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ファンタジーな世界だった!

                *


 創まりは一人だった。

 大地をぶつけ合って遊んだ。

 熱い水と冷たい水が生まれた。

 大地をぶつけ合って遊んでいると風が生まれた。

 弾け飛んだ大地の一部が燃える太陽になり、更に一部が大小二つの月になった。

 お手玉をするように順にそれらを空に上げた。

 明るい時間と暗い時間。

 温かい時間と寒い時間。

 交互にやってきた。

 いつしか生命が誕生した。

 白い羽を持ったそれが創まりの人の肩に乗った。

 創まりの人はその羽に息を吹き掛けた。

 すると羽が幾千幾万も舞った

 空に大地に冷たい水に熱い水に羽が舞い降りていった。

 創まりの人の影に降りた羽が黒く染まった。

 黒い羽をそっと掌に乗せた創まりの人は慈しみを込めて息を吹き掛けた。

 黒い羽のそれは白い羽のそれと対になるように創まりの人の肩に乗った。

 白い羽と黒い羽のそれは仲良く大地へ飛んで行った。

 創まりの人は去っていくものを見送り、心淋しくなった。

 創まりの人は自分と同じものを創ることにした。

 自分を似せて創ったのは三人の神。

 そのうち二人の神は沢山の子を生した。

 それが人の始まり。

 残った一人の神に創まりの人は自分の子を生させた。

 生まれた子は創まりの人の力を大きく受け継いでいた。

 大きすぎる力故に人の子等とは合い合わず、嘆き悲しんだ。

 創まりの人はその子と共に湖に浮かぶ孤島へ移り住んだ。

 彼等魔族の始まり。

 創まりの人が人の陸から去ると、そこかしこの闇から新たなモノが生まれ出た。

 歪んだモノからも生まれ出た。

 魔物の始まり。

 創まりの人は創生の神と崇められた。

 

                *


「神話だねぇ」

「神話だなぁ」

 ちまとタクはルゥの話を聞いて息を吐いた。

「細かい所はうろ覚えなんだが、まぁ、大体こんな話だ」

「十分な内容だと思うけど……魔族ってのは創生の神の子孫って事になるね」

「そうだ。我々人間は創生の神に作られた二人の神の子孫だが、魔族は創生の神の直系になる……魔獣は魔族が孤島に移り住む前に誕生したと言われている。魔族の中には孤島に移動しなかったモノもいたようで、その子孫がエルフやドワーフ等獣人だ。彼等は魔族の血は薄まって亜人に属される。彼等の多くは孤島の浮かぶ湖の周辺で暮らしている。我が国はその地とは接していないので、亜人はそれ程多くはない。決して少なくはないが……接している国に比べれば少ない」

 具のなくなった鍋に白米を茶碗三杯分程入れて火にかける。

 かき混ぜつつ、小魚や小エビを散らして、ちまは二人からお椀を回収する。

「エルフ! ドワーフ!?」

『ファンタジーきたぁっ!!』

 ちまは驚きと喜び混じりで手を叩いた。

『ちまはそう言う話好きだったもんなぁ』

『えへへ。タクさんにも映画とか付き合わせちゃってるからバレバレか。すごいワクワクしてきたよっ! 会ってみたいなぁ』

『そうだな』

「会ってみたいのか?」 

「うんっ!」

 元気の良い返事にルゥは苦笑する。

「首都に行くまでにも多少は見かけると思うぞ」

「楽しみ~。私達の世界は人型は人間しかいなかったからねぇ」

「そうなのか。いろんな世界があるんだな」

 魔物も亜人もいない世界を想像して、あまり現実味がないなとルゥは肩を竦めた。

「それはさておき……魔物ってのは、闇は歪みから常に生まれてるって事?」

 よそってお椀を渡しながら、首を傾げた。

「抽象的だよな」

「うん。闇ってどこにでもあるよねぇ。何か背後から出て来られそうで怖いよ」

「魔物と魔獣の区別もよくわからないかなぁ」

「ふむ……魔物は知恵が低い。魔獣は幅広い。ドラゴンの種類の中では長寿の古龍は神にも匹敵する知識と知能を持つと言われる。魔獣も一括りにされやすいが、ドラゴン含み、神獣、幻獣、霊獣と分ければ切りがない」

「えぇっ!? 龍や神獣や幻獣やら霊獣も魔獣になっちゃうの!?」

『エルフやドワーフがいるからもしやと思ったけど龍もいるんだねぇ。神獣とか幻獣とか霊獣までとか……すごいなぁ。いいなぁ。会いたいなぁ』

『あぁ。落ち着いたら会いに行くのもいいかもだな』

『うんうん。絶対行こうね!!』

 ルゥと会話しつつ、タクと二人でPT会話をする。

 ミーハーは言葉をあまりルゥに聞かせて気分を害されるのも本意ではないので敢えて聞かさないようにしていた。

 向こうの常識とこちらの常識はあまりにも異なる。

「誕生は創まりの人が陸にいる時に創ったとされているんだが……俺も細かい内容まで覚えてないんだが、話し相手や、子供の子守などさせる為に創ったとかだった気がする」

「……何か、ちょっと神聖さから離れていくね」

「あぁ。だから創世記でも最初の方で大分ぼやかされていたな。神獣などの話は第5章くらいからでないと登場しなかったはずだ」

「その創世記って何章まであるの……」

「長いぞ。15章まであったはずだ」

「……んじゃぁ、魔王ってのは孤島に移り住んだ魔族の王の事?」

 これ以上創世記について突っ込んでもあまり覚えていなそうなルゥから聞いても詳細は掴めそうになかったので話を変えてみた。

「あぁ。三年に一度各国の王と魔王との会合が行われている。俺も前回一度お会いしたが、とても穏やかな方だった」

「へぇ。魔王って言えば、こう……暗雲背負った威圧的な雰囲気だけど……」

 冷めてきたチゲ粥をすするタク。

「そう言えば、この森には亜人とかっていないの?」

 こんなに大きな森ならば、知識のある亜人達なら暮らしていそうな気がした。

 人には住めなくても、太古の昔に魔族の血を引き継いでいる彼等ならば、魔物の住む地にも居住していてもおかしくはないと思った。

「あぁ……ここはちょっと特殊でな。世界の歪みの谷と言うものがこの地にあるらしい。それも創世記のどっかの章に記されていた。ここは完全に獣や魔物の地だ。例え追われた者であろうとも、この森にだけは踏み入らないだろう」

「ルゥはいたね?」

 ちまの何気ない言葉にルゥは苦笑してしまう。

「俺は、獣化していたからな……まぁ、首都に着いたら詳しい者を紹介する。今夜はこの辺にしてそろそろ寝る支度した方がいいだろう」

 歯を磨いてくると言って食器も持って川岸へ向かうちまを横目にしてからタクはルゥを見る。

「あいつが聞かないから聞きたいんだが……」

「何だ?」

 タクは大きく息を吐いて、ちまから渡された飲み水代わりの聖水をゴクゴクと飲む。

「あのさ、召喚者ってのは珍しくないらしいけど。この世界で召喚者の立場ってどうなんだ? この国ではどうなんだ? ちゃんと戻してもらえるのか?」

「召喚者を呼ぶのは大抵小国だ。魔物退治が主な依頼で、勇者として立場は確立されているようだ。召喚した者なら細かい時間と位置を把握しているから戻す事は可能だ。我が国に関しては……召喚する事は可能だが、記録には残っていない。この世界で召喚の儀を行うのは魔物に対する力を持たない国が救いを他の世界に求めての事だ。これは以前ちまにも話してある」

「ちまは知っていたか……戻す事は可能? 実際帰った者はいるのか?」

「……済まない。我が国では召喚の儀式を行った記録がないからその辺りは分からないとしか言えない。他国の勇者達のその後を、首都に戻ったら調べよう」

「あぁ。頼む……それから、召喚だけど……なんで、他の国に頼らないんだ? 他の世界に頼るより隣の大国に頼んだ方が早いだろう?」

「確かにな……実際、君達は儀式の失敗でこんな森に呼び出されてしまった訳だしな……国同士の問題なんだろうが……小国の矜持が許さないのだろうな。勇者次第ではこの世界に残る者もいるからその力の維持も誘惑的なのかもしれん」

「それって、魔物に対する組織がないのか? 何だっけ、えっと、冒険者組合? それって魔物退治とかしてるんじゃないのか?」

「冒険者達は魔物退治もしているが、神代の遺跡調査もやっている。どっちも危険が大きいが……小国が魔物退治依頼を冒険者組合にしても、依頼料が低くく、冒険者達も危険を冒す割りが合わないと手を付けない事が多いのだ。それでも、災いが小国だろうと国を亡ぼす程のモノには冒険者組合から大国に依頼が来る事になっている」

「なぁ、もしかして冒険者ってのはランクがあって高ランクの冒険者は大国に雇われたりするのか?」

「ランク? 階級の事だろうか?」

「そそ」

 察しの良い王様だなとタクは頷く。

「人里に下りて町に行ったら冒険者組合で狩りの獲物を引き取ってもらう予定でいるから、その時に二人には組合に入ってもらう予定だ。登録するともらうメダルが身分証明書代わりになるので、登録はしてもらいたい。その時に詳細を知らされるだろうから、今は簡単に言っておく。登録した時は、冒険者見習いになる。そこから依頼を熟して行く事で階級が上がっていく。見習いは階級で言うと8級になる。7級になると冒険者初級。4~5級は中級者。3級になると上級者扱いになる。召喚勇者達も皆この冒険者組合に属している。現在、この世界に第1級冒険者は8人いる。2級は30人いるかどうかだったはずだ。ただ、ちまには言ったが……恐らく君も同じだと思うから言っておく。君達の力は異質だ。召喚勇者達がどんな力を持っているか俺は知らないから比べようもないんだが、この世界じゃ異質だ。下手に力を誇示しない方がいい。例え組合に登録する時でもだ。君達を召喚した者が不明なのも問題だしな……誰がどう動くか、さっぱりわからない。それが不安だ。俺が守れる範囲なら良いのだが……」

「わかった。やる時はわからないようにやるから心配するな。心配してくれてありがとな」

 ちまと同じような事を言われて、ルゥは目を見開く。

「ん? ちまもそう言ってたか?」

「……あぁ……」

 思わず、タクは笑ってしまった。

「成程な。まぁ、あんたには迷惑掛けないようにするさ」

「迷惑なんて……」

 はっとして川岸にいる少女に視線を向ける。

 あの時も、ちまも同じように、自分に迷惑が掛からないように、そう言ってたのか?

 タクの向こうでちまは川岸にしゃがんでまだ洗物をしているようだった。

 視線をそのままちまに向けたまま、話を戻す。

「上級冒険者だが、恐らくどの国も有能な者を引き抜く事はあるかもしれないな。我が国に関しては優先的に依頼契約を受けて貰えるように国からそれなりの待遇を与えている。元々冒険者は癖の強い者が多い故に国の組織に組み込む事は難しいと俺は思っている。我が国には魔物討伐専門の部隊がいるから余計そう思うのかもしれない。それだけでなく、軍部が通常業務として魔物退治を行ってもいる……」

「成程ね。なぁ、俺達って向こうじゃ一般市民なんだ。剣も持った事もなく、魔法もない世界の奴が、そんな専門的に退治しているような連中同様に魔物退治が出来ると思うのか? まぁ、召喚者ってのが皆俺達と同じ世界の者とは限らないだろうけど」

「あぁ。いろんな世界から召喚しているらしい……」

「俺が言いたいのはさ。今日のは上手く倒せたけど、次は分からないって事。あんま期待すんなよ。ゲームの続きとしてなら何とかなるかもしれないけど。でもな、俺達は獲物を捌くなんてした事ないからな? 実際、あいつだってナイフを持って獲物退治は勿論、刃物持って生活なんかした事ないって事を承知しておいてくれ。調理以外で刃物なんか持たないんだぜ?」

 言われてルゥは納得した。

 自分にとってちまは守らねばならない者だが、きっと彼にとっても同じように守るべき存在なのだろう。

 獲物の解体に躊躇を見せながらも、必死にやっていたの事を思い出す。

 出会って翌朝ウサギが罠に掛かっていたのを見せた時、固まっていた事もあった。

 本人は何でもない事のように振る舞っていたが……。

「ちまが、あんまり細かく聞かないのは、どっかであんたを無条件で信頼しているからだ。でもなきゃ、こんな状況不安でしょうがないはずだからな。あんたさ、覚悟しておけよ? あいつの信頼裏切ったら……どうなるか、俺でも自信ないからな」

 ルゥには脅されているように感じた。

「言われるまでもない。彼女も、君も首都に連れて行き、召喚の儀に詳しい知り合いに紹介する。君達に関わった俺の義務だ。彼女には呪いを解いてもらったと言う恩もある。召喚者が不明なままでは確実に時間は掛かるが、元の世界へ帰そう。それまで、俺が責任を持って君達を保護したいと思う。今の俺にどこまでそれが可能か判らないが……」

「うん。よろしく頼むよ」

 タクはやっと笑みを浮かべた。

「まぁ、保護して欲しいわけじゃないんだけどな。あんたと信頼関係を築けたらいいなと思ってる」

 尖った雰囲気を醸し出す、自分達が楽しんでいたゲームのイベントの一つである某司令官の表情がふと和らいだ。

「それは、こちらも同じ所存だ」

 軽く頷いて、タクは後ろを振り返った。

「ちまぁ、それ終わったら解体付き合ってくれ~」

「ぁいお~。終わったよ」

 歯磨きも済ませて食器も片付けて、身軽に戻ってくる。

 ルゥも二人に付き合って立ち上がる。

 解体を任せっぱなしになっていると言っても、完全に関わらないわけではない。

「私さ、ちょっと気付いたんだけど」

 ちまはミノタウロスの前に来て、ふと首を傾げた。

「解体自体はイメージで何とでも出来るんだよね。ほら、スーパーのお肉コーナーにある部位表な感じ」

「あぁ。そう言えばあったなぁ。色分けとかされて」

 言われて思い出すのはよく買い物していた店の食肉コーナーの壁に貼られたポスターだった。

 小さくタクは頷いた。

「最初は細かく区切ったんだよね。血は製薬にも使用可能だったから全身の血を別にして。眼とか牙とか爪とか耳とか冒険者組合の討伐証明になる部位とか別にした方がいいかなとかね。どれが必要かわからないから、細かく分けておいて、言われた時に出せたらいいなぁって思ってたの。物によっては組合に売るってルゥが言ってたしね」

 ルゥはそれを聞いて目を見張った。

 まさかそこまで詳細に考えていたとは思っていなかったのだ。

「それがね。こう……何度も同じように解体していくとね……そこまで細かく意識しなくても出来ちゃうようになったんだよね」

「つまり?」

「熟練度みたいなのがあるのかなぁって思ったんだ。今朝私は複数の獲物を一気に片付けられたよ。これって、何度も解体したからだよねぇ」

「あぁ。成程。やればやる程の効果はあるって事だな」

 何となくタクはちまが言いたい事が解った。

 見上げてくる視線を合わせて、にかっと笑う。

 ピンク色の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜるように両手で撫でまわす。

「ちょっ! 絡まるからやめてよっ!」

「まぁ、ほら。お前の熟練度は取り合えずそこでいいだろ。後は俺の熟練度上げさせろ~」

「ぁいさ。後は任せたぁ~。私は他の錬度上げするよ。薬草取りとか~見つけ方とか~いろいろあるもんねぇ」

 これからの事を考えたら、森の中で見つけられる薬草の類は貴重であるだろう。

 街まで行けば、このように森が近くにあるとは限らない。

 なれば今のうちに出来る限りの事はしておくべきだった。

 絶対安全で安心な異空間の部屋と同時に、薬草畑も必要だなぁ。コピーで増やせば良いって言いきれるものとも限らないし。

 森の中でも貴重なモノならコピーのが良いのかなぁ。効果が変わらないなら、森を傷付けずに済むならコピーは良いのかもしれないけど。

 遺伝子組み換え食物とかと同じような分野になるのかもしれないなぁ。

 タクがルゥと部位の相談をしながら解体していくのを見ながら、ちまは深く物思いに沈んでいった。

 額にひんやりした感触で我に返ったちまは、大好きな某司令官が自分を覗き込んでいる事に気付いた。

「大丈夫か? 暫く川に入っていたから具合が悪くなったんじゃないか?」

「えっと、解体終わったんだ? 大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」

「初めてなのに、この素晴らしき手捌き。俺って解体の才能あったかもだぞ!!」

 胸を張って褒めて褒めて~と態度で示すタクに軽く頷く。

「はぃはぃ。流石タクさんだ。何やっても器用にこなす。やらないと出来ない私とは違うって何か釈然としないけど。まぁ、お疲れ様っ! ルゥもありがとうね」

「はっはっはっ! やれば出来る子なちまとは一味違うんだぜ~」

 やれば出来るかもしれないけど、やるまでが大変なのです。

 なかなかやる気にならない怠け者だから……。

 ふむ。やっぱ、コピー、複製は自分が使用する物に限って良しとしよう。

 売り物とかにはしないって事で。

 所詮自己満足なんだろうけど。

 考えて、考え込んでもそこまでが自分の限界らしい。

 アイテム欄の消耗品を見つめる。

 すでに増やした分は数字として加算され、区別がつかない。

「ま、寝るかねぇ……」

 ミノタウロスの体はすでに解体され、タクのアイテム欄に収納されたらしい。

 しかし、地面に血だまりが残っていた。

 地面を見つめて、土や砂利と血を分離させて純粋な血だけを空き瓶に収めて、ちまは焚火へと戻る。

「ちま?」

「うん……何か急に眠くなってきたよ……今日はいっぱい動いたからかなぁ……」

 大きな石を背にしてもたれかかって座り込むと、もう目を開けているのも辛くなってきた。

「お前、マジで体も子供になったんじゃないのか?」

 心配そうにタクは目を細める。

 一日遊びまくった子供が、一気に寝落ちるような状態に似ている。

 今までの生活だったら、狩りや話で朝方まで起きてるなんて常だった。

 しかし、太陽が昇ると同時に起き出すようなここ数日では、リアルの体力であってもこれくらいが限度であろう。

 それならば、体力的にはそれ程の変わりはないだろうが。

 宵っ張りな生活を続けていただけに、タクから見たらちまは体力がなくなったとしか見えなかった。

 タク自身が異世界初めての夜を迎えるとあっては、それもしょうがないだろう。

「取り敢えず、歯磨きしてくるわ」

 先程ちまから譲ってもらった歯磨き液を持って川岸へ向かうタクを見送って、ルゥはちまの隣に座る。

「大丈夫か?」

「……うん」

 落ちそうな瞼を上げて、隣の男を見上げる。

 石に背を預けていたが、男の腕にもたれかかる。

 本当は肩のはずなのに、届かない自分の小ささに苦笑してちまは瞼を落とした。

「おやすみなさぃ」

「あぁ。おやすみ」

 本人にも気付かれないくらいそっと、ふんわりピンクの髪の中からつむじを見つけるとキスを落とす。

 流石に、仲間と合流したのに、ここで出会ったばかりの男の腕の中に納まる事に抵抗を感じたようだった。

 ルゥとしては誰がいても関係ないのだが、取り敢えずはちまの気持ちを尊重しようと様子を見る事にした。

「あれ、ちまのやつもう熟睡なのか。早いな」

「タクは疲れてないのか?」

 戻ってきたタクはルゥの隣ですでに意識がない状態の少女を見下ろして苦笑した。

「確かに走ってかなり疲れてるはずだと思うんだけど。それ程の疲労感はないんだよな。向こうだったらとっくにぐったりしてそうだけど。あれか? 騎士って職業の恩恵かね?」

 全身鎧で全力で走り回っていたのだから絶対に鎧に当たって体中が痛いだろう現実的なものさえなかった。

 実際問題、騎士がこれくらいでへたばっていたら戦にもならないだろう。

「見張りは俺がやるから、タクは寝るといい。この世界に来て初めての夜なのだろう?」

「あぁ……まぁ、そうなんだけど……」

「明日は交代してもらうから。今日は寝ておけ」

「ふむ……悪いな……起きれたら早めに起きるよ」

 二人とは焚火を間にして反対側にごろっと横になると火を背中にして丸まって暫くすると寝息が聞こえてきた。

 ずっと追いかけっこしていたのである。

 疲れていて当然だった。

 そっと笑うとルゥは静かに目を閉じた。

 視界を閉じた結果感覚が更に研ぎ澄まされる。

 走りまわったのはタクだけではない。

 ちまは勿論の事、ルゥとて同じである。

 気配に敏いのはこの森に暫くいたからかもしれない。

 深夜近くだろうか。

 ちまは、ふと呼ばれたような気がして目が覚めた。

 ルゥの膝を枕にしていた事に気付いて身を起こした途端に頭が引っ張られた。

「ちま?」

 一房の髪がルゥの手にあった。

「ご、ごめんね。膝枕しちゃってた」

 ルゥは左右に首を振って、ちまの頭に手をやると、自分の膝に寝かしつけた。

「まだ朝は遠いぞ。寝ておけ」

 小さく呟いて、自分はまた眼を閉じてちまの頭をそっと撫で続ける。

 えっと……このまま寝れと……? 撫で続けられたまま? いや、無理でしょ……。

 それでも動けずに、ちまはしょうがなく基本情報欄からパーティ欄を開いた。

 インしている名前は自分とタクだけ。

 ちまとタクの名前の後ろにはエルヴィンの森とあった。

 他の数人は名前はあれど後ろに現在地がない。

 ゲームではインしていない状態って事で、つまりはこの世界には来ていない意味になるはずである。

 名前を見て、ふと違和感を感じた。

 何だろう?

 名前をじっと見つめて、思わずあっと声が出そうになった。

 慌てて口を押えた。

 寝付いたらしいルゥとタクを起こしてしまうところだった。

 これだ……絶対これがおかしい!

 ちまは名前を見つめる。

 あの時、確かにアサで行くって言ってたのに……あの時ちゃんと名前も確認してPTに拉致したもの。なのに、はるの名前が違う。これは製造職のはず……。何で? おかしいよね? はるもここに来てるって事? でもタクさんのような表示がない。地名がないって事はいないって事なんだよね?

 右上のマップに視線を移す。

 最初は地名は全然入ってなかった。

 範囲もかなり狭かったように思える。

 この範囲ってもっと広げられるかな? ネットのマップのように拡大と縮小するような感覚で……見る範囲を広げるなら縮小して……この国全体が見渡せるくらいに。国だけじゃない、大陸くらいまでいけないかな?

 縮小と重ねていくと光る点が見えた。

 誰かいる!?

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