三人寄れば文殊の知恵
暫く黙々と歩いていたタクがふと思い出したように口を開いた。
「そう言えば、ルゥとちまは親子に見えるけど、俺ってどんな立ち位置になるんだろうな?」
人里に下りれば自分達が他者からどう見られるかは重要だった。
まさか人攫いに間違われても困る。
「そうだな……首都に仕事を探しに行くって事にするか。母親を亡くしたから娘を連れて安全な職探しって所か。母親似だから似てないって言えば納得するだろう」
「ふむ。俺とちまの母親が姉弟ってのはどうだ?」
「なるほど。それは良いかもしれないな」
「ふぅん……タクさん髭で老けて見えるよぅ」
昨日会った時は目立ちはしなかったのに今朝は口周りに髪より濃いブラウンの混じったオレンジの毛が無精髭となって散らばっていた。
「鏡ないからなぁ。この際だから伸ばしてもいっかなぁ~と思ってるんだが。似合わないか?」
オレンジ色だから違和感が……とも言えずちまは小さく笑って誤魔化した。
「そう言えば。ルゥは? 変装で判らないけど。髭剃ってるの?」
「いや、俺も剃ってない。万が一自らの意思ではなく外された時の為の用心に越した事はないからな」
言われてみれば、出会ったばかりの時のルゥは髪と髭で素顔が見えなかった。
「父親と叔父って事は……パパとかお父様とかタク叔父さん、またはタク兄って呼ばないとダメかな?」
「ぅぐ……タク叔父さんは何かショックだぞ……俺は今まで通りでいいや……タク兄はちょっと魅力的だけどな」
後半でやに下げて笑う。
元の世界ではちまの一つ上で、面倒見の良い彼は皆の良きお兄さん的存在であった。
しかし、実際彼は姉がいて自分は弟でしかなかったので、少しばかり憧れもあるのだった。
「俺はパパでも名前でも好きに呼んでいい」
気持ちを受け入れてもらった今、もう呼び方なんて気にならなくなっていた。
しかし、ルゥはこの思い違いの自分の言葉に後悔する事になるのだが、それはまた後の話になる。
草を狩りまくっていたタクが手と足を止めた。
「まずいな、どんどん霧が濃くなってきたぞ……」
「うん……何とかタクさんは見えるけど、周り何も見えないよ」
雨宿り出来そうな所など一切見えない。
白一色の世界だ。
雨は霧雨のように細かい。
「これは下手に進まない方が良いかもしれないな……まさかここまで霧が深くなるとは思わなかった……霧が晴れるまでどこか安全そうな所で休んだ方がいいかもしれない……」
三人はすぐ脇にあった大きな木の根元に腰を下ろした。
恐らくまだ朝の8時か9時くらいだろうか。
歩いて2~3時間といったところか。
「大粒の雨じゃないからいいけど……シートとかあるといいんだけどなぁ……何か屋根に出来そうな物ってないかなぁ……」
「あぁ。何かドロップとかもそのまま入ってるから使えそうなのあるかもだな」
ちまとタクはアイテム欄のリストをスクロールしていく。
「俺、古い着物と古いマント結構持ってるな。ぼろい水色の服もあるぞ」
「私もぼろぼろの囚人服とぼろぼろの服があるなぁ。柔らかい布もあるけど……屋根用だしぼろいの使おうかね」
ちまはゲームの監獄と呼ばれていたダンジョンで手に入れたぼろぼろの囚人服を取り出して器用に縫っていく。
30分掛けて元が服なので歪ではあるが40枚程使い随分大きな一枚に仕上げる。
水はなかったが雨と霧を代わりにして、ばさっと大きく広げて、綺麗に洗濯してすっきり乾かすイメージを頭に思い描いた。
そして、そのままいつもの防水防風防塵防菌防臭効果の付与を掛ける。
「あっちの根とこっちの根のとこでナイフか矢で押さえれば屋根になるよね?」
タクとルゥに布を渡して、ちまは次は古いマントをタクから10枚ほどもらう。
これは装備としては使えない収集品の一つだった。
どれもあまりに擦れてぼろく、着れない説明が付いている品ばかりである。
二人が屋根布を木の根の部分に上手く張っていく間に、ちまはこちらも器用に縫い合わせると先程と同じようにばさっと真っ白な霧の中広げて洗濯し、付与効果を掛け、ふと思い付いて形状記憶と空気を入れて少しクッションになるように厚みの効果まで追加して、床敷きにと地面敷いた。
「どうよ! 少しは快適に雨宿り出来るかな?」
横と縦に二畳ずつ敷いた計四畳分程の広さを確保した。
中央の高さは2メートル程にしたのは、中で二人が立っても頭が当たらないようにとしたらしい。
屋根は中央を頂点として三角形にしたのは雨水が溜まらないようにする為だった。
余った布は内側に巻き込んでもらった。
「おぅ。良い感じだ。焚火は出来ないが屋根の布が大きかったから後ろも両脇も垂らせたから風も入ってこないし。結構温かいかもだな」
「町に着いたら厚い布を手に入れて簡易テントぽいの作っておこうかねぇ」
二人の会話にルゥは小さく溜息を吐いた。
これで十分だろうに、ちまは納得いかないようでまだ何か作るつもりでいる。
「さすがに大雑把過ぎて気持ち的に落ち着かないのよね。まぁ、今日はこれで良しとするけど。タクさん、装備に付与するからくれくれ。取り敢えずペンダントとマントはそのままでいいよ。風邪引かせそうだし。着替えもあれば一式およこし~全部まとめてやってしまう」
さくっと着ている物まで奪って自分の周りに置く。
本当は土足禁止にしたかったが、こんな森の中ではいつどんな危険な状況になるかわからないのでしょうがない。
靴やマント、服の汚れや泥や水滴を取り除いて彼等を中へ誘った。
「10時のおやつにも早いけど。お茶でも飲もうかね。特製ローヤルハーブティよ。お供はチーズクッキーでいいかなぁ」
二人の前におやつを出して自分は鎧の洗浄を始めた。
「あれだな。歩かないと俺達やる事ないな。武器の手入れでもすっか」
「そうだな……」
お茶を飲んでからルゥとタクは自分達の使用した武器を手にした。
移動中でなければちまは色々とやりたい事もやっておくべき事もあり、結構忙しい。
タクもやれる事は沢山あるはずだったが、まだこの世界にきて二日目で自分が何が出来るかまでさっぱり判ってなかった。
「ん~ちょっと床敷き薄いから座ってると疲れるねぇ」
ちまはそう言うと虎の革を三つ取り出すと二人に渡した。
一頭分の頭付で手足を広げた大きく、艶やかな革である。
とんでもない品でルゥはぎょっとして受け取れなかった。
「お前こんなのまで取ってあったのか。本当物持ち良いよなぁ。俺なんて邪魔だから即行売ってたぜ」
尻の下に敷いてタクはこりゃいいなぁと機嫌よく自分の作業に戻る。
「ルゥは使わない? お尻痛くなるから敷くといいよ?」
本当に。何でこんな物が出てくるのか。
ちまの持ち物検査をしたくなるルゥだった。
折角出してもらったのでありがたく使わせてもらう事にはしたが……。
彼等との旅は本当に色々考えさせられる。
『ちま、タクさんおはよう!』
そんな時陽斗の声が頭の中に響いた。
『おぅ、はるトン、おはよっ! 無事そうで良かった!』
『おはよぉ、はる』
二人は一度手を止めた。
そして再びゆっくりと手を動かし始める。
『タクさんも元気そうで良かったよ。あと、ごめんね。本当はもっと早く連絡するつもりだったんだけど……ちまにはちょっと話したけど。僕を拾ってくれた傭兵隊長が、仲間が見つかったなら合流するまで送るとか言い出して……参ったよ……』
溜息を消す事もなく陽斗は店先で必要そうな旅の道具類を見ていた。
『そうなの? でも、はるが一人で旅するのは心配だったから誰か一緒にいてくれるのは私としては心強いかなぁ』
『まぁ、確かにちょっと不安はあったけど……』
それでもちまに会えると思えばそんなモノは吹き飛んでいた。
『今日明日で準備して明後日出発って事になった。本当は今日中に出発したかったんだけどさ……』
傭兵隊長としては自分が不在の際、隊を放置しなければならないのでその準備もあったようだ。
『あ。はる、簡易テント作りたいから分厚い布とか見つけたら買っておいてくれるかな?』
先程の事を思い出したちまの発言にタクは思わず突っ込みを入れる。
『はるトンが買っても合流するまで作れないんじゃあんま意味ないんじゃないか?』
『あぁ……そうだった……はるがこっちに向かって来てくれるとしても半月以上は確実に掛かるんだった……』
首都にいる陽斗ならば、必要な物はかなり手に入るのだが、すぐに手渡せないもどかしさにちまは思わずタクの着替えにチョップをくれてやるのだった。
「どうした?」
静かに作業していたのに、不意に服を叩いたちまにルゥが目を丸くした。
「……何でもない」
苦笑して八つ当たりした服を撫でる。
『ちま、俺の服に八つ当たりするのやめてね』
横目で見ていたタクは悲しそうに眉を下げた。
『……こっちで使えるか判らないけど。ギルド共有倉庫に入れたら取り出せないか?』
『そんなのもあったな』
『その手があった!』
陽斗の思い付きに二人は希望を見出した。
『ちょっと何か入れてみるか』
陽斗は露店の串焼きを10本程買ってギルド専用の同ギルドメンバーが共有出来る倉庫へ放り込んだ。
『熱々の串焼き10本入れてみたよ。取り出せるかな?』
ちまとタクは基本情報欄から所属ギルドに触れてギルドの倉庫を開いた。
『おぉ、あった!』
『入ってるね! 取り出せるかな』
二人は一本ずつ取り出すと思わず顔を合わせて笑った。
『取り出せたよ!!』
「ルゥ、あげる」
ちまは取り出した串焼きをルゥに手渡すともう一本自分用に取り出す。
「あぁ、ありがとう……どうしたんだ?」
いきなり渡されてルゥが困惑した表情で二人を見る。
「首都にいるらしい仲間から物の受け取りが出来るか確認してたんだ。どうやら成功だぜ」
タクの説明に愕然としてしまう。
本当に、異世界人の非常識には頭がついていかない。
『はる! 調味料各種揃えて入れて! 味噌と一欠片の岩塩しか持ってないの! あと分厚い布でしょ! それからねぇ』
『待って待って。テント作るつもりなら、出来合いのやつでもいいんじゃないかな? こっちのテントがどのくらいの精度かわからないけど。野宿になるなら僕の方でも必要だし。二日もあるから性能確認とかもして僕が準備しておくよ』
物造りに関してはメイン職でやっていた陽斗に任せるのが一番だった。
『保温ペンダントとか作ったらこっちのアイテム欄に入れておく方がいいね。あと飲み水とかもかな。そうだ。忘れてた。複製ってのが出来るんだった。タクさんに預けたペンダントもそのまま複製出来るかも。たぶん、作れるだけのスキル持ってればいくらでも複製出来るのかも?』
『まじ? んじゃ、ちょっと俺はこのペンダントの複製作ってみるわ。製造職レベル116だったはずだけどいけっかなぁ』
陽斗とちまの製造・製薬師レベルに比べたら低いので首を傾げつつ。首から下げたペンダントヘッドを掌に乗せる。
『それじゃぁ、テントも一つ作ったら複製して増やせばいいね。便利だなぁ』
『便利ではあるけど……複製する事で熟練度が上がるかはまだわからないよ? 私、この森で捕まえた獣の解体やってたら、どんどんと短縮で出来るようになっていったんだよねぇ。それから装備品には全て付与の基本効果として防水防風防塵防菌防臭効果、形状記憶掛けてる。下着の類には汗を吸収して発熱加工してその熱を体温調節で一定に保つようにとか。マントや服や鎧には物理的攻撃防御に異常効果特殊効果の無効でしょ。そう言えばマントにはステルス機能も付けちゃったなぁ。あと聖水を一気に作ったら何故か8種類の聖水が出来ちゃった。それで熟練度ってのがあるのかなぁって気付いたの』
怒涛のように数日前にやらかした事を挙げていく。
『おま……突っ込みどころが満載すぎるわっ!!』
何も言えずに溜息を吐いた陽斗の代わりにタクが思わず隣に座っていたちまの腕に裏拳を入れた。
『えぇ!? だってあったら良いよね? ここで怪我とかしたら何か怖くない? 医療がどれだけの技術あるか判らないし。破傷風とか手足切断とかすっごく怖いんだけど!! 出来るだけ防御したいじゃない?』
『そうだけど……神殿の治療魔法があるからなぁ。数時間程度だったら切れた手足も繋げられるって話だったよ? 僕等の聖職スキルだったら病気も毒も怪我も治せるね。もしかしたら死者ですら生き返らせるかも……ゲームだったら可能だったしねぇ……さすがにそれは死者が目の前にいないから確かめようって気は起きないけどさ……』
出てきた単語にちまはふと引っ掛った。
『神殿? 教会とは違うの?』
『教会? 僕は神殿って聞いたけど。教会ってなんだろう? 流派の一つなのかな?』
ちまは持っていた兜を地面に一度置くとルゥの方に体ごと向けた。
「ねぇ、ルゥ……神殿って何? 教会とは違うの?」
言われて、ルゥは小さくあっと声を漏らした。
「すまん。うっかりしてた。通常は神殿と呼ばれている。教会と言うのは王族だ。神殿から教育係が遣わされてな。それで王族は教会と言うようになったのだった。すまない。人に聞かれたらまずい事になっていたな……教会は頭の中から消してくれ。これからは神殿で頼む」
ちまとタクの顔を見て頭を下げた。
「了解した。頭なんか下げるなよ。今気付けて良かったな」
「神殿ね。神殿神殿。うん。大丈夫」
ちまも安心させるようににっこり笑って頷いた。
『はる、教会ってのは王族に限っての呼称みたい。一般的には神殿らしい』
『ふむ。わかった。本当に王様と一緒にいるんだな……』
同行者の素性に改めて恐れ入る。
陽斗を助けてくれた傭兵隊は皆一流の腕をしているようだったが、装備についてはそれ程良い物を身に着けているように見えなかった。
彼等の装備品を思い出しつつ首を傾げる。
少なくてもちまが付与したような物等なかった。
『あ。忘れてた事があった。この世界で付与って一つに一種類しか出来ないのが当たり前に思われてるみたい』
付け足すように言われて陽斗は頭を抱えたくなった。
『ちま! 王様に付与した物は全て王様限定って付け足して! 絶対他の誰にも身に着けれないようにね……どこのアーティファクトだって話になっちゃうからね!?』
『それ言うなら俺達の装備品って倉庫に入ってるの含めて全部アーティファクト物になっちゃうんじゃないか?』
『そうなるね……下手に売りさばいたりしないようにしないと……面倒な事に巻き込まれかねない。料理とかも本気でまずいよね。ステアップ物ばかりじゃないか』
『え。普通に飲み食いしちゃってるよ~』
『あぁ……もうちまには何も言わないょ……この先もし他の人と一緒になっても食べさせないでよ? 今の状況だと王様だけな。彼限定にしておいてよ。まぁ、この世界じゃ自分のステなんて確認出来ないから料理食べたくらいじゃすぐには気付かれないだろうけどさ……』
『ん~一応気を付ける』
『調味料と調理器具と材料仕入れて入れておくから。他の人が加わったらそれ使って調理してね』
『うん。ありがとう! そう言えば、はるはお金持ってるの?』
『あぁ。それな。999テラも所持していたぞ。問題ない。この王国より金持ちな気がする』
『あぁ同じだ。良かった。てか物価知らないけど。王国よりって……』
『俺も同じ金額なんだよな。皆それくらい持ってるのかね?』
『取り敢えず、さっきの串焼きは一本30ゼルだった』
『『安っ!!』』
ちまとタクがはもって叫んだ。
二人は最悪1円が1Mと思っていただけに。まさかの二桁の数字に愕然としてしまう。
日本円にすれるならば串焼き一本30円だった。
しかも30センチ程の串にボリュームのある肉と野菜が刺さっていた。
『やばい、この金額持ってるってだけで怖い……』
『アイテム欄に入ってるから盗まれる事ないから大丈夫だよ。でも、高額だって事は頭に入れておいてね。まぁ、僕等ギルマスとサブマスだからこんなに持ってるのかもしれないけどね』
ちま達のギルド【ムーンラビット】は、ちまをギルドマスター頂き、陽斗とタクともう一人、ちまの幼馴染であるラスの三人がサブマスターを務めていた。
『気を付けないといけないって意味では、聖職と……魔法と製造・製薬系もやばいよねぇ』
『ギルメン全員がどの職も一つは確実も持ってるぞ? やばいって意味じゃぁ……あの時PT組んで出掛けようとしていたメンバーだけがここに呼び出されたのかも怪しいんじゃないか? 下手したらあの時組んでなかったギルメンも……その可能性あるよな?』
可能性を考えると不安が増してくる。
『取り敢えず、そこはまめにメンバー表を確認しておくしかないかねぇ。PTメンバー表と共に。少なくても恐らくはPTメンバーは来てると確定しておこう。ラスとセイちゃんとにゃあにゃんだな……近くにいるといいんだけどな。そう言えば僕はここに来て今日で6日目なんだけど二人はどうなの?』
『俺は2日目だ』
『私は4日目。皆ばらばらだねぇ』
『マップで出ない程遠い所に落とされたか。まだこっちに来てないか。どっちかだね』
『遠い所は困るなぁ……あぁ。まだテレポとワープのスキルの確認してなかったな……』
ちまはルゥと一緒に行動していたのでほとんどスキルの確認は出来ていなかった。
タクもそんな暇はなかった。
『テレポとワープは人目当てには無理だったよ?』
夕べ、ちまの声を聞いた時咄嗟にちまの元へ飛ぼうと思ったが、発動してくれなかった。
あっさりと陽斗は白状した。
その陽斗もちまの声を聞くまではスキルどころか基本情報欄さえまともに触れてもいなかった。
まだ話していなかったが、実はちまが存在しない異世界に来てしまった事を知った陽斗は愕然とし、自失してしまって、傭兵隊の皆にとても心配されてしまっていたのだ。
ちまと話した翌朝、出会った時の最初の頃のように自我を持った陽斗を前に彼等は安心と疑問を抱いた。
それ故に仲間との合流を確かなものと見届ける為に隊長が同行を申し出たのだ。
自失していた数日よりはしっかりしていたが、それでもちまが手の届く所にいないので余裕はあんまりない陽斗はそんな周りの考えを理解出来ていなかった。
『お。保温効果ペンダント複製完了。集中出来なかったのもあるが時間掛かったな。レベル低いからかもだけど。後5個くらい作っておくな』
作ったばかりのペンダントを一つちまの手に乗せる。
『ありがと』
礼を言ってちまは自分が作った物と同じ効果とデザインのペンダントを首に掛けた。
マントから出ていた顔や手足までがほっこりじわじわと温かくなってくる。
『あぁ。何かやっぱこっちのが良いのかなぁ。服に冷暖効果付けるよりアクセに付けた方が良い気がするね』
後でルゥのもそうするかなぁと思いつつ付与した服と靴と鎧やらをタクの方へ押しやる。
そしてこちらに来て最初に作った【冷たい美味しい聖水】を複製してギルド共有倉庫へ500個程入れる。
『あ。今入れてから気付いた。この複製ってさ……絶対安全なのかよくわからないんだよねぇって思ってたんだった……。ほら……向こうでも遺伝子書き換え~とかあったじゃない? これ、大丈夫かなぁ?』
『ん~……僕の見解としては……これだけ多く作ってるから精度は高いと見る。それに。ちまの製薬技術の信頼性を考えれば、ほぼ確実に元と変わらない物だと思う。だから。味の効果は熟練度かもしれないけど。安全性については問題ないと思う。僕個人の信頼度の方向性もあるかもだけどね。大丈夫だよ。ちまの作った物だからね』
陽斗の太鼓判にちまはほっとして全身から力が抜けてくる。
『陽斗がそう言ってくれるなら大丈夫かなぁ……。物作りは陽斗から教えてもらったものだしね』
『製造はまだしも、製薬に関してはもうちまの方が遥かに先を行ってるよ。たぶんだけどね。ちまの作った物の複製は作れても、複製元と同じ精度の物って作り出せない気がするんだよねぇ。たぶん、これは製造に関してちまとタクにも言えるかもしれない。僕が作った物の複製は時間は掛かっても出来るはず。でも1から同じ精度の物は作れないと思うよ』
製造レベルをメインで動かしてきた陽斗にはそんな推測が出来た。
『成程ねぇ。まぁ、取り敢えずほっとしたわ。飲み水って怖いし。口に入れるものはこれを使うといいかも』
『うん。ありがとう。助かるよ。この国、一応上下水設備が整ってるんだけど。それでもこっちの水よりそっちの森も水のが美味しい気がするもんな』
海外旅行に2回程行った事のあるちまと陽斗は安心して飲める水が貴重な事を知っていた。
『あぁ。そうだ。一応複製元を1個ずつ確保しておいた方がいいかな。気付かないで使い切った時が怖いし』
『じゃぁ、サブ倉庫の一つに原本タイトル付けて放り込んでおいたらいいんじゃないか?』
マスターとサブマスターに限って使用出来るサブ倉庫が5個存在する。
そのうちの1つに入れようとタクが提案する。
やはり、一人だったら思い付かない事がどんどん出てくる。
はるとタクさんがいて良かった……。
『二人がいてくれて良かった……私あんま考えるの苦手だから助かるわ』
『ちまは感覚の人だからなぁ。まぁ、ちまはそのままで良いよ』
『動物並みの勘してるもんなぁ。確かにそうだな。ちまはそのままでいろ。でないとこっちが本調子出ないぜ』
タクも陽斗もちゃんと自覚していた。
ちまがいなかったら、自分達はこんな冷静ではいられなかった。
『ラスとにゃあにゃんとセイちゃんも早く見つけてやらないとな』
だからこそ、まだ見つけられない仲間を探さないとと思うのだ。
『うん。そうだね。あ……一つ言っておかないといけない事があったんだ』
ちまは朝ルゥに言った事を思い出した。
『ごめん。最初に謝っておくわ……』
そう切り出すと、陽斗の声がすっと冷やかに変わった。
『何だろう。最初に謝るなんて』
『うん……夕べはるにはちょっと話したけど。私は二人に会えたから。すごく安心したんだ。誰とも連絡つかない間すごく不安だった。だから。ルゥが王様なら、玉座に戻してあげたいんだ。ラス達も絶対探すけど。今はルゥの傍にいないといけないって思うんだ。ルゥと出会わなかったら、私こうしてこんな森の中生きていられたとは思えないの。魔物も獣もいっぱいいるんだよ。生きていられたとしても、こんな正常な精神でいられたかわからない。ルゥにすごく感謝してる。二人に付き合えとは言わない。二人にはラス達を探してもらいたいしね。ルゥがもう大丈夫って思えるまで一緒に行こうと思うの。我儘言ってると自覚してる』
『何だ、そんな事か』
陽斗がほっと息を吐いた。
今度はどんな事を言われるのかと構えてしまった。
『元の世界に戻るのに王様が魔導士紹介してくれるだろ? まずはその魔導士に会うってのが目標じゃないか? まぁ今はまず、はるトンと合流が先決だけどさ』
タクの方もどんな難題をぶちかましてくれるかと思っていたが、全然大した事ではなかった。
『そうだよ。第一僕等を召喚したって術士なんて探す気も起きないしね? どんな狙いがあって呼び出したか知らないけど、こんなの誘拐だよ。そんなやつの言う事なんて聞きたくないし。顔も見たくないよ。そうすると戻る為には王様の紹介してれるって魔導士に期待するしかないじゃない。王様が僕等に手を貸してくれる環境を作るのは僕等にとっても必要な事だからね。王様に協力? 問題ないね。それは我儘って言わないよ。ギルマスとしてなら素晴らしい責任感だね。ギルマスってだけでそんな責任負わせる気ないけど』
元々、ちまがギルドマスターになったのは彼女の元に人が集まってくるからだった。
ギルド同士の戦いや何か目的があって集まったギルドではない。
単にちまと一緒に遊びたいって思う者達が集まって出来たギルドで、そんな彼女だったから皆がマスターに推したのだ。
何か責任を負わせようと思う者は誰もいない。
『僕等の今後の目標としては、仲間との合流。王様を玉座に戻す手伝いをして魔導士さんを紹介してもらう。これでいいかな?』
言われていた調味料を仕入れながら、陽斗は確認を問う。
『おぅ。了解した』
『うん。ありがとう』
『どういたしまして。さて。そうと決まれば。移動も可能な本拠地が欲しいなぁ』
陽斗がふともらした言葉に俄然ちまが飛びつく。
『それ! 私も考えてた! 異空間に部屋作れないかな? ギルドハウスみたいなの。そしたら外出先からも使えるよね!』
ゲームの時、溜まり場としてギルド専用の家を購入していた。
各自部屋もあり、セーブも可能だったのでかなり重宝していた。
『あぁ。そりゃいいなぁ。常に布団で寝られるって贅沢だよなぁ』
たった1日しか野宿していないタクがうんうんと頷く。
『たぶんね、製造系のスキル持ってるとある程度の属性持ちだろうから空間属性あれば作れるよ。でもこの世界で空間属性持ってるのって魔王様くらいらしいから持っていても他言無用にしておいた方がいいね。冒険者組合で僕も調べたんだけど。僕が持ってたからたぶん二人も持ってるはずだよ。この属性ってこっちの世界独特だからゲームとちょっと違うみたいでね。こっちには雷とか氷属性もあるんだよ。僕等の間隔では氷なんて水と風の複合で作れちゃうからなかったしね。雷も同じだよね。他にも多種あるみたいなんだよ。属性調べたって言っても、自分にわかるだけで身分証のメダルには何も出ないみたいだから安心していいよ。通常2~3種類みたい。魔素を保有してる人は多いけど魔法として使える人は僅かみたいだ。火と水は生活魔法として普通に使ってる人も多いらしい。身分証申請の時の自己報告ではその2つは入れておいてもいいかもね』
自失していたと言っても流石に先にいろいろやってきただけあってこの世界の常識に詳しい陽斗は助言をした。
『ギルドホームはまた夜手が空いた時にちょっとずつやってみるよ。これが出来たら遠くに落ちていた場合でもすぐ合流が可能かもしれないね。ただ、最初の取っ掛かりはマスターでないと発動しない可能性もあるから、ちまも考えておいて』
『うん。解った。ゲームとはやっぱりちょっと違うんだね。まぁ当然だろうけど。ギルドホームか。じゃぁそこは【我が家】だね』
『確かに。【我が家】だな』
三人は目下の目的が出来て気持ちが落ち着いてきた。
『あぁ。何かのんびりしてたからか、探しに来られちゃった。ここに来た時の僕の話はまた時間ある時にするね。もうちょっと買い物するけど、何か欲しい物あるかな?』
『うん。ん~他何があるのかなぁ。実際店を見てないからどんな物があるのか判らないから何ともだねぇ』
『んじゃ、適当に入れておくから手が空いたら見ておいて。明日また買い物の時間あると思うからその時までに何か考えておいて。じゃぁまた後でね』
『あいさ』
『了解したぁ~』
返事をして、ちまは残りのタクの服を返すと、身を乗り出してルゥの手元を見た。
「どうした?」
「うん。剣の手入れって一般的にはどれくらいの事が出来るのかなって思って」
ちま自身は自分の使用する武器の製作までは出来るので、一般的な鍛冶職人の手入れまで可能だった。
しかし、普通の使用者の範囲はどこまで可能なのか気になる。
「そうだな。借りてる剣に関しては拭う程度だな……短剣の方は切れ味が落ちていたから砥石を使っているとこだ」
説明の途中からルゥが不意に腰を上げた。
そこで何か獣の遠吠えが響いた。
まだそんなに近くはない。
ちまはそっと立ち上がると屋根の布に触れた。
屋根布に内側の気配を消すように思いを込める。
あとは……ステルス機能もやっぱり付けておこうか……。外の気配は判るようにして少し透けて見えるようにしておくのもいいかな。中の声も漏れないようにして。あとは前どうしようか……。
布で囲っているのは上と後ろと左右だけで前は何も覆ってない。
霧が晴れる様子はなかった。
もう腕を真っ直ぐ伸ばすと掌が見えない程まで霧が濃い。
ちまは古ぼけたシーツを取り出して同じように付与効果を付けると無理やり屋根部分と縫い始めた。左右は上から腕一本分ほどまで縫い合わせる。
それから全体に物理攻撃と魔法攻撃防御を追加した。
異常効果無効も付けておこう。そうしよう。何が出てくるか判らないもんね。出来るだけ何でも付けておこう。そうしよう……。
何か酷く追い詰められたような気分で、付与効果を掛けまくった。
何だか怖い……見えないからなのかな……。
完全に囲いを作ってほっとしてぺたんと座り込んだ。
「中の気配と音を遮断したよ。外からは木の根にしか見えないはず」
「そうか。この霧、恐らく今日はもう晴れないだろう。明日までもうゆっくり休んだ方が良さそうだな……」
まだ緊張を解かずに耳を澄ましながらルゥはちまの隣に座った。
何かあった時すぐさま庇える位置にいたかった。
そこへバラッバラッと大きな音を立てて雨が屋根を叩いた。
「雨も酷くなってきたか」
それまでは細い雨だったが今は大粒で降ってくる。
そっと前の布をめくって外を見たタクが肩を竦めて、布を戻す。
「移動出来ないとなると一気に暇になったな」
付与してもらった服を着て鎧はアイテム欄に放り込む。
武器の類も邪魔だったのでしまう。
二人が完全に外に対しての警戒心を解いたのに対してルゥはまだ解けないでいた。
深い霧で見えなかったが、ルゥは感じていた。
多くの魔物がうろついている事を。
魔物だけではない。
恐らく数匹の狼やらも。
霧が各々の姿を隠しているが、晴れればどんな惨状になるか考えるだけでも恐ろしい。
ちまの腕を掴んで、神経を澄まして周囲を窺う。




