第七十九話 消却
怒り奮闘といったように、顔を真っ赤にし拳を握りしめ、プルプルと震えている女性。
藍色の箱を持った少女は、顔を真っ青にして震えている。
当然だ、自慢の兵隊たちがたった一人の少女によって蹂躙されたのだから。
国へ帰れば、無駄に殺した兵士の血筋から、友人から、恋人から非難を浴びる。それがたとえ戦争でも、民衆は責め立てる。それが国の為だったとしても。
だからこそ、だからこそ思い通りにいかないのに苛立っている。
前線へ出ているのもそれだ。本来なら指令塔や宮殿で命令を下すだけで済む話だというのに、国民はそれを良しとはせず非難を浴びせ、暴動を起こす。
前国王、即ち彼女の父が行った政策のせいだ。前国王のせいで、無駄に平等に拘る屑エルフ共が産まれてしまった。
彼女の怒りはフォロリス達だけではなく、自らが守るべき国民にも向けられていた。
「どうしたの? 攻めてこないのかしら?」
ベラが一歩進むごとに、エルフ兵は一歩下がる。
あの攻撃によって、ベラに対して恐怖を植え付けられてしまった。
一度恐怖を植え付けられたら、それは二度と取り除くことは出来ない。
「……無抵抗なのを殺していくのは、どうも作業っぽいから嫌なんだけど」
そう言いながらも、次々とワイヤーでエルフ兵を斬っていく。
逃げようにもあまりの恐怖に足がすくみ、動けない兵士。
当然逃げた兵は逃亡兵として処刑されてしまう、兵士から見たら八方塞がり。
最も、そのようなものベラの知った事ではない。彼女にとって自分以外の人間は所詮他人、敵は敵なのだ。
天空高く舞い上がる血飛沫を浴び、ベラは妖艶に微笑む。
服は血に汚れ、水気を吸い重くなっている。
「まあたまにはいいわよね、たまには」
血溜りをぴちゃぴちゃと、雨の日に浮かれる子供のように踏みながら呟く。
女性は怒号で、兵士に命ず。
「何をしている、何を恐れている! 敵はたった三人! とっとと殲滅せよ、虐殺せよ!!」
「残念だったな、女」
フォロリスが何やら、勢いよく右脚を上げる。
それと同時に、視界ががくんと下がった。
その正体は、地面から血管が、まるで蜘蛛の巣のように浮かび上がってきたもの。
それが一気に、何百人ものエルフ兵の足首を斬り落としたのだ。
「まだだ、まだ終わっていない。終わってはいけない、終わらせてなるものか!」
女性は叫び、傍らにいる少女から藍色の箱を強引に奪い取る。
少女は頭から地面へと落ち、頭骨をそこら中にばらまく。
「ありゃ助からないわね、ねえフォロリス」
「あー……うん? うん、そうだな」
若干言葉に詰まったのは、フォロリスはあの程度の高さなら落ちてもなんともないからである。
吸血鬼は丈夫なのだ。
女性は藍色の箱を開け、中から黒い牛の角のような物を取り出す。
その角は数珠で結ばれており、そして先が尖っている。
「あれが秘密兵器? ずいぶんとしょぼそうだけど」
「油断するなよ、ベラ」
フォロリスの忠告に残忍な笑みで答え、ワイヤーをその女性に向ける。
獲物を飲み込まんとする蛇のように空中を這い、その女性に襲い掛かる。
空気を裂くように動くワイヤー、太陽光を反射しさながら白い蛇。
女性はそのワイヤーに向けて、その黒い角を投げつける。
青い数珠が太陽光を反射し、青く光る。
「ハッ、何考えているのか知らないけども! 私のワイヤーを、そんな糞みたいな武器で対処できると思っているのかしら!? 真っ二つに切断して━━」
ベラが言い終える前に、ワイヤーに黒い角が突き刺さった。
このままいけば、ベラの目論見通り骨のように真っ二つに切断される筈だ。
だが、黒い角は切断されず、女性の手の元に戻る。
「切断されなかったのにはちょいと驚いたけど、それだけなのかしら!?」
手元のワイヤーを掴み、一気に下へと力を加える。その顔には笑みが浮かんでいた。
彼女の計算では、これであの女性を真っ二つに斬り殺す事が可能な筈。
笑みにはその確信があった、確証があった。どのような手を使おうと、ただでは済まない筈。たとえ仕留めそこなおうと、二撃で殺し切れると確信を持っていた。
だが、その計画が一気に崩れ落ちる。
手ごたえがない、斬り慣れている肉を斬った感覚が無かった。
思わず、女性に伸ばしている筈のワイヤーを見る。
無理にワイヤーを見ようとしたからか、体制を崩し頭から地面へと転がる。
ワイヤーの先端が、文字通り消えていた。比喩でもなく、本当に丸々消えていた。
しかもただ消えていただけではなく、じわじわと紙を炙るように消えている箇所が増えていってるのだ。
「不味い、ベラ切断しろ!」
「んなもん出来る訳無いじゃない! 貴方は『腕を切断しろ』と命令されたらすぐに切断出来るの!?」
じわじわと消えていくワイヤーを涙目で見つめながら、反論するベラ。
フォロリスは舌打ちをし、吸血鬼の怪力でナイフを振るい、ワイヤーを強引に切断した。
消えていくワイヤーから、そくさくと離れフォロリスに涙目でしがみ付く。
腐った死体の臭いが、鼻腔を刺激する。
ベラはあの女性に、恐怖を植え付けられた。
ベラのワイヤーは、いわば身体の一部。それが徐々に消えていくのは例えようのない恐怖。
「もう動ける敵は、あの二人だけよ」
「実質一人だけどな……はあ、面倒くさい」
ボリボリと頭をかき、そう吐き捨てるフォロリス。
あの女性の傍らにいる少女は当然非力、まともに使える筈の兵士はフォロリスの血管によって脚を斬り落とし動きを封じた。
とはいっても一応生きてはいる。次々と、ベラが操る死体によって殺されていくが。
だが不思議な事に、あの女性の周りだけは死体が、まるで壁か何かに阻まれているかのように近づいていない。近付けないでいる。
そのせいなのか、心なしか女性の周辺に集まっているような気がする。
「私はサポートに回らせてもらうわ、正直あれと戦うのはもうまっぴらごめんなのよ」
「サポートっつーか、露払いだけどな」
黒い角が、今度はフォロリスに真っ直ぐと飛んでくる。
ナイフを投げ、飛んでくる黒い角を逸らす。
女性はさして驚かず冷静に、黒い角を手元に引き戻す。
地面に黒い角をはじいたナイフが突き刺さり、先端部分から徐々に消えていく。
フォロリスの背後からまるで羽のようにワイヤーが伸び、動くエルフの首を斬り落とす。
「流石フォロリス、小さな物体を撃ち落すなんて常人にゃ出来ない行動ね」
「煽てるぐらいなら、こいつをナイフに括り付けてくれないか?」
手榴弾とジャグリングナイフをベラに投げ渡し、女性に向き合う。
女性はすぐにまた、黒い角を投げてきた。
スペツナズ・ナイフのボタンを押し、刃の部分を射出する。
刃は角とぶつからず、女性の左肩に深く突き刺さった。
咄嗟に柄の部分を、黒い角に投げる。
カツンとぶつかり、柄が消えていく。
女性は舌打ちをし、黒い角を引き寄せる。
中々仕留められないのにイラついているのか、たったまましきりに貧乏ゆすりをしている。
フォロリスは心の中で、思い切り笑った。
「フォロリス、出来たわよ。これナイフに付ける必要ある?」
「ナイフ付けた方が投げやすい」
本来グレネードは投げやすい形状になっているのだが、慣れというものがある。
例えばキーボードは、タイピングした時のなんとなくな違いや厚さによって違和感が出、少しではあるがタイピング速度に違いが出る。
フォロリスがグレネードをそのまま投げずに態々括り付けさせたのもそれだ。
射程的には吸血鬼の力で十分なのだが、問題は精度。
慣れないグレネードでは、狙いが逸れる可能性が高い。
故に、フォロリスが持つナイフの中でも比較的投げやすい形状になっているジャグリングナイフに括り付けさせたのだ。
ジャグリングナイフはその名の通り、ジャグリングする為のナイフ。投げやすい形状で出来ている。
故に多少の違和感を、それでカバーしようという目論見だ。
「まっ、なんでもいいけど。私はそれもナイフもあんまり使わないし」
「お前は全身武器だもん、なっ!」
ピンを抜き女性に向けて、ポテトマッシャー型のグレネードを投げつける。
回転しながら飛ぶジャグリングナイフ、溶接したのか結んだ跡のないワイヤーに括り付けられているグレネード。
勿論女性は、黒い角を回転して飛んでくるジャグリングナイフに投げつける。
ジャグリングナイフの刃の部分に黒い角は当たり、刃を消していく。
だがその前に、ジャグリングナイフに括り付けられたグレネードが爆発した。
爆風と熱、そして黒い煙が女性と黒い角を隠す。
刃の破片がフォロリスの目の前に突き刺さり、そして消える。
「……流石にあの武器も、ただでは済まないでしょうね」
「どうだかな」
曇った表情で袖から取り出したのは、ナイフ形消音拳銃。
それのセーフティ・レバーを解除し、トリガーとなるボタンに指を添える。
ベラは思わず不安げな顔で、フォロリスにその言葉の意図を尋ねた。
「どういう事? いくらあの武器が強力であろうとたかがエルフ、爆発に巻き込まれれば使い物にならなくなるんじゃないの?」
「もしそうだとしたら、もしそれだけだとしたら、俺ならとっておきの秘密兵器には選ばないぜ」
刃を自分の方に向ける形で、女性の居る方角に銃口を向ける。
フォロリスは、射撃はあまり得意ではない。
だからなのかナイフ形消音拳銃を手にしてから、手汗が吹き出し冷や汗が髪を濡らす。
メンテナンスもろくにしておらず、自業自得とはいえジャムる可能性が高い。
そしてあの角が、もし自分の顔や首、身体にでも当たったとしたら、いくらの吸血鬼でもただでは済まない。確実に死ぬ。
おまけに狙いも正確、実に厄介な相手。あの黒い角が粉々に砕けている事を、強く願う。
強い風が吹き、煙を一気に持っていく。
煙が晴れ、フォロリスは心の中で小さく安堵した。
あの角は、砕けたのか無くなっており、黒い数珠だけが寂しく揺れている。
だがまだ完全に安心は出来ない。何か秘密兵器を隠し持っているかもしれないから。
狙いを定め、ボタンを押す。
エアガンを撃ったような、軽い音。別に空砲だったという訳ではなく、正常な音。
一先ず無事に撃つ事が出来たのに安堵するフォロリス。だがその気持ちは、一気に打ち砕かれる。
女性が持っている青い数珠の先端部分が震え、黒い角が勢いよく生えてきた。
銃弾はそれにぶち当たり、少しだけ欠けさせる。
予想外の出来事に、あんぐりと口が開いてしまうフォロリス。
そんなフォロリスを見下すように、女性は笑う。
「どんな妖術を使ったか知らないけど……フフッ、我々の最終兵器はその程度じゃ壊れないし、無くならない! そして同時に、この武器に弱点も無い! 貴様らにこれを突破するのは不可能だ!」
確かに女性の言う通り、見た所目立った弱点は無い。
腕を負傷させる、というのも効果が無いのか、全く痛がる様子も見せない。
つまり、傷を負わせて動きを鈍らせるという戦法が不可能という点に他ならない。
「確かにお前は恐ろしく強い、お前には弱点も見受けられないしな……だが」
パチンと指を鳴らし、数十個のナイフを袖から引きずり出す。
「足場を破壊されたら流石の貴様も死ぬだろう! ベラ!」
「了解!」
大きくしなり、衝撃波のように振るわれるワイヤー。
女性はそれを消し飛ばさんと、黒い角を投げる。
フォロリスはそれにナイフを投げ、狙いをずらす。
黒い角は地面を突き刺し、ピンポン玉程度の大きさの穴を造る。
当然と言えば当然なのだが、やはり土地もその範囲に入っているようだ。
薙ぎ払われたベラのワイヤーは、女性の足元に居る兵士もろとも、足場の支柱を真っ二つに切断した。
女性が妙に高い台に乗っていたのは、あの武器は有効的に使うため。
高い所からの攻撃ほど、恐ろしいものは無い。
兵士の身体が真っ二つに斬れ、断末魔を揚げながら死んでいく。
女性は少女を残し、崩れていく足場から飛び降りた。




