第六十四話 犬の味
甲板からボートに、積荷を下す作業が五つ、全く同じ速度で行われている。
ボートに積荷が積まれる際、波が出来る。
それを遠くから、カノン砲が放った弾丸によって刻まれた巨大な傷跡の上で眺める二人の男女。
目の前には砂浜、両脇には草原。
男は周りに敵が居ないか警戒し、キョロキョロと辺りを見渡す。
女はバラバラになった三つ首の犬の死骸を集め、ホクホク顔。
アンドロイとベラである。
三つ首の犬の死骸をくっ付け、ワイヤーで縫い付けながらベラは言う。
「ねえアンドロイ、あんたはあの作業手伝わないの?」
ワイヤーを突き刺す際、少しだけ手足や舌がぴくっと動く。
アンドロイは辺りをキョロキョロと見渡しながら、ベラの方を向かずに言った。
「ああいう力仕事は吸血鬼の仕事だよ。僕達人間は、傍観してていいのさ」
「とか言って、本当はただ力が無いだけでしょうが」
図星を突かれたからか、何かを言い返そうと必死になっているが何も言えず、足元の砂を蹴る。
蹴られた砂は風に乗り、アンドロイの眼の中に入った。
「うぅ……不幸だ」
目の中に入った砂を擦り取ろうと、指で眼をかく。
「いやこれはあんたの自業自得でしょうに」
犬の脚に付いた砂を手で振り払いながら、ベラが冷ややかに突っ込む。
胴体をワイヤーで綺麗に斬り、肉の中に脚を強引に突っ込む。
ぐじゅぐじゅと嫌な音を立て、砂浜に内臓が落ちる。
炎天下の下、肉は腐りやすい。
故に内臓も、粘着性を持っており腐敗臭が漂う。
アンドロイは思わず、口を押さえた。
「吐くんだったら遠くで吐いてね。私、あの臭い嫌いなの」
「好きな人なんてごく少数だよ。というか、その腐った臭いは平気なのにゲロは無理なのか」
ベラにとっては天と地の違いなのだが、アンドロイには同じような嫌な臭いとしか思えない。
アンドロイの中で腐敗臭とゲロの臭いは、一括りされている。
否、それが普通なのだろう。ただ、ベラがかなり変わってるだけだ。
「まあ、違いなんてその道に精通していないと解りっこないけど」
「だろうね。まあ、臭いが違う感じのってのは何となく理解してるけど」
フォロリスは笑いながら言うと、ベラもクスクスと笑った。
海方面では、必要な積荷を下に下ろす作業が終えたのか、岸に向かって船が漕がれている。
ボートにはフォロリスと、その後ろ━━シャルンホルストから出たボートには、副隊長が乗っている。
どちらも、この世界の技術では考えられないぐらい速く進む。
「やっと準備が終えたみたいだね」
「あんたも手伝えば……いや、逆に時間かかるわね。見るからに力弱そうだし」
ベラの言葉に、アンドロイはぐうの音も出ない。
一応それなりに鍛えてはいるのだが、やはりスペックでは吸血鬼に到底かないそうにない。
だが代わりに、強い力を持つ者がよく持つ慢心というものをアンドロイは持っていない……と、自負している。
どんな達人でも、どんな古強者でも、慢心一つで死ぬ事がある。
それを自信と言えば聞こえはいいが、アンドロイは自信と慢心は違うと思っている。
とは言っても、ベラよりは確実に力があると自負している。女の子と比較しても、何も嬉しくは無いが。
「おーおー、相変わらずラブラブだなー二人とも」
肩に大量の物資を持ちながら、フォロリスが茶化す。
砂浜には、大量の兵士の足跡が残っている。
浜辺にはボートが、巨大な荒縄によって、砂浜に突き刺さってる丸太と繋がっている。
「フォロリス君、茶化すのはやめてくれよ」
「そうよ。第一、生者と交わるなんて御免だわ」
「いやに生々しい表現だね、ベラちゃん……」
妙に生々しい言い様に、若干引いてるアンドロイ。
そのような事は露知らず、ベラはフォロリスの持っている物を指さす。
「所で、なんであんたがそれ持ってるの? そういうのって、普通部下とかに持たせないの? こいつみたいに」
「うぐぐ……言い返せない」
右親指でアンドロイを指さしながら、ベラが尋ねた。
フォロリスは若干アンドロイに同情しながら、答える。
「人手不足でな、誰かさんが吸血鬼にならないおかげで」
「ふん、僕は絶対に吸血鬼にはならないからね!」
嫌味な目線にそう返すと、ムキになったのかフォロリスの後ろに居る兵士から荷物を一つ奪い取り、持とうとする。
だがあまりの重さに、わずか一センチしか浮かない。
兵士が心配そうな顔でアンドロイとフォロリスを見やる。
だがそのような事気にせず、ベラとフォロリスは遠くを見やる。
「あの……隊長、放っといていいんですか? アンドロイ隊長、この状態のままじゃ血管切れますよ」
「放っとけ、すぐに諦めるだろ。おっ、副隊長来た」
ベラが浜辺に降り立った副隊長に手を振ると、副隊長も振り返す。
副隊長の背後にある五隻のボートの一隻に、ジャックが乗っていた。
「ああ、道理で目が覚めたら居なかったのね」
「そういう能力だからなー。後、何故か副隊長に懐いてるみたいだし」
副隊長が二つの積荷を、他の兵士は一つづつ積荷を持ち浜辺に降りる。
その上━━副隊長が持つ積荷の上に、ジャックが飛び乗った。
若干揺れるも、すぐに体制を立て直す。
「相変わらず凄い身体能力だよな、副隊長」
「僕、副隊長は人間じゃないような、気がするんだ……何となく。げほっげほっ」
「……お疲れ様」
フォロリスがジャックと戯れている副隊長を見ながら、呟く。
アンドロイは肩で息をし、思い切り咳き込みながら地面に座り込む。
積荷の上でクルクルと回るジャック、実に楽しそうな笑顔を浮かべている。
「俺もなんとなくそう思う、普通に吸血鬼同士の稽古に付き合ってたし」
「そうなんだ、やっぱ人間じゃないよね」
ジャックは箱の上でピョンと飛び、あぐらをかきながら箱の上に着地する。
それを後ろの兵士達が心配そうな眼で見つめていた。
副隊長は気にせず、鉛玉が刻んだ傷跡の上を通る。
「ほー、あれが今回鎮める国か……んふふ、楽しみ」
「何始めてみたって感じで言ってんだ、ジャック」
すでに見た事ある筈なのに、初めてこの大陸を目撃した兵士のような反応をするジャックに、フォロリスは静かにツッコミを入れる。
ジャックはケラケラと笑いながら、箱の上でサンドイッチを取り出す。
「……いつの間に作ったのよ、それ」
「んー、ついさっき」
上陸するまでベラと一緒に寝ていた筈だというのに、相変わらずジャックの能力は謎だらけだ。と見なは思う。
ジャックの能力自体、どれぐらいの事が出来るのか誰にも解らない。
そう、能力を持つ当の本人であるジャックでさえ。
故に、ベラにジャックの能力が解る訳がないのだ。
もっとも、ジャックは能力を何となく理解しているので、使用するのに困りはしない。
副隊長がフォロリスとアンドロイを追い抜き、その後を二人と大量の兵士が追う。
「外側から見たらあんな感じなんだねー、あの国。おっとと」
遠くを見つめるジャックが呟き、上下する箱の上で少し体勢を崩すが、すぐに立て直す。
ジャックが見たのは城の内部だけであって、外部の方は全く見ていない。
もっとも、当然ながら壁には巨大な穴が開いている。
そしてその穴に導くかのように、カノン砲が刻み付けた傷跡は続ている。
城下町も、通貨も使えないので見る必要が無いので見て回ったりとかはしていない。
何故なら、戦争で勝てば手に入るからだ。何でも、何もかも、全てを。
当然すぐに飽きるが、それもまた一興。それがジャックの、物欲だから。
サンドイッチを頬張り、一口一口を噛みしめる。
船内で作ったサンドイッチは、パンは固く具材も干し肉ぐらいしか無い。
故に、よく噛まなければ飲み込めないのだ。
「しっかしまあ、凄いデカい壁だよねー隊長。下からでも見えるでしょう?」
後ろを向きながら、下で歩いてるフォロリスに尋ねる。
地上からも、巨大な壁が見えているのだ。
それも心なしか、ラインハルトを通じて観たあの壁より分厚くなっているような気さえする。
もっとも、その分厚い壁も鉛玉によって、いとも容易く風穴を開けられたのだが……。
「一応見えるが……ジャック、他のものは何か見えないか?」
「他のもの? うーん、ポツポツとテントみたいなのが……ちょっと見えるぐらいかな?」
遠くを注意深く観察しながら、ジャックは答える。
ジャックが見つけたテントには、葉の上に枝が覆い被さったような紋章が刻まれていた。
アールヴヘイム帝国、エルフが民の大部分を占める国。
そして、聖槍が収められている国だ。
もっとも、そのような事誰も知らない。
だが、アンドロイ一人は顔をしかめた。
これまで戦ってきた強敵は、いずれも頑張れば一般人でも倒せるような敵ばかりであった。
聖なる炎を操る勇者、光の矢を放つ女、吸血鬼と殴り合う国王等……。
どれも、全て人がたどり着くには不可能ではない境地にまで歩み寄っていた。
だが、今回のは違う。
鉛玉を真っ二つに切断するような人間が居る国に、攻め入ろうとしているのであろう兵士。
つまり、同レベルの実力を持った化け物が存在しているという事。
未知なる恐怖、アンドロイはこの戦争で、死を覚悟する。
「フォロリス君、今回は少しヤバそうだよ。勝算はあるのかい?」
大量の死体を引きずってるベラを見ているフォロリスに、アンドロイが尋ねる。
フォロリスは犬の死体の脚を一本引き抜き、かぶりつきながら答えた。
「勝算? んなもんある訳ねーだろ、あんな化け物」
「ちょっ、それ私の……大量にあるからいいけどさ」
必死に集めた死体を取られて、少ししょぼくれるベラ。
フォロリスはそのような事気にせずに、犬の脚の肉を噛み千切る。
「……不味いな」
二口ほど噛んだ後、脚をベラに返す。
ベラも、流石にもう使い物にならないからなのか野原に捨てた。
口の中に入っている肉は、地面に吐き捨てる。
「どんな味? 少し気になる」
ベラが興味深そうに尋ねた。
城内では死体にしか興味を示さないと思われがちだが、ベラは死体を愛しているだけでちゃんと他のものにも興味を持つ。
だが死体にあまりに熱心なので、皆からそう思われているのだ。
「パサパサしてて、ジャリジャリしてて……何より臭い。こんなの食う価値ねーよ、牛とか豚の方が何百倍も美味い」
「まあ、そりゃそうだよ。食べなれてるのが一番、これは何処行っても変わりないさ」
「そういうもんか? まあ、もう喰わねーしいいけど」
「私はよくないんだけど」
ベラは怒り心頭なので、フォロリスを睨み付ける。
当然だ、そこそこ頑張って手に入れた死体を台無しにされ、しかも味にケチをつけられたから。
もっとも、肉自体ベラが作ったものでもないのだが……。
だというのにベラはフォロリスに怒りを向けている。
フォロリスの立場から見て見れば、いい迷惑だ。
もっとも、そのような事露知らず、フォロリスは暇そうにナイフをジャグリングしている。
アンドロイが肩を叩き、フォロリスに耳打ちした。
「フォロリス君、ベラちゃんが何か怖いよ。取りあえず謝っておいた方がいいよ、バラバラになりたくなければ」
「……ベラ、試しに一本食べてみろ。お前が好きな味なら、まあ取りあえず謝ってやる」
ベラも一応、死体を食べるのはそれなりに好きだ。
だが、ベラとて不味いと言われた物を食べる気にはなれない。
だがここで食べ、もしベラの好みの味であるならフォロリスが謝罪するという珍しい物が見れる。
そこに誠意なんて必要ない、ベラにとっては『フォロリスが謝った』結果が重要なのだ。
意を決し、適当な脚の肉を引き抜き、目をつぶりながらかぶりつく。
フォロリスが謝ってる様を見る為に、だが━━
「不味っ、なにこれ不味っ!」
すぐに吐き出し、脚の肉を投げ捨てる。
綺麗に回転しながら、遠くに飛んで行く足。
ガサリ、と草の音を鳴らす。
「なにこれ、死体食べなれている私でも無理な味だわこれ」
「だろ? 結果、俺が正しい訳だ」
フォロリスの言葉に、若干しょぼくれるベラ。
それを横目観て、苦々しく笑うジャック。
グリードの集団は、テントのすぐ傍までたどり着いていた。
アカマイ「そういや姫様、宝剣とかどうしましょうか? 魔宝石使われているものなんですけど……」
姫様「売るか仕舞っとくか墓にでも突き刺すか、どれかを選べ」
アカマイ「では、仕舞っときます」
姫様「そういえばアカマイ、レイピアあったよね? あれで飛んでくる果物突き刺す芸が見たいなー」
アカマイ「出来ませんよそんなの!」
To Be Continued!




