第四十四話 オークの肉
フォロリスは娘の死体から作った干し肉を齧りながら森をしばらく進んでいると、人工的に切り開かれたような、窪みのような場所にたどり着いた。
そこにはまるでアリの巣のような、大人四人分は入るであろう巨大な穴が開いている。
その穴から漂ってくる独特な、甘酸っぱいような匂いをフォロリスは感知する。
吸血鬼となったことで嗅覚が、サメの約二倍にまで発達したのだ。
当然フォロリスはそんなことなぞ露知らず、ただ単に森の何処かで阿片でも吸ってるのだろうと勝手に解釈し、適当に手に着いたナイフを穴の中に放り込んだ。
空を舞う、金色の魚の刺繍が施された短剣。あの国の王から受け取ったものだが、フォロリスにとってはただのナイフの一種に過ぎない。
ナイフは宙に放物線を描き、太陽の光を反射させながら、クルクルと穴の中に落ちていく。
「普通レディを置いて先々進む?」
フォロリスは他にも適当にナイフを三本選び、穴の中に放り込みながらベラの方へと振り返った。
キルパン・ブレッドナイフ・ハンティングナイフの三本。
キルパンはイスラムのシーア教徒が持つ伝統的なナイフであり、あらゆる逆境から真実を護るという意味を持つらしい。
更にフォロリスが持ってるのは特別性で、胴体が羽の生えた馬に王冠を被った人の頭が、柄に描かれている。
このナイフはフォロリスが、イスラム教徒が真実を捻じ曲げているという皮肉の意味を持って特別に造らせたものなのだが、この国ではもはやその皮肉は通じないので、とっくに未練は無い。
次にブレッドナイフは、主に食パン等を切る用途で使われるナイフだ。
刃渡りは約二十センチあり、フォロリスはこれを主に拷問等に使用していた。
パンを切る為に付けられた独特なギザギザは、見るも無残に傷つけ、一生消えない傷を作る。
更にその性質上、自然と細胞も傷つける為縫合が難しくなるのだ。
ハンティングナイフは本来獲物の解体等に使うナイフだが、フォロリスはそれを人間の解体に使用していた。
そしてフォロリスのナイフ術を磨き上げたのもこのナイフであり、言わばナイフ術の師匠みたいなものだ。
だが、たとえそうだとしても、無くすことや壊すことに対して、ほぼ全くと言っていいほど未練は無い。
「そう言ってくれるな、ベラ。別に死ななかったんだろう?」
「そうだけどさ、でも迷うじゃない」
ベラは手に、オークの毛皮が巻かれた太い木の棒を四本ほど持っている。
皮をすぐに張り付けたからなのか、木の棒を伝ってベラの手に血がべっとりと付いている。
聞くまでもないが、一応念のためそれが何かを尋ねた。
「当然松明よ松明、松じゃないけどね」
得意げに無い胸を張り、松明のなりそこないみたいな木をぶんぶん振り回す。
血がフォロリスの顔に飛び散った。
「それじゃ満足に燃えないぞ」
「知ってるわよ」
フォロリスの静かな声の突っ込みに、ベラは即座に返答する。だが少しつまらなさそうに、松明で軽くジャグリングをした。
血が少し飛び散り、ベラの顔にかかる。
そしてすぐに飽き、使い物にならない松明を穴の中に放り込む。
「結構頑張って作ったのになー、二分くらいかけて」
ベラがすぐそばに木をワイヤーで切り落とし、切り株に腰掛けながら愚痴る。
フォロリスはたった二分でならそこそこじゃないか? と思いながら穴の近くに座った。
ふと、穴の中から音が聞こえてきた。
鉄の梯子を上るような、フォロリスが元の世界でよく聞いていた音。
ベラには聞こえていない。フォロリスの、吸血鬼の能力によって微かな音も聞こえるのだ。
適当にナイフを選び、穴の中に放り込む。
すると穴の中から断末魔が聞こえてきた、穴の中だからなのか、声は何度も反響している。
「……ビンゴ、どうやら当てが当たったようだな」
「そのようね。でも取りあえず、食事にしましょうよ。私お腹がすいたわ」
フォロリスは、宿の少女の腕を取り出し、サバイバルナイフで二切れに切り分け、ベラに投げ渡す。
ベラは危なげに受け取ると、そこらの木を適当に切り、鉄製の瓶に入った油を適当にぶちまけ、マッチで火をつける。
生木の為白い煙が出るが、風上に居る為ベラに煙がかかることはない。
もっともその煙はフォロリスの方にかかっているのだが、当の本人があまり気にしてない様子だ。
「生肉は嫌いなのか? ビーンはとても美味しそうに食べていたが」
「私人間だからね。というか、ビーンに何食べさせてんのよ」
ベラは鉄製の瓶に肉を巻き、燃える木の中に放り込んだ。
灰となりかけている木がぱきっという音をたてながら割れ、火花がベラの目の前を舞った。
放り込まれた肉はすぐに綺麗な色に焼けあがる、薄く切ったのでその分素早く火が通る。
ベラは戸惑いなく火の中に手を突っ込み、瓶から肉を剥ぎ取ると、こしょうをかけて口の中に入れる。
一方のフォロリスは少女の肉を、餓えた獣のようにかぶりつく。
「フォロリスさー、そろそろ食事のマナーっての覚えた方がいいんじゃない?」
半分骨になった腕に、ナイフでこびりついている肉を剥ぎ落しているフォロリスにベラは、ふとマナーの教育をせねばという使命感を覚えた。
フォロリスは曲がりなりにも大隊の体長なのである、そのうちマナーにだけは厳しい上官と食事する機会もあるだろう。
だがフォロリスはそのようなものもどこ吹く風というように、肉をナイフで剥ぎ落としそのまま食べる。
「別にマナー程度どうでもいいだろ、別に上官相手でも……まあ殺しても、さして問題は無い」
「何するつもりよ、あんた」
ベラが呆れながら、適当にまだ持てそうな燃えカスを、穴の中に放り込もうと大きく振りかぶる。
だが穴から、何やら大きくて土色の肌をした手のようなものが覗く。
「やっと、出てきたか」
骨だけになった腕を森の中に捨て、フォロリスはサバイバルナイフをその右手に突き刺した。
だがそれを気にすることもなく、手の主は姿を現す。
土色の肌をし、服は肩に突き刺さっているナイフによって紅く染められたボロを着た、ひげを蓄えた男。
この大陸に生息する異種族の一つ、ドワーフ。
高い知能と怪力を持つ、人間より一つも二つも優れた種族である。
ベラが普段から愛用しているワイヤーだけではなく、剣やナイフ、手すりなどを作っているのも彼らだ。
そもそもこの大陸の鉄加工技術の殆どはドワーフの独壇場であり、この種族無くしてここまでの発展は無いと言い切れるくらいだ。
「貴様らか……わしの可愛い息子を殺したのは!!」
ドワーフが肩に突き刺さったナイフを抜き取り、フォロリスに襲い掛かる。
血が大量に出血しているが、痛みを感じてる様子は全くない。
フォロリスはいとも容易くドワーフの頭を右手で掴み、思い切り地面に叩きつけた。
砂埃が舞い、ドワーフの眼球に少し大きな石が突き刺さる。
だがフォロリス自身の腕も、その衝撃に耐えきれず腕の骨が、手の甲から飛び出していた。
「息子を殺したって、言ってたわね」
「大方投げ込んだナイフのどれかに当たったんだろう、気の毒なこって」
フォロリスが右腕を乱暴にもぎ取り、ドワーフの右肩を左足で踏み砕く。
次に右足でドワーフを蹴り上げ、ベラの方にパスをするように左足で蹴り飛ばす。
ベラはワイヤーを駆使し、ドワーフの五体を切り刻む。
「相変わらず素晴らしい手並みだな。アンドロイにもこのくらいの力があったら、少しは使い物になるだろうに」
そう呟きながら肩の砕けた右腕を拾い、自らの右腕を左手でもぎ取ると、血管を職種のように伸ばしドワーフの右腕をくっつける。
二・三回グーとパーを交互に繰り返すと、ドワーフの胴体に座った。
「取りあえずだベラ、俺はこの穴の中に潜り込み、ドワーフを適当にぶっ殺してくる。ベラはどうする?」
「一応ついていくわ、暇だし」
フォロリスはベラの返答を聞き頷くと、穴の中に頭から落ちていった。
ベラはそれに続かず、ドワーフが上がってくる時に使ったのであろう鉄製の梯子を伝って降りていく。
穴の中は、当然真っ暗で何も見えない。
そしてかなり熱く、更に湿気も多い為ベラは不快感を覚える。
だがそれよりも問題なのはフォロリスだ。
いくら穴が広いとはいえ、あのような落ち方をして無事で済むはずがない。
「フォロリスー、大丈夫ー?」
ベラが下を向きながらフォロリスの名を呼ぶ、だが返事は帰ってこない。
だが代わりに、何やらオレンジ色に光ってる場所を見つけた。
もう死んだのだと自己解釈し、どうせならサルベージしてから帰りたいものだと思いながら、オレンジの光を目指して梯子を下りていく。
ベラはふと、これまでに嗅いだことのない甘酸っぱい臭いを感じた。
それは梯子の下から漂ってきているが、何の臭いなのかは解らない。
大方、生ごみか何かが腐ったのだろうと、かなり無理矢理ではあるが、そう自分に思い込ませる。
服に土が付く。ただでさえ不快なのに更に湿っているのだ、布越しに冷たい感触が、ベラに鳥肌を立たせた。
梯子にも、水滴の量が多くなっていき、時折手を滑らせそうになる。
「これ、戻れるかしら……?」
不安になりながらも降りていると、光が差し込む部屋にたどり着いた。
まだ梯子は下に続いているようだが、余計な詮索は命知らずである故、下に興味はあったがまた別の機会にと思い途中で穴に移り変わった。
オレンジ色の光の正体は松明であり、それが何十メートルと続いており奥が見えない。
ふと足元を見てみると、フォロリスが通ったのであろう足跡が残っている。
「……生きていたのね」
少し安心しながら、少し残念そうに呟きながらも、足跡を辿り、適当に歩く。
ベラはこの洞窟の事を当然ながら何も知らない為、最善の選択を余儀なくされる。
本音を言うと、少しは冒険したいのだが……特に、あの梯子の一番下にまで行ってみたいと、ベラは思う。
「我らは勇敢な戦士なり、我らは国のため民のため、いつでも命を捨て参じようぞ~」
ベラは暇つぶしに、昔祖母に歌ってもらった記憶のある歌を口ずさむ。
どういう意味なのかは知らないし、うろ覚えではあるが多少の暇つぶしにはなった。
祖母が生きていたころにどういう意味なのか聞いたことはあったが、それすらもベラは忘れてしまっている。
まあ忘れるくらいなのだから、対して深い意味は無いと思い、続きの歌を口ずさむ。
「……われらは勇敢な兵士なり、われらは国貯めた身のため、いつでも命を捨て参じようぞ~」
続きを思い出せなかったのか、その歌を何度も何度も口ずさむ。
もの覚えは悪くは無いのだが、いかせん昔の、しかも全く興味を持たなかった為覚えているはずがない。
まあただ単に、覚えておくほど興味を注がれなかっただけなのだが……。
松明はいつまでも燃えており、薄目で見るとオレンジ色の光がカーペットのように長く続ているのをベラは発見した。
だからなんだと言うのだと言われたらそれでおしまいだが、途中で途切れているということは、当然だが終わりがあると判明した為、ベラのモチベーションが少しは上がり、少し駆け足になっていく。
「楽しみだなー、どんな死体なんだろう。どんな力を持ってるんだろう。ぜひ確かめて解剖して、私の合成死体に組み込みたいなー」
スキップをしながら、合成死体の何処に組み込むかを妄想しながら足を速めるベラ。
腕を背中に着けようか、頭はいくつ付けようか。常人には決して理解できないが、本人にとっては物凄く楽しみな妄想はもはや誰にも止められない。
そのうちフォロリスにもそういった類のものを付けたいと、ベラは常々思っている。
「でもなー、やっぱり亜人じゃあつり合いがなー」
今のところ合成死体を形成している人体のパーツは全て人間を使っている為、そこにドワーフを付けるとなったらやはり違和感を拭いきれない。
だがいずれそれもやりたいと思っていたの為、もはやそれは気にしないことにした。
いざとなったら亜人だけで作ろうと思い直すと、ベラは走る速度を速めた。
何故だろう、ファンタジーなのにファンタジーしてない……。
ふと過去を振り返ってみると、魔法とかゾンビとか結構出てたんですけどね……気が付いたらただの虐殺無双ものに。
どうしてこうなった、いや自分のせいですけど。
というか麻薬とかって、大丈夫なんですかね? 前の話の事ですけど。
さて、ドワーフの設定は次回書きます。多分。
さてさて、次回は大虐殺予定!! お楽しみに!!
To Be Continued !




