第七十話 忌まわしき血筋
鈍い金属の音が響き渡り、天井に軍刀が突き刺さる。
フォロリスとロギを挟むように、副隊長は立っていた。
手には、柄から先が折れたショート・ソード。
折れた刃は、壁に突き刺さっている。
「邪魔をするな!」
叫び、勢いよく副隊長に殴り掛かる。
副隊長はしゃがみこみ、ロギの腹に膝を突き立てた。
体制を崩すロギの顎に手を当て、勢いよく押し込む。
顎の骨を、ずらしたのだ。
悶えるロギの腹に、更に二発の蹴りを加える。
口から唾液を吐き出し、蹲る。
顔は、ちょうど副隊長の脚の先。
足を、勢いよく振り払う。
ロギの顔にめり込み、勢いよく壁に激突する。
土煙が、視界を奪う。
まるで、副隊長がやられたものをそのままやり返しているようだ。
怒涛の展開、あっという間に一気に形勢逆転となった。
フォロリスは、こいつだけは怒らせないでおこうと心底思った。
フォロリスは、拳を地面に叩き込む。
地震のように揺れ、天井に突き刺さっていた軍刀が落ちてくる。
副隊長はそれをキャッチし、ロギの方へ刃先を向ける。
煙は、その剣を軸に分かれていく。
何らかの魔法のようなものを持っているのは確かなようだ。
柄の尻部分に手を当て、姿の見えないロギに突っ込む。
煙が、副隊長に道を譲るかのように分かれていく。
床に、血が滴る。からんと、軍刀が床に落ちる。
「……実力は確かに高いが、注意深さはそれほど無いようだな」
ロギが背を靠れさせている場所から伸びている、長いサーベル。
それを、副隊長の右脚を貫いている。
副隊長の剣は、ロギの喉一歩手前で止まっていた。
副隊長は咄嗟に後ろへ飛び、距離を取る。
「惜しい、実に惜しい人材だ。ここで殺してしまったのはな」
「……副隊長、こっちに来い」
ロギは、壁に手をかけ立ち上がろうとする。
だがダメージが大きいのか、上手く立ち上がる事が出来ない。
口から、折れた歯を吐き出す。
副隊長はフォロリスの方へ駆け寄り、しゃがみこむ。
フォロリスは━━ククリナイフで、副隊長の左脚を切断した。
目を見開き、血を流しながら床に倒れ込む。
「ご苦労だった、副隊長。これまで、よく俺に尽くしてくれた」
副隊長の左脚を、自分の左脚にくっ付ける。
持ち主から斬り離された皮膚を、ミミズのようにフォロリスの血管が這う。
適当に足首を回し、一つ頷く。
「酷い隊長様だな、青年? 貴様が命を尽くして忠誠を誓った主が、貴様を裏切るとは」
「何、こいつを救うついでだ。おい副隊長、助かりたくば上を向いて、口を開けろ」
言われるがまま、副隊長は口を上に開ける。
フォロリスは手首をククリナイフで切り、紅いルビーのような血を垂らす。
粘度が高く、雫ではなく一つの糸。まるで紅い糸のようだ。
血が、副隊長の喉に絡みつく。
「……さて、と」
手首から垂れる血を適当に払う。
それと同時に、スペツナズ・ナイフを取り出す。
血が手首から勢いよく飛び出、壁に飛沫の跡を作る。
刃を、ロギの方に向ける。
足元で、副隊長が苦しげに息を吐く。
「じゃあな、中々楽しかったぞ?」
安全ピンを抜き、ボタンを押す。
すると刃が、倒れ込んでいるロギに向かって飛んで行く。
金属をぶつけ合った音が鳴り、副隊長が落ちている一般兵士の脚を手に取り、くっ付ける。
金属と金属がぶつかり合い、火花を散らす。
サーベルで、スペツナズ・ナイフを落としたのだ。
とはいっても強度ではフォロリスのスペツナズ・ナイフの方に分があったのか、サーベルの刃はぽっきりと折れ、ロギの服に縫い付けるように突き刺さっている。
「なるほど、末恐ろしい。殺しても蘇り、四体を斬り落としても再生能力か何かで瞬時に回復してしまう。まさに化け物、俺と殺し合うに相応しい相手だ、が……」
ロギはズボンのポケットに手を突っ込み、種状の物体を砕く。
すると、金属と金属をこすれあわせ奏でさせる鳥のような、耳障りな音が響き渡る。
ついフォロリスと副隊長は、耳を塞いでしまう。
「潰すと不協音を響かせる響鳴の種、やはりいつ聞いても慣れぬな」
響鳴の種。その年のうちに、一番最初に生る実の中に包まれている種だ。
ちょっとした衝撃を与える事で、大きな音を響き渡らせる効果を持つ。
この音には、半径二百メートルの野生動物をおびき寄せる周波数と匂いが含まれている。
「それより、いいのか? 逃げなくて」
そう言い、不敵に笑う。
フォロリスと副隊長も、何か嫌な予感は感じ取られた。
だが、動けない。身体一つ、満足に。
嗅覚・聴覚が良くなるというのは、必ずしもいい事だらけとはいかない。
あまりに臭い臭いに包まれていると判断が鈍るし、耳元で大きな音を出されたら人間時以上のダメージを受けてしまう。
だが、だとしても人間もただでは済まない。そう、普段からこの音を聴いていたりでもしない限り。
「……何をした」
「何を? 自分の城で、自分の領地でやる事なんて決まっているではないか」
ダメージが残っており、まだ何も聞こえない。
だが、微かに振動を感じ取っていた。
フォロリス達の後ろに、ロング・スピアーを手に持った兵士が並ぶ。
横に五つ、上への逃走経路を塞ぐように、立てられているロング・スピアーの数も五つ。
上と横にスピアーを向けている間に、ぽっかりと穴が開いている。
だがそこにも、勿論兵士が居る。手にはショート・ソード。
「最善の手を打っただけだ」
そう言い、見せびらかすように指を鳴らす。
フォロリス達は、ようやく先ほどの奇怪な音によるダメージが回復し、ゆっくりと後ろを振り向く。
隙間なく、攻め込んでくる槍の壁。
ごり押しをするにしても、圧倒的物量の前には無力。
圧倒的な恐怖を植え付けようにも、恐らく全員ヒロポンを使用している。
覚醒剤には、恐怖心を取り払う作用も入っているのだ。
故に戦時中は、大変重宝されていた。
フォロリスが笑い、壁が迫る。
「大部分は民の救済に向かっており、今居る兵士は僅か二百七十名。
だがそれでも、貴様らを殺すのは充分だ」
いくら力が強くても、数の暴力を上回るのは不可能に近い。
ベラのように広範囲にまで及ぶ武器を持っていたりでもしない限りは。
それはフォロリスが、よく解っていた。
広い場所では、逃げる場所や避ける空間が少しはある。
そして、大体が足並みが揃っていなかった。
当然だ。軍隊のような訓練を、一般人や一ヤクザがやる訳が無いからだ。
そして、軍隊の弱点も熟知している。しているからこそ、今は笑うしかない。否、出来ないのだ。
軍隊は指令塔を潰せば、何も出来なくなる。
従来、軍において厄介になるのは個性だ。
個性を潰すのに一番手っ取り早いのは、考える力をすり潰す事。
つまり、指示無しでは何も出来なくさせるのだ。
これによって、兵士はただ敵を殲滅するだけの機械と化す。
これは広い場所なら、少なくとも吸血鬼であればさほど脅威ではない。
だが、狭い場所なら話は別。
逃げ道も塞がれ、機械のように動く兵士。
この状況を例えるのならば、動物を処分するライン。
「軍隊を舐めるなよ、小童!」
「無様だねぇ、実に無様だ。いくら統制が取れていようと、技術力の面では我々の足元にも及ばないというのに」
フォロリスは嘲笑い、ピンを引き抜く。
そして大きく振りかぶり、天井を狙い勢いよく投げつける。
すると、黒い雨が兵士達に降り注ぐ。
その後しばらくしてから、線香花火程度の火花が散った。
まるでガソリンの海にマッチを一本落したかのように、炎が燃え広がる。
兵士達は全員うめき声をあげ、床に転がりもみ消そうと必死になる。
「何……? 何をした!?」
「簡易ナパームって所かな? 貴様も転生者なら、ナパームがどんな物か知っているだろう?」
そう言い、フォロリスは笑う。
実際のナパームとは大分と作りが違うのだが、根本的に言えば同じだ。
ただ、先に燃えやすい液体をばらまくかばらまかないかの違い。
「貴様、よくもそんな非人道的な兵器を……!!」
「生憎だが、紀元前の戦争に人道的も非人道的も無い。あるのはただ戦争に勝ち利益を得るか、死ぬかだ」
黒こげになった兵士を、ロギは悲しそうな眼で見る。
いくら兵士の事を何とも思ってないと言っても、ここまで酷い傷は見た事が無いからだ。
否、そういった死体を見ていなかった。という訳ではない。
だが、蘇ってくるのだ。悲しい、苦しい過去が。
落ちてくる爆弾、崩れ去っていく建物。真っ赤な皮膚が、ゆっくりと動いている。
死にたくない、助けて、そう何度も呻く声。
ロギの顔が蒼くなり、唇が震える。
「嫌だ、もう嫌だ……やめて、助けて」
「威力としては申し分ない。が……後処理は面倒そうだな」
ポリポリと頬をかき、呟く。
副隊長がフォロリスの肩を叩き、倒れているロギを指差す。
「あー、そうだな。どうしよっか━━」
床に血が飛び散り、左腕が勢いよく飛んで行く。
顔だけを動かし、後ろを見る。
ロギが、顔を真っ赤にしてこちらを睨み付けていた。
手には、あの軍刀。
飛んで行った腕を見て、もう一度ロギの顔を見る。
「チッ、マジかよ」
副隊長の右手が、ロギの腹を貫く。
口から吐瀉物をまき散らし、嗚咽を上げる。
ロギは数歩後ろへ下がるが、そのせいで副隊長によって顎を蹴り上げられる。
顎の骨が飛び出し、天井にぶち当たり砕け散る。
「流石、やはり底力を上げるには吸血鬼が一番最適だな」
顎から血を、滝のように流す。
フォロリスはククリナイフで、左腕を斬り落とす。
鮮血が、水を流しているホースを斬ったように溢れ出る。
自らの血で真っ赤に染まった左腕が床に落ち、ロギは左腕の斬り痕を押さえながら転げまわる。
「痛いだろうな、苦しいだろうな。だが俺は楽にさせてやろうとは思わない。
生憎だが俺は、すぐに死なせる人道的なギロチンではなく刃を零れさせたすぐには死なせないギロチンなんでね」
落ちたロギの左腕を拾い、フォロリスはロギに笑いかける。
左腕を副隊長に手渡し、鼻歌を口ずさみながらサバイバルナイフを取り出す。
副隊長は自分の服で、左腕に飛び散った血を拭う。
「次は右腕、左脚、右脚……その次は腹に耳、鼻と両目を抉り取ろうか」
副隊長から左腕を受け取り、無い左腕にくっ付ける。
少し肌が白すぎてあまり合ってはいないが、フォロリスはそのような事を気にしない。
何せ彼にとっては、殺せるならそれでいいのだから。
その為になら、仲間だって平気で殺す。
それが、フォロリスの生き様。
「貴様、俺が誰だか解っているのか!? 哲也、答えろ!」
「さあな。ただ、この国の王ってだけだろ? それがどうした?
もしかして、『助けてくれる』とでも思っているのか? もしそう思っているのなら、心の底から笑ってやろう」
そう言い、フォロリスはワイヤーをひっかけ、残りのサーベルを引き抜く。
五本のサーベル、それらを束にし後ろに投げる。
黒こげの兵士の腹に突き刺さり、断末魔を上げさせる。
所詮携帯用ナパーム、殺し切るのは不可能だったようだ。
「蟻の巣に熱湯を流し込む時、女王蟻だけ助けようと思うか?
蜂の巣を壊す時、女王蜂だけ助けようと思うか?」
もしそうするのだとしたら、最初からそのような事はしないだろう。
そういった希望を打ち砕くのも、フォロリスにとってはまた一興。
だがそう言い切ってから、助けると思わせておいて殺した方が楽しい事になると思った。
だが、何処か引っかかる。小骨が首に突き刺さっているような、奇妙な感覚。
「……本当に俺が、誰だか解っていないのか? 哲也、哲也答えろ!」
「ああ、面倒くさいな。知らねーよ、お前」
心の底から面倒くさいという顔を露骨にし、そう吐き捨てる。
ロギがまた、悲しそうな顔をした。
だが先ほどのとは、何かが違う。
「そうか、覚えていないのか……なら、教えてやろう。俺はお前の、祖父だ」
「……あ、そう。で、だから何?」
ニタニタと笑いながら、ナイフを手で遊びながら、ゆっくりと近づいていく。
ロギの眼には、涙が溜まっている。
「だから助かると思った? まあ、人道的に、すぐに殺してやるよ!」
叫び、フォロリスはナイフを、ロギの首に突き立てる。
口から血の泡を吹き出し、うめき声を上げる。
そのままナイフをスライドさせ、首を完全に抉り取る。
血が、間欠泉から流れ出る水のように溢れ出る。
全身を血で汚しながら、副隊長の方に顔を向けた。
「さて、金品を強奪しまくって、残存兵を殺し尽くして帰ろうか。副隊長」
副隊長は、こくりとうなずいた。
ビーン「私さ……姫様より出てないよね」
姫様「あ、そのー……」
ビーン「一番悲しいのはさ、出番が無いのも弄って貰えないって事なんだよね」
姫様「せ、切実だ……」




