第六十六話 感染を繋ぐ橋
日は傾き、夕日が青い草原とテントを赤く染める。
ベラは死体を集め、恍惚顔で整列させている。
流石に隊長核はもう慣れているが、こういった特殊なものに耐性の無い他の兵士は、冷えた目でそれを見つめていた。
彼らとて殺人が得意で好きなだけで、その他の感性は普通だ。
故に、ベラの性癖は常人でなくとも、理解出来ない。
理解出来る者は限りなく少数で、そして同時にその殆どはそれを隠している。
ベラのような性癖を表にさらけ出し、それを誇りに思うのは、ただでさえ少数しか理解出来ない性癖の持ち主の中でもかなりの少数である。
「しっかしアンドロイ、遅いわね。もう日が落ちてるし……女子でもこんなに長く着替えないっての」
アンドロイが入って行ったテントを睨み付け、ベラがぼそりと呟く。
各団員もうんうんと頷くも、ベラが『女子』と言った言葉に少なからず疑問を抱いた。
全員彼女が、あまり女子らしくないと感じていたからだ。
同じような服を着回し、化粧もしない。
普通の女子が好きそうなものを全くしていないベラは、女子というよりは喪女というイメージが付いていた。
とはいっても、ベラもお洒落に興味が無い訳ではない。
彼女も休日にはアカマイと一緒に服を見て回ったり、甘い物を食べ歩きまわったりもしている。
だが死体を弄る性癖状、服を買っても腐敗汁等ですぐに台無しにしてしまう為、そういった服を買うのは諦めているのだ。
同時に彼女の身体にも秘密があるのだが、それは彼女以外誰も知らない。
「ふー、おまたせ」
ようやく、テントからアンドロイが出てきた。
緑色の服に身を包み、そこらの死体から剥ぎ取った剣を腰に付けた様はまるでエルフそのもの。
もっとも、瞳は黒く濁っているが、そこまで注目するような人間はそうそう居ない。
「……案外、似合うものだな」
「でしょー? 元がいいんだよ、元が」
フォロリスの感想に上機嫌で返すと、ベラにフリフリが付いた服を渡す。
ベラは受け取り、すぐに上に投げ、ワイヤーで切り刻む。
ハラハラと落ちていく布は、風に乗り何処か遠くへと飛んで行く。
一瞬の出来事に、開いた口が塞がらないアンドロイ。
「な、なんで……」
「何か、ムカついた。それだけよ、それ以外の理由は無いわ」
ぼーぜんと立ち尽くすアンドロイを捨て置いて、ベラは鉛玉によって開けられた、ウートガルズへと続く門の風穴へと歩む。
アンドロイの後ろから、笑い声が漏れる。
それを聞き、顔を真っ赤にしてアンドロイは叫ぶ。
「笑うな、マジで笑うな! 泣くぞ!」
アンドロイの警告を適当に手で返しながら、フォロリスは兵士全員に指揮する。
「……あー、兵士諸君。ちょっとした余興はあったが、これからが本番だ。
各自、しっかりと武装してから、攻め入るように。以上!」
フォロリスはそう言い締め、ベラの後を追う。
積荷の上からジャックが飛び降り、副隊長は積荷を地面に下ろす。
「アンドロイ隊長、しっかりと……本当にしっかりと準備しておかなきゃ、死にますよ。
まあ適当に頑張ってください、ではっ!」
そう言い締め、副隊長と一緒にフォロリスの後を追う。
アンドロイは溜息一つ漏らし、副隊長が置いていった積荷の箱に座った。
ウートガルズに入ったフォロリスの感想は、悲惨であった。
綺麗に舗道されていたであろう石畳はめくれ上がり、そこらに四角い石が散らばっている。
住居と思わしき物も、屋根が落ち女子供が下敷きとなっていた。
キョロキョロと辺りを見渡すが、生きている人間は皆無。
そのおかげか、ベラの眼はこれでもかとぐらい輝き、そこらに散らばっている死体をワイヤーで切断し、手繰り寄せるを繰り返す。
「ベラ、死体集めならいつでも出来るだろう」
「まあ、それもそうね。でも折角斬ったんだし、食べる?」
「……まあ、頂く」
全員何処かに避難したのだろう。とベラから手渡された腕を食べながら推測し、特にやることも無いので目の先にある、唯一無傷な城を目指し走る。
ベラと副隊長もその後を追う。
だがジャックは明るい笑みを浮かべながら、フォロリスに手を振りながら大声を出す。
「フォロリス隊長ー! オレは民間人探しておくねー!」
こぼれんばかりの笑顔で、ナイフを片手に持ちながら手を振るジャックに、フォロリスは適当に手で返す。
小さくなっていくフォロリス達の背中をしばらく眺める。
後ろから兵士の足音が鳴り、ジャックが振り向く。
規則正しく足音を鳴りやませ、整列したのを耳で確認すると、兵士たちの方へ身体を回転させる。
「さてと、君たちは何をしたいかな? やりたい事やっちゃおうか、戦争だから!」
元気よく右手を上げ、兵士たちに掛け声をかける。
だが兵士達は互いに顔を見合わせる。
突然そのような事を言われても、兵士達も反応に困るだけ。
それはある意味必然だ。
腰に手を当て、やれやれと首を横に振る。
「全く、君たちはノリが悪いね。
オレも一応無理してテンション上げてるんだから」
そしてくるりと身体を一回転させ、右人差し指で一番端に居る、ダボダボの軍服を着た青年を指差す。
「よしそこの君、……なんだっけ? げーなんとか君?」
「ゲーリングです、ピュロマーネ・ゲーリング」
「そうそう、ピュロマーネ君。
君はどうしたい? 何をやりたい? 何と犯りたい?」
ピュロマーネは五本のジャンビーヤが突き刺さった手を顎に当て、少し考え込むと、答えた。
「そうですね……強いてやるとするなら、まずは民間人を探す。ですかね」
「まあ、そうなんだけどさ。求めていた答えとは違うんだよ、違うんだよ……」
眼に見えるように、落胆のボディランゲージで答える。
すると、並んでいる兵士の後ろから、アンドロイが率いている軍が、やっと合流した。
皆それぞれ、胸にライフルをぶら下げベルトにマッシュポテト型グレネードをぶら下げている。
だがその中に、アンドロイの姿は見えない。
何処に居るかを確かめる為に、キョロキョロ辺りを見渡す。
すると、兵士をかき分けてアンドロイが出てきた。
武装は腰に二丁の拳銃、ベルトにポテトマッシャー型のグレネードをぶら下げている。
「はあ、はあ……疲れた、たった数十メートル程度の距離でもう疲れた」
「お疲れ様、アンドロイ隊長」
アンドロイにワインの入った瓶を手渡すと、物凄い勢いでそれを飲み干す。
空になった瓶から口を離し、口の端に付いたワインを腕で拭う。
空になった瓶は、一人の兵士に渡した。
「軽い武装って聞いてたのに、凄く重いんだけどこれ」
拳銃を取り、製造者でもないジャックに詰め寄る。
「まあ、他の兵士のより比較的に……だし、ね?」
そう言い鎮めると、アンドロイは納得したのか一つ溜息を吐き、拳銃を腰に戻す。
かちゃり、とグレネードがぶつかり合い、揺れる。
「というかさ、アンドロイ隊長。どうして吸血鬼にならないの? その方が色々と楽なのに」
「あー、そうだね。この国の民間人を探しながら話すとするよ」
そう言い、歩き出すアンドロイ。
そのちょっと後ろをジャックが、その後を他の兵士が付いていく。
アンドロイは歩きながら、何故自分が吸血鬼にならないかを語り始める。
「吸血鬼になるとさ、物凄くエネルギー消費するらしいじゃん?」
「はい、まあ、かなり……」
後ろに付いている兵士の一人が答える。
吸血鬼のエネルギー消費量は、常人の比ではない。
通常の料理を食べて生活していては、一日で想像できないぐらい食費がかかってしまう。
故に吸血鬼は、エネルギー吸収効率の高い人肉を食すのだ。
元は人間だから、だ。
「それが理由なの?」
「うん、そうだよ。何せお金がカツカツなんだもん、銀貨がいくらあっても足りないもん。
君たちは、いつもどう生活しているの?」
アンドロイは後ろにいる兵士に尋ねる。
兵士はおずおずと答えた。
「たまに囚人を貰って来たり、適当な獣を狩ってきたりしてます」
「はあー、色々と大変なんだね」
「いえ、それほどでも」
兵士は謙遜しながら、後ろへ下がる。
ジャックは既に飽きたのか、ナイフでジャグリングをしている。
「意外としょぼい理由だったね、アンドロイ隊長」
「しょぼい言うな! 吸血鬼にさえならなければ豪勢な生活が出来るんだから!」
ケラケラ笑いながらからかうジャックに、大声で言い返すアンドロイ。
実際、後ろに付いている兵士達もアンドロイより少し少ないが、充分に豪勢な生活が出来るぐらい貰っている。
だがお世辞にも豪勢とは言い辛い生活をしているのは、やはり吸血鬼という種族故だろう。
食費が馬鹿にならないのだ。
「実際、ジャック君も吸血鬼じゃないからそれなりに豪勢に暮らしてるでしょ?」
「まあ、それなりにね」
毎日のように金のかかる食事を自分で作り、それなりに高いものを飲んでいるジャック。
だがそれを繰り返していても、まだ充分に貯蓄はある。
以上の事から、吸血鬼は金のかかる種族だというのが解るだろう。
「でもオレは、根っこが貧乏性だからねー。
いくら金があっても、食事以外にかけようとは思わないね」
「しかもその食事にも、自家栽培の野菜とか使ってるんでしょう?
全く、凄いね。今度コツ教えてよ」
敵地のど真ん中で繰り広げられる会話とはとても思えないが、それもひとえに強者が持つ余裕故。
まあ、弱い人間であるアンドロイは話しつつも、周囲の警戒を怠ってはいないが。
「自家栽培のコツは簡単だよ、雑草の生える所から適当に草抜いて、苗植えれば後は毎日水をあげるだけ。まあ、ミントとかなら適当に種撒けば勝手に生えてくるけど」
「ああ、物凄い強いんだっけ? 自生能力ってのが……」
一粒でも種をまけば、辺り一面緑色に生えると言われるぐらい力強い。
竹の次に自生能力が強いのだ。
「そうそう、凄いんだよね。一粒落したミントが、一瞬で緑色の絨毯になり替わるのを見た時には『なにこれ……』って思ったもん」
「そ、それは凄い……けど、流石にそんなにもいらないかも」
アンドロイはその様を想像しながら、冷や汗をかく。
ミントは主にハーブやデザートに使うというイメージが強いアンドロイにとっては、ミントの使い道が思いつかない。
故にもし、自分がそんな目に合ったらというのを想像すると若干背筋が冷たくなる。
ふと目の前に、真っ二つになった銃弾が刻み付けた大きな溝が出来ていた。
壁には、巨大な風穴があいている。
「さて、どう進もうか。ジャック君」
「そうだね、ここは……適当な建物の柱でもくっ付けて、橋にでもする?」
ジャックがそう言うや否や、兵士は素早く崩れている建物から適当な木材を二本ほど引っ張り出す。
鉄の棒も十本ほど引き抜き、木材に突き刺し木材同士をくっ付ける。
そのお世辞にも安定性の無い橋を、大地に刻み付けられ崖となっている向こう側にかける。
「流石吸血鬼、こういう時はものすごく便利だね」
「まあその代わりに、日常生活では不便極まりないけどね」
かけられた橋を見て、アンドロイとジャックが感想を述べる。
まず安定性を確かめる為、兵士が数人先に渡る。
少しギシッと音が鳴り、木材のカスが傷の中に落ちていく。
「……まあ、素人が作ったんであれば上出来、といったところかな」
アンドロイも、怖々と橋の上を進む。
少し揺れるが、立ち止っていては何も始まらない。
何とかゆっくりではあるが、中心部分まで歩く。
だがその後ろを、ジャックが走りながら付いてくる。
当然元々不安定な橋だ、物凄く揺れる。
恐怖のあまり、小さく縮こまる。
「ちょっ、ちょっとジャック君!? 走らないで、お願いだから!」
震える声で、泣きながらジャックに叫ぶ。
そんなアンドロイの声を無視し、縮こまるジャックの背中に両手を付き、跳び箱のように飛ぶ。
そしてアンドロイの目の前に着地し、アンドロイに話しかける。
「やっ、アンドロイ隊長。お先に~♪」
「あ、うん……もう今度からは、やらないでね。お願いだから」
そう言い残し、ジャックはそくさくと橋を渡り終える。
そして崖となっている場所に足をおろし、だらりと座る。
アンドロイが渡り終えたのは、ジャックが渡り終えた数分後であった。
その後を、兵士が一斉に橋の向こう側に飛び移ったのを見、アンドロイは少し自分に自信を無くした。
アンドロイ「そういえばジャック君、君って何処に住んでるの?」
ジャック「ん? フォロリス君と同じところだよ」
アンドロイ「……えっ、もしかしてそっち系?」
ジャック「そんな訳ないでしょうが! というかなんでそっち方面に持っていくの?」
アンドロイ「普段の仕返しだよ~♪」
To Be Continued!




