしまった。

 自分の最大限の力をもって。

 今の彼がどれだけの権力を維持出来ているかも本人とて判っていないのに言わせてしまった。

 慎重に言葉を選んできた彼が、自分が不安で泣きそうになっていると勘違いさせてしまった。

 勘違いさせるつもりじゃなかった。

 この責任感の強い男が一度言った言葉を撤回するとは思えなかった。

 謝罪を口にしていいとも思えなかった。

 どう言ったら良いのだろう。

≪ちま、どこにいるの?≫

 怪我はないと言ってもどこか心配そうな、不安そうな声で聞いてくる。

 ルゥに気を取られていたが、陽斗との会話は終わっていなかった。

 あぁ、これじゃダメじゃん。どっちも心配させちゃう。

 上げてた腕が痛くなったきたので、腰に回っている腕をぽんぽん叩くと、締め付けが緩くなった。

 何やら自分が精神安定剤の抱き人形代わりにされてるような気がしないでもなかったけれど。

≪今日の昼間タクさんと合流できたよ。寝てるからPT会話は控えたんだ。今はね、グロリアス王国とエンドライス王国の国境の森の奥にいる。人がいる所まで行くのにまだ数日かかるみたい。はるは今どこにいるの?≫

≪僕は今、グロリアス王国の首都であるカルダンだよ。傭兵部隊に拾われてね今日到着したばかりだ。夕方に冒険者組合で身分証明にもなるらしいって話を聞いて登録をしてメダルもらってきた≫

≪そっか。じゃぁ、私たちはカルダンを目指して行けばいいね≫

≪うん。僕は適当に依頼をこなして待機してるよ……ねぇ、ちま≫

 下手に動くよりは良いと判断したらしい。

≪うん?≫

≪見つけてくれてありがとう。まだ合流も出来ず顔も見れてないけど。ちまの声聞いたらほっとした。根拠ない安心感に笑えるけどね≫

≪私もはるの声聞けて安心したよぉ。あのね、マップを縮小していったら点滅を見つけたの。そしたらはるだったんだ。もしかしたら……ラスとセイちゃんとにゃあにゃんも来てるかもしれない≫

≪わかった。僕も三人を探してみるよ≫

≪うん、よろしく。あと……はる、あのね……フラグが立ってしまったかもしれない≫

 何だかすごく言いにくい……。

 顔を見て話している訳でもないのに、言葉に詰まる。

 でも、ここ数日でどれくらいのフラグが立ったかわからない。

 思い起こせば、いろいろあり過ぎた。

≪何だろう? ちまはトラブルほいほいだからなぁ。怒らないから言ってごらんよ≫

 いつもちまが引き寄せたトラブルに巻き込まれている被害者の一人である陽斗は誰もいない宿屋の一人部屋で不敵な笑みを浮かべた。

 ついさっきまで、一人でどうしたらいいのか考え込んでいた。

 ゆっくり休めと言われて一人部屋を用意してくれたのに、全然眠れそうになかった。

 どうやったら元の世界に戻れるのか。

 そればかり考えていた。

 視界に入るゲームの画面と同じようなマップや基本情報欄にすら触れる気も起きなかった。

 どうしたら、ちまにまた会えるだろうか。

 いつだって彼女が救いだった。

 同じ世界にいないってだけで呼吸が苦しくなった。

 まだ合流してないのに。

 まだ触れ合えないけれど。

 その声を聞いただけなのに。

 それだけで自分が自分らしくいられる。

 一瞬で色褪せた世界に色が戻ってきた。

 ちまは、いつも僕に魔法をかけるんだ……。

 ちまは、誰にでも魔法をかける。

 それで自分が傷付いても。

 だから、僕達はいつだって守りたいって思うのに。

 少しは自重して欲しいんだよ。

 ねぇ、ちま。

 今回のお仕置きは何にしようか。

 陽斗の中ではすでにお仕置き確定なのだった。

 判ってしまったから。

 離れていた間に、すでにトラブルの渦の中にしっかり巻き込まれ、誰かの心の中にしっかり入りこんで魔法をかけてしまっているに違いない。

 その誰かは、恐らく、簡単に彼女を手放してくれないだろう事も察していた。

 タクと合流したのが今日の昼間。

 それまで彼女はどうしていたのか。

 どうして自分の居場所の地名を把握出来ているのか。

 簡単だ。

 この世界の誰かが一緒にいる。

 タクが誰かと先に一緒にいてちまと合流したのだとしても、その誰かの心にすでにちまが入り込んでいる事を陽斗は否定する気さえ起きなかった。

 タクは仲間を大事にするが、赤の他人の心の中に何の躊躇もなく入って行くタイプではない。

 何の打算もなく、するりと人の心の中に入り込む事の出来る者は少ない。

 ちまは自覚もなくそんな事をしてしまう。

 だから勘違いするバカもいる。

 そんなバカを排除するのが自分の役目だと陽斗は認識していた。

≪崖から落ちたとこを金色のライオンが助けてくれたのね。その時怪我しちゃったライオンを治そうと思ったら基本情報欄が見えたんだ。そしたら呪いで金獅子に獣化してて。万能薬があったからそれ飲ませたら人に戻ったんだ。基本情報欄の職業にはグロリアス王国国王と流れの傭兵って書いてあったんだよねぇ……でも本人は王太子だって言ってるの≫

≪……ねぇ、ちま≫

 ねぇ、ちま……これは陽斗の口癖である。

 その場にいたら……穏やかな笑みを浮かべて、腕を掴まれていただろう。

 逃亡を許さないように。

≪フラグって言うのはさ。へし折る為にあるものだよね。敢えて振り回すって手もあるけど。僕はへし折る派かなぁ。ねぇ、ちまはどう?≫

≪えぇっと……陽斗さん……何か声が怖いょ……≫

≪僕が聞いたこのグロリアス王国の今の状態、聞く?≫

≪聞く。けど、その前に……はる……王様がね、私の力はって言うかたぶん、私達の使うゲームのスキルの事なんだろうけど。人がいる所では使うなって言うの。使うなら私だと判らないようにして使えって。異質なんだって。使ったのはゲームでのいつもの通常支援。怪我してたから回復系も使った。それからお風呂入れなかったから気持ち悪くて……頭から着てる服も靴もまとめて洗浄、乾燥とかしちゃった。それから寒かったから服にも付与とかエンチャントとかいろいろやってしまった。着替えとかなかったからアイテム欄にあった装備付与して渡しちゃったしね……≫

 異質だから。そう言われると、何だかここに存在してはいけないように思えた。

≪自分の身を守る為に、安全策で力を隠す事も大事だって教えてくれた。この人の良い王様を私は……見放す事は出来ないと思う……≫

 何故か、とても傍にいないといけないように思えるのだ。

 縋るような腰に回る腕を振り解けなかった。

 仲間が来たからと彼を放り出す事がちまには出来そうになかった。

 同情する程彼の事を知らない。

 彼は弱い人ではない。どちらかと言えば強い人だと思う。

 たかが数日一緒に過ごした人と生まれてからほとんど一緒にいるような身内と比べるのもおかしい。

 けれど。

 ちま自身よくわからなくても、自分の中での彼の優先順位はかなり高くなっている事は確かだった。

≪フラグをへし折るのも別に構わないけど。でも……元の世界に戻る協力をしてくれるって言ってくれてたしね……≫

≪もう癖が出ちゃったの? 会ったばかりなんだよね? 絆されるの早過ぎだよ≫

 本当はすごく人付き合い苦手で臆病なくせに、構ってくれる人によってはすぐ懐くところがある。

 相手の下心にも気付かずに。

 陽斗は溜息をこぼす。

 まさか、一緒にいる誰かが国王だとはさすがに陽斗も思わなかった。

≪だって、はる、私達って召喚されたけど術失敗して皆ばらばらに変なとこに落とされちゃったらしいんだよ? 元の世界に戻るには細かい座標やら時間軸とか知ってる術者を探さないといけないんだよ? もし見つからなくても、時間はとても掛かるかもしれないけど、絶対に戻れるようにしてくれるって言ってくれたんだよ? 術に詳しい魔導士さんを紹介してくれるって言ってくれたの。ちゃんと元の世界に戻れるまで安全な所で保護するって言っちゃう人なんだよ。今自分がどんな立場にあるかも判らず、不安定な位置にいる事を把握していながらも、自分の最大限の力でそうするって言ってくれちゃうんだよ≫

 私はこの腕に守られるべき国民でもないのに……。

 そっとぽんぽんとあやされるように腕を叩かれ続けて、ちまの髪に顔を埋めていたルゥは、自分が小さな少女に縋っていた事に気付いた。

「すまない……ありがとう」

 落ち着くまで、こうしてくれていてくれた事が嬉しかった。

 腕を振り解かれ、拒否されていたら、酷い事をしてしまったかもしれない。

 何もしないでいられた自信がない。

 それだけ精神が不安定だった自覚がある。

 見掛けは小さな少女でも、そんな懐の深さは年上の女性なのかもしれないと気付いた。

 甘えてもいいだろうか。

「今夜もこうしてていいか?」

 変な夢も見ずに、安らかな眠りを一度でも知ってしまったから。

 それを望まずにはいられない。

「うん。いいよ。また冷えてきたしね」

 吐く息が白い。

「……ありがとう」

 ほっと小さく頷いてルゥはそのまま目を閉じた。

≪もぅ……ちまは……本当、目を離すと……あのさ。僕もそっち向かうよ≫

 あぁ。これはダメだ。タクさん一緒にいるから大丈夫かと思ったけど。何か、もう手遅れぽい感じがする。これは少しでも早く合流しないと……。

 そもそもタクとちまの関係を見れば……どう考えても走るちまの前を駆け抜けて邪魔なモノを払い飛ばすのがタクだった。

 何だって、一瞬でもタクさんいるから大丈夫とか思ったんだろう……僕ってば有り得ないわ……。

 陽斗はそっと溜息を吐いた。

≪え?≫

≪だから。こっちで色々やって待ってようと思ったけど。無理だよね? タクさんじゃちまのブレーキになりきれないし、下手すると加速しちゃうしな。さっさと合流して縄でぐるぐる巻きにでもしないと、本当、こっちの身が持たないよ≫

≪えっと……はる?≫

≪僕がここに来た時の状況とグロリアス国の内情、傭兵隊の隊長から聞いた話、教えてあげるよ。でもまぁ、もう遅いし、明日にしようか。タクさんも交えての方が説明の二度手間にならないしね≫

≪うん。最後に。はる、色々こじつけたけど……あのね……私ね、ここに来たのが自分だけじゃなければ、皆と合流して一緒に帰ろうって思ったのね。でもね、自分一人だろうと、皆がいようと、ここに来なきゃいけない理由がもしあったとしたら、どんなのか判らないけど。彼を玉座に戻るのを手伝ったら、帰る方法が見つかるのかなとか思ったんだ。もしそれがフラグなら乗ってやろうって思った。帰りたかったから……≫

≪うん。ねぇ、ちま。もし僕がちまの立場だったら、きっと同じように考えたと思うよ。だからさ、いいよ。ちまは好きなだけ走ればいいよ。好きにやればいいよ。露払いも背後のフォローも皆好き好んでやるからね≫

≪……ありがとう、はる≫

 いつだって勇気をくれる。

 背中をそっと押してくれた。

≪安心しただろ? ゆっくり寝なよ。明日も早いだろうし≫

≪うん。おやすみ、はる≫

≪おやすみ、ちま≫

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