第七十二話 拷問
時折天井から、埃が落ちる。
景色の移り変わりが全く無い紅い廊下を、二人の青年が歩く。
フォロリスと副隊長、どちらも共にボロボロだ。
手に持っているのはバイクのバッテリーぐらいはある大きさの箱と、それに繋がっている受話器。
ジャックが持っている物より制度は劣るが、その分頑丈さに力を入れている。
彼らはベラと合流する為、廊下を歩いている。
ジャックの伝手によって、今現在エルフ軍が攻め込んでくる事は判明していた。
だとすれば、おのずと集団で向かってくるだろう。否、確実に向ってくる。
本来戦争とは、そういうものなのだから。
そこで優位に立てるようになるのが、広範囲に攻撃出来かつ味方兵を増やせるベラだ。
彼女一人で、一つの国軍を賄えるぐらいの戦力はある。
「はあ、あの試験運用失敗だったかな」
先ほど飛び越えたばかりだと言うのに、もう一つの穴を見てげんなりとしながら呟く。
崖のようにぽっかりと空いた穴、ちょうどここらでロギが真っ二つに斬り落とした鉛玉が刻み込んだ弾動であった。
案外自業自得なのだが、フォロリスはそのような事を棚に上げて鉛玉を斬ったロギにイラついていた。
あの時あの弾で死んでいれば、こんな苦労は味合わないで済んだのだから。
最も、敵にそのような事を求めても仕方がない。
敵とは、自分に対して不利になるような行動をするのだから。
「まあ、その辺は仕方ないか。思い通りに行かないな本当」
床に手を当て、傷跡に降りる。
穴から覗く景色からは、綺麗な森に二つの傷跡が、ラインのように刻まれている。
副隊長は、フォロリスの隣に着地する。
じゃりっ、という小さく割れた瓦礫が、音を立てる。
「副隊長、頼む」
こくんと頷き、フォロリスの持ち上げる。
フォロリスは尖った瓦礫で傷を付けながら、やっとの事で上へと昇りあがった。
副隊長に手を向け、下から引き上げる。
その後服に付いている埃を、パンパンとはたく。
さて、と腰に手を当て辺りを見渡す。
見た所敵は居らず、枯葉剤をばらまいた森のように静まり返っている。
この場に居ても大してやる事は無いので、副隊長と一緒に先に進む。
残念な事に何処まで進んでも兵士は出てこない。
最も、あんな強敵と戦った後だ。戦うのは少し遠慮しておきたい所。
とはいっても、流石に拍子抜けしてしまう。
自らの父を殺したフォロリスが最初に持った感情は『期待』であった。
何か奥の手を用意しているのではないか? 何か切り札があるのではないか?
自然と、そういう考えが頭の中に駆け回った。
いつしか、フォロリスが殺人狂ではなく、戦闘狂の才能も開花させていたのだ。
否、病と言ってもいい。戦闘狂という病も発症したのだ。
一度麻薬に手を染めたら止められないように、フォロリスも麻薬を追い求めるかのように戦争を、殺人を追い求める。
だがただの殺人ではもはや足りない。命を削り合い、極限のさなか訪れる興奮状態を求める。
これが果たして成長なのか、それとも退化なのかは解らない。
だが、狂っていることに関しては確かだ。
その事実に、ふと笑みを漏らす。
ふと、足音が変わる。
ピチャピチャと、水のような音。
至る所に血が飛び散っており、鱗が浮かんでいる。
「派手にやったようだな……しかし、何と戦ったんだ?」
大きな緑色の肉片、鱗。
どういう種類かは判断が付くが、だとしてもここまで巨大なものはアナコンダぐらい。
身震いする、恐怖を感じる
何せ見た所、無限に出てくる化け物達だ。
もし自分がこの物量で押されていれば、恐らく生きてはいまい。
ベラと分かれて、そしてベラが戦ってくれた。ある意味、驚異的な運と言える。
互いに全力を出し合えるような、相手同士だったのだから。
「……誰? そこに誰か居るの?」
聞き覚えのある声が、巨大な緑色の肉片の影から聞こえた。
緑色の肉片を蹴り飛ばすと、地面にもたれかかるように転がっている少女と、黒い鱗のラミアと思わしき死体が転がっていた。
右眼から肩まで、削り取ったように無くなっている。
服は血を吸い過ぎたのか、タプタプ音を立てそうなぐらい膨れ上がっている。
「あら、フォロリスじゃない。その様子だと、そっちはもう終わったみたいね」
「まあな……そのラミア、食っていいか?」
ベラの横に転がっている、ヨムンガルドの死体を指差し尋ねる。
大してベラの傷について気にしている様子もない。
気遣ってくれているのではない。そう自覚していても、嬉しさがこみ上げてくる。
ベラはゆっくりと首を横に振り、緑色の大蛇の下半身を指差す。
「あれなら食べていいわよ。最も、味は保障出来ないけど」
「……まあ、成分は同じようなものか。なら大差ないな」
そういい死骸に血管を突き刺し、手繰り寄せる。
ズズズと、血とこすれ合い音が鳴り、血溜りに波紋が広がる。
ベラが、無くなった右目と肩の間にある空間を右手でさすりながら、フォロリスに尋ねる。
「ねえ、ワイヤー持ってない? 少し分けてくれたらうれしいのだけれど」
「……まあいいが、何メートルぐらい必要だ?」
「傷が塞がるまで」
溜息を吐き、ワイヤーを袖から引き出す。
ジャラジャラとナイフ同士がぶつかり合い、金属音を鳴らす。
それの先っぽをベラに手渡すと、何もない空間の傷に勢いよく突き刺した。
するとまるで溶かした金属をくっ付け合わせたかのように密着し、固まる。
更に驚く事に、ワイヤー自身が動き出し、ベラの傷を埋めていく。
勿論、括り付けられているナイフも一緒にだ。
それを悲しそうな眼で見つめるフォロリス。
やがて、ジャンビーヤを飲み込もうとしている所でその動きは止まり、プッツンと小枝を折ったかのように折れ、床に落ちる。
「応急処置は完了、っと。どうしたのフォロリス?」
ベラの中に入って行ったワイヤー達が、まるで虫のように蠢く。
ベラの中で何が行われているのかは知らないが、フォロリスが知ったとしても有意義な情報を手に入れられるとは考えずらい。
故に気にはしていない、その点には。
問題なのは、ベラが一緒に取り込んだナイフなのだ。
「ナイフ……」
「あー解った解った。解ってるわよ、ちゃんと帰ったら弁償するから。だから拗ねない拗ねない」
落ち込んでいるフォロリスを、ベラが頭を乱暴に撫でる。
フォロリスは払いのけるのも面倒なのか、されるがまま。
副隊長が、少し羨ましそうな眼で見つめていた。
「所でさ、さっきから起きているこの振動は何なの?」
フォロリスの頭から手を離し、ベラは尋ねる。
クシャクシャになった髪をろくに直さずに、フォロリスは答えた。
「何でも、ジャック曰く『エルフが攻めてきた』んだとさ」
「エルフ!?」
何故かいつもより一層目を輝かせ、フォロリスを見つめる。
一般的な認識として、エルフとは白い金塊だ。
男性には性処理の奴隷として、女性には肌を綺麗にする為の道具として価値がある。それも、家一つ分ぐらいの。
エルフの肌は白く、顔は整い美しい。
もしその肌を移植出来たら……と願う貴族も少なくは無い。
だが、今現在の技術では感染症やらの問題・リスクが付いてくる。故にあまり気軽に手が出せない状況で居た。
それぐらい美しい肌、少女であるベラが欲しがるのも不思議ではない。
何より、ヨムンガルドとの戦闘で顔の皮膚が半分無くなってしまった。
無くなった肉はどうとでもなるが、肌はそう簡単にはいかない。
少しでも手や足の肌と色が違ければ、彼女が人間ではないという事がバレてしまう。
肌の色を全て変えてしまえば、『秘湯があった』というごまかしも聞くだろう。
最も怪しむ者も居るだろうが、その辺はある程度割り切らなければならない。
「エルフが来るっていうのは本当なの?」
「さあな? だが森から来たのだろう、ならエルフだ」
「人はそれを偏見と言うわ」
苦笑いしながら、ベラが指摘する。
それに対しフォロリスは、笑いながらこう返答した。
「何を今更。ナチ好きが偏見を持たずしてどうするか」
「……そういうもんなの?」
「そういうもんだ」
ベラはまだ何処か納得がいっていないようだが、大きく響いてきた振動によって話は中断された。
正門からの音、恐らくエルフだ。
砂埃が舞い落ちり、瓦礫が振動で少し動く。
ベラがパチンと指を鳴らすと、一瞬で大蛇が輪切りにされた。
「……ふと思ったんだが、蛇って美味いのか?」
「さあ? 食べた事なんて無いから解らないわよ」
副隊長の手に捕まり、立ち上がりながら言う。
怖々とフォロリスは、蛇の肉を噛み千切る。
ドタドタと、やかましく走る音が響く。
「どう? 味は」
「牛でも魚でもない……蛇だなって味」
「……結局よく解らないのね」
五人の青年と思わしきエルフが、手にボウガンを持ち現れた。
腰にはトマホーク。どうやら、この大陸ではトマホークが愛用されているようだ。
「見つけたぞ!」
エルフの一人が叫び、ボウガンを撃つ。
矢は真っ直ぐ飛び、ベラの額へ吸い込まれているかのように突き刺さった。
最初に撃った一人が仲間のエルフの後ろへと周り、二人のエルフがフォロリスと副隊長に狙いを定める。
「残念でした」
ベラが空を爪でひっかくかのような行動を取ると、二人のエルフが縦に裂ける。
一瞬遅れて、二人のエルフが矢を射出した。
今度はベラが、空中で叩き斬る。
真っ二つになった矢はくるくる回り、壁に突き刺さる。
唖然としているエルフの隙を突き、強く床を蹴る。
「……中々綺麗な肌じゃない、嬉しいわ」
真っ二つになったエルフの肌を触り、うっとりと恍惚の笑みを浮かべる。
その姿はまさに異常、驚異、恐怖。言葉に言い表せない恐怖を、エルフ達に産み付ける。
「これなら、私の代わりになれる。最高よ!」
「一体何を言ってやがるテメェ!!」
エルフがトマホークを抜き、ベラに向かって大きく振り下ろした。
重量は同時に力となり、物体を叩き斬る。
だがベラに振り下ろされた斧は、肩の中側ぐらいまでしか喰いこまず止まる。
トマホークは投げる斧ではあるが、それなりの重量はある。
何せ曲がりなりにも斧だ。少女の腕程度、容易く叩き割れる筈。
ベラは不敵な笑みを浮かべながら、掌からナイフを取り出し、喉に突き刺す。
口から血を吐き、床に倒れ悶える。
「これで残りは二人……」
あまりにあっという間すぎて、あまりに強すぎて、エルフはガクガクと生まれたての小鹿のように足を震わせ、壁に倒れ込む。
ズボンに、染みが出来る。
「おいベラ、ナイフ取り出せるんなら俺に返せ」
「取り出せるけど無いと形が崩れてしまうの、いいじゃない大量にあるんだから」
肩に突き刺さったトマホークを抜き取り、恐怖に震えているエルフを睨み付ける。
恐怖。逃げられず、抵抗も出来ないという恐怖。
仲間が助けに来る事も無い。否、来たとしても全く歯が立たないだろう。
だからなのか、エルフは笑った。
引きつった、歪んだ笑み。
狂ったように、壊れたラジオのように。
「……あらら、二人とも狂っちゃったか。残念」
そう言い、ベラは二人の両腕を切断する。
今まで感じた事の無い痛みに、悲鳴を上げる。
ベラはそれを見て、引き裂いたような笑みを浮かべた。
「殺して……お願いだから、殺して!!」
エルフの一人が、ベラに悲願する。
ベラがやっているのは、おおよそ拷問と何ら変わらない。
否、拷問だ。ただ獲物を甚振り、楽しむだけの猟奇的な遊び。
笑い、右側のエルフの脚を踏み潰す。
ゴリゴリと骨が砕ける音が鳴り、白い骨が飛び出す。
「痛いよ……助けて、ママァ……」
「安心しなさい。貴方の大好きなパパもママも、すぐに送ってあげるから」
パチンと指を鳴らすと、一瞬でエルフの両足が斬り落とされる。
叫び声をあげ、モゾモゾと芋虫のように動くエルフ。
それらを捨て置いて、顔だけフォロリスの方を向く。
「行くわよ、二人とも」
「……乗り気だねー、何があったんだ?」
頭をかきながら、フォロリスは答える。
そして、二人のエルフの達磨を捨て置き、フォロリスと副隊長は城下町へと足を運ぶ。




