第七十六話 無いような作戦
壁の向こう側も見渡せるような高い場所に、ロギの城は建っていた。
周りは森に囲まれ、肥溜めを流す用途も兼ね備えられた水堀から悪臭を放つ。
門には血が、アクセントのように散らばっており、棄てられた人形のように黒い肌の兵士の死体が横たわっている。
「……一つ、聞きたい事がある」
「なぁに? 冷や汗なんてかいて」
城から出て、まず目に飛び込んできたのは、遠くに控えている数多の軍隊。
海の所まで敷き詰められているのではないかと思うほど、多い。まるで壁、圧倒的な壁。
そんな壁を目撃し、フォロリスは冷や汗を垂らす。
城の門の前に設置されている石の柱は、規則正しく並び岩場はむき出しになっている。
ろくに整地もされていないのは、ロギの性格からか。
だが同時に、死角が産まれてしまう。
そういうのを気にしなかったのだろうか……とフォロリスは思う。
が、あの人間なら死角から押しかかってきても容易く斬り捨てるだろうと勝手に自己完結した。
ベラは比較的普段通り……いや、普段より恍惚な笑みを浮かべているような気がする。何処となく幸せそうだ。
副隊長は少し後ろを、エルフの髪の毛を掴み、引きずりながらたまに肉を齧り斬っている。
圧倒的に、敵の方が多い。
それも、自力の差で覆るようなものではない。何千、何万という軍勢が、壊れた壁の向こう側に待機している。
何故一気に攻め込んでこないのかは、解らない。挑発的な意味を持つのか、それとも今の部隊が壊滅した時の次兵なのか……。
フォロリスが望んだ物である。望んだ事である……が、いくらなんでも限度というものがある。
いくら好きな食べ物でも、量が多すぎれば食べきれないように。『殺す』というのも、限度を過ぎればただの作業と化す。
それも、命を懸けた作業に。
それ以前に……
「あんな量のエルフ、普通居ると思うか?」
遠くを眺めながら、フォロリスはベラに尋ねる。
確かに、いくら森が広いと言ってもこれだけの量……それこそ、地面全てを覆い隠さんばかりの人数が、いくら大きいとはいってもただの森に収まりきるのだろうか? という疑問を持つのは、ある意味当然だ。
それも、見渡す限り兵士兵士兵士。森の中の住人というのなら理解出来るが兵士ばかりというのはあまりにも、異常すぎる。
「ポンポン孕ます事が出来てポンポン成長するか、それとも自然発生するか……はたまたこれだけの量が住めるぐらい森は広いのか……」
そこで一度言葉を紡ぎ、間を置いて言った。
「どれにせよ、戦力の差はそう簡単に埋まらないでしょうね」
「……だよなぁ」
不安げな声でそう返答したフォロリスを、ベラは驚いたような顔で見た。
普段は自信満々なフォロリスが、弱気になっている。
普段の彼を見ていれば、そのギャップに若干は戸惑う。
「珍しいわね、そんな弱気な発言」
普段と違うフォロリスを見れた事に若干嬉しさを覚えながら、何故そんな弱気な発言をしたか尋ねる。
その顔には、珍しい物を見れたという若干の嬉しさが滲み出ていた。
フォロリスは一つ息を吐き、言う。
「あんな量の吸血鬼、いくら重火器があろうと勝てると思うか? 二百程度殺せば弾が切れるかジャムって、その間にリンチされるだろうさ」
「あら? 吸血鬼は素晴らしい、凄まじい能力を持っているんじゃなかったっけ?」
吸血鬼の能力は人間の数倍、加えて五感が鋭くなり、更に痛みも感じない。
人間では出せない百パーセントの力で人を殴り、地をかける。
肉体にダメージを受けるが、吸血鬼の肉体は既に死んでおり、運動に支障は出ない。
普通の人間にとって痛みを感じないというのは致命的な欠点になるが、驚異の戦闘力と不死性を持つ吸血鬼にとってそれはメリットとなる。
最も、それ以上にコストも低く吸血鬼以上に強いベラの身体が戦闘において一番いいのだが、ベラの身体は自由になれるという訳ではない。
その点を考慮すれば、戦闘でしか活躍せず物資を食い尽くす吸血鬼の方が、色々と使い勝手がいい。
話を戻すが、それらを兼ね備えた吸血鬼が、たかがエルフに負けるとは、ベラには到底思えなかった。
「確かに凄まじい性能だ、だが同時に弱点がある。まだ予想の域を出ないがな」
指をパチンと鳴らし、右足で地面とトントンと二回蹴る。
その合図を聴き、副隊長はエルフの死体を一つフォロリスに投げ渡す。
落ちてくるエルフの身体を手刀で貫き、落下の速度を落とす。
「それ、食べるの?」
「まあそれも兼ね備えているが……まあ、これを見ろ」
エルフの死体からボウガンを付けられている腕をもぎ取り、ボウガンに設置されている矢で傷付かないように注意しながらつかみ、強引に引き抜く。
板バネが、フォロリスの顔に直撃し突き刺さる。
ベラは思わず、吹き出す
フォロリスはそんなベラに溜息を吐きながら、矢を見せつけた。
「……なに、それ? 私には普通の矢にしか見えないけど」
フォロリスが引き抜いた矢は、ベラから見たら何の変哲もないただの矢にしか見えない。
矢羽が見た事の無い黒色の羽という、地域による矢羽の色の変化しか違いが解らなかった。
「これはピトフーイという、世にも珍しい毒を持った鳥の羽だ。
ホモバトラコトキシンという麻痺性の神経毒だ、エルフ共の持つ装備には全て、これが塗りつけられているだろう」
フォロリスの世界ではニューギニアにしか生息していないが、異世界ならばこういったジャングルに生息していても何ら不思議ではない。
その毒はフグの四倍。更に何故かは不明だが、筋肉を収縮させるタイプの毒は吸血鬼にも有効なようだ。
これはフォロリスが新たに作りだした劣化吸血鬼にしか効かないのか、それともフォロリスに効くのか、はたまた吸血鬼全般に効くのかは解らない。
……が、どれにせよフォロリスにとって危険な事に変わりは無い。
言わば卵アレルギーの青年が、卵が入っているかどうか不明なパンを食べるようなもの。
あまりに危険すぎるロシアンルーレット。
「……まあ、私には関係ないわね。この身体に、毒は絶対に効かないもの」
「だが錆びるんだろう?」
フォロリスの返しに、ベラは苦笑する。
まだ経験は無いが、恐らく錆びるだろう。ベラ自身、興味はあるが試そうとは思わないので真相は闇の中。
まあ他の鉄を取り込めば、問題なく再生するのだが……。
「錆びるからと言って何なのよ、短期間なら国に帰るまでは持つわよ……多分」
あまり自信が無いのは、海風にあまり当たった事が無いからだろうか。
どれだけで鉄が錆びるか、アカマイが前説明していたが全く覚えていない。
ベラの頭の中は、基本死体と縫合ぐらい。
興味の無いものは、あまり覚えないのがベラなのだ。
フォロリスは右腕の無いエルフの死体を五つに分解し、肉を食べる。
副隊長もそれを見様見真似にエルフの死体をバラバラにし、肉を口にする。
初めて食べた感想は、猪臭いというものだった。
「で、どうするの? あの分厚い壁、どう切り抜けるつもり?」
「当然、決まっているだろう」
ニタリと引き裂いたような笑みを浮かべ、くるりと身体を回転させベラ達の方を向く。
実に楽しそうな笑み、餓えた獣のような黒い瞳が、ギラギラと輝く。
漆黒の眼、引き込まれるような黒。
その眼に迷いは無い。だが同時に、確信も無い。
そういった印象を持った眼だった。
「一気に突破し、殲滅し、駆逐する。当然だろう、決まっているだろう?」
「でしょうね、そうでないと面白くないわ」
副隊長も、ベラに同意するように頷く。
そう、当然の答えだ。彼らは戦争しに来たのではない、戦争まがいのごっこ遊びをしに来たのだ。
故に捕虜も取らず、殲滅し駆逐し掃討する。
そんなごっこ遊びに、国という保護者件スポンサーが付いてくる。
つまり、彼らにとって人壁は格好の獲物。フォロリスからすれば絶頂ものの歓喜。
「それにしても不気味なのは……」
「何故一気に攻め込んでこないか、だろう?」
そこはフォロリスも不思議であった。
物量とは、多少の戦力ではどう埋めようも無い。
ルーデルのような人間が異常なのだ。
それは吸血鬼にも同じ事が言える。
いくら吸血鬼だとしても、数千・数万の軍勢にたった何百人で挑めば負けるのは目に見えている。
つまり物量で押すというのは、これ以上ないぐらい合理的なごり押し。
敵を倒せないにしても、最悪致命傷まで追い込めるぐらい効果的だ。
だというのに、何故その作戦を選ばないのか。
フォロリスにはそれが、不思議で不思議でたまらない。
最も、仮に物量で押し込まれたとしてもベラのワイヤーとフォロリスの血管攻撃によって、すぐに殲滅させる事が可能。
だとしても脅威なのは変わりない。
「まあ、やる事は変わりない……か」
「そうね、何も変わりなく、いつものように……」
そう、彼らにはそれしか方法は無い。それしか手段は残されていない。
いつものように、ごく当たり前のように、呼吸をするように人を殺す。
ただそれだけ、いつもと違うのは人数が極端に増えただけ。
ただそれだけだというのに、難易度は数倍まで跳ね上がる。
「さて、副隊長」
フォロリスが指をパチンと鳴らす。
その合図を聴き、副隊長は岩場の影へと飛び移る。
驚きによる叫び声が、最後の断末魔と変わる。
岩に波が直撃したように、血が飛び散る。
「岩場の影から草葉の陰へ……面白くないな」
「そう? 私は好きよ、そういうつまらないギャグ」
「つまらないと言っている時点で駄目じゃねーか」
身体を血に染め、数人程度のエルフの死体の髪を掴み、引きずり戻ってくる。
腕が一本、副隊長の口に銜えられている。
さながら犬のようだな、とフォロリスは思った。
「ご苦労、副隊長。手こっちに寄越せ、銜えてない奴」
引きずっている死体から腕を一本引きちぎり、フォロリスに投げ渡す。
それに右腕から伸ばした血管を突き刺し、手元まで手繰り寄せる。
「……そういやさっきよ、青い光見えたよな」
「ええ、見えたわね」
右腕を買い食いしたように齧りながら、階段を下りていく。
通常通りの階段なら大して注意を向ける事も無く降りられるのだが、巨大な鉛玉を撃ち込んだ為大きな傷跡がくっきりと、地面にも階段にも深く刻まれている。
人一人がすっぽり入るぐらい、深い。
「あの光、確か増援を要請するって命令だったよな」
「ええ、そうよ。それがどうしたの?」
半分ほど骨になった右腕を大きく振りかぶり、街の何処かへと向けて放り投げる。
放物線を描きながら飛ぶ右腕は、すぐに見えなくなった。
「……もうそろそろ着いてもいい時間だと、思うんだが」
「殺されたんでしょ、あいつらに」
あっけからんと言うベラ、フォロリスも大した反応を見せる事も無く黙ったまま階段を降りる。
ふと、遠くに居るエルフの肉壁に、少しだけ穴が開いているのが見えた。
円を描くように、まるで神聖な物と強調しているような穴。
真ん中にポツリと、一人の少女が立っているのが目に見えた。
手には何か、藍色の箱を持っている。
「なあベラ、あれ見えるか?」
「……どれ? 円になっているってのはかろうじて解るけども」
ベラは吸血鬼ではなく、記憶を写したホムンクルス。
視力は人間のものと大差ない、故にそれほど遠くの物を見るのは不可能。
はあ、と意味も無く溜息を漏らす。
「何よ、失礼ね。あんなの見える訳無いじゃない。で、何があるの?」
「藍色の箱と、それを持った少女一人」
ベラも手を額に当て、フォロリスの言われた箇所を見る。
が、そんなので見える筈も無い。それで見えたら、双眼鏡なんて開発されない。
「私にゃ何も見えないけど……お宝か何かじゃないの?」
「わざわざ宝なんかを、戦場に持ってくると思うか?」
「それもそうよね……なら、とっておきの秘密兵器とか?」
「俺もその線をにらんでいるが……なら、その武器は何だ?」
ベラは顎に手を当て、数秒ほど考え込む。
そして思いついたのか、手をパン! と叩いた。
「銃とか!」
「……そりゃねーだろ」
「冗談よ」
はにかみながら、階段を二段ずつ飛ばしながら降りるベラの後ろ姿を、フォロリスはボーっと眺めていた。




