第六十三話 初弾
巨大なメーターが、何度もメモリを左右に行き来する。
艦長席に腰かけているのは、十七部隊隊長、アンドロイ・カチカ。
呑気に足を組み、小説を読んでいる。
艦長の仕事は、指揮ぐらいで十分。
専門的な技術を持ってるのは、操縦士ぐらいで十分なのだ。
ラインハルトが乗っていた時の艦長は、操縦技術もあった為操縦席で部隊を導いている。
小説のページを一枚捲る。前方部分、外が見えるように敷き詰められた巨大な窓ガラスに、アンドロイとフォロリスの部隊が集まりワイワイと騒ぐ。
この船には、ラインハルト部隊に乗っていた部隊も少数ではあるが乗っており、彼らは初めて別の大陸を見る部隊を冷めた目で見つめていた。
アンドロイは、ここ数年初めて見る物があまりに多すぎた為、そういった驚きに慣れつつあった。
そして、今読んでいる小説の方が興味を引いている。
ある少女が殺人鬼に恋心を抱く物語、アンドロイにはあまり合っていないような物語。
興味を引いたのは、殺人鬼というフレーズからだろう。
知り合いに、同じような人が居るからだ。
厳密には、もう人ではなく吸血鬼だが。
「あいつら、これから戦争するって奴らの顔じゃねーよな」
壁に背を靠れさせながら、フォロリスがふと呟く。
いつの間にかアンドロイの横に立っていた為、若干の驚きは抱く。
アンドロイは小説から一切目を離さず、返答した。
「まあ、これまで見た事のない物を見ると……大体がああいう反応になるさ。
僕には全く、理解出来ないけどね」
そう言い、ページを一つ捲る。
ちょうど小説内で、ヒロインが殺人鬼に恋心を抱いた所のようだ。
だが、いかせんページの半数を使って初めて恋心を抱くというのは、恋愛ものとしては遅すぎではないか? とアンドロイはふと思う。
同時に、もし作家が、実体験を小説にしているのだとしたら、まあそこそこのリアリティはあるなと評価もする。
「そうかい。まっ、俺にとっちゃどうでもいいけど」
フォロリスは艦長席に取り付けられている無線を手に取り、巡洋戦艦シャルンホルストへ指示を飛ばす。
今グリードが持つ技術力は、第二次世界大戦真っ只中のナチスと同程度だ。
アカシック・レコードを読み取るのにも、ある程度限界はあったようだ。
この件に関しては、アカマイが「出来る事なら尋問して、どうアクセスしたのかを拷問にかけてでも聞き出したかった」と日々愚痴っている。
「ピュロマーネ、大陸目視出来るか?」
『ええ、デカい大陸が見えます』
ノイズ交じりに、痩せているような印象を持つ声が返ってきた。
元ラインハルト部隊、副隊長の声。
歳はフォロリスと同じくらい、父も軍に所属している。
いわゆるコネ入隊というものだが、戦闘の技術だけ言えば帝領伯守護より数倍は上だ。
そして同時に、性格もフォロリスと少し似ている。
まさに、理想の部下と言えるだろう。
欠点と言えば、少し生真面目すぎる事ぐらいか。
「新兵器の試験にはちょうどいい的だろう、あれの準備をしろ」
その言葉を聞き、アンドロイはつい小説から目を離す。
アンドロイもアカマイから聞かされるだけで、実物はどのような物なのか知らない新兵器を試されるからだ。
前々から若干、ほんの少しではあるが興味を持っていただけあり、心臓が鼓動を刻む。
『了解、数秒で済ませます』
「多少時間がかかってもいい。しっかりと点検し、問題が無ければ撃て」
満足そうな顔で、無線を切る。
新兵器の点検に時間を取らせたのは、一発の費用がかなり嵩むからだ。
故に一度のミスもなく、試験導入しなければならない。
「試験……あれを試験導入するのかい?」
楽しみといった笑みを浮かべながら、アンドロイは尋ねる。
「ああ。どうせなら今使い、使い物になるかどうか確かめねばならないからな」
壁に体重を預けながら、腕を組み大陸を睨み付ける。
今から形がかなり変わるのだ。せめて綺麗な姿を最後、一目納めておくのがせめてもの礼儀。
ガタン、と大きく船が揺れる。
先ほどまで立っていた船員が、床に手を付け伏せる。
アンドロイも突然の衝撃に驚き、つい本が手から落ちる。
ただ一人、フォロリスだけが切り裂いたような笑みを浮かべていた。
「やはりだ、男のロマンというのはこうでなくてはならないな」
腕を組みながら、クククと笑うフォロリス。
アンドロイは椅子にしがみ付きながら、顔色が悪くなっていく。
「何だ、船酔いか? お前、船とか無理だったのか」
「いや、こんなに揺れてたらそりゃ酔うよ。というかこの揺れ何? 何なの!?」
若干半ギレ気味に尋ねるアンドロイ。
恐怖心でいっぱいになっており、命乞いをする子供のような表情をしている。
また大きく、ガタンと揺れた。
流石のフォロリスも、少し体勢を崩す。
アンドロイはもう、半泣き状態だ。
「起動する際、ちょいと揺れるとアカマイから聞いていたが……これほどとは」
「衝撃吸収する素材とか、作っておいてほしかったなー僕」
目から光が無くなった状態で、文句を垂れるアンドロイ。
今度は先ほどよりも大きく揺れ、本が衝撃で遠くへと飛んで行く。
とはいっても、少し歩けば届く距離なのだが。
「ねえ、これちょっと欠陥ありすぎじゃない? 僕人間よ、一応言っておくけど!」
揺れる船内で、必死に椅子にしがみ付きながらアンドロイは叫ぶ。
艦内に居る兵士の殆どは、フォロリスから提供された血を服用し吸血鬼と化している。
吸血鬼でないのはベラ・レンカ、ジャック・カッツェ、そしてアンドロイ・カチカの三人だけ。
更に二人は人間かどうかも怪しいので、純粋な人間と呼べるのはアンドロイただ一人となる。
「ま、まあ大丈夫だ。死にはしない。それより外、見てみろ」
フォロリスに話を逸らされるが、一応外に眼を見やる。
すると、巨大な鉄の塊に目を奪われた。
シャルンホルストから飛び出た大砲の先が、前方の窓から見えたのだ。
全長四十二m九センチ、総重量約千三百五十トン。
口径八十センチの馬鹿デカいカノン砲。
それらを外へ出す為だけに、嵐にでも巻き込まれたかのような揺れは起きている。
空を飛ぶカモメが、巨大なカノン砲に警戒しているのか煩く鳴く。
改めて、我が軍が開発した兵器が、いかに規格外かを痛快させられた。
「諸君、目に焼き付けろ。我がグリード最強戦力となりし大砲の、初砲だ!」
フォロリスの宣言と共に、カノン砲は八十センチもある鉛玉を、天をも貫くような轟音で発射する。
衝撃で海が荒れ、戦艦は上下に激しく揺れ動く。
アンドロイは、必死に口を押える。
海が一瞬真っ二つに割れ、カモメが何匹か巻き添えになったのか海に浮かぶ。
轟音を突き抜ける鉛玉は勢いよく、街を囲っている城壁目がけて飛んで行く。
フォロリスはそれを見て、眼を見開き絶賛した。
「素晴らしい、絶景だ。
海を裂き、地を割りし鉛玉。コストというのに目をつぶれば、これ以上に効果的な兵器は無い!」
地面を抉るようにし、数十メートル離れたブリッジ内部でも目視出来るぐらい地形が変わっていく。
そして巨大な壁を貫通し、積木のようにバラバラと砕け散った。
だがすぐに、その鉛玉は真っ二つに切断される。
一瞬、フォロリスには━━、否、各員にも何が起きたのか理解出来なかった。
鉛玉が真っ二つに切断され、ちょうど城を避けるように通り過ぎていく。
砂煙をあげ、振動が海にまでおよび波を作る。
信じられない、あまりに非現実的だから。
街を蹴り飛ばした積木のように勢いよく崩すような威力を持つ大砲の弾を、まるで豆腐を切るかのようにいとも容易く、簡単に斬り裂かれたのだ。
拳銃だって切り落とすのは不可能と言われているというのに、それの何十・何百倍の大きさを誇る列車砲弾を切り落とすなど絶対に不可能の筈だ。
これは技術の問題ではない。
たとえ銃弾を切り落とす事が出来る人が居たとしても、切り落とした銃弾は二つの弾となりて標的を打ち抜く。
もしそれが出来るのだとしたら、斬った対象物を横に吹っ飛ばすような能力を内臓した剣ぐらい。
たとえ内臓した剣があったとしても、人一人分の大きさを誇る弾を切り落とすのは絶対に不可能だ。
だからこそ、それを知っているからこそ今起きた現実が受け止められない。
あまりに、非現実的すぎるから。
「……この場合、試験は成功となるのか?」
フォロリスが、俯いたまま口を開く。
そう、確かに正常に起動した。大陸だって、かなり削り損害を与えた筈だ。
故に、相手に致命的な損害を被らせた事になる。
「ま、まあそうなるね。設計に狂いは無く、威力も申し分ない。そう報告しておくよ」
流石に、自らが設計を祈願した兵器が全く通用しなかったのにショックを受けているようなので、出来るだけ慰めとなりうる言葉を選び返答した。
フォロリスは、肩を震わせる。
「やはり、この世界は面白い」
先ほどまで俯いていたフォロリスは顔を上げ、斬り裂いたような残虐な笑みを浮かべ、地獄のカラスのような、どす黒い笑い声を発する。
ついに気が狂ったのかとアンドロイが心配そうな声で声をかけようとするも、謎の迫力により声をかける事が出来ない。
四十秒笑うと、ようやく壊れたスピーカーから聞こえるような声が止む。
「これだ、これだよ、これを待っていた!
久しい感覚だ、俺の血を滾らせるような心地いい感覚だ!」
あまりに大きな声で笑ったからなのか、口の端から血が流れ出る。
だがそれすら気付かず、気にも留めず相手に、アカマイが開発した片レンズ越しに見た好敵手との戦いを妄想し、実力者との愉悦に浸る。
「久しきまだ会わぬ好敵手、これぐらいして貰わなきゃ満足に堪能出来ないな!
どうだ、貴様らも同じ考えだろう!? 兵士諸君!」
フォロリスの言葉に、右手を張り、腕を斜め上に上げ、掌を下側にし、突き出す。
ローマ式敬礼。そして、ナチス式敬礼でもある。
これはフォロリスが関与した部隊にのみ通じる敬礼で、力の集中を意味している。
だが、敬礼を向けているのはフォロリスではない。そして、女王陛下でも国に対してでもない。
ヴァルハラ、勇敢に戦った戦士の魂が集まるという伝説上の宮殿。
その神殿に、自らの力━━この部隊の場合、敵兵士の魂を集中させるという意味合いを持つ。
故にフォロリスも、宣誓式で宣誓する際の敬礼ではなく、他の兵士と同じ敬礼を取る。
「さあ、戦争を始めよう!
我々が行うのは聖戦でも新たな戦争でもない。技術だけが発達した、カビの生えたような古い戦争だ!
我が母国の目的は何だ!?」
フォロリスが大声で尋ねると、兵士もそれに負けじと大声で返す。
「土地! 植民地! 奴隷確保!」
これらは、国を攻め入る為の国民に言い聞かせる為の理由である。
当然上層部も、それらを目的として戦争の許可を下す。
理由なき戦争は、何の利益も生まないからだ。
故に第四十四独立前線部隊は、国というスポンサーの下戦争を行っているようなもの。
だからこそ、必死に彼ら上層部を説得せねばならない。
「では! 我らが行う目的は何だ!?」
フォロリスがまた、大声で聞き返す。
兵士も、先ほどより大きな声で、瞳に漆黒の光を灯しながら答える。
「射殺! 刺殺! 絞殺! 撲殺!」
これこそが、第四十四独立前線部隊の主目的。否、目的より重要視すべき手段。
彼らにとって戦争とは生きがいであり、趣味であり、特技である。
彼らにとって殺しとは生きがいであり、趣味であり、特技である。
だからこそフォロリスは、第三帝国のように犯罪者を実験動物にしたりはしない。
何故なら、同族を殺してしまうという恐怖を持たぬ兵となるからだ。
故に殺人の前科がある人間を迎え入れ、部隊に入団させる際にはテストとして奴隷を一人殺させる。
殺しの技術なら、後でいくらでも教える事が出来る。叩き込む事が出来る。
だが、殺す才能は生まれ持つ他得る術は無い。
戦争への恐怖心というのも、吸血鬼という一種のドーピングに加え、麻薬を服用させる事である程度は抑える事が出来る。
そう、何十人も殺す事が出来るぐらいには。
「では向かおう、我らが楽園へ!」
アカマイ「あの大砲造るだけで開発費が……十五年のローンが……」
姫様「そんなにしたんですかあの大砲」
アカマイ「弾だけで普通に銀貨三枚飛びますからねあれ」
姫様「そんなにかかるんだ……まあ、戦果上げれば給料増えると思うよ。多分」
アカマイ「国を治める王なのに解らないんですか、姫様……」
To Be Continued!




