第六十七話 肉壁
紅い絨毯を泥の付いた足で汚しながら、ベラは城内を歩む。
今ここに居るのは、ベラと約数十名のグリードから持ってきた死体。誰もが首から上が無く、肉が腐り、服から汁が染み出している。
エルフの死体は、外へ待機させている。数十名を的確に操るのは、いくらベラとて不可能だからだ。
アンドロイが使う魔法━━操れる数は少なく色々と制約はあるが、ある程度自律的に動ける死体とは違い、操れる上限は無いがそれほど自律的に操れない。
だからこそエルフの死体を無くすといった被害を避ける為に、外へと待機させているのだ。
この城に潜入し、その後フォロリスは副隊長と一緒に、ラインハルトが行った方の道へと分かれた。
彼女にとっても、正直言って戦闘になると副隊長、フォロリスも邪魔でしか無いので大変ありがたい。
彼女の武器であるワイヤーは、その性質上広範囲に攻撃を繰り出す。
それは即ち、同士討ちをさせてしまう可能性もある。という事だ。
彼女にとって生きている味方が傍に居ては、ろくな攻撃をする事が出来ない。
否、防御すら難しくなる。
何故なら、彼女にとって防御とは=攻撃となるのだから。
だがこの時、ベラは知らなかった。
彼女と同じような戦闘スタイルを持った、同性別種が居る事を。
「しっかし、何処にも誰も居ないわね。面白くないなー」
独り言を呟きながら、敵を探す。
別に敵が出てこなくても問題はない。死体は手に入るのならまだ欲しいが、出てこないのならそれでもいい。もう充分すぎるぐらい、死体は集まっている。
それに、フォロリス達が向かった方向には、あの化物が居る。
どちらが死ぬにせよ、彼女は必ず得する。
フォロリスが死んだ場合は、別に前の生活に戻るだけ。
フォロリスが勝った場合、これまでと同じ時間を過ごすだけ。
どちらにせよ墓は荒らすし、人を拉致する事だってある。
どちらにせよ生活は、殆ど変らない。
「取りあえず敵が出てくれないとねぇ……そのうちに城内一周して、フォロリスと合流するんじゃないかしら?」
一人でそう呟き、けらけらと笑う。
この独り言をする理由は、二つある。
一つは、ただの暇つぶし。敵が居ない戦争は暇なものだ。それは、戦争が好きな者でも、戦争が嫌いな者でも変わらない。ただそれに感謝するかどうか、だけの違いだ。
もう一つは、敵をおびき寄せる為。
見え透いた罠だというのは自覚しているが、もし敵が向かってこなくても、位置を知らせるというのに意味がある。
少しでもその声に反応し、注意深く辺りを警戒していれば、気配で誰が居るか解る━━かもしれない。
ベラとて吸血鬼ではない、いくら人外離れした実力を持っていても、そんな人外離れした事なんぞ出来る訳がない。
怪物と言うにも、人間と言うにも中途半端な存在。
我ながらどっちつかずだな、と苦笑する。
「にしても、本当に一周してしまったらどうしようかしら? 流石にやる事が無いってのは不満というか、消化不良というか……」
折角のやる気が台無しになるのは、彼女としても出来れば避けたいところ。
だとしても、そう都合よく出てくるような敵兵が居る筈がない。
狩りというのは、実際こういうものなのかな? と感慨深く思い、心のどこかで狩人に感謝する。
ふと、天井の隅から塵埃が降る。
ベラは素早くワイヤーを、蜘蛛の巣のように張り巡らせる。
「……来るの、かしら?」
フォロリス達が、この国の王と戦っているのかもしれないという可能性もあるが、警戒しすぎるに越した事はない。
彼女とて怪我とかはしたくないし、死体を破損させるのも出来れば避けたい所だ。
冷たい汗が、背中を濡らす。
「来ない……のね。何だか、拍子抜けだわ」
張り巡らせた蜘蛛の巣を解き、袖の中へ収納する。
また砂埃が、天井から落ちる。
またフォロリス達が暴れているのだろう、と気にも留めずに前を進む。
だが、前に進むたびに、天井から落ちてくる塵埃が多くなっている。
流石に違和感を覚え、その場に立ち止り適当な死体の首の切り口に腕を突っ込み、マスケット銃を引っ張り出す。
そして、前方に銃口を向け、引き金に指をかける。
落ちてくる塵埃が、だんだんと増えてくる。
明らかに、何かが接近してくる。塵埃の量からして、かなりの大きさを誇る化け物。
ベラが持つマスケット銃の命中率は、それほど高くない。
本来、ベラが持つマスケット銃は観賞用の非実用的な武器。
故にライフリングという、螺旋状の渦巻溝は掘っていない。
それをベラが持つワイヤー技術を駆使する事で、ショットガンのように広範囲に攻撃出来る武器として活用していたのだ。
普通にワイヤーで斬り殺した方が早いのだが、その奥の手を隠す為に、マスケット銃を使っている。
それに、マスケット銃で撃った方が普通より遠くに迎撃が可能なのだ。
とはいっても狙った箇所に、真っ直ぐ飛んで行くという訳でもない。
だから標的が見えない間に撃っても、壁に命中するという事が多々ある。
射撃の腕は、よくも悪くも標準的だから。
「ま、不味い!」
ゾクッ、という背筋が凍る気配を感じ取り、反対の壁に飛び移る。
ベラが居た所に、巨大な緑色の蛇が、弾丸のように突っ込んできた。
死体を飲み込んだ蛇の胴体が爆発し、肉と血が飛び散る。
ベラに向かって飛んでくる肉を、ワイヤーで切り落とす。
死体の中に隠していたマスケット銃の火薬が、暴発したのだ。
抉り取ったように、蛇が通った後は捲り上がっている。
この蛇のあまりの破壊力に、思わず冷や汗を流す。
「……あらあら、避けなきゃ痛いのは一瞬だったのに」
クスクスと笑いながら、黒い髪のラミアが背後から現れる。
その声は実に穏やかで、世間話をしているような印象を持つ。
だが手首から流れ出ている血が、そのラミアの異常性を引き立てている。
ヨムンガルド、トリスタンを殺したウートガルザの侍女。
「この蛇が死んだっていうのに、その余裕……まだ何処かに、私の物が残ってるのかしら?」
蛇の、爆発によって千切れ飛んだ頭がヨムンガルドに噛みつきかかる。
蛇の頭に手を付け、蛇の後ろを取る。血が、蛇の頭に付着する。
「死体使い……下種な能力ね」
死体使いは論理的・道徳的に批判される魔法の一つだ。
故に、ヨムンガルドのように拒否感を覚える者も多く、批判されやすい。
ベラは何も答えず、ワイヤーをヨムンガルドに向けて薙ぎ払う。
ヨムンガルドが胸に付けている紅いペンダントが光り、ヨムンガルドを護るように緑色の大蛇が、ベラが操っている蛇の頭から、天井をぶち破って現れる。
蛇の尻尾部分が、真っ二つに裂け、壁を崩す。
血が飛び散り、視覚を奪う。
手ごたえは、感じない。大蛇越しで感覚で感じ取るなどというのは、不可能だ。
「ちょっとあの死体は欲しかったけど、まあ仕方ないか。大蛇で妥協━━いや、妥協って言っても充分な収穫だけど」
でも欲しかったなー、とブツブツ呟きながら、魔法で大蛇の死体を操り、その上に乗る。
進めー進めーと即興で作った適当な歌を歌いながら、大蛇を進ませる。
とはいっても、首の無い大蛇。やはり不気味だ。
「案外強くなかったなー……機関銃一丁あったら簡単に勝てそうだったけど」
「それはすみませんね」
後ろから、聞こえる筈の無い声がかかる。
素早く背中に、蜘蛛の巣のようにワイヤーを張り巡らせ、距離を取る。
緑色の大蛇が、勢いよくそのワイヤーに突っ込む。
心太のように大蛇の肉は分かれ、噴水のように血を吹き出す。
大蛇の血が、廊下に広がる。
「━━ッ、まだ生きてたの? あんた、しつこいわね」
「それは勿論、あの程度じゃ死ぬ訳ないわ」
流れ出る蛇の血が、次第に止む。
ドスン、という地響き。大蛇の死体が、血の飛沫を壁に、天井に飛び散らす。
ヨムンガルドが、大蛇の死体より数メートル下がったところで不敵な笑みを浮かべていた。
「しつこい人は嫌われるわよ? 男も女も」
「お生憎様、嫌われるのは慣れているのでね━━」
不敵に笑いながらヨムンガルドは、長い袖をめくる。
手首には、生々しい傷跡が残っている。
普通は誰もが自傷行為と思うが、ヨムンガルドにとってこれは重要な儀式。
発動条件が少々面倒だが効果は強力、という典型的な魔法。
とはいっても、彼女が魔法を得る前からかなりの数の傷跡が残っていたので、どれが儀式の為に付けた傷なのかは解らない。
手首に付いた生傷から、血を垂らす。
そして胸の宝石が光ると、血が垂れた箇所に巨大な大蛇が蜷局を巻きながら現れる。
「━━何せ、亜人ですから」
にっこりと笑みを浮かべ、ヨムンガルドは指を鳴らす。
すると蛇は、ベラが貼っているワイヤーの蜘蛛の巣にくっ付いている壁に向かって突進した。
ガラガラと壁が崩れ、天井が落ち、大蛇が下敷きとなる。
ワイヤーの蜘蛛の巣が、ひらひらと床に落ちる。
ベラは大蛇の死体から飛び降り、数多のワイヤーでヨムンガルドに襲い掛かる。
天井と床に、切れ目が付く。
ガリガリと石屑が飛び散り、獲物を狙う鮫のようにヨムンガルドへ突っ込む。
ヨムンガルドは血が流れている手を薙ぎ払い、大蛇で壁を作る。
大蛇の肉壁を切り裂き、血の海がベラの方に流れる。
ベラのワイヤーは、大蛇の肉壁を貫く事は出来なかったようだ。
血の海が、ベラの方に流れていく。
死体を操ろうにもギチギチに詰まった大蛇、身動き一つ取らせるのは不可能。
既に膝まで、血の海は溜まっている。ウートガルザの城には勿論、大量に扉が付いており、非常事態の今は何処も閉められている。
このままでは溺死するのも、時間の問題。
「面倒ね、ああ面倒。くっそ面倒くさい事してくれるじゃないの、腐れ亜人が!」
こめかみに青筋を立てながら、ワイヤーを鞭のように肉壁に叩き付ける。
だが肉が少し、削げ落ちただけ。
むしろ吹き出す血の量が増え、更に状況は悪化してしまった。
「黙って死んで、私を楽しませればいいのよ! 私の為に、潔く死ね!」
叫び、ワイヤーを振るう。
一心不乱に、無我夢中で、怒りをぶつけるかのように。
肉が削げ落ち、骨が砕ける。
だが、まだ壁は崩れない。
あまりに、あまりに厚すぎる。だがこれを突破しなければ、ベラが死ぬ。
生死を掛けた勝負、勝ち負けはない。
だからこそ、がむしゃらに鞭を蛇の壁に叩き付ける。
勝つ為に、生きる為に、欲求を解消する為に。
肉が、血が、砕けた骨がベラの服に飛び散り、紅く染める。
血は既に、膝辺りまで溜まってきていた。
この状態で壁を壊したとしても、血に流され外へ放り出されてしまう。
しかも外は、言わば肥溜め。排泄物が溜まっているような場所。
ベラとて、汚物に塗れる趣味趣向は無い。
死体を解剖等する際に出てくる汚物を処理する事はあっても、好んで触ろうとは思わない。
そもそも死体から出てきたという過程が無ければ、触るのは死ぬ次に嫌だ。
「もう嫌! 最悪よ! 何で私がこんな目に合わなきゃいけないのよ!
どれもこれも、あの亜人のせい! 絶対に殺して剥製にして、私の玩具として永遠にこき使ってやる!
あいつが馬鹿にし、見下している私の魔法で!」
叫び、髪をかき乱す。
ヒステリーになるのも無理も無い。破る事の出来ない壁に阻まれ、溺死してしまうかもしれないという危険。
普通の人なら、もう諦めるだろう。
だが、ベラは違う。
最後まで諦めず、ワイヤーを振るい続ける。
大蛇の骨が血の波に乗り、ベラの脛に触れる。
少し、動きが鈍る。
それに舌打ちをしながらも、ワイヤーを振るう。
自らの身体に起きている異常、彼女はそれを理解している。
ワイヤーを操り、死体を操る為に。一度死んだ命を生き返らせる為に失った代償。
これまでよりも勢いよくワイヤーを振るい、大蛇の壁に叩き付ける。
するとようやく、大蛇の壁が崩れ落ち、血の海が引いていく。
視界が開け、最初に飛び込んできたのは、こちらへと突っ込んでくる大蛇だった。
姫様「ねえアカマイ、貴女って名前だけは私より出てるよね?」
アカマイ「はあ、そうですね」
姫様「不公平だー、差別だー! このー!」
アカマイ「所で姫様?」
姫様「ん、何?」
アカマイ「姫様のフルネームって、何でしたっけ?」
To Be Continued!




