私の異世界での初日のこと
「僕はアサで行く」
「あいお。私はローグで~」
「俺は聖騎士で行くよ」
「俺はスナイパーで」
「私はウィザードにする」
「んじゃ、私は支援で行くね」
「目的地で合流でいいかな?」
「準備が整い次第向かう~」
いつも遊んでいるオンラインゲームで、いつものメンバーで狩りに行こうとして自分の部屋でモニターを前にしてキーボードを打ってた。
狩りに行く準備を終えて自分のキャラクターを移動ゲートを潜らせた時、モニターがやたら白くなった。
ん?
何だろうと思って直視したら……不意に白から真っ暗になる。
モニターが爆発!?
思わず目をぎゅっとつぶったから真っ暗なのかもしれない。
そっと開けた。
そして、頭の中が真っ白になった。
目を開けたら、そこは森の中だった。
「え……っと……ここは、どこ?」
椅子に座ってたつもりだけど、今は見渡す限り大きな木に囲まれていた。
足元にはむき出しの土と膝丈までの草。
ヒール5センチ程のこげ茶色のロングブーツと茶ピンクがかったタイツが目に入る。
ついさっきまで、室内履きに使っていた健康サンダルを履いていたはずなのに。
それに、着ている者はワンピースぽいものだけど、後ろ見頃は足首まであるのに前身頃は膝上20センチ。
座ったらパンツ丸見えなんじゃ!? あ……タイツ履いてるから直パンじゃないのか……いや、そこ納得するとこじゃないよね!?
ジーンズとロングセーター着てたはずなのに……てか、40近いのにこの格好かなり恥ずかしいんだけど!?
焦って辺りを見渡す。
そこで結っていたはずの髪が下ろされてる事にも気付いた。
見慣れたはずの黒髪が……淡いピンク色に変わっていた。
「な……何、このコスプレはっ!?」
誰かいないの!? いやっ、誰かにこの姿見られるのも恥ずかしすぎるけど……と……取り敢えず、落ち着け、私っ!
辺りをきょろきょろ見渡すが人の姿は見えない。
「取り敢えず……何を持っているか……いや、その前に安全を確保か?」
人の気配? 獣の気配? そんなモノわかるはずがない。
平和な日本の首都で生まれ育ったので気配を察知するような特技なんかあるはずがない。
「地図もないのに動いて大丈夫なの……? マップあるのにゲームの中でさえ普通に迷子になれる特技持ってるのに……参った……」
地図の事を考えたら、視界の右上の端っこに半透明でそれぽいモノが現れた。
何だ、コレ……。
右手で触れようとして、すかっと空をかく。
いつも遊んでいるゲームもモニター画面みたい……。
ゲームをしている時の画面を思い描いた。
右上に半透明なマップ。その下には半透明な自分に掛かっているスキル表示。中央上辺にファンクションキーのスキルする為の12枠省略キー。左上にはキャラクターの基本情報欄。基本情報欄を開けると、名前と職業とレベルと体力表示のHPと魔力表示のMPと所持金。他にステータス欄、装備欄、アイテム欄、スキル欄、フレンド欄、パーティ欄。
それから……文字を打ち込むチャット欄は全チャとPTチャットとギルチャもあるはずだけど……ないねぇ……。
自分が喋れるのだし、キーボードが目の前にあるわけでもないので打ち込むチャット欄だけ見当たらなかった。
「これはつまり……やっぱりゲームなのかな? やたらリアルぽいけど」
自分の頬をぎゅむっと摘まんでみる。
無意識に加減もなく思いっきり掴んでしまった。
「いひゃぃな……」
摘まんだまま呟く。
見渡して、少し明るく感じる方向を見つけた。
こんな草だらけのところで持ち物を広げるわけにもいかないと思ってそちらへ足を踏み出した。
この服……やっぱ支援職の服だよねぇ……しかも三次職の……。
歩きながら基本情報欄を開く。
基本情報欄
名前 三嶋 結
通称 ちま
職業 界渡りの異邦人
聖職:セラ・ヴィ・フォーリアス
レベル 130
HP 130,000/130,000
MP 500,000/500,000
所持金 999,999,999,999,999
え……っと、どこを突っ込んだらいいんだろう……。
冷静にじっくりと見つめる。
いやいやいや……何がおかしいって、全ておかしい!? 桁がおかしすぎるっ! 所持金おかしすぎるよね? 単位がそもそもわからないよ? Kで、Mで……それ以上ってなんだっけ? ギガのGだっけ? Gの上ってなんだっけ? え……テラだっけ? 100M稼ぐ事が夢だったけどっ、そんな夢まだまだ叶えてなかったよ!? しかもHPもMPも半端ないよ……ゲームじゃそんな桁この職業におかしいからっ!! あと界渡りの異邦人って何!? 突っ込み所満載すぎるんじゃないの!?
セラは、メインで使ってる支援職のキャラクターの名前で、皆で狩りに行くのに準備していたキャラクターである。
情報欄ばかり見てて足元を見てなかった。
はっと気付いた時、瞬間的に後ろに体重を落とした。
心臓がばくばくする。
「死ぬっ! ここから落ちたら流石にやばいからっ!」
何とかぎりぎり崖から落ち損なって助かった。
我ながら悪くはない反射神経だと思いたい。
でも本当に良い反射神経をしてたら背中から地面に落ちて痛みに堪える事なんてないだろう。
ほっと息をついて木の葉で底が見えない崖下を見下ろした。
見上げた視線の先は地平線まで続く森だった。
「これは……ジャングルって言うんじゃないのかねぇ……ここから人のいる所まで行くには一体どうしたらいいんだろう……」
あまりの深すぎる森の中で、茫然と立ち尽くすしかなかった。
不意に背後でがさごそ草を踏み分ける音が聞こえてきた。
「何……誰かいるの……?」
誰か人かもしれない、そんな期待がこみ上げる。
一歩踏み出そうとして、それが目に入った途端止まった。
あまりの大きさと、柵や乗り物のガラス越しではなく、生で見たそれに目は驚きで見開き、口もぽかんと開いてしまった。
「らい……おん……」
金色の立派な鬣の獅子がじっとこちらを見ていた。
ググゥっと喉が鳴る。
ぎょっとして踏み出しかけていた足が下がる。
やばい……獲物認定されてる!?
更に一歩下がる……と足が地面に着かなかった。
「えっ!?」
体重を戻す事も叶わず、体が引っ張られる。
重力に。
浮遊感と落下する体。
悲鳴をあげようとしたら、空が暗くなった。
いや、何かが落ちてくる。
自分よりも早く、大きなモノが。
スローモーションに見えるそれらが、死の直前を意味してるように思えた。
潰されて死ぬか、地面に叩きつけられて死ぬかのどっちかなんだろうな……。
どっちも潰れるんだ……。
思わずふっと笑ってしまった。
『後でお仕置き決定だね? ねぇ、ちま』
『流石ちまだ。罠に嵌らないと張った人の苦労が忍ばれないwww』
『まぁ……一緒に嵌ってあげるから泣かないで』
『うはははははっwwwww 良い嵌りっぷりだww』
『あたしが嵌る前に嵌ってくれてありがとう、ねーさんっ!!』
仲間の声が聞こえるようだった。
そんな大量の草が生える程、笑わなくてもいいのに……。
そして意識が飛んだ。