タクとミノタウロス
抱っこしたウサギをルゥに手渡す。
未だに自分で息の根を止める事が出来ない。
それでも解体は、今日でやっと両手の指の数程になるだろうか。
ちまには、ルゥがかなりの腕利き猟師のように思える。
何で熊が二匹もいるんだろう……しかも同じくらいの大きさ。
実はこれ番なんじゃ?
だとしたら、子熊が近くにいたりする?
辺りをきょろきょろ見渡すがそれぽい動きのモノは見えない。
「どうした?」
あっさりと腕の中でウサギを仕留めて、ちまの様子に問う。
「うん……この熊、番なのかなって思って。そしたら子熊がいるのかなぁって思ったんだけど」
「両方雄ぽいぞ」
「そっか……まぁ、早く解体しちゃうか……」
手慣れたように空き瓶を取り出して各個体の傷跡に押し込む。
最初はかなりイメージを固めて一匹ずつ各部位を解体していたが、慣れたからだろうか、目の前の獲物複数まとめて解体出来るようになってきていた。
これって……やっぱ解体レベルが上がったって事なのかなぁ……あんま嬉しくないけど……。
全て5分もかけずに片付ける。
ふと足元にあった枯れ枝をアイテム欄に放り込む。
焚火用にその時集めるよりは移動しつつ見つけたら入れた方が手間が掛からないと気付いたのは昨日の夜焚火をしようとした時だった。
二人が再び歩き出してそろそろ昼食にしようかとちまが言おうとした時、不意にルゥが立ち止った。
「何か、いるな……」
その辺りは、ちまの首辺りまでの草が生い茂っていた。
ルゥが草をかき分けながら先導する。
視界が開けた所で止まって、ちらっと視線だけ向けてくる。
「何?」
小さな声でルゥの体越しに前を見る。
そこには大きな熊がいた。
白黒の。
「パンダ!?」
つい近付こうと前に出掛けて、ルゥに背後から羽交い絞めにされた。
「近付くなっ!」
抱えながら三歩ゆっくり下がる。
「あれは魔物のパグマだ。こちらから近付かなければ何もしてこないが……間合いに入ったら凶暴化する。獲物認定されたらそれを口に入れるまで止まらないと言われる程だ」
こちらをのっそりと振り返ったそれは、ちまにはパンダにしか見えなかった。
た、確かに、あの垂れた黒ぶちが温厚そうに見えるパンダだけど、目は怖いし牙も鋭かったもんね……上野で見たパンダもさっ!! 可愛いのは仕草だけだと思ったのは私だけかな? それを考えたら、パグマだっけ? 頭一文字が同じだけに、親戚なの?って感じだけど。凶暴説に頷けるって思っちゃったよ。
「離れよう」
ちまの手を引くと暫くまた暫く草との格闘が続いた。
「ここを抜けたら昼飯にしよう」
「うん。ねぇ、ルゥ、もう手を放しても大丈夫だよ。飛び出したりしないから……両手使った方が楽だと思うよ?」
「足場が悪いから大人しく繋がれておけ」
「子供扱いしないでって言ってるじゃない」
溜息を吐いて立ち止ると、体ごと振り返り、ちまを見下ろす。
「これは、淑女扱いだ。文句あるのか?」
「文句って言うか、いや、淑女扱いとかもしなくていいんだけど?」
ルゥは言うだけ言うと再び歩き出す。
引っ張られてちまも足を出すしかない。
「まぁ、いっか……」
撤回するつもりのなさそうな背中を見つけて、小さく呟く。
それを聞いてルゥはこっそり小さく笑った。
右手をルゥに繋がれ、左手で拾える枯れ枝に手を伸ばしながら、小一時間程歩くと小さな崖に出くわし、やっと背の高い草から解放された。
崖から降りる前に食事にする事にした。
律儀にシートを敷いて、本日の食事を選出する。
「やっぱちょっと寒いから温かいのがいいよねぇ。焼き竜の野菜蒸とおにぎりとピリ辛生姜ソーセージスープにしよう。温まりそう~。夜は鍋にしちゃおうかなぁ~」
ルゥの前には多めにおにぎりを置く。
「おにぎりの具はいろいろあるから、何が入ってるかお楽しみだよ~」
「ほぅ……うっ」
横を向いてぎゅっと目を閉じて何かに耐え、飲み込むと目を潤ませてちまをみた。
「これは、なんだ……」
「あぁ。梅干しだねぇ。おにぎりの定番だよ。梅干し入りのおにぎりは痛みにくいからねぇ。酸っぱかった?」
くすくす笑うとこれはちょっと……と肩を竦めた。
「苦手だったかな? じゃぁその残り頂戴。私が食べるよ。他の食べるといいよ。また梅干しに当たらないといいけどね」
持っていた食べかけのおにぎりをもらって、新しいおにぎりを持たせる。
「これは、何か出てるぞ?」
「それは天むすだよ~。エビのてんぷらが具材なの」
それは特に問題なかったようでぺろっと完食した。
「これは?」
「それは牛肉巻きおにぎり」
定番のおかかや鮭、ツナマヨなど上手く梅干しを避けて食べ続ける。
「ふむ。梅干しってやつ以外は美味しかった」
「でもルゥ、梅干しって体に良いんだよ。あれは体の疲れも取ってくれるからね。一口でも食べると違うかもだから。嫌わずに次出てもちょっとは食べてね」
「あぁ……そうだな。折角作ってくれた物を残して悪かった」
作ったのはかなり前だけどね……と思いつつ、今度機会があればちゃんとした手料理を食べさせたいと思うちまだった。
「まぁ、どうしてもダメな物無理やり食べることはないけどね。美味しく食べるのが一番だもんね。あれ?」
ルゥの座ってる辺りに視線がいく。
「何だ?」
這いつくばって近付くと、まずは匂いを嗅ぐ。
「これって、薬草かも」
根から取れるようにそっと引き抜く。
視線を上げると、目を見開いた。
「すごいっ! いっぱいだ!!」
「わかった。ちょっと待て」
立ち上がりかけたちまを制する。
「まずは食べてからにしろ」
「そうだった。ごめんなさい。つい夢中になりかけちゃった」
「お前はどうも一つの事に目が行くと他が見えなくなるな」
「あぁ、うん……ごめん」
しゅんと落ち込んだちまの頭をくしゃりと撫でる。
「出来れば、走り出す前に一回立ち止ってくれ」
「はぁい。ルゥってば本当保護者みたいね」
「子供扱いされたくなければ、俺に保護者面させないようにしてくれ」
悪戯ぽく笑う。
「いやぁ、ルゥが年齢の割に落ち着いてるから……」
「じゃぁお前はもう少し落ち着け」
「そこはもう性格だからしょうがないんだよ!!」
「……今度立ち止れなかったらお仕置きだな」
きょとんとしてルゥを見ると、小さく力なく笑う。
「まるで、はるみたい」
「はる?」
「はとこなの。私が何かするといっつもお仕置きするぞって言うんだよ」
いつも一緒だった。
ゲームも一緒に遊んでた。
ここに来る直前まで。
はる、元気にしてるかな……。
手が止まってしまったちまに早く食べろと促す。
「薬草が待ってるんだろ? 手伝ってやるから」
「あ、うん……」
考えてもしょうがない。ここに今いないんだから……。
しっかり食べ終わるといつものように手を合わせる。
「ご馳走様でした。洗物は次の水場でまとめて洗うからそのままでいいよ」
食器をシートで包んでしまうと、ルゥの隣に座る。
「これが傷に効くの。こっちが根っこが風邪の咳に効いて葉っぱは消毒になるよ。あそこにあるのが所謂魔力回復剤になる草。出来るだけ根っこから取ってくれるかな?」
「わかった」
小さな籠を渡すと自分は少し奥に行って手早く引き抜いて行く。
ちょっとしたコツがあるようで、根っこが切れてしまう事も多々ありつつも籠がいっぱいになるまで、ルゥは声を掛けなかった。
はとこの名前を口にした瞬間、酷く落ち込んだ様子を見てしまって、少しでも浮上してもらいたかった。
帰りたい理由の一つがそのはとこなのかもしれない。
機嫌よさそうに採取している。
さっきの事など忘れてしまったかのように。
しかし、永遠に忘れていられる事ではない。
「よぉ~しっ! これだけあったら、首都に行ったら製薬してお金稼いで暫く街暮らしが出来るぞっ! あぁぁっ!!」
お金はすでにいっぱいだったじゃん……高級ホテルに連泊出来るくらいのお金持ってたよ……。
「どうした?」
「まぁ、薬草はいっぱいあっても無駄にはならないもんねっ!」
お金がいっぱいあるとは言っていいのか判らず、取り敢えずあまり持ってないって事にしておこうと決めた。
昔から金銭で揉めると大変って言うもんね。
何しろ自分で稼いだお金ではなさそうな金額なだけに……。
お金の単位もわからないし。
もしかしたら桁だけ多いけど実際使えるのは大きな数字だけとも限らないわけで。うん……節約しよう。
「大丈夫か?」
覗き込まれて、さっきからルゥの言葉が聞こえていなかった事に気付いた。
「あ、うん。ごめんね。大丈夫。わぁっ! そんなに取ってくれたの? ありがとう。大変だったでしょう」
「ちまの方が大量のようだけどな」
「慣れてるしねぇ」
ゲームではマウスをクリックし続けてただけだったけど。
ルゥから籠ごと受け取って自分のと一緒にアイテム欄に入れると、そこから別の物を取り出した。
「頑張ってくれたお礼に、クッキーをあげるね。チョコとマーブルだよ~」
一緒に温かいコーヒーを差し出す。
「食後の軽い運動の後のティータイムだね。飲んだら今晩の野営地探そうか」
「そうだな。水場が近くにあるといいんだがな。この真っ黒い液体はなんだ?」
「コーヒーだよ。まずは何も入れずに飲んでみるといいよ。後は好みで砂糖や牛乳を入れるの。私のは牛乳入れたやつ」
「……いい香りだな」
「牛乳だけ入れてるけど。こっちの一口飲んでみる?」
自分の牛乳をちょっと多めに入れたカップを渡す。
「なるほど。苦味が和らぐな」
「飲みやすいようにすると良いんだ」
「焼き菓子が甘いから砂糖はいらないかな。しかし、これは合うな」
「気に入ってくれたなら良かった」
「あぁ。何も入れないとすっきりしてていいな。紅茶より好みかもしれん」
「そうなんだ? じゃぁ朝食後は出してあげるね。これ興奮作用効果が高いから夜飲むと眠れなくなる人もいるから注意なんだよ」
「そうなのか」
「そっか。首都に行ったら、自分の世界に帰るまで製薬しつつ喫茶店とかやって働こうかなぁ。コーヒーを知らないならきっと流行るよね!?」
「あぁ。流行ると思うぞ」
ゆっくりお茶を飲んで、出掛ける準備をして立ち上がったちまは、ふと右上に見える地図に点滅している発光に気付いた。
「あれ……これって……」
「どうした?」
「誰かいるみたい。しかもすごい早く動いてる。ルゥ、一応変装しておいて」
この発光は見た事ある気がするんだ。
PT欄を開けると、何と仲間の一人の名前の後ろに自分と同じ現在地である森の名前が出ていた。
PT会話ってどうやるんだろう?
シフトキーもコントロールキーもない。キーボードがないのにどうやって……。
何だっていいや! PT会話だよっ!
PT欄を指で弾いて視界から消す。
心で語り掛けるように、声に出さずに呼び掛ける。
『タクさん!? もしかして、タクさんも同じ森にいる!?』
すると、口には出さないのに、自分の声が響いた。
その場で二回程跳ね、うろうろと数歩歩いてみる。
これで相手の地図にも自分と同じように点滅する発光が現れると思った。
『タクさん、タクさんっ! ちまだよ!!』
返事はない。
だが、点滅しているそれはこっちに近付いてきている。
こちらには気付いてるはずだった。
どっちから!? きょろきょろ地図と見比べて、どうやら崖下らしかった。
誰かの叫び声が聞こえた。
「なんだ?」
ルゥも気付いたのか、変装ペンダントを身に着け、ちまの前に立つ。
「……いいいぃいまああああああああああっ!!」
段々大きくはっきり聞こえてくる。
「ちまって言ってる? 知り合いか?」
「どうやら、同じ世界の仲間だよ。タクさぁんっ! ここだよ!!」
小さな人らしきモノが見え始めて大きな声をあげる。
「ちいまあああああああああああああああああっ! にげろぉおおおおっ!」
顔の判別が出来そうな位置まで着た頃、必死の声が聞こえる。
「逃げろ?」
ルゥが同じ言葉を口にした時、走っていた彼の少し後ろの木が横に倒れた。
まるで、根本から倒されたように。
「え?」
「魔物か!?」
「速度増加っ!」
彼に魔法をかけようとしたが、かからない。
「まだ距離があるんだろう」
速度増加、祝福、物理攻撃防御バリア! ルゥの剣にも祝福だ!
自分とルゥに支援魔法をかけ、必死に走っている彼にも魔法をかけ続ける。
どの距離で成功するかわからなかったから、なるべく早くと思ったのだ。
そして、彼にやっと支援魔法がかかった時、彼が何から必死に逃げていたのかがわかった。
「何、あの牛もどきは!!」
二本足で立派な二つの角を持った牛が、手を付いたその木を押し倒してたいた。
「力持ちねぇ……って、タクさん、そのオレンジ頭は何っ!?」
「な、何だってぇっ!? 自分じゃわかんねぇよっ! てかお前なんかピンクじゃねぇかっ!! その前に、おま、俺らの年齢でそのコスプレはヤバかろうが!!」
風でマントが翻って中の服が見えたらしい。
「気安く見るなっ! お金取るぞっ!!」
全身鎧を纏って青いマントをなびかせながら、全速力でこっちに向かってくるタクに喚き返しつつ、出来る限りの支援を掛ける。
「ルゥ、あれ倒せる?」
「厳しいな」
「じゃぁ、引こう。全力で逃げよう」
「それも厳しいと思うが……時間を稼いで立て直そう」
タクを同じ方向へ二人も駆け出す。
10分も走ると当然持久力のないちまが遅れ始めた。
追い付いてきたタクがちまの手を掴んで引っ張る。
荒い息を吐きつつ、切れないように支援を掛け続ける事数回で、乗用車を三台ほど並べたくらいの幅の川に出た。
躊躇している暇はない。
三人は水の中へ踏み出す。
大きな石がごろごろしている中、ヒールの高いブーツを履いてるちまは、やはり分が悪かった。
走り続けてきたこともあり、足が縺れ、前のめりに水面に落ちそうになった。
覚悟を決めて、目を瞑った時、体がふわっと持ち上がった。
「掴まれっ 止まるな!!」
両腕でちまを抱き上げて、速度を落とさず、ルゥはタクを見る。
ルゥの首に両腕を回して、体を持ち上げて肩から背後を覗いてぎょっとして固まった。
支援のお蔭で引き離したそれは、最初に見た時よりも赤くなっているように見えた。
三人はいつの間にか大きな岩が重なり合っているような場所についた。
そこでふと、思い出す。
ちまは自分が着ていたマントをタクに投げ渡す。
「タクさんっ! マントにステルス機能つけたから! 岩の間に入って、マントで身を隠して!! ルゥも! そのマントで身を隠しつつそこの岩の隙間に入って!」
ルゥはちまを抱えたまま岩と地面の隙間に入る。
その岩と隣の岩の間にタクが身を隠す。
そうだ、痕跡消さないとだ。
目の前の地面についた足跡を隠すようにアイテム欄から拾い続けていた枯れ枝を放り出す。
あとは匂い? 何で……あ……採取してきた獣の血で誤魔化せる?
三本出すと力いっぱい離れた地面に叩きつけた。
もわっと生臭い臭いが立ち込める。
「何だ、この臭いは……」
「ウサギと熊の血だよ。これで私たちの匂いを消せないかなと思って……」
咄嗟だったがなかなかいい判断だったかもしれない。
「そうだな。いい判断だ。後は暫くこのままじっとしていれば何とかなるといいんだが……」
ステルス機能について細かく話をしていないが、実際使って、ルゥはまた妙な物を……と思った。
外からの確認は隣のタクの様子でわかった。
内側からは、何と外の様子が透けて見えるのである。
声だけは出してはまずいので、三人は静かに待った。
『タクさん、どうしてPT会話に反応なかったの? やり方わかってないとか?』
『……お、これか? 必死に走ってる時だったからな。悪かったな。大丈夫か?』
直接口にしなくても出来そうな会話だったら今のうちから使っておくべきだろうと思って、目の前にいるので早速声を掛けたのだった。
『んで、お前のみょうちくりんな恰好は後でいいとして。その男は誰だ?』
『同じくみょうちくりんなタクさんに言われたくないけど。数日前に知り合ったグロリアス王国の王太子サマなんだって。でも、彼の基本情報欄みると王様って出てるんだよねぇ。まぁ会った時は父親に呪い掛けられて金獅子になってたんだ。呪い解いたら人に戻ったんだよ。私たちって異世界召喚されたらしいのね。誰にされたか不明なんだけど、失敗したらしくて、こんな森に来ちゃったみたい。呪い解いたお礼に元の世界に戻る方法を知っているらしい魔導士さんを紹介してもらえる事になったんだ。んで一緒に首都目指してた途中。大雑把にはこんな感じ』
『基本情報?……そんなゲームみたいな物……あ、でた。なぁ、俺、何かおかしいぞ。界渡りの異邦人って何だ? HP800kにMP350kだとさ。聖騎士ってそんなHPあったっけ? 俺確かスキル使っても250k届かなかった気がするんだが……おまけに、所持金が恐ろしいんだが……』
『私なんて999テラ? だったよ!』
『テラってなんだ……あぁ……メガ、ギガの次か? って事は、俺のも999テラってやつだな。世の中、うまい話には裏があるって言うんだぜ、ちま。こりゃきっと、あれだ。通常物価価格がM単位なんだな。つまり、1円=1Mなんだ。きっとそうに違いない。うん。そう言う事にしておこう』
ちまが気付いたのはついさっきなのに、タクは所持金を見てすぐそんな判断を下した。
『あぁ、んで。その王太子サマの基本情報だっけ? ほぅ……流れの傭兵ってかっこいいな。レベル92でHP28kちょいなのか。やっぱ800kとか人じゃねぇな。俺いつの間に人やめたのか。国王って出てるな』
ぶつぶつとルゥの情報欄を見つつ自分と比べて落ち込んだりしつつ、確認してくる。
『本人は1年以上呪いで金獅子化しててこの森を彷徨ってたみたい。その間に父親の国王が退位してルゥが即位した事になってるのかも? まぁ、よくわからないけど。首都に行けばわかるっしょ』
『ふむ。で、ちま、お前の情報欄見れないな。そっちは俺の見れるか?』
『見れない~。まぁ細かい事は追々として。タクさんはアレに何したの……?』
木がまた倒れる音が響いた。
さっき見たより、やはり赤くなってきているように思える。
10メートル程先で鼻をひくつかせて辺りを伺っている。
『あぁ……俺な、あの時、準備を終えて狩場に行こうと思ってさ、ゲートのある街に移動しようとしたんだよな。丁度神官さんがいたから街への転送あるか聞いたらあったから出してもらったんだよな。それに乗ったと思ったんだけど。モニターが焼けたと思ったら……ここにいたんだよな』
『似たような状況だったみたいだね』
『そうなのか。そんでさ、こんなごっつい鎧着てたからびっくりしてさ。なんじゃこりゃあああって叫んじまって。どうも近くにいたアレに気付かれたみたいで追いかけられてたって理由。このごっつい鎧でよくまぁ、走れたもんだよなぁ。んで走ってたらちまの声が、頭に響いてさ。でも返事しても届いてないみたいで、どうすっかなぁって思ったら、右上にマップみたいなのが出てさ、そこに点滅するもの見つけて。こりゃ絶対ちまだろ!って思ってそれに向かって行ったら案の定お前がいたって訳だ。早く危険を知らせたかったけどPT会話の仕方が判らなくてな。取り敢えず、叫びながら走ってた』
『なるほどねぇ。アレって見逃してくれると思う?』
『どうだろうなぁ。最初見た時、茶色だったんだけどなぁ。今真っ赤だなぁ。赤牛って……あれって旨いのかなぁ……』
『うわ、魔物食べる気なんだ?』
『あ。おい、あれの情報欄見えるぞ』
『え、まじで?』
言われて、目を凝らす。
基本情報欄
名前 ミノタウロス
種族 魔物
レベル91
習性 基本茶色だが、獲物を定めた時赤く染まる。
赤くなると獲物を喰うまで暴れまわる。
状態 獲物確定
『タクさん、完全ロックオンされてる? これは、倒さないとダメかな……』
『確定ってやっぱ俺?』
『ここで私とかだったら、「何でやねんっ!」って裏拳入りの突っ込み入れるよ』
『だよな。ふむ……なぁ、もう一つすっごい気になる事あんだけどさ』
『ん?』
『俺な、そこの王様の顔、どっかで見た事あんだよな。某イベントの某総司令官にそっくりなんだよな!?』
やはり、知っている者にはばれてしまった。
ちまがイメージしたルゥの変装容姿はゲームの中のあるイベントの総司令官だった。
素直に認めるしかなかった。
『えへ。だって大好きだったんだもん~』
『やっぱお前か。どんだけ趣味に走ってるんだ……王様の素顔はちま好みじゃなかったって事か?』
『ん~、カッコいいおにーさんだったよ。でも今の自分の外見からして子供扱いされてるってのもあるけど、実年齢より下だしねぇ。若いっていいなぁって感じ?』
『ふむ。まぁ、いつまでも目を背ける訳にもいかないから、そろそろ考えるか』
『そうだねぇ。少し離れたとこに罠張るのが効果的な気がするよ。でもさ、本当に食べる気でいるなら毒は使えないねぇ?』
食べる気でいるようなタクに注意を促す。
ミノタウロスを毒で倒したなら、その肉を食べたら、こっちも危険だ。
『そうなると……眠らせるか……爆発させるか、凍結か……』
『爆発させたら肉の回収大変だろうね』
『だよなぁ。したらやっぱ眠らせるか、凍結だな』
『あとは酸欠を狙うって手もあるかなぁ』
『そう言えば、ちま支援のスキル使ってたよなぁ。俺も使えるのあんのかねぇ』
『それはスキル欄で確認しておくれ。ちなみに……支援だけじゃなくてちょこっと装備の類もいじれたよ。ここは今冬到来なんだって。だから服に付与した。他の職のスキルもある程度使えるぽい感じ』
『ほぅ……スキルはどうやって使うんだ? いちいちスキル表からって面倒だよな。せめてファンクションキーでもあると楽なんだけどなぁ。何か省略出来るものないか?』
タクのぼやきに、え?と返してしまう。
『ないの? ファンクションキー?』
『あるのか?』
『あるよ。普通にゲームの画面と同じように中央上の方に12マス並んでるよ?』
『俺のお助けシステムはどうなってんだっ! 全然親切じゃねぇな』
『異世界人、もしくはうちら仕様になってるのかと思ったんだけど。何かちょっと違うぽい?』
視界に入るマップは基本情報欄やファンクションキー等の照会をすると、微妙にお互いのモノが異なっている事に気付いた。
『まぁ、使えればいいんだ』
あっさりとそう返して隠れている時間潰しに丁度いいと言わんばかりにタクはいじり始めたらしい。
PT会話しつつ二人で情報交換をしていた間、ルゥはミノタウロスに意識を半分以上向けつつ、あまりに静かな腕の中の存在に訝しんでいた。
近くにいる魔物の存在に声を出すわけにはいかなかった。
背中をぽんぽんと叩かれて、ちまはきょとんとして顔を上げた。
それまで身動きなかったのでルゥはちまの反応にほっと息を吐いた。
『あぁ。ルゥとも会話出来るといいんだけどねぇ。とは言え、PTにどうやって入れるのか分からないし……こちらだけの内緒話が出来なくなるのも不便だしなぁ』
『確かに。お前がいて、俺まで来てるって事はだ……はるトンも絶対来てると思うぞ。タイムラグがあるかもしれないけどな』
『ぇ……来て、るかな……』
『お前さ……絶対来てるに決まってるし。来てないとか思う方が失礼だと思うぞ。お前が来ていてあいつが来ないとか有り得ない』
『でもさ……そうなるとだよ……PTメンバー全員来るって事を意味しない?』
『俺が来てる時点で、その可能性は高いな。今の所何の反応もないけど』
『まぁ、今はあれを何とかしないと……チャット立てられると良いんだけどねぇ。そしたらPTもギルチャも関係なく話出来るんだけど』
『まぁな。でもそれこそゲームじゃあるまいし……ってなるぞ』
『ん……何かアイテム作るか……今は無理だけど。こんな声出せない時に会話出来るように、行動メンバーで同じ物で会話交換出来るように。ルゥに囁きって使えるのかなぁ。こっちの世界の人に使えるかちょっと試してみるか……』
囁きは一対一なので複数で会話するには向かない。
ルゥ、聞こえる? 聞こえたら、二回背中をぽんぽんしてね。
反応はない。
ルゥの情報欄のどっか触れるといけるとか?
ん~……接触してるんだからテレパスとか出来ると良いのになぁ。
そうだよ。それだよ!
〔ルゥ、聞こえる? 聞こえたら、二回背中をぽんぽんしてね〕
ぴくっと身動ぎ、見上げるちまと視線が合う。
そっと肩の辺りを二回叩いた。
よっしゃ!
思わず小さくガッツポーズを取る。
〔あれを倒す方法を考えてるよ〕
『タクさん、接触テレパスぽい事出来た! 向こうの声の確認はまだだけど。作戦考えよう!』
『作戦って罠に掛けるんだろ?』
『罠を掛ける間囮が必要だね。罠に誘い込むにもだし』
『位置を確実に把握出来るのは俺とちまだけだろ? マップに印出るから。俺とお前のどっちに食らいつくかで囮が決まるだろ』
『私とタクさんじゃ、確実にタクさんが獲物指定受けてるんだから囮はタクさんに決定なんじゃ?』
『ですよねぇ。だと思ったわ。お前罠張れるか?』
『そこだよね。私はこの垢に罠使える子いないんだよね。製造・製薬でちょこっとはいじれるけど。罠って基本的にハンター職だよねぇ』
すっかりはまっていたゲームでは複数アカウントを使用出来た。
1アカウントで5人のキャラクターを作れた。
アカウント毎に性別が分かれていたので一つのアカウントの性別は5人同じだった。
ちまは女キャラが二つと男キャラが一つの三つのアカウントを持っていた。
はまって遊んでいたゲームの職は数多にあった。
それ故に、いろんな職を試したければ、アカウントを増やすしかない。
複数のアカウント持ちはそのゲームでは極々普通の事であった。
少しでも嵌っていれば、早々に二つには増やしていく。
5つも6つも持ってる者も少なくなかった。
大抵2つくらいで手を止める。
理由としてはそれ以上増やしてもキャラクターを育てきれないから。
ゲーム用語としてアカウントをアカ、垢と略称されている。
サーバーを鯖と言うのと同じネットスラングである。
MMORPG利用者には馴染み深い単語であるだろう。
それこそ通常会話として成り立つ程に。
ちまとタクの間でも極々普通に出る単語である。
『知識としてはあるけど。垢が違うからこっちの倉庫に罠系のアイテムは入ってなかったからアイテム欄にも入ってないわ……ある物でやれってなら……蜘蛛の糸とか特殊効果ポーションかな』
『俺が獲物指定されてなきゃなぁ。罠各種揃ってるんだけど……』
『……じゃぁ私が新たな獲物指定受ければいいかな?』
『先に見つかればその可能性もあるなのかねぇ。むぅ。悩ましいな。お前に囮をさせるのもなぁ……男の子としては、微妙に嫌な感じだ』
『罠の仕掛けにはどれくらい掛かりそう?』
『10分までは掛からないな。たぶん……ここじゃやった事ないから何とも……』
『だよねぇ。10分私に逃げ切る体力があるか、だよねぇ』
〔一応ね、罠に掛けて倒そうってなりそう〕
ぽんぽんと2回叩かれる。
〔罠を張れるのがタクさんだから、囮には私がなる予定。先に出てあれの目に留まれば獲物認定されるだろうから、罠が完成するまで逃げて、罠に誘い込む〕
囮に私がなると伝えた所からルゥの腕に力が入った。
それでも言葉を続けていくと顔を横に何度も振る。
〔私には上手く罠作れそうにないから、しょうがないよ。位置を把握出来るのは私とタクさんだから。私達にはルゥが別行動に出たら位置の把握が出来ない〕
マップ上の問題である。
スキルの使用を考えれば、恐らく弓系の周辺索敵、盗賊系では周辺察知スキル等でルゥの動きを追う事は可能だろう。
ちまの現在の職は聖職支援である。メインアカウントと使用していたこの中にはサブ職であるセカンドキャラクターは製造・製薬系。サードが魔導士。フォースがアサシン。フィフスが聖拳士。
服の再構成、付与が出来た事で製造・製薬と魔導士のスキル確認が出来た。
アサシンと聖拳士のスキル確認はまだ行っていない。
聖職支援でいる今、フォースとフィフス職スキルがどれ程の優先順位で使えるか謎である。
囮が出来る職となれば、フォースとフィフス職スキルが不可欠になる。
アサシンは隠密系スキルと素早さが売りである。
聖拳士は格闘スキルになるが、こちらも素早さは逸品である。
逃げるならこの2つの職が心強い。
物理攻撃力で言うなら、実は剣士系に次いでこの聖拳士が強い。
確実に接近戦になるが。
そして、ちまの持ち職で聖職支援に次いで製造・製薬と聖拳士が同レベルの128だった。
聖職支援と聖拳士は支援職から派生していく最終職の一つであるので、自己支援にも特化している。
後方で守られるだけの支援特化職とは異なる。
ましてや、ここはゲームじゃない。
キャラクター別に使えるスキルが、完全に個々の中で消化するように一人で使えるのだ。
一つの職を超えたスキル使用など、反則技とも言える。
ゲームの中であったなら。
だが、ここはゲームの中ではない。
異世界だけど、現実なのだ。
作った順番はアカウントの中で一番最後ではあったが、レベル的にはメインに次、使用度も愛着度もかなり高かった。
〔ルゥ、大丈夫だよ〕
〔……めだっ! ダメだ! 絶対に駄目だ!!〕
ルゥの叫びが頭に響く。
〔そんな危険な事をさせられる訳がない!! 絶対にそんな事させない!!〕
〔ルゥ、ルゥってば、聞いて。私はいろんなスキルを持ってるの〕
どこまで話せばいいのだろうか。
ゲームだからいろんな職スキルを持っていたのだが、そんな事まで伝えていいのだろうか?
この頭ごなしに、ちまが囮をする事に反対している彼を納得させるには、どう言えばいいのか。
飛び出していくと思われているのか、抱え込む腕の力が緩む事はない。
『囮になる説得が必要みたい……』
途方に暮れたようにちまはタクに報告した。