序章
朝、いつもと同じように見ていたニュースのひとつが原因だった。
仏頂面のニュースキャスターが、命令されて必死に作り上げたと言わんばかりの、ぎこちなくて情けない顔を浮かべた。ここ数日、長々と続けられている必要のない場面だ。
「度重なる環境汚染により、このままでは地球が崩壊するでしょう」
もう何度聞いただろうか。環境問題、環境汚染と騒ぐ内容が放送されたのは。いつからだったか、メディアの放映内容が過激になり、崩壊なんて今まで使われなかった言葉が当たり前のように言われ始めた。最初こそ驚いたが、何度も繰り返されて、来るとわかっている猫だましなんて効果はない。
回数を重ねるごとに、見るたびにくだらないとさえ感じてしまう。星座占いで6位7位と言われたような気分だ。その時は気になっても、すぐにどうでも良くなって忘れてしまう。
「それでは、次のニュースです」
何事もなかったかのように、いつも通りのニュースに戻る。それと同時に電源を落として家を出た。
外は、いつもと変わらない。空気は澄んで、空はどこまでも青い。爽やかに乾いた風が背中を押す。こんなに清々しいのに、地球が崩壊するなんて。
信じたくない情報を鼻で笑って学校へと向かった。
「隼人、おはよう」
後ろから肩を叩かれた。声だけで誰か分かってしまう自分に呆れてしまう。
「葵…おはよ」
斜め後ろに視線を送ると、朝から明るい笑顔を浮かべた彼女、葵の姿があった。
「今日も元気ないね。辛気臭いニュース見てきたの?」
赤茶色の髪をさらさらと揺らして首をかしげる。秋の山を思わせる色合いの髪は彼女のコンプレックスなんだそうだ。教師が小言を言うたびに地毛だと訴えるのが面倒なんだとか。
色素の薄い髪のわりに黄色人種らしい色の肌が嫌だとも言っていたっけ。
「ニュースなんかに左右されてたまるか」
彼女から視線を逸らして歩みを早める。
「隼人は気にしないんだね」
「毎日見ていればな」
嘘だ。
空を、草木を、水を見て、地球が崩壊するなんて有り得ないと自分に言い聞かせている。
今日の朝だってそうだ。
何の進展もないニュース、変わらない空気、いつもと同じ人物。溢れるほどの日常を見つめて、自分に刷り込んでいる。図星を突かれれ動揺を隠せないほどに、世界は平和だと信じようとしながらも、いつか訪れる崩壊に怯えながら。
どんなに探してもいつもと変わらない。終末の朝なんてやって来ない。そのはずなのに、自信が持てなかった。
胸の内に渦巻く不安を葵に気付かれないように強気に振る舞う。
その為に、彼女がニュースの話題を持ち掛けると、明らかに歩調が早くなる。
「おーい、小南!」
校内に進むと少し離れた前方から男子が俺を呼ぶ。その男子の他にも多くの人が集まっていた。
「先に教室行ってて」
葵に声をかけて男子に近づいた。
見慣れない光景だ。男子ばかりが集められるなんて、健康診断でもあるまいし。
僅かにざわつく胸を抱えて話を聞く。
「男子は体育館に集合しろって放送聞いてなかったのか?」
「聞いてない。今着いたばかりだからな」
「まあいいや、早く行こうぜ」
現実からただ逃げていた俺は何も知らなかった。本当に、何も。