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冷え性には大敵の真冬間近だったのです

 むっはああぁ~! 今日も元気だ、ご飯がうまいぃぃ~!!

 テンションあげあげだよっ!

 もうこうなったらテンション上げて、いろんなモノ吹き飛ばしちゃうんだからっ!

「ちま、そっちに行ったぞ!」

「あいさっ! おいでませませ~ うさちゃぁ~ん」

 茶色い毛の小型犬くらいの大きさのウサギが木の幹に蹴りを入れて方向転換してこちらに向かってくる。

 速度減少っ!

 地味に嫌がらせに近い魔法スキルをウサギに掛けて、軽く両手で捕まえる。

 野生のウサギなので蹴られると痛い。

 ウサギの背中を自分のお腹に当てて抱きしめる。

 この可愛さに癒されるわぁ。

 振り返るとルゥの手にはウサギが二匹と狐が一匹。足元には熊が二匹。

 仕掛けた罠に嵌っていたウサギを狙いに熊がやってきたので、横取りは禁止と言わんばかりに、こちらも獲物確定したのだった。

 初めて異世界で夜を過ごしてから、もう三日経った。

 いろんなモノを捨てました……。

 私は今日も元気です……。


 

 異世界の夜を過ごして、初めての朝日を浴びて起きた後。

 ルゥは前夜の夕飯前に仕掛けた罠を見に行った。

 その間に、顔を洗って、朝食の準備をして待っていた。

 準備と言っても、シートを広げて、アイテム欄から朝食を厳選するだけなのだが。

 カレーパンとミモザサラダとミックスジュースだ。

 アイテム欄をよくよく探してみると、調理器具も一通り入っていた。

 出来合い物も沢山入っているが、その場で作る事も可能だ。

 調味料が味噌と前日に手に入れた一欠けらの岩塩しか入ってないのが問題ではあったが、空腹は最大の調味料だと言う言葉もあるくらいである。何とかなるだろう。

 暫くすると、ルゥがウサギを一匹持っていた。

 耳を片手で持って。

 ウサギだ! かわいぃいと声をあげようとして、固まった。

 動いてなかった。

 罠に嵌った時には死んでいたのか、捕らえに行って、ルゥが殺してから罠を外したのかはわからないが、今彼の手にいるウサギはもう動いていない。

 ウサギと言えば、ペット感覚だっただけに、ショックだった。

 当然彼には通じるものではない。

 彼にとっては食肉である。

 感傷的な事を言うのは無意味であろう。

 そんな事で躊躇してしまう事は、彼には迷惑でしかないのも頭では理解していた。

「先に食事にしようか」

「あ……うん……」

 脇に置かれたウサギを視界に入れないようにしつつ、用意したカレーパンを齧る。

「これは、何だ?」

「カレーパンだよ?」

「カレー?」

「うん。カレーをパンの生地で包んで、揚げるか焼くんだけど。揚げると油っぽいから朝だし焼いたのにしてみた」

「……ふむ……変わった味だが、癖になるな……」

「これは甘口。もっと辛いのとかもあるよ。ただ、私カレーの辛いの苦手だから持ってるのは甘いのだけ」

 この世界にはカレーが存在しないらしい。

 どんな食文化があるのか、街に行くのが今から楽しみだ。

 ゆっくり食べて一休みして、食器を洗いに川辺に行って歯磨きしてくると言うと、ルゥに呼び止められた。

「このウサギ、どうする? 昨日と同じくちまが解体するか? 俺よりかなり上手いから、人がいないなら任せたいとこだが……」

 火の番も獲物の罠も任せっきりである。

 自分の手が汚れるような仕方ではないし、ここは引き受けるべきだろう。

 感情がペットの死に近い悲しみに心が痛もうとだ。

 ルゥがやるとしたら、ナイフを使って、通常の解体だ。

「わかった。じゃぁ、食器洗い頼んだ……」

 持っていた食器を渡すとウサギの前に膝をついた。

 ごめんね。なるべく、残さないように、食べるから……。

 両手を顔の前で合わせる。

 全身の血を抜いて別にして、毛皮を剥いで、爪と牙と眼を分けて。内臓を一つずつ分けて。肉は各部位に切り分けて。新鮮に真空パック。

 終了を自分に言い聞かせるように、合わせていた手を一回叩く。

 大きく溜息を吐いて、歯磨きしようと立ち上がると、ルゥがどこか心配そうにこちらを見ていた。

「あ、洗物終わった? ありがとう。そう言えば、ルゥは歯磨きってどうしてるの?」

 感覚の違いを話してもしょうがない。

 ここで温情を与えられて、感情で出来ないからと他人に押し付けるのは自分の性格が許さなかった。

 言ってしまえば、彼は今後一切ちまの目の前で捌く事はしなくなりそうな気がした。

 パックに入った食肉加工されたスーパーで売られているような状態でしか目にしなくなるだろう。

 ここは、私のいた世界じゃない。

 慣れは大事、慣れは大事。慣れれば何て事ないっ!

 だから、敢えて違う話をにこやかに振った。

「専用水で漱いでいる」

「え、そんなのあるの!? ちょっと見せて!」

 鞄から小さな瓶を取り出して、ちまの手に乗せた。

「水に一滴入れて、それを口に含んで漱ぐだけだ」

 蓋と取って嗅ぐとミントのような匂いがした。

 光に透かして見てみたり、一滴掌に落として舐めてみる。

 どうやら、昨日ちまが作ったモノを凝縮させたような感じらしい。

 そうか。思い描いて食べかすや虫歯菌はプラークを落とそうってぶくぶくしてたけど、液体の方にそう言う効果を付与した方が楽なのかも。

「ありがとう。参考になった」

 夜に作ってみようかな。

 夕べ作った残りのミントの葉聖水で口漱いでルゥの元に戻る。

「この森が広大でな……グロリアス王国とエンドライス王国の国境であるエルヴィンの森と呼ばれている。この森を抜けるまで7日はかかるだろう。このまま真っ直ぐ東に向かえばグロリアス王国のカンダルシア領に入る。森を抜けたら半日程で村があるはずだ。さらにそこから一日歩いた先にクミドと言う小さな町がある。そこまでいけば宿もあるだろう。グロリアスの首都までとなると……ずっと歩くとなればその町からでも一月近くは掛かるだろうな……」

「わかった。地理はさっぱりわからないし。任せるよ」

「この森は魔物も多いんだ……途中出会ったら退治して討伐部位を取って、後で冒険者組合に売ろうと思う。それでいいか?」

「了解」

 焚火の火を消して、ルゥは左手を差し出してきた。

「ん?」

「足元が危ないからな」

「……ありがとう」

 いや、何か恥ずかしいんだけど。でも、親切で言ってくれてる訳だし……無下に振り払うのも何だよね……?

 自分に言い聞かせるように、一人納得する。

「まずは、生きてこの森を抜けよう」

 先程はあっさり予定を口にしたのに、やたら物騒な発言に固まる。

 固まってしまったが、手を繋がれ引っ張られていたので、思考も体も無理やり解除された。

「えぇ……っと、ルゥさん? この森ってそんなに危険なんだ?」

「魔物がいると言っただろう? ここが国境にされるのは、手を付けれない意味も含まれている。さらにここは森の中でも奥深い。通常の動物だけじゃなく、魔物も凶暴なモノが多い。夕べの熊以上のが沢山いるぞ」

「私……ルゥに会えてすごい、運が良かったんだね」

 初めてその事実に気付いた。

 あんな熊みたいなのが大量にいる森を一人で抜けれる自信なんてなかった。

「運が良かったと言うのは俺の方だと思うがな」

 ちまに会わなかったら、未だに獣のままだった。

「じゃぁ、お互い運が良かったって事だね」

 にっこり笑って繋いでいる手をぶんぶん振った。

 ルゥはあまり納得いかなかったが、ちまの態度にそれで良いと言う事にした。

 彼女が自分と会えて良かったと思えるように、首都までしっかり守って行こうと決心した。

 その日は凶暴な鹿みたいなのに追いかけられて逆襲したりして夜を迎えた。

 前夜と同じように食事前にルゥが罠を仕掛けに行く。

 連夜うまく小さな川を見つけたのでそこで野宿である。

 ルゥが出掛けている間に、朝の歯磨きの凝縮水作りをしてみることにした。

 でも考えてみたら……凝縮する必要性、私にはないんじゃないかな? アイテム大量に入るみたいだし。逆に使う度に水で薄めるのが面倒だし。

 アイテム欄は今の所頭打ちにもならず、がんがん入っている。

 種類も個数も。

 効果を付けるだけでいいかも。

 最下位の聖水は美味しいとあるので飲み水に残すとして2番目に低い物を使用する事にした。

 食べかす除去。虫歯菌他も除菌。プラーク除去。

 ミントの葉を千切りながら入れて、強く念じる。


 歯磨き水一つ入手


 出来上がったそれを上機嫌に見つめる。

 一本のそれを見つめ、首を傾げた。

 どうやって増やそうか?

 大量に同じ事を繰り返す?

 すっごい面倒なんだけど……

 これ……コピーとか出来るといいのになぁ。複写で増えていかないかなぁ?

 掌の容量が増えた。

 二本になった瓶を見下ろして、心躍り出す。

 これは便利だぁ! 複写が可能となりゃ、何でも一つ購入でがんがん増やせるってことじゃんね!? 素敵すぎる~ 何て経済的っ!!

 アイテム欄に増えていく【歯磨き水】にうっとりしてしまう。

 しかし、よく見ると作った分だけ材料も減っていた。

 ミントの葉と聖水が。

 当然と言えば当然である。

 ルゥが戻ってくるまで、夢中でアイテム欄の中を補充しまくってしまった。

 聖水作りで減った空き瓶や、食べた食事やらである。

 そして、昨日手に入れた岩塩である。

 これで、いつ迷子になっても大丈夫だね!

 取り敢えず、食べ物には困らないってだけであるが。

 そこでふと、気付いてしまった。

 あ……この熊とかウサギもコピー出来たりする!?

 なぁんか、怖いから手を付けるのは止めておこうか……。

 自分の逞しい想像力が怖いと思った瞬間だった。

 夕飯はおでんとパンでデザートはチョコプリンにした。

 おでんとプリンを初めて食べたらしいルゥは美味しいとお替わりをして食べていた。

 食べ終わると歯磨き水を使用して、夕べ試したお風呂代わりの洗浄魔法を自分とルゥに掛け、すっきりさわやかにする。

 野宿だからって汚れたままは現代日本人には我慢ならないんだよ!

 野宿でここまで快適生活を送ったのは初めてであるルゥは何とも言えない表情ながらも、諦めたように、寝るように言う。

 ちまもいろんなモノを諦めたり捨てたりしたが、ルゥもまた特殊な旅だと思う事にして良い意味だけ受け入れ、邪魔になる感情を捨て去ったようだった。

 こんな旅が普通である訳がないから、今後そんな期待しない為に。

 昨夜と同じだろうと思って、ルゥは包まっていた毛布を広げて促したが、ちまは踏みとどまった。

「ルゥ……私は見た目は子供でも中身は大人なんだよ! 彼氏でもない男の人に抱かれて寝るなんて有り得ないよ! 大人のプライドに掛けて、一人で寝るからね!!」

「風の音に怖がっていたのに? ぷらいど? かれしってなんだ?」

「だ、大丈夫だよ! 要は慣れだと思うんだ! 彼氏は恋人の事だよ。プライドは……誇り、とか?」

「誇りと恋人か……そうだな。慣れは大事だ」

「そうだよ! だから、お休みなさいぃだよ!」

 毛布を巻き付けてルゥから離れて横になる。

 風はなかった。

 木々のざわめきも今日はほとんどない。

 ただ、とても寒かった。

 夕方からやたら冷え込んできていた。

 爪先の感覚がなくなってくる程に。

 くしゃみが二回続いた。

 鼻水が垂れてくる。

 何て事だ。このままじゃ凍えて凍死しちゃうかもしれないっ!!

 冷たくなりすぎて擦り合わせた手も痛い。

「ちま」

 呼び掛けられて、起き上がる。

「プライドとかとやらで風邪を引く気か?」

 くすっと笑って毛布を広げて待つルゥを見て、眉をぎゅうっと寄せる。

「今日は冷えるからな。お前がいると俺も凍えないですむ」

 寒いのは自分だけではない。

 そう言われては、しょうがないとそろそろ近付く。

「ルゥは、ロリコンだったりしないよね?」

「ろりこんって何だ?」

「幼女が好きな趣味な人」

「……そんな趣味はない」

「そぅ? じゃぁ、しょうがない。ルゥの湯たんぽ代わりになってあげるよ」

 自分に言い聞かせるように妥協して温かい腕の中へ入り込む。

 毛布に包まれると自分だけは二枚重なった毛布で更に温かい。

 どうせ子供だと思われてるんだもんね。もういいや。女の感情捨てよう。この温かさ重要だよ。これ一番大事だ。冷え性な私には最重要だ。うん。どうせ二人きりだもの。誰も見てないもの。恥ずかしくなんてないもんねっ! 温いのが一番だっ! 

「手を」

「手?」

 言われて毛布の中で擦っていた手を止めた。

 大きな手が、合わせたちまの手を包み込むように両手で挟み込んだ。

「氷のようだな。風邪をひいてからじゃ遅いんだ。苦しくなるのは自分なんだからあんまり我慢するな。我慢には為所というものがある。寒さに耐えるのは良い事じゃない。いいな?」

 ごつごつした大きな手はちまの手よりもずっと温かい。

「何で」

 むっとして小さく呟いたちまに頭に、なんだ?と顔を近付ける。

「何で、ルゥの手の方が温かいのかなっ! 手だけじゃないし。私は全身震えるくらい寒くて冷たいのに。何で、ルゥの方が温かいかな!」

 同じ状況下で何故にこうも体温維持の差が出ているのか。

「さてな。俺にそう怒られてもなぁ」

 足の爪先も徐々にじわじわっと溶けるように温もりを感じ始める。

「ルゥばっかり温かいなんてずるい」 

 言っている事が子供じみた詰りに苦笑しか浮かばない。

 これでは子供扱いされても文句は言えないのではないだろうか。

「暖は分けてやるから、機嫌を直せ」

 頭に顎を乗せて、抱え込む。

「別に……機嫌が悪いわけじゃないけど……」

 この体勢に少なからず動揺している自分にちまは良い訳をするが、言葉に力はなく徐々に声は小さくなっていく。

「どうせ二人きりだ。誰もいない。気にするだけ無駄だぞ」

 まさにその通りだった。

 せめてホッカイロとかあれば……昨日よりこんな寒くなるなんて……日本だったら冬だよ。真冬だよ。いつ雪が降ってもおかしくないくらいだよ……ダウンコートがほしぃぃ。あれ……もしかして、私、頭も凍ってた!?

 想像だよね!?

 ふと今までの状況を想像で乗り切ったところがある。

 体温を上げるには……あぁ……あの焚火付近の空気こっちの毛布の中に入れられないかなぁ……さすがに火があるから実際近付いたら火傷しちゃうしさぁ……体熱を上手く循環させて……。

 私は全身ルゥに抱え込まれて温かいけど……ルゥはお腹しか温かくないわけだし……。こんな寒さの中それじゃぁ……ルゥが風邪引いちゃうのもそう遠くない気がするよ。

 やっぱ、快適に眠れる部屋欲しいなぁ。いつでもどこでも。どこでもドアとかあればなぁ。まぁ、この世界に私の部屋なんてないけど。首都に行って落ち着いたら……いろいろ考えよう。そうしよう。

 こぅ……異空間に自分の部屋造ってさ。旅先からだってどこからだって帰れる部屋なの。温かくて、絶対安全で、眠れる所。

 あぁ。そうだ。アイテム欄に火の付与石あったよねぇ。あれで……服に付与出来ないかなぁ。

「ルゥ、今着てる服って何か付与されてる?」

「物理攻撃に対しての防御くらいはかかってるはずだ」

 さすが王族である。何でもない旅装束に見えて、それなりの物だった。

「今って寒い季節なの? 明日からもずっと寒い?」

「そうだな……昨日は比較的暖かかったが……これからもっと寒くなるだろうな」

 恐れていた冬だったらしい。

 昼間は必死に歩いていたし、魔物と追いかけっこしたりして、それ程寒さを気にしてなかった。

 しかし、考えてみれば、ちまの着ている服はセット効果のある装備である。

 恐らくそれなりに寒暖対策もなされているのだろう。

 でもなければ、いくら駆けずり回っていたからと言っても寒さに気付かないとか有り得ない。

 夜動かなくなって、厳しい寒さに装備効果が効き辛くなっていたのだと思われる。

 いくら自分より体温が高そうなルゥでも、このままじゃ凍死する可能性はないとは言えない。

 恐らく、ルゥが温かいのは筋肉のお蔭な気がするよ。

 常に燃焼してんだね……無駄肉襦袢の私にはない効果だよ。

 もっと、寒くなるって……!?

「ルゥ、着替えと今身に着けているマントを貸して」

「まんと? 何をするんだ?」

「冬服用に、エンチャントするよ」

「外套の事か? えんちゃんと?」

「ん~……魔法で効果を付与する」

 どうも横文字の類は意味が通じにくいようだ。

 言葉が通じてるだけでも運が良いと思えるところだが。

「ほぅ……」

 着替えは一セット入っていたが、冬物ではない。

 昨日ちまがそれまで着ていた服を綺麗に洗ってくれたのでそれが拡張鞄の中に入ってる。

 毛布の中でごそごそと受け渡され、ルゥの目に見えない事をいいことに、ちまは手にした物を全て複写して、その分を己のアイテム欄に放り込む。

 用心に失敗した時の為である。

「ちま、どうやるか見たいのだが」

 当然とも言える言葉ではあったが、ルゥとしては興味があっただけだった。

「ん~……ちょっと待ってね」

 失敗するかもなのに見られてるのは困るわぁ……取り敢えずちょっとシャツで練習してからにしよう。

 まずは、火の付与石である烈火石を細かく砕いて……今はイメージで……シャツ全体に織物に混ぜるように付着させて……人肌体温を維持し続けるように。ふんわり優しい肌触りで。そうだ。汗もかくだろうし、防菌防臭加工もしておこう。ルゥは体温が高いから汗を吸収して発熱加工。その熱を体温調節で一定に保つように。風も通さないようにして。ナイフくらいの刃物なんて弾く効果も必要だよね。毒の爪か何か持つ魔物だっているだろうから、異常効果無効も付けておこう。

 手の中にふんわり温かな存在を感じて、成功したそれを、更に複写してアイテム欄に放り込む。出来上がった物は自分のお腹に押し込み隠す。

「……寒いから手を出すの嫌だけど。じゃぁ、マントだけ外に出して見せてあげるよ」

 アイテム欄からすり鉢と金属のすりこぎ棒と烈火石を取り出す。

「本当は糸を紡ぎながら烈火石の粉末を混ぜ合わせていく方が効果の持続性がいいんだけど。今は早急に何とかする為に、烈火石を砕いて粉にした物をマントの繊維に絡ませて効果を出す予定」

「ほぅ……ちまは服も作れるのか?」

「メインは支援職だけど、サブは製造・製薬だからね。多少の事は出来るよ」

「めいん? さぶ? ちまの言葉は難しいな」

 ついいつもの調子で言葉にして、そうだった通じないんだったと言葉を探す。

「えっと。つまり……本職が支援職なんだけど、副職が製造・製薬なんだって事ね」

「そうか。ちまはすごいな」

 素直に感心してしまう。

 幼さはやはり見掛けだけだなとルゥは烈火石をすり鉢に入れてゴリゴリ砕いているちまを後ろから見下ろして口元に笑みを浮かべる。

「このマントは、えっと、外套は一応防風付与は掛かってるんだねぇ」

「そこだ。ちま」

「そこ? どこ?」

「それに他の付与が乗るのか? 普通一つに一種類しか付与は出来ない物だと思ったんだが」

「え?」

 いやいやいや……さっき作った歯磨き水だって除菌や除去効果乗せたよね!?

「そう言うモノなの?」

「俺はそう認識している」

 ちまは思わず言葉に詰まる。

「まぁ……書き換わる可能性もあるけど。何とかなるなる~」

 流すようにへらっと笑って、ゴリゴリすりこぎ棒を回す。

 もしかして、付与は一種類がこの世界の一般常識!?

 いろいろいろいろ~効果つけようと思ってたなんて、言えないっ! さっき試しに作ったシャツの効果なんて言えないっ!

 旅友だし、元気に首都に連れて行ってもらわないとだし。この世界ではオーパーツ並になってしまったかもしれないけど。自分の為って事で……。この世界にいる神様、それで許してくださいっ!! 元の世界に戻る為に、多少の羽目を外しても許してくださいっ! だから元の世界に戻れますように!!

 必死にゴリゴリしながら願う。

 そしてマントの機能を考える。

 基本は防風防塵防菌防臭、防寒ね。シャツよりも効果あげた物理的防御力アップで。

 想像力がどんどん暴走していっているが、口に出していないのでルゥは気付かないので、止める者がいないだけにますますヒートアップしていく。

 そうだ。ステルス機能も付けちゃおうかな! 被ったら風景に紛れ込む!とかね。あとは、異常効果、特殊効果の無効化も掛けておこう。酸の攻撃とか受けても溶けないように!

 何と戦う気なんだ!?と、もし聞いていたらルゥも突っ込みを入れただろう。

 しかし、全てちまの内心のみでの暴走だ。

 もう止まらない。

 誰にも止められない。

 これは自分用のも同じにしておこう。ルゥからの借り物だけど。返すにしてもこんな効果なら文句もないでしょうしね。

 自分の靴にも防水防塵防菌防臭効果もつけて、熱を逃がさない効果も付けておこう。タイツには防水防塵防菌防臭効果ね。これ基本効果だから。それと防風効果ね。服はも基本効果と……装備全体には物理的攻撃防御もかけて。服が切れるとかそんな、「あっ!!」な一コマいらないから。

 あぁ、そうか。アクセサリーに防寒効果のある物つけようかなぁ。そしたら服は年中そのままいけるよねぇ。下手に動きを制限されるような厚着しないで済むってメリットあるね。

 私のはそうしてみるか。

 どっちが効果的か試すのもいいかも。

 そしたら、本当にルゥに抱え込まれてる状態から湯たんぽ効果になりそうだけど。

 気にしたら負けっ!

 ゴリゴリし続けて、鼻息が荒くなる。

「代わろうか?」

 疲れてきたのかと勘違いしたルゥが申し出るが、そろそろ終わりそうだから大丈夫と返事する。

 ちまは自分のマントとルゥのマントを並べて、すり鉢から粉を振りかけ、口元で両手を組んでぶつぶつ何かを呟く。

 先程考えていた効果を再度構築したのだが、ルゥには祈りの言葉を呟いているように見えた。

 組んでいた両手を解いて、ポンッと手を打つとにっこり笑ってルゥにマントを差し出した。

 ついでに、その間毛布の中でこっそり加工したルゥの着替えも一緒に渡す。

 折角なのでと早速着替えている間に、ルゥの靴に視線を止めた。

 かなりぼろぼろである。

 金獅子化して一年以上経っていると思われたので、恐らくその前から履いていたはずなのだ。

 本当は着た切りだった服もかなりボロボロだったのだが、洗濯した時にイメージが新品のような物だったので、そのように具現化してしまっていた。

 アイテム欄にある靴とか、使ってくれるだろうか。

 当然、特殊効果付き。

 軍神テュールの軍靴。MAXHP・SP5%増加。それだけなのだが、倉庫で埃を被ってる品の一つである。

 まず自分では使わない物なのだが、彼が使ってくれるかは謎である。

 一応取り出して、いつもの基本効果である防水防塵防菌防臭をかけ、形状記憶もつけておく。

 これで半永久的に使えるはずである。

「ちま、ありがとう。とても温かいよ。それに素材も変わったか? 以前よりも着心地がいい気がするんだが……」

「温かいならよかった。ルゥも風邪引いたら大変だもの。素材には手を付けてないよ?」

 烈火石効果で変質した可能性は否定出来ないけどね!

 内心で苦笑しつつ気のせいじゃないかなぁととぼけておく。

 座って靴に手を伸ばしたので、ぼろぼろの靴を取り上げる。

「流石に、この靴じゃ森を抜けるまで持たないと思うんだ」

「あぁ……だが代わりがないから人里まで何とか持たせたい」

「無理だと思うんだ。で、私が持ってるやつあげるから、それ履くといいよ」

「いや、さすがに大きさが合わないだろう」

「うん。大丈夫だよぉ~」

 ゲーム内の装備にサイズは存在しない。

 身に着ける時点で素材変化を起こすモノだったらしいのだ。

 だが、さすがにこの世界でそれはないだろうと思ったので、彼が着替えている間にぼろぼろの靴を手にして大きさを確認し、アイテム欄から取り出す時に大きさをかなり具体的にイメージして出したところ、まさにその通りのまま出てきたのだ。

 やってみるものである。

「お前には貰ってばかりいるな……俺はお前に何が返せるだろうか……」

 王族だから与えられて当然と言う教育は受けていない。

 褒賞と言う意味では逆に与えねばならない側である。

 有難く靴を履いた。

 しっかりした作りで、大きさも違和感なく、足に馴染んだ。

「私は自分の世界に帰れる術を知っている魔導士さんを紹介してくれるってだけで十分だよ」

「それはな、王太子としての立場での謝礼だ。他は、俺個人としてはどうしたらいいかと悩むところだ」

 靴を履いて、マントを羽織り、更に毛布を肩から覆い、座ると手招く。

 ぬくぬくの特等席に体を収めると、笑って背中を預ける。

「ルゥには首都まで連れていってもらうからねぇ。それで良しだよ。後は王太子サマをお布団代わりにしちゃってるって事で問題なしにしよう~。後日不敬罪とかで捕まえないでね」

 顎をあげて見上げてくる。

「……わかった」

 髪が流れて額がでる。

 そこに唇を落とした。

 瞬きを繰り返し、きょとんとするちまの頭を撫でる。

「呪いだ。嫌な夢を見ないようにってな。もう遅い。寝ろ。明日も早いぞ」

「う、うん……ルゥ、子供扱いしないでって言ってるでしょ……」

 キスされたおでこを押さえて唇を尖らせる。

「妙齢な女性はそんな風に唇を尖らせたりしないぞ」

 腰に腕を回されて抱きしめられて、ちまは苦しそうに呻く。

「ちょっ、苦しいからっ! 緩めてっ!」

 お腹に回った腕をばしばし叩く。

「あぁ、すまん」

 ちまのお腹の所で自分の両手の指を組んで、寝るように促す。

 体力的に、睡眠時間を与えないと、倒れると判っていた。

 そのうち呼吸が寝息に変わるのを確認して、今日もほっとして息を吐く。

 腕の中で安心して眠りにつく姿は酷く庇護欲にかられる。

 ルゥは先程交わしていたロリコンと言うモノについて考えていた。

 本人も大人だと言ってるのだし、子供ではないだろうから、好きになってもロリコンとは言わないんじゃないのか?

 子供ぽい仕草から最初は子供扱いをしていたものの、その判断力ややっている事は幼い子供ではない。仕草等はとても子供ぽいのにだ。

 俺は、もう子供なんて思ってないんだけどな。

 女だと意識されて離れられるくらいなら子供扱いして文句言われる方がマシだ。

 さすがに、もう自分の気持ちに自覚があった。

 意識させえすれば欲情もする。

 抱き心地の良い温もりの腰に腕を回して引き寄せる。

 目を瞑って、この匂いに包まれたら……わかってるさ。欲情なんかしようものなら、離れて、もうこの腕には戻ってこない。

 出会って二日ばかりの幼いとしか見えない少女に、これ程までに惹かれる理由は明白だった。

 王太子だと名乗ったのに、彼女は全く変わらなかった。

 阿る事も、何かを強請る事も。こんな森の中じゃ何か強請りたくても何もありはしないが。

 それでも、国で暮らす為の身分さえ、強請ろうとはしない。

 知り合いの魔導士の紹介を頼んだだけだ。それとて、こちらかの申し出だった。

 自分の荷が減るのも構わず、靴を用意したり、国では珍しい食事も提供してくれる。

 闘わねばならない魔物や獣が出れば、何の躊躇も惜しみなく支援魔法を掛けてくる。

 魔法は貴重だ。

 支援魔法は特に。

 報酬を望んでもおかしくない。

 結局獲物の解体は他人の目がないうちは彼女の役目になってしまっていた。

 本当はルゥは気付いていた。

 解体する時のちまの小さな躊躇に。

 気付いて欲しくないとそんな雰囲気を的確に感じて、触れないようにしている。

 元の世界に戻るその時まで、自分がずっと傍にいてやれればいいが、首都まで安全に行けるのかも判らず、王宮へ向かう事の危険さも承知している自分に確約してやれる事はほとんどなかった。

 もしはぐれてしまったら、再会出来るかもわからない。

 そうなった時、彼女がこの世界で暮らしていく為に、少しでも何か出来る事を増やしておいてやりたい。

 自分が出来るのはそれくらいだと理解していた。

 嫌がってるのが分かってるのだ。本当なら、解体なんかいくらでも自分が代わりにやる。心に傷を負ってまでする事じゃない。

 やらなくてもいいんだ。

 解体作業の度にそう思う。

 言えなかったけれど。

 何もしてやれないのに、業物の剣をこちらが借りしまっている現状である。

 国に戻ったら、どうやって礼を尽くしたら良いだろうか。

「……慣れは大事だ」

 恥ずかしがって一人で寝ようとしてたが、どうせ誰もいないのだ。

 お互いにしか。

 だが、与えられる事が当たり前に慣れたくはなかった。

 彼女の便利な力を借りれば、首都への旅がどんなに心強いものか。

 ちまはもっと甘えていい。だが、俺はこれ以上ちまに甘えてはいけない……。解ってはいるんだが……。

 王宮のいた頃も、安眠出来た事などほとんどなかった。

 なのに、夕べはどうだろう。

 火の番をしながら仮眠程度なのに、眠りの充足感ときたら、王宮にいた頃の非ではなかった。

 ちまを抱きしめていると安心する。この匂いに包まれているだけで心地いい。

 永遠に手放したくないと思う程に。

 自分が想う程に、少女も自分の事を想ってくれたら。

 それは何て幸せなんだろう。

 異世界から呼ばれた少女は帰る為に、一緒に行動している。

 帰したくないって言ったら……離れてしまうのだろうな……。離したくないから、言わないが……。

 頭の天辺に口づける。

 今は、この世界にいる限りでいい。傍にいてくれ……。

 お前を好きだと言う気持ちがロリコンって言うものなら、それでも構わない。

 何だっていいんだ。

「俺の傍に居てほしい。ずっと。死がお互いを分けるその時まで、一緒に居てほしい。ちま」

 小さな声で耳元で囁く。

 願いは呪いに近く、もしちまがそれを聞いていたなら、睡眠学習か!?と突っ込みを入れていたに違いない。

 しかし、熟睡しているちまにはその声は届かない。

 脳に直接染み渡る言葉が闇の中に消えていく。

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