彼と少女の出会い
好い匂いがした。
そう思ったら意識がはっきりしてきた。
もうずっと森にいる。
最初の頃は人がいると気付くと助けを求めて出て行った。
人は自分に気付くと皆悲鳴をあげて逃げて行った。
何故……。
水場で水面に見えた姿に愕然とした。
自分はいつの間に人じゃなくなっていたのか。
揺らぐ水面ではっきりとは見えなかったが、大きな口をした獣だった。
人の恐怖する顔を恐れて、森の奥へ奥へと向かった。
途中魔物にも出会ったが、ほとんど向こうが去って行った。
去らぬものは立ち止ったまま威嚇してこちらを睨んでいた。
襲ってくるわけではなかったので、黙ってこちらが立ち去ってきた。
水だけではどうしようもない空腹に堪り兼ねて獲物を生で食してから、人間としての意識が薄れていった気がする。
たまにこうして意識がはっきりする事があるが、もうほとんど獣化してるのだろう。
匂いに誘われて、辿っていく。
木々の向こうに人影が見えた。
好い匂いはその人からだったらしい。
後姿だったけれど。
随分小さく見える。
ふんわり腰までのパールピンクの髪をそのまま下ろして、その少女は遠くを見ているようだった。
甘い好い匂いがする。
それ以上はダメだと思っていたのに、つい近付いてしまった。
この大きな体は、こっそりと移動するには不便だった。
足高な草が揺れる。
ばっと少女が振り返った。
甘い匂いが一段と香った。
大きく見開かれた目は金色をしていた。
今にも悲鳴を上げそうに開かれた小さな口元。
あぁ……そうだった。自分はとても醜悪な姿をしていたんだった。
済まない……驚かせるつもりはなかったんだ……。
言葉にしたつもりだったが、喉の奥がグルルゥっと鳴っただけだった。
自分はもう、言葉も話せなくなってしまっていたのか……。
悲しさに身が振るえた。
少女はびくっと体を後ろに下がらせた。
そして、一瞬で落ちていった。
崖か!?
何も考えられなかった。
ただ、助けたかった。
彼女を追って自分も落ちていた。
服を歯に引っ掛けて、捕まえると、岩壁を蹴った。
岩や木の枝に体をぶつけながらも、何とか地面に着地すると少女を下す。
意識はなかったが息はしていた。
あぁ……良かった……。
固い地面に寝かすのは忍びなく、腕に抱えるように鬣に埋める。
これで寒さも凌げるだろう。
好い匂いがする……。