第七十一話 休みなき闘争
「あっあー、フォロリス隊長聞こえますかー?」
アタッシュケースの二分の一ほどの大きさもある箱を地面に置き、その箱に繋がれている線の先にある家庭用電話ぐらいの大きさはある受話器を、ジャックが持ち耳に当てている。
五十メートルほどの広さの空間に、ウートガルズの民と思わしき住民が所狭しと身を寄せ合い、怯えている。
ジャックは楽しげな様子で、足元に転がっている一人の男の死体に腰掛け脚を組む。
死体に頭は無く、血が溶岩のように溢れ出ていた。
「こちらジャック&アンドロイの捜索隊、避難民を発見。指示をどうぞー」
やる気の無さげな声で、受話器の向こう側に居るフォロリスからの指示を待つ。
フォロリスから指示を待ちながら、ニヤニヤと笑う。
ジャックの下で転がっている死体は、ジャック達の姿を見ていきなり襲い掛かってきた人間だ。
恐らく民間人を護ろうとして立ち向かってきたのだろう。ジャックも、それには少し関心した。
最も、すぐ銃殺した。虫を踏みにじるように、一片の迷いも無く。
その瞬間の民衆の顔、ひどくジャックを興奮させた。
もしフォロリスに『殺せ』と命じられたら、笑いながら一人ずつ、順番に、拷問をかけながら殺していく。
これは、ジャックの中での決定事項だ。
『聞……ぇる……、感……はあま……よ……ぃようだ』
酷いノイズに混じって、フォロリスの声が返ってきた。
やはり見様見真似の電話、電波の感度はあまりよろしくない。
だが、だとしてもここまで形に出来たのは流石だと言える。
グリード本国のように、大規模な電波塔を建てるのは不可能なのだ。
そもそも、何やら周波数が違うらしい。ジャックは難しすぎて、全く持って理解出来なかったが。
「で、原住生物どうしちゃいます? 指示お願い」
『……だな、取り……ず……してお……。逆ら……けは殺……を許す……、ま……畜を……入れて増やすまでの……だと思って……れ』
「はいはい了解、解りましたよっと」
がちゃり、と受話器を戻し、人差し指を立てる。
怯えている民衆を一睨みし、脚を組み直す。
「君たち、言葉は解るかな? 出来れば解ってほしいけど、家畜だから解らなくても多少は仕方ないと妥協しよう。
さて、誠に残念ながら君たちは生かしておかなければならなくなってしまった。
逆らう者は、僕の下で転がっている死体と化すからそのつもりで。
OKかな? 兵士諸君?」
ジャックの言葉に、アンドロイ以外の兵士達は不満の声を洩らす。
彼らは吸血鬼、異常にエネルギーを消耗する生物だ。
故に、空腹に陥るのもかなり速い。
馬力は馬鹿でかいが代わりに、燃料を物凄く喰う車みたいなものだ。
だからこそ、安易な大量生産は控えられている。
今現在グリードが所持している吸血鬼部隊は、フォロリスとアンドロイの部隊。そして数人程度の帝領伯守護隊程度だ。
「ジャック隊長、少しぐらいは食べさせてくれてもいいんじゃないですか? こんなに居る事ですし」
「君たちが一斉に食べ始めたら、こいつら一気に消えるよ。それじゃ、この大陸へ来た意味が無い」
そう、この大陸へ来たのは、吸血鬼の餌を手に入れる為。
普通の物ばかりを摂取させ続けていれば、すぐに国中の食べ物は消え去り、餓死者が増えるか略奪に次ぐ略奪の地獄絵図と化す。
フォロリスとしてはそれは嬉しい事なのだが、ジャックにとっては一大事だ。
流石にジャックも、パンを一から製造するのは少々骨が折れる。
彼の主食は、サンドイッチなのだから。
「孕ませて増やすにしても一年以上かかる、そして食べられる大きさになるまで約五年程度……。
それでも味はあまりよろしくないので、ほぼ吸血鬼用。全く、なんてコスパのかかる不味い栄養食でしょう。こんなの、吸血鬼以外食べないだろうに」
「フォロリス君、人間時代も普通に人食べてたけどね」
ふと、後ろでアンドロイが呟く。
彼は吸血鬼と違い、すぐに死ぬ。
なので、両側に吸血鬼を挟み完全な安全を確保している。
「……よくあんなの食べられれたね、フォロリス隊長。
味をめいっぱい、エンヴィーの郷土料理ぐらいまで落としてビネガーと胡椒で元の味が無くなるまで味付けしなきゃ食べられなかったよ」
「……食べたんだ」
「オレは結構、暴食とか好きだからね。食に関する知識だけになら、貪欲になれるよ」
そう言いながら、ジャックは笑った。
アンドロイも、愛想笑いを返す。
いくら美味しい味付けがされていたとしても、人間なんて食べまいとアンドロイは心の底で誓う。
「にしても暇だね~。後はフォロリス隊長が、ベラ隊長を回収すればクリアだ。それまで外野は暇を持て余す……アンドロイ隊長、なにか一発芸やってよ」
無茶振りをフォロリスに投げかける。
兵士達は一斉に、アンドロイの顔を見た。
アンドロイはやれやれ、といった風に首を横に振り、言う。
「無茶振りしないでよ、僕がそんな器用な人間に見える?」
「いや、あんた一応ピエロでしょ」
「あれはラッキーカラーがあれだったからやっていただけで……というかジャック君、なんでその恰好の頃の僕を知ってるの?」
アンドロイの疑問は最もだ。
フォロリスと出会ったのは酒場だったし、しかも念の為にと用心して身を隠していた。
勿論誰にも話してはいない。
だというのに、ここ最近に知り合ったばかりな筈のジャックが知っているのは、どう考えてもおかしい。
「オレは何にも縛られない。生にも死にも、何もかもにね」
「……君は、幽霊とかの類いなのかな?」
「まさか。もしそうだったら、オレが普通にサンドイッチを作って食べているのはどう説明が付くのさ」
笑いながら、ジャックは逆に問いかける。
飴買い幽霊という怪談話では、幽霊が毎晩飴を買いに来たという。
だが、それは赤子に飴を食べさせる為であり、自分で食べる為に買ったのではなかった。
つまり、自分で作って物を食べているジャックは、明らかに生きていると考えられる。
何度も死んでいる筈だというのに、生きている。
「全く、君は一体何者なんだい?」
「だから言ってるでしょ? オレはただの、しがない隊長で、アンドロイ隊長の先輩さ」
ケタケタ笑いながら、足を組み直す。
同時に、大きな振動が起きた。
ウートガルズの民と同じように、兵士達も動揺する。
ジャックはすぐに、フォロリスに電話を掛ける。
彼の能力は、一度死ぬか誰からの眼からも居なくなるかをしなければ発動出来ない。
「フォロリス隊長、聞こえる?」
『あ……こちら……振……来て……。一……事だ?』
「恐らく、エルフだね。この国はどうやら、エルフと戦争していたみたいだからさ」
そう、ウートガルズの前で駐屯していたエルフの兵士は、この国への偵察部隊だったのだ。
いわば様子見程度で、敵意を感じられなければ山賊のせいだと理解し、攻め込みはしなかっただろう。
その為に、数人程度女性のエルフを交えさせた部隊を派遣したのだ。もし盗賊のせいだとするなら、一人ぐらいは帰ってくる筈だから。
もし相手に敵意があったとしたら、全員捕虜になっているか殺されているだろう。
そしてエルフは、後者の方だと判断した。判断してしまった。
『な……? ……一度言っ……れ』
「エルフだよエルフ、ここに来る前に殺した」
ジャックの言葉を聞くと、フォロリスは少し押し黙った。
必死に思い出しているのだろう。
『……なら、貴様……待………け。どう……っちの残……力は……たるものなの……う?』
「……了解、待機ね待機。戦力は殆ど失ってはいないけど」
そう言い締め、受話器を戻す。
何かの振動に驚いている兵士に、まるで他人事のように指示を出す。
「取りあえず現状待機、攻め込んで来たら抵抗しろとのお達しだ」
ジャックの言葉に、兵士達から不満の声が上がる。
「ふざけるな、こっちは殺しにやってきてるんだぞ!」
「せっかく銃があるのに試し撃ちが出来ないなんて!」
「なんで敵が居るのにこっちから攻め込んじゃいけないんだ!」
彼らはいわば殺人鬼、犯罪者上がりの兵隊たちだ。
当然、普通の兵士とは考えが違う。
だからこそ、異質ではあるが当然の不満の声であった。
ジャックはそれを聞き流しながら、ふとウートガルズの民衆がもたれ掛っている壁の方を見やる。
彼にとってこういった言葉を投げかけられるのは、既に慣れっこ。
何せ、今現在居る最古参の兵士なのだから。
ドシン、と大きな音が鳴り、壁が響く。
民衆は、そくさくと壁の方から離れ始めた。
先ほどまで騒いでいた兵士が、しんと押し黙る。
「何だ、一体なんだ?」
互いに顔を見合わせ、相談し合う。
また、ドンと壁から音が鳴る。
兵士は、これで確信した。
エルフが、敵が壁を破ってやってくると。
そう、抵抗すればいいのだ。攻め込んできた、領土を侵略してきたと難癖を付ければ、相手を撃ち殺せる。
何せ、もうこの国はグリードの物なのだから。この言い分は当然通る。否、通らせるだろう。
どのような手を使っても。
壁が響き、ヒビが出来る。
兵士は一斉に、銃口を向ける。
民衆は一斉に、壁から立ち去った。
「僕は逃げさせてもらうよ、居ても邪魔になるだけだし」
「そんじゃ、フォロリス隊長の所に行ってきなよ。あそこなら多分安全だろうし」
「そうさせてもらうよ、ありがとうジャック君」
アンドロイが城の方へ走り、背中が遠くなっていく。
米粒ぐらいの大きさになった所で、壁が巨大な木のハンマーで撃ち破られた。
白い壁の破片が飛び散り、民衆や兵士の身体に突き刺さる。
そして、引き金を引いた。
黒い硝煙の煙が上がり、ハンマーとエルフを一瞬で木屑に変え、白い煙が上がる。
薬莢が床に落ち、ぶつかり合う。
「……終わり、か。案外、あっけなかったね」
鼻と口を手で押さえながら、ジャックが呟く。
何も、エルフが弱かった訳ではない。ただ、相手が悪すぎただけだ。
「さてと、諸君! 久方ぶりの高エネルギーの生物だ! 喜び、感謝をたたえ、食べよう!」
ジャックの言葉に、宣言に兵士の士気が高まる。
煙が晴れ、惨劇が姿を現す。
肉が壁の破片や地面に飛び散り、紅く染まっている。
どれも、バラバラになっており当然動かない。
兵士の一人が、開いた壁に突っ込んでいく。
久方ぶりの生物、人間にほぼ近い生物。吸血鬼としては、これ以上のご馳走は無い。
「あっ、ずるいぞ!」
「ハッ、早い者勝ちだよ! いっただっきまー━━」
抜け駆けした兵士が、鉈で頭をかち割られ倒れる。
兵士の頭に突き刺さった鉈を、一人のエルフの青年が抜き取る。
紫色と赤色の瞳、絹のようにきめ細やかな銀色の頭髪、蜘蛛の糸よりも白い肌に血が付き、官能的な魅力を醸し出す。
年齢は、二十代前半だろうか。
「ッ、撃て!」
一瞬狼狽えたが、すぐに兵士に指示を出す。
機械のように同時に、一人のエルフに向けて鉛玉を撃ち込む。
だが、何故か血は出ない。一人の兵士が不思議に思い隣の兵士の顔を見ると、頭に鉈を突き刺されながら、血を流していた。
エルフの残像が、紫の霧となり消え去る。
兵士は、すぐにこのエルフから距離を取ろうとするが、足をもつれさせ地面に倒れ込む。
エルフは何も言わず、鉈で首を刈り取る。
「……軽率であったか、あの少年に俺の血を与えてしまったのは」
初老の男のような、落ち着いた声。
だがその声には、悔しさが混ざっていた。
「それにしても、たった数ヶ月程度で、ここまで増やすとはな。
全く、人間を吸血鬼にするものではないな」
身体から針状の血管を突き出し、ほぼ全員の兵士を突き刺す。
血が搾り取られ、からからに干からびる。
不思議な事に、服に穴が開いていない。
「なあ、貴様もそう思わないか? 古き我が怨敵よ」
「……久しぶり、真祖さん」
苦虫を噛み潰したよう顔、憎々しいような声で、ジャックは答えた。
身体には、いくつも穴が開き血が噴き出している。
「それにしても、何故君がエルフの味方を?」
「恐らく……だが、君の隊長さんの助言のおかげでね。この大陸へ移り住んだのさ。
これは貴様の仕業だな? なら覚悟しろ、苦しませてやる」
吸血鬼の言葉に、ジャックは鼻で笑い答えた。




