第五話 指落とし
フォロリスは、アカマイが一足早く城へと帰った理由がわかった。
女性なら発狂さえしそうなほど床が汚れ、壁には血が何故かこびり着いている。
そもそも、食事をする場所で拷問はどうかと、フォロリスは思う。
そのような事を考えていると、不意に上から声が聞こえた。
だがこの酒場に二階は見たところ無い。すると何処からだ? とフォロリスは思った。
「あんたが新しい副隊長さんかい? 歓迎するよ」
その声はまるで、道化師のように無駄に陽気な声。ずっと聞いていると、気が狂うかもしれないと思うような声。
「いつの間にか副隊長になってたんだ、ぶっちゃけ脳筋共と群れるつもりは無い」
その言葉に酒場の人間は、フォロリスに襲いかかってきた。
数人の群れの中にある少しの隙間から抜け出ると、懐から取り出したククリナイフで二人の頭を落とし、思い切り落下中の頭を蹴り飛ばす。
他の男の顔に当たり、後ろへ倒れこむ。
その光景に、怯んだ残りの人間の両足をククリナイフで切り落とす。
切り落とした足の一つを踏みつぶし、首筋にナイフを当てた。
「命が惜しいか? だったら命乞いをしろ、プライドを捨ててな」
「た、助けてくれ!! 俺はまだ、死にたく━━」
「聞こえんな!!」
そう叫び、ナイフを勢いよくスライドさせる。
切断面から指を突っ込み、肉のようなものが切断面からひねり出す。
男の首から、ひと塊ほどの肉を取り出し床に捨てると、上から声が聞こえてきた。
「期待出来そうだねぇ~。でも、出来るだけボヤ騒ぎはやめてね」
「善処する。で、あんたは誰だ?」
フォロリスのその言葉と共に、上から人がいきなり落ちてきた。
しかもあろう事か、切り落とした頭をぶつけられた男の腹に。
男の口から吐瀉物が、噴水のように噴き出す。
その男から素早く、吐瀉物が自分にかからないように距離を取る。
それにはさすがのフォロリスも同情する。もっとも、事の八反はフォロリスのせいなのだが……。
降りてきた人間は、道化師のようなメイクを顔にした青髪の青年だった。
服もピエロと同じ物で、腰に数十個の小型ナイフが音を経てている。
「挨拶が遅れたね。僕の名前はアンドロイ・カチカだよ。
あ、名前にアンドロイとかついてるけど、別にアンドロイドとかそんなんじゃないよ~。で、君の名前は?」
「フォロリス・スターコーストだ、アンドロイさん」
フォロリスのその言葉に、アンドロイは一言、「ダウト」と言った。
「嘘はいけないよ、日下部君」
「なんで知ってんだ。ま、別に困らないが……。この世界ではフォロリスって名だ、この世界では俺の名は変わってるから、特定されやすい」
そう言うと、アンドロイは「その名前も変わってるよ……」と呟く。
確かにフォロリスも、自分で決めた名前は変わってるとは思った。
だが念のため、もしこの世界に彼以外の彼の世界から連れてこられた転生者が居たとしたら……。
無いとは思うが、もしフォロリスの世界から転生された人間が居たら、不味いことになる。
元の世界で殺した人数は、軽く百は超えるだろう。
それがもし、一斉に襲い掛かってきたら……さしものフォロリスも、抵抗出来ずに死ぬだろう。
「ま、名前は気にすんな。こっちも色々と事情があんだよ」
「ふーん……。ま、いいけどね。実力さえあれば。あ、そうそう。君も拷問に参加するかい?」
フォロリスはフルーツナイフを手に取り、塔に縛られている人間の右手の、小指の爪を一つ切り落とした。
爪が地面に落ち、切り口から鮮血が溢れ出る。
勿論それによって、大きな悲鳴を上げる。
フォロリスはそれを無視し、右手の指を全て切り取った。
五つの指が床に落ちる。
鮮血をピチャピチャと足でリズムよく踏むと、フォロリスはアンドロイに聞いた。
「そういや、何聞きたいんだ? 何も知らずにやっちゃったけど……」
「まあ、敵国からのスパイなんだけどね。その国の軍事状況とか街の間取りとか聞こうと思ったんだけど。中々話してくれなくてねぇ……」
「なるほど、理解した。塩はあるか?」
アンドロイは手に荒塩の入った樽を、フォロリスに渡した。
フォロリスは敵兵の傷に、塩を練りこむ。
敵兵が、町中に響き渡るような悲鳴を上げる。
フォロリスは兵士の悲鳴を無視し、腕にあの時貰った糸をキツく括りつけた。
肉が裂ける音がし、糸から赤い液体が滴っている。
「さて、情報を教えれば楽に殺してやろう。考えてみるんだな。楽に死ぬか、痛み苦しみながら生きながらえるか」
「だ、誰が……」
その言葉にアンドロイは「そうこなくっちゃ」ともの凄い笑みを浮かべながらナイフを構える。
アンドロイの言葉が終わり、拷問中の人間が嗚咽を漏らした時、不意に扉が開いた。
そこには、山賊と言えば信じてもらえるような人間が、息を切らしていた。
肉壁としていい働きをしそうだ。とフォロリスは思った。
「なんだ慌ただしい」
フォロリスの言葉に「すまねぇ」と、男は返す。どうやらこの男、既にフォロリスが副隊長になった事を知っているようだ。
カウンターの近くに居た男は、走って酒場に来た男に水を手渡した。男はそれを一気に飲み干し、数回深呼吸をする。
息切れが収まった頃、アンドロイは山賊っぽい人に聞いた。
「アイム、落ち着いて。で、どうしたのそんなに慌てて」
アンドロイの言葉に、アイムと呼ばれた男は言った。
「それが、イス国の勇者軍と対決だとよ! 俺は聞いたんだ、しっかりとこの耳でな!
何でも草原にテントが貼ってあるらしいぜ!」
アイムは声を荒げながら言う。
その言葉に酒場の人間達は響めいた。
だがフォロリスはただひとり、眼を輝かせていた。
━━やっと人を殺せる、刺せる、生き血を浴びれる! と。それも、大量にだ。
フォロリスはナイフを上に上げ、叫んだ。
「野郎共、俺が新たな副隊長だ! 貴様らに命令する!
敵軍が命乞いをしようとも、家族や恩人が人質に取られようと構わず殺せ、殺せ、殺せ!
捕虜は裏切り者だ、敗残兵には生きる価値が無い!! さあ、行くぞ!」
フォロリスのその言葉に、第四十四独立前線部隊の皆は叫び声をあげる。
それは歓喜の声だった。
早速草原へ向かおうと意気込み、走って外へ出ようとするフォロリスを、アンドロイは止めた。
「ちょっと待って副隊長さん、君はその武装で行くのかい? せめて、これを使いなよ」
アンドロイはフォロリスに鉤爪を投げ渡す。
その鉤爪を腕にはめ、右手にククリナイフを持つ。
扉の前でフォロリスは、店員達の方に振り返り、
「あ、そうそう。酒場の人、こいつ生かしといてね。もし死んじゃったら……そっちで処分してね」
と笑顔で言った。
城内は慌ただしく鎧と兜が擦り合わさるような音と、足音が響く。
ずらっと並んだ鎧兵達は、一寸も足を乱すことなく歩いていた。
その足が向かう先は、草原。そう、イス国の兵士達が居る草原へと……。
その兵士達を恨めしそうに眺めながら、フォロリスによって負傷した隊長は思う。
━━勝てるのだろうか、あの勇者というのに……。
はっきり言って、勝てるという見込みはほぼ零に等しい。
それに、あの人間━━フォロリスはどうも信じられないのだ。
いつかこの世界に災いを齎す。そのように考えてしまうのだ。
「隊長、行ってまいります!」
兵士の一人が隊長に敬礼をする。
そして隊長は、無言で頷く。
今からあそこへこの人数で行くのであれば、明日の朝に丁度着く頃だろう。着いた時には、前線部隊の死体と敵国の兵隊の死体の山が築き上げられているのだろう。
フォロリスの死体がその中にあることを、隊長は願った。
今回の話は、少しだけ短いです。すいません。
どうでもいい話なのですが、皆様はきのこの山とたけのこの里、どちらがお好きでしょうか?
自分はたけのこの里です。
とまあ、そんな事はどうでもいいですね。では皆さん、また次回。
5/17描写追加、でもあまり増えていないという現実……