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緊迫した霧の中の休憩と異世界の暦と硬貨

「ルゥ、大丈夫だよ。この中にいたら……っ」

 掴まれた腕を更に引かれた時、ルゥを見上げ、その先が視界に入った時、悲鳴を飲み込んだ。

「……っ」

 タクもすぐその姿が目に入った。

 自分のすぐ斜め上にあれば、流石に視界の端にでも入る。

 その大きさが半端なければ尚更だ。

 剣を構えたルゥの方へタクも静かに腰を移動させる。

 立ち上がろうにも、驚きで腰が抜けて立てなかった。

 三人は暫く身動きも出来ず、沈黙の中それから視線を移せないでいた。

 ひっくひっくと呼吸が明らかにおかしくなってきたちまの頭をルゥが自分の体に押し付けるように抱き込んだ。

 視界がルゥの服だけになっても暫くちまの呼吸がおさまらない。

 吸い過ぎて、息を吐く事を忘れていた。

 目の前のモノに気を取られ過ぎてちまの様子に気付くのが遅れたルゥは優しく肩を撫で、背中を赤子をあやすようにポンポン叩く。

 巨大な蟻の顔があった。

 しゃかしゃかと長い歯を動かしてこちらを覗きこんでいた。

 そして、ガサガサ音が気になってタクが視線を横にした先には細かい毛が沢山ついた細く長い足が数本見えた。

「蜘蛛……? でかすぎだろ……」

 小さく呟かれた言葉を、視界を塞がれたちまの耳が拾う。

 過呼吸でおかしくなっていく息遣い。

 ひぃ……虫、虫、虫っ やだやだやだやだっ!

 がくがく震えながらルゥにしがみつく。

 昔から昆虫嫌いなちまは虫は大の苦手だった。

 いくら顔を背けても一度見てしまったモノは脳裏に焼き付いて消えない。

「大丈夫だ……こちらには気付いてない」

 左手でちまの背中をぽんぽん叩いていたが、剣を持った右腕も抱き寄せた体にまわす。

 いつまでも震えが止まらない体で、乱れた呼吸は荒くなる一方で治まる気配が見えない。

 辛抱強く背中を叩いたり、撫でたりして宥める。

「大丈夫……絶対守るから。俺の声と心音だけ聞いてればいい」

 ガサガサする音を嫌がって耳を塞ぐちまの耳元でそう言うと更にきつく抱き寄せる。

「……まだ、何かいる……」

 犬の声に似た遠吠えが辺りに木霊する。

 霧のせいなのか、音が反射し、四方から聞こえてくる。

 不安だったから中から外が見えるように布を透けるようにさせたが、大きな失敗だったとちまは痛い程思い知った。

 あんなの見たくなかったっ!!

 震えて動けないちまと身構えるタクとは別に、ルゥの方は少し安堵したように腰を下ろした。

 虎の革の上に座りなおすと、ちまを膝の上に乗せた。

 ちまの方は必死に周りを見たくなくて目を瞑ってルゥにしがみついて離れようとしない。

 木の根に背中を預けて、ルゥはちまの背中を撫で続ける。

「大丈夫だ。お前の付与の効果が効いてる。この中は絶対に安全だ」

 囁くように耳元で言い聞かせながら、周囲を窺っていた。

 狼が数匹姿を現すと蟻と蜘蛛がにわかに騒ぎ出す。

 そこへ灌木を甲羅に生やした全長三メートル程もある緑色の亀が木々の間から霧の中やってきた。

「亀?」

 思わず声が漏れた。

 タクの視線は亀に集中してしまった。

 その亀は横にいたこれも普通では考えられないほど大きな50センチはありそうなカタツムリをもそっとあげた顔で捉えるとぱくっと丸ごと口の中に入れてしまった。

「うは……でかい口……」

 その右の方では、やはり普通では考えられない大きな、1メートル弱はありそうな兎が両脇から牙を剥き出しに涎を垂らしながら、先程の蜘蛛に凄まじい打撃に見える蹴りを入れる。

 蜘蛛の本体が凹んでいるから相当の威力だっただろう。

「何、この魔物トーナメント戦みたいな状況……」

「この霧でさ迷い出て来たのだろうな……」

 この調子ではこの場所だけでなく各所でこんな状況なのだろう。

 この場に落ち着いてしまったのは幸か不幸か。

「ちま、見えるのが問題なら中から見えなくすれば良いんじゃないか?」

 見えるようにしたのもちまなら、見えなくさせる事も出来るはずだった。

「あぁ……それは止めた方が良いかも? 確かに今は中の気配を上手く消せてるけど……付与効果を改めて書き換えるってのは、あの野生の連中に波動の変化とか気付くやつがいるかもしれない」

 万が一を考えてタクが止める。

「では、別の布を内側から掛けるとかは?」

 震えて顔も上げられないちまを見かねて、思い付く提案をしていく。

「ん……まぁそれなら出来るだろうけど……」

 今までが幸運過ぎただけで、この先、こんな事はいくらでもあるだろう。

 この地は魔物の森なのだ。

「ちま」

 ルゥの腕の中で小さくなっているちまを呼ぶ。

 付き合いはそれなりに長いが、これ程までに怯えている姿は初めてみた。

 必死に呼吸を整えようと試みているようで、深呼吸をしてみたりしていたが、小刻みにしか吸い込めない。

 自分の呼吸さえ儘ならないからか酷く焦っているようにも見える。

 こんな女がいたら、男なら抱え込みたくなるだろう。

 実際ルゥがそうしているように。

 タクとて同じだった。

 自分の欲にも叶い、相手の心情的にも一番楽な方法でもある。

 けれど。

 しょうがねぇな、と盾になってやるのと、抱え込んで守るのは異なる。

 タクとちまはそれなりに長い付き合いで、表面だけの付き合いをしてきたわけでもない。

 だから例え傷を付けても、やるべき言動を弁えている。

 お互い信用も信頼もしている。

「ちま、この中は大丈夫だ。お前がそう付与したんだからな。絶対大丈夫だ。ここにいたら怖い事なんてないだろ? 何が見えてもだ」

「……タク」

 これ以上は、とルゥが名前を呼んで牽制するが、タクは横に首を振った。

「お前自身だって解ってるだろ? この森を出るまでは、こんなの序の口だ。今まで出くわさなかったのは運が良かっただけだ。まだまだ出て来るぞ。こっちじゃ何でもでっかくなってるようだし、嫌でも視界に入る。死にたくなければ目を逸らすな。逃げても良いから」

 タクは大きく深呼吸すると再び外に目をやる。

「俺だって、そんな虫好きじゃないからな? お前が嫌いなのも理解出来る。嫌いでも何でも良いさ。でもな、自分が獲物にされてるかどうかの判断を付けろ」

 もし、昼間でも対峙する事になったら。

 一人の判断で総崩れになるのは、ゲームでも経験済みだ。

 しかも、ここはゲームではない。

 死ぬ事だってある現実なのだ。

 頭ではちまもタクの言いたい事は理解していた。

 だから、恐る恐る顔を上げる。

 無理しなくても良い、と言葉が出掛ったがルゥは、歯を食いしばった。

 ちまがルゥの腕の中から見上げた時、大木の根を這っていた大きなムカデが、巨大な蟻に飛び掛かって行く所だった。

「……っ!」

 悲鳴をあげる間もなく、ぐらっと背中から倒れた。

 慌てて支えたルゥの腕があったのでそのままルゥの腕の中に崩れ落ちた。

「あ……気絶しちゃった?」

「……タク……荒療治すぎる……」

 眦から大きな滴が一つ流れるのを指で掬って、タクをちらりと一睨みする。

「まぁ……昼間団体さんに出くわさない事を祈ろうかねぇ。ルゥ」

 大事そうに抱え直す様を見て、タクは肩を竦める。

「あんま甘やかすなよ?」

 外の現実を目の当たりにして、タクはこれから仲間を探して合流する事の困難さに溜息を吐く。

 毎回気絶されても困る。

 偽らない本音である。

「それは……難しいな」

 ルゥのちまに向ける穏やかで甘い目線に、流石のタクも何かしらあったと気付く。

 これは、また……色々大変だなぁ。おい。まぁ、ちまには幸せになってもらいたいから、ちま次第だけどさ。

 でも、この王様とちまがくっついたらどうなるんだろうなぁ。

 何か色々と……障害多そうな気がするのに、それ全部投げ飛ばして、進んで行くように見えるのは……何なんだろうな……。

「タクが甘やかす事が出来ないなら俺が甘やかすだけだ。普段はそう簡単に甘えてくれないだろうが……この森を抜けるまでは甘えてくれるかもしれない」

 少し希望的観測が含まれている。

「アレ、見ちまったんだし、確かに森を抜けるまではルゥの腕から出てこないかもだな。まぁ、ちまが受け入れるってなら俺は見守るだけなんだけど。その前に手出ししたら、八つ裂きにしちゃうよ?」

 どこか試すような視線を向けると、ルゥはきょとんとしてタクを見返すと、ふわっと笑った。

 例の某総司令官の満面の至福の笑み。

 ちまが見ていたら鼻血ものだと大騒ぎしただろうと心の片隅でタクは思った。

「えっと……マジ?」

「まじ、とはなんだ?」

「あぁ。本気、真面目、冗談ではないとかそんな意味かな」

 本気と書いてマジと読め!ってな。

 ルゥはそっと愛おしそうにちまの手をとって指先に口付ける。

 挑戦的にタクに視線を上げる。

 タクが何かを言う前ににっこり笑う。

「見守ってくれるのだろう?」

 思わず、まじまじと見返して、瞬きを繰り返す。

 うわっ、こいつマジだ。てか、ちま落ちるの早過ぎじゃねぇのか!?

 ゲームではちまの周りをうろつく者も数人いたが、実際リアルで会う事はないようだった。

 その辺詳しい陽斗がないと言っていたのだからそうなのだろう。

 やっぱ……この某総司令官の顔がまずかったんじゃ……って思ってしまうのは俺だけか!?

 ゲームしている時からちまは大騒ぎだった。

 彼の映像が出るだけできゃぁきゃぁ言って、持っている全てのキャラでそのクエストをやって何度も何度も同じ映像に身悶えていた。

 ほぼ毎回一緒にクエしていたタクは毎回その絶叫とどれだけ格好良いか聞かされてきたのだ。

 これは陽斗に会った時が恐ろしい。

 しかし、ちまの某総司令官の恐ろしいまでの執着と狂気なまでの深い愛情を誰よりも、とことんまで知り尽くしているのも陽斗なのだった。

 これ、絶対皆納得して生暖かい目で見守るんじゃねぇの……?

 ちまがルゥの本来の姿を前に受け入れたと言う事実を知らないタクは一人納得してしまう。

 ぐったりと虎の革に伏したタクはくすくす笑い出した。

「まぁ、いいさ。泣かすなよ?」

 相手は王様で、元の世界に戻る自分達なのだから、絶対泣かないわけないと解っていてそんな言葉を投げ掛ける。

「善処する」

 どっかの政治家のように明言を避けるルゥだった。

「だが、タク、今泣かせたのはお前の方だ」

「あぁ……あぁ……」

 がっくりと首を下げた。

「でもな。こいつ、そう簡単に泣かないからな?」

 ちょっとムキになって言い返す。

「言ってた事と反対になるけどさ。悲しませる以外の涙は流させて欲しいかな……いろんな感情押し殺して抱え込む奴だからさ。吐き出させる事が出来るんだったらそうして欲しい。あんたにそれが出来るか判らないけどな」

 にやっと笑う。

 まだまだ完全には認めてやってないぞ。と言うかのように。

「そうだな……今回初めてだな。獲物解体の時も本当は嫌だっただろうに、何も言わずに堪えてやっていた。流石に、あれに慣れろとは言えまい。直視しろともな……」

 溜息を吐いて外に視線を一度投げて、腕の中に戻す。

 大の男ですら、直視は耐えられないだろう。

「それだけダメだって事なのだろう? ならば、俺が見なくて良いようにすれば良いだけだ」

 だから、甘えさせるなと……それにあれを見なくて良いようにとかこの世界にいては無理だろう? この森にいたら尚更だから。

 そう言おうとしてタクは飲み込んだ。

 でも、確かに、こいつが甘える事って滅多にない。

 無条件に甘えが出るとしたら陽斗に対してなんだろうけど。

 そんな所はタクが見ている限り、ほとんどなかった。

 周りのバタバタに口出しして、抑えて、片付けるのが上手い陽斗が、何の制限もなく動けていたのは、いつだってちまが何も言わずに陽斗の好きにさせていたからだろう。

 たまに行き過ぎそうになる陽斗を静めて、方向性を指し示すのはちまだった。

 ゲームの狩り中、後衛を忘れて暴走しそうになるタクをいつも上手く注意を引かせて、気付かせてくれるのもちまだ。

 セイちゃんや他の連中がちまの気を引きたくて引っ張り回していても、いつも皆が集まる時間になると戻って来ていた。

 嫌がるにゃあにゃんに手を出そうとしていた奴は上手く掌で転がされて、今じゃギルドホームを隣にする仲の良いギルマス同士の関係に持っていった。

 一匹狼的なラスを上手く他人と繋ぎあわせているのもちまだ。

 ちまが甘えるより、ちまに甘えている者の方がどれだけ多いか。

 甘やかすな、だなんて本当なら言えないのに。

 自分の身勝手さが嫌になる。

 ゲームではそれ程リアルでなかったからか、ちまが虫の敵に対して特に何かを言った事はなかった。

 いくら死ぬかもしれないと言っても。

 こんな気を失う程に嫌っているモノに対して、自分が言った事はどれだけ酷い事だったのだろう。

 間違った事を言ったつもりはない。

 それでも。

 それくらい、甘やかしても良いのかもしれない。

 最悪、この森を焼き尽くす事になったとしても。

 それはそれ。

 それがこの森のなるべき姿だったって事じゃないだろうか。

 だってなぁ。

 ラスは兎も角、にゃあにゃんだってアレ、絶対ダメな類だと思うんだよなぁ。

 下手したらセイちゃんだってそうだ。

 兎も角だなんて言って実はラスが一番苦手かもしれないってオチあるかもだし。

 そうだよなぁ。

 それ程好きじゃなくても、気を失う程じゃない俺とかが何とかすりゃ良いだけの話だよな。

 全滅させられる? そんな不安はないな。俺が、怯まなきゃ良いだけだ。

 さっきはいきなりだったから飲まれたけど。

 今目の前にいる奴等に負ける気なんて全然しない。

 そうだな。ちまがダメなのを倒せないような甲斐性なしにはなりたくねぇな。

 大きく息を吐く。

 こんなだから、ちまは俺に甘える事なんて出来なかったんだろうな……。

 そう思うと少し切ない。

 テントの外では大きなバッタがムカデに全身で体当たりをかまし、巨大な猪が亀に突っ込んで行く。

 大量の蛇がミノタウロスに絡みついている。

 二本の巨大な角を持ったモコモコの毛皮の山羊が大木に角を押しつけ倒し、倒木に足を掛けて遠吠えするように、メェェェッと啼いていた。

 倒木の下を白いネズミやリスが走っていく。

 どれも凶暴そうな牙を持っている。

 魔物達が動くから霧がそこの部分だけ微かに晴れてテントの中から見えていた。

 タクが気が付くと何時の間にかルゥは横になってちまを抱え込むようにして眠っていた。

 穏やかなその顔を見て、タクも大きな欠伸が出る。

 ここまで草を刈り続けて先行してきたタクも、思いの外疲れていたようだった。

 まだ昼にもなっていなかったが、そっと身を横たえた。

 休める時に休んでおくのもこの先行きを考えれば大事な事だろう。

 騒然とする周囲の中木の根元の一角だけは、ひとまずは安全は場所だった。




 最初に気を失ったからか。

 一番最初に起きたのはちまだった。

 足を伸ばして横になって寝ていた事に気付く。

 ここに来て、こんな風に全身伸ばして寝たのは初めてかもしれない。

 夜はルゥに抱え込まれて寝ていたけれど、いつも座っていた。

 それはルゥも同じだったはずだ。

 見ると、ルゥも横になっていた。

 ちょっとほっとする。

 少しでも疲れが取れていると良いけれど。

 騒がしかった周りが静かになった気がして、ちまはそっと起き上がった。

 まだしっかり目を開けれてない。

 いつもそうだった。

 一度寝るとなかなか体が起きてくれない。

 座ったまま目を擦ろうとして、左手が上がらない事に気付いて視線を落とす。

 ゆっくり瞬く。

 手首の辺りから大きな手が手の甲を包み込んでいた。

「おはよう」

 大きな手の先を辿ろうとしたら、声を掛けられた。

「おはよぉ」

 大好きな某総司令官の顔が近くにあった。

 うわぁ。やっぱ、かっこいいぃなぁ。

 身を起こしたルゥは、ふにゃりと笑ったちまの額にそっと唇を押し付けた。

 少し照れたように赤くなって、ふにゃふにゃ笑うちまの瞼と頬に続けてキスをしていると、足を蹴られた。

「おはよぉさんっ」

 ちまの後ろからタクが、ルゥの足を蹴りつつ大きな声を掛けてきた。

 ルゥはそんなタクに肩を竦め、ちゅっとわざと音を立てて、ちまの唇に触れた。

 そこで一気に目が覚めたのか、ぎょっとして振り返ったちまは、タクを見て真っ赤に顔を染めた。

「み、み、みっ……見たっ!?」

「見ましたぁ」

 思いっきり後ろに身を引きつつ真っ赤になって叫ぶちまに棒読みで応える。

 後ろにはルゥがいるので、寄り添っているようにしか見えない。

「暫くは見守ってやるけどな」

 ちまの額を指で弾く。

「あれよ? 最終的には邪魔する事もあるかもしれないけど。今のとこは味方でいてやるよ。はるトンのフォローも多少はしてやってもいいぞ?」

 額を両手で押さえて、ちまは顔を赤く染めたままタクを見返す。

「その代わり。もっと我儘を言え。取り敢えずは俺が一緒の時は解体は俺がやる。お前は調理の下ごしらえだけしておけ。虫はな。俺とルゥがやるから、お前は基本支援だけやればいい」

 くしゃっと頭を撫でる。

 別に、追い詰めたかったわけじゃない。

「お前は何も我慢しなくていい。俺だって我慢してないだろ?」

「……ありがとう……でも、解体に関しては……もう大丈夫だよ? 元の世界でよりも、何て言うか、食材に対してすごく感謝する気持ちが出来た気がするの。それって大事な事だよね? 虫に関しては……ありがとう……気を失ったり、混乱しない程度に頑張るよ……」

 気を失う前までのタクの言葉を思い出して、ちまはゆっくり意味を噛みしめる。

 自分が意識を失っている間にタクが悩んで考えた応えだと思えば、それを手荒に扱って良いものではないと思ったのだ。

 ルゥとタクの間でも大事な話をしていた事にも気付いた。

 ついさっき自分の気持ちを認めて、ルゥを受け入れたばかりなのに、知らない間にタクがそれを知っていると言う事は、ルゥが話をしたからだ。

 本来ならば、ちまから話をしなければならないと思っていた。

 タイミングを見て話そうと思っていた。

 三人で暫く旅をしないといけないのに。

 こんな気まずい話をルゥにさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「無理しない程度にな」

 左腕でちまの体を引き寄せて、ルゥはそう話にピリオドを付けた。

 ちまの考えている事にまでもピリオドを付けたようだった。

 覗きこまれた目にはそれ以上はもう、良いから解っているからと言っているようで小さく首を横に振られて、頷かれた。

「時間的に少し遅いが昼飯を食わないか?」

 少しタクからちまを引き離して、そっと外を見た。

 ちまには気付かれないように外の様子を窺う。

 タクがちまの頭を撫でるのに小さな嫉妬が疼く。

 付き合いの長さで何も言えないが、ちょっとくらい物理的距離を開けても文句は言われたくない。 

 外は静かだった。

 そして更に真っ白な世界になっていた。

 腕を伸ばせば、肘から先が見えない程までに。

 これなら、ちまが怯える事もないだろうとほっとする。

 何時なんだろう?とちまは首を傾げて視線を上げた。

 左上の基本情報欄に横の数字に気が付いた。

 と言うより、今までなかった気もする。

 数字は14:08と出ている。

 これって……時間?

「取り敢えず、何か食べちゃおうか。ん~何にしようかなぁ」

 アイテム欄を見て、何を食べたいか探す。

「何か希望とかある? 温かいのとか冷たいのとか、がっつり食べたいとか……」

「そうだなぁ。あんま動いてないしなぁ。軽くて良いんじゃないか? 夕飯はがっつりいこうや」

 ルゥは特にないようでタクのそれに頷いた。

「じゃぁ……お蕎麦にしようかなぁ。しこしこ蕎麦と海の幸山の幸春巻きで良いかな?」

 小さい丸いテーブルを出して、その上に器を皿を並べた。

「ほぅ。この高さは座っていると丁度良いな」

 出したテーブルは日本ではお馴染みの所謂ちゃぶ台である。

 ちゃぶ台を前にルゥの膝元では不都合とちまが隣に移動すると、ルゥは不服そうに微かに眉を寄せた。

 タクは面白そうに二人を見てるだけで、こちらも特に何も言わない。

 そんな二人にちまは全然気付いていない。

「はい。いただきますっ!」

「いただきまぁ~っ」

「いただく」

 ルゥもすっかり馴染んで食前の挨拶を口にする。

 王宮ではこんな風に家族で食卓を囲む事もなかった。

 食事会はあったが大広間にて、長いテーブルで誰とも距離があった。

 旅先でも部屋で給仕され、こんな手の届く所で食べる食事はなかった。

 毒見が間に入り、温かい料理も冷めてしまっているのが常だった。

「ねぇ、ルゥ。後で暦について教えてくれる?」

「こよみ?」

「うん。時間の数え方とか。一日の時間とか一か月何日とか。一年は何か月なのかね」

 時計らしき数字を見て、今更だったが聞かなければと思い付いた。

 食べた後、食器を洗えないのでそのまま片付けて、テーブルを拭くと、ちまはメモ帳とペンを取り出した。

 ルゥの説明では、一日の時間は24刻。秒数まで細かくは刻んでいなかったが分数まで同じだった。時は刻。分は分だがブと発音するらしい。

 一週間は7日で一か月は35日。一年で十か月。四季が存在し、新年祭、祈年祭、花祭、夏至祭、豊穣祭の大きな祭りで1~5日ずつ足されて一年は365日になる。

 曜日は属性があてられており、休日は安息日。月曜日が光。火曜日は火。水曜は水。木曜は風。金曜は雷。土曜は土とちま達には覚えやすかった。

 キーボードがなかったが、見慣れたカレンダーを思い描くとそのまま基本情報欄のギルド表のマスター専用書き込み情報欄に貼り付けた。

 曜日も入って見やすい。

 その上、ギルド表に大きく時間も入れてみた。

 これでギルドメンバーが見たら、見た目でも少し情報が得られるだろう。

「それから……あと何だろうなぁ。あ。お金かな。種類どんなのがあるんだろう」

 ルゥは軽く頷くと拡張鞄から四角い板状のモノを何種類か出した。

 価格の小さい順に並べていく。

「まずはこれが最下貨幣の鉄硬貨の1ゼルだ」

 縦2センチ弱に横1センチの長方形。厚み3ミリ程だろうか。細かい模様が入っている。

 それに続き次に指さしたのは同じ大きさで真ん中に四角い穴が開いているものだった。

「これが5ゼルの半銅貨」

 次の10ゼルは銅貨で長方形だった。50ゼルは大半銅貨で正方形穴開き。100ゼルは大銅貨で正方形。

 銅貨だけで4種類あった。長方形と正方形と穴があるものとないもの。

 この要領で銀貨も4種類ある。

 一万円が大銀貨の正方形となる。

 その後は穴は開いておらず、長方形と正方形だけになり、金貨10万、大金貨50万、白金貨1千万、大白金貨1億。

 硬貨全てに同じ文様が裏表に刻まれていた。

 表には製造した時の国王の名前と顔と周囲には複雑な文様。

 裏には全ての硬貨に王家の紋章が施されている。

 表の模様は製造された時によって異なるらしく、穴のない硬貨は記念硬貨も作られたりするので実に多種の絵柄が存在するらしい。

 特殊魔法を用いているので偽造は出来ないとの事。

「それにしても、鉄の硬貨とか……錆びるよなぁ……」

 ぽつりと呟かれたタクの言葉にルゥは苦笑した。

「我が国では1ゼル硬貨にはほとんど価値はない。貧乏な者はそれを集めて農機具や刃物に打ちかえるとの報告も受けている……」

「え? お金をそんな事しちゃっていいの?」

「1ゼル硬貨はな……縁担ぎにも使われていてな……祭りの際にはばらまいたりもする。首都でも剣を打つ時は必ず鉄貨一枚は一緒に溶かして打っている。金は世界を回って返ってくるものとされており、それになぞらえて、それを持った兵士が無事に帰ると言う祈りを込められているんだ」

「へぇ。何か、そう言うの良いね」

 メモを取りながら笑うちまを、ルゥは嬉しそうに見つめていた。

 話を聞いているとどうやら十進法らしい事もわかった。

 身近で判りやすくて助かる。

 この世界では一般家庭で贅沢をしなければ、大銀貨二枚で一か月家族5人養えると言う。

 この一般家庭の話は当然ルゥは詳しくなく、陽斗からの情報だ。

 買い物で市場へ繰り出しているのを幸いと、それとなく世間情報を集めていてくれていた。

 当然ながら流石のルゥは大白金貨以上は持っていなかった。

 大白金貨の上にはもう一つあり、晶貨と言い、直径二センチ程の円で厚さは他の硬貨と同じらしい。

 国同士のやり取りでもなければそんな貨幣の取引はないので当然と言えば当然だった。

 それでも普通に白金貨を持っている事が流石、元王太子だと思わされた。

「このお金が使えるのってこの国だけ?」

 王家の紋章入ってるって事はこの国だけなのかな?

 ちまは首を傾げて銀貨を一枚手にした。

「いや。この大陸ならどこの国でも使える。この硬貨はグロリアス王家発行だが、貨幣の形、価格設定はどの国も同じで発行元の紋章が異なるが混ざっても普通に使える。国によって物価が異なるので貨幣価値は上下するがな……信頼度でグロリアス貨幣は高いぞ。商業国家であるラダノス貨幣と帝国貨幣と並んで流通しているからな」

 タクも興味深げに手元の半銅貨を眺める。

 日本の5円玉や50円玉と同じようなものである。

 静かだったそこへ急に甲高い音が聞こえた。

 キュゥィィィィィィィ

 何かの鳴き声みたいだった。

 テーブルの上の硬貨を拡張鞄に入れてルゥは固まったままのちまを引き寄せる。

 目を凝らしてみようとするが誰の視界も真っ白だった。

 邪魔になりそうだとタクがテーブルを片付ける。

虫、嫌いです><

この森絶対うじゃうじゃなんですよ……。

((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル

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