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魔石と殺人狂  作者: プラン9
第三章~新たな悪魔~

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第五十二話 インビジブル

 夕日が窓から差し込み、煉瓦むき出しの床を照らす。

 アンドロイの使っている部屋は三階にあった。

 部屋には埃をかぶった本棚、そしてベッドとテーブルが置いてある個室。

 テーブルの上には薬包紙に包まれた黒い粉と荒縄が無造作に置かれており、下には虫のようにも見える粉が落ちている。

 本棚には火薬や毒物の他に、薄いノートが数冊程度あるだけ。

 隊長さん亡き後、第十七部隊隊長へと就任したアンドロイの部屋だ。

 本来ならもっと広い部屋を貰えるのだが、二十一から下の部隊は第四十四独立前線部隊を目の敵にしている。そんな敵だらけの場所で安眠を取れるとは到底思えない。

 故に前から使っている、小さな部屋に落ち着いたのだった。

 だが愛着という物は全く持っていない。その証拠として、この部屋には至る所に爆薬が設置されている。アカマイから譲って貰った高性能の爆弾、『ゼリグナイト』という代物だ。

 一八七五年にアルフレッド・ノーベルによって初めて造られたプラスチック爆弾である。

 簡単に言うと、ニトログリセリンが染み出てこないダイナマイト。

 当然魔石と連動させ、約二十メートル程度離れた所でも起爆させることが可能。

 少し魔石を起動させるだけで爆発する恐れのある部屋で暮らす・眠る等常人では不可能である。

 故にアンドロイも、フォロリスやベラには遠く及ばないが異常であることを確認出来る。

「はあ、隊長さん生きてたらなー。こういった面倒事をぜーんぶ丸投げに出来るんだけど……全く持って惜しい人を亡くした事には、全く持って遺憾の意だね」

 大きなあくびをしながら、この部屋の主であるアンドロイが入ってくる。

 先ほどまで第一帝領伯守護隊~第九帝領伯守護隊隊長の長い長い説教を聞かされていたのだ。

 それもこれもフォロリスのせいなのだが、ただ単純に余所者が高い位に就くことに不満を持っているのは、アンドロイの眼から見ても明白であった。

 木製の扉が、ぎいーと音をたて開く。

 窓ガラスのない窓から風が、扉が開いたことによって勢いよく拭き入って来、黒粉を飛ばす。

「……窓、買おう」

 何処か遠くへと飛んで行った黒粉を見送り、心の中で決心を固める。

 虫が湧いていたので窓を外したはいいが、他の窓を買うお金が無いのに気付いた時には焼却炉の中。

 がっくり項垂れ夜風を浴びながら、布団を必死に押さえつけていて眠れなかったのは今となってはいい思い出。

「今の給料だと……前の時とは違ってかなり贅沢しちゃってるからなー、次の給料日でいっか」

 本棚からノートを取り、椅子に座る。

 座った時、軋む音が鳴った。

 この椅子はアンドロイが去年買った物だが、かなりの安物だったのを未だに覚えている。

 ふと、あまり関係のない昔を思い出してしまう。まだフォロリスが居なかった頃、自分がまだ一兵士だった時代。

 鬱陶しく思っていた上司と同僚の食事に毒物を仕込み、ルームメイトの枕の中にその瓶を隠した思い出。

 思い出に浸っていると、生暖かい風が勢いよく吹き、ノートをめくる。

「れいぞうこ……とかいうのも欲しいなー、アカマイさんに造ってもらおうかな」

 冷蔵庫だけあっても、問題の電気が無いので無駄。ただの物置にしかならない。

 氷を使い冷やすタイプのも、この大陸で氷を見かけるのはまず無いので候補には上がらない。

 そもそも、氷などそういった魔法を持つ人間から譲って貰わないと手に入れるのは不可能。

 しかもそういった輩は足元を見る為、かなり法外な値段を吹っかけてくるのだ。

 殺して奪い取りたいが殺すと手に入らないジレンマ……ベラとは違い魔法を行使させるのは可能だが、すぐに死体が腐って駄目になる。氷の魔法を使える人間は、そう多くは無い。

「まあいいか、買い置きしてるのももっぱら干し肉とかだし」

 アンドロイが鼻歌を歌いながら、白紙のページを開き羽ペンを走らせる。

 買った商品の名前と値段、そして今持ってる貯金。

 家計簿をこまめに書く軍隊長は、アンドロイくらいのものだ。

 アンドロイの給料であれば、かなり贅沢な暮らしをしたとしても硬貨が無くなるのは滅多に無い。

 だとしても、昔の癖が中々直らないしアンドロイ自身直そうとも思わない。今まで通りで満足しているのだ。

「久しぶりに野菜も食べようかな」

「野菜食べなきゃ病気になっちゃうよ?」

 後ろから声が聞こえた。

 生意気そうな、少年のようで少女のようである声。

 どちらにせよ活発という印象。

 アンドロイは後ろを振り返るが、目につくのは壁と本棚だけ。

 気のせいかと思い直し、今日の献立を考え、ノートを見る。

「どうしたのかな隊長? オレの顔になにか付いてる?」

 いつの間にかノートに、一人の少年が描かれていた。

 そして声は、そのノートから。限定的に言うと少年の絵から聞こえる。

 服はドイツ第三帝国━━フォロリスが前に壊滅させた村で造らせた服に似ていて、強いて違うところを言えば半そで短パンという若干の子供らしい所だろう。

 腰には数本のアイスピックが、ベルトに交差しながらぶら下がっている。

 胸にはネクタイが、首吊りのロープのように結ばれている。模様は、ハーケンクロイツのようだが、小さすぎて確認するのは不可能。

「目を見開いてどうしたの? オレ、そんなに変かな」

 アンドロイが瞬きをすると、その絵は無くなっていた。

 代わりに、膝に黒色火薬を包んだ薬包紙を乗せながら、テーブルの上で姿を現す。

 で先ほど絵になっていた人間が、だ。

 髪は肩まで伸びたレモンイエロー。瞳の色は右眼が深い緑色で左眼が鮮やかな紅色。

 どちらの瞳も宝石のような印象を持ち、眼をくりぬけば宝石店で売れるのではと思うほど。

 あどけないようで経験豊富な感じを持ち、臆病のようで大胆な印象を持つ。

 つかみどころがあるのかないのかわからない少年。

 そして何より、今アンドロイの目の前に居るのに存在を感じさせないようで感じさせる。不思議な感覚。

 まるで幽霊が出る場所に立ってるような、言葉に言い表せない不思議な感じ。

「初めましてアンドロイ隊長。ワタシはジャック・カッツェ、よろしくね」

 執事のように変に畏まったお辞儀に、軽い感じのトーンで自己紹介を簡潔に済ます。

 腰にかけているアイスピックが揺れ、金属音を出す。

「……所属部隊を、教えてもらえるかな?」

 いつものような軽い感じではなく、警戒心を露骨に表すアンドロイ。

 それに対し右頬を人差し指でかきながら、裏のありそうな笑みを浮かべながら答える。

「第四十四独立前線部隊、四十二小隊隊長……と、言えば解るかな?」

 四十二中隊隊長。総人数も総戦力も不明、何処にも何も記されていないし誰も知らない、謎に包まれている部隊。

 嘘か本当か不明な噂が絶えない事で有名だ。

 中隊長は、フォロリスが来る前に謎の変死を遂げたとも行方不明になったと言われていたり、

 女が配属されると次の日には子宮を抜かれ木に吊るされているとか、訓練する声の方へ向かっても姿が無い等……真偽は定かではない噂が絶えない部隊だと、アンドロイは記憶している。

 だがその部隊に兵士を配属しても、次の日にもぬけの殻処か人の記憶から消えていたりもするので、永らくの間欠番であった。

 確かなのは、アンドロイより何十年も前から存在しているという点だけ。

 だからこそ、今アンドロイの目の前にいる人間が怪しい。

 これまで姿を現さなかった人間が、急に姿を現すなど不自然すぎる。

「おやおやー、その顔は信じてないって顔だね? 全く、ボクの心が傷ついたよ」

 やれやれ、といった風に首を振るジャック。

 図星を指され、思わずたじろぐ。

 金髪の髪を乱暴にかきながら、ジャックはゆっくり窓の方へと歩いていく。

「まあいいや、アンドロイ隊長。我らが第四十四独立前線部隊隊長、フォロリスが新たな兵を集めたみたいだよ?」

 窓に腰掛けながら、まるで見てきたかのように言う。

 見ているかいないかは誰にも解らず、真偽も確かめるまでは解らない。

 彼のことを、彼女のことを深く知る者は居ない。故に誰にも真偽を確かめられない。

 それは、存在しないと同意義である。それは、居ないと同意義である。

 ジャックの髪が、夕日の光を浴びて幻想的に光る。

「しかも、ずっと前━━何処ぞの国に攻め入った時よりかなりの大人数だね。

 これはちょいと不味いかも」

 ジャックが不敵に笑う。

 まるでこれから起きる悲劇を楽しむかのように、人の不幸が起きるのを楽しみにするかのように。

 アンドロイはジャックの言葉が理解出来ないが、いい予感はしない。

「どういうことかな?」

「冷静に考えれば解ることだと思うんだけどなー」

 ジャックは言葉を濁すように窓から下り、勝手にアンドロイの買い置きしているワインのコルクを腰のアイスピックで抜く。

 コルクをズボンの後ろポケットに突っ込み、ワインを飲む。

 ラベルにブルーベリーワインと書かれている。故・イス国に自生するブルーベリーをワインにしたものだ。

 キュポッ、と間抜けな音を出し瓶から口を離す。

 口の端から、彼の眼を濁らせたようなルビー色の液体が伝い夕日に照らされ輝く。

 ズボンの前ポケットからハンカチを取り出し、口に付いているワインを拭い取った。

「冷静に考えなよアンドロイ・カチカ。これまで全く活躍していなかった奴が急に、不自然なくらい急に戦果を上げたらどうなると思う? 強欲で怠惰で傲慢な奴らが、嫉妬と憤怒に身を任せ名を下す、それくらい想像出来るよね?」

 人の欲望が消える事は無い、理性を持つ限り劣等感を持ち、上の者を妬み、怒りに身を任せ罪を重ねる。

 普通の国でもそれは起こりうる事だ、それが欲望に忠実なこの国ならどうなるか? 当然、普通の人間以上に嫉妬と憤怒に身を任せ、とんでもないでっち上げで粛清をしようとするだろう。

 しかも反論のしようがない、フォロリスが居るから。

「後一つで七つの大罪の完成だ、こりゃ凄いね。この国の人間こそ、世界で一番神に近い人種かもね?」

 ジャックがクククと、いたずら小僧のように笑う。

 悪魔とは神であり、悪魔に一番近い種族は人間と言われている。

 この国では、人を創ったのは悪魔だと言う哲学者も少なくない。

 それは神が創ったにしては欠点が多いが、それらは全て悪魔の特徴にぴったり当てはまるからだ。

 当然そういった事を言う人間は、稀に教会等に粛清される。その為一般的な説ではない。

 そういった皮肉を込めてジャックは言ったのだろう。

「今日はこれまで、またいつか会おうね。隊長さん」

 指を鳴らし、瓶を持ちながらジャックは後ろに体重をかけ、真っ逆さまに落ちる。

 奇行に驚いたが、自殺希望者やらアカマイの実験台やらが多いこの国では日常茶飯事である。奇妙なところと言えば、いつまでも人の悲鳴や頭が砕ける音が鳴らないくらいだ。

 少し気になって、窓を覗き見下ろしてみる。

 そこには彼の頭が砕けた死体があるわけでも、生き生きと歩いてどこかへ帰っているわけでもない。

 自分が誤って落としたのでは、と錯覚してしまうコルク一個しか、そこには落ちていなかった。

 あれは気のせいかと思い、ベッドに腰掛ける。

 自分に必死に、疲れたので幻覚を見たんだと信じ込ませる。

 だが確かに、先ほどまで誰かが居たのだ。

 それは抗い様のない事実。幻覚を見てしまうようなことをした記憶も無い。

 阿片なぞ吸っていないし、合成麻薬やたばこも持っていない。

 酒は度数が比較的低いのしかこの部屋には無い。つまり幻覚を見てしまう要素は全く持って、思い当たり無し。

 夢だったとしても納得出来ない現実感が、アンドロイから離れない。

 コルクが落ちてるのは夢遊病と学者が言ったとしても、おそらくアンドロイは信じないだろう。

「……有給取ろうかな、というかブラックすぎるよこの仕事」

 あれは仕事の疲れだと強引に解釈し、ベッドの中に顔まで潜り込む。

 ものの数秒もしないうちに、寝息を立て始めた。

 そんな彼を、居なくなったはずのジャックが数秒ほど見下ろし、霧のように姿を消した。

ベラ「逆ハーで腐女子、私ヒロインよね絶対」


姫様「ただし」


アカマイ「恋愛対象は死体」


ベラ「愛に種族関係ないんじゃないの?」


姫様「いやいや、流石に生死は関係あるよ」


アカマイ「ですです」


 To Be Continued!

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